聖なる倫理観

ボウガ

第1話

 アンドロイドが一般に普及した未来。アンドロイドの中には人間から隠れて生活する者たちが現れた。彼らのほとんどは地下に潜む。そういうものには、一般的に人間に敵意を持っており、人間からひどい扱いをうけた者たちが多い。しかしそうしたものの中にも例外はいた。世界でもっとも大きな国のある西の方の町の地下周囲から奇妙な存在と言われ続けている、ロダというロボットだ。彼はいつも考えていた。それは彼が平和な暮らしを享受していたからかもしれなかったが。

 (なぜ人をそんなに恨む必要があるのだろう、そんなに恨んだら似たような存在になってしまう)

 彼は、なぜ地下に潜ったかというと、それもまた彼独特の理由があってのことだった。彼は多くのアンドロイドのように量産型ではなく、独自の部品やプログラムでつくられた存在だった。いつ誰がつくったかは定かではない。だが彼自身には“幼少期”の記憶があるのだという。それは名前も知らない老人、人間のおじいさんの記憶だった。彼は、彼に育てられ機械修理の技術を学んだ。だが老人がなくなり、まだ小さかった彼には人間でもなく権利もなかったため居場所がなくなり、そうして地下に潜ったところ、ある人にロボット修理の才能があると見込まれ、そこで住み込みで働くことになった。そこにはかわいい女性もいたし、それが今の彼女でもある。彼ら地下に住むアンドロイドは強いネットワークをもち“地下族”なんていわれている。そう呼ばれることにさえ敵意をむき出しにするものもいたが、だが彼だけは違った。彼は自分をつくってくれた朧気な存在“おじいさん”に愛着をもっていたし

 (人間に人間と同じ仕打ちをしたら同族になる)

 というのが彼の主張だった。だが仲間はそんな彼を“間違っている”と決めつけ続けていた。今よりずっと若いころはその意見の違いで、よくケンカになった。


 そんな彼にはある恋人がいた。リリスというかわいらしい女性で、常に流行の服をきている、地下族のアイドルとして名高い、歌うのが得意な女性だった。しかしリリスは、表面上誰にも、最愛のロダにも秘密で、地下族のレジスタンスに所属していた。人間にだけ支配された世界は不当として、アンドロイドたちの生きやすいように、アンドロイドたちの住む世界を作ろうと運動する組織だ。

 ロダは日頃、ロボットの部品を修理して生計をたてていたが、次第にリリスとの時間があわなくなっていった。それでもロダは文句ひとつ言わなかったが、リリスはロダを何度も、秘密活動を行うレジスタンスに、その名前をださずに、それとなく引き込もうとしたのだった。

 『ねえ、あなた人間を憎いと思わないの?』

 『……いや、僕はおじいさんに作られたから』

 ロダの家は地下の一番地下の方にあり、狭い5畳たらずのスペースで、ただ四角くつくられたコンクリート造りの部屋だ。時折地下鉄の音さえ響く。ロダはいつも作業着姿。そこに似合わぬリリスがくるが、実はここはリリスの生家、リリスの父こそロダが地下で働く場所をつくってくれたロダの師匠だった。

 『なぜあなただけが人間を憎まないのかしら?』

 ロダはリリスにそうした質問をされるたび、毎度のことだが意味もなくにこやかに笑って返すのだった。リリスは、同じ質問をしても、何度も同じ返答が返ってくるし、すぐさま彼とはその件では話が合わないと理解したし彼の笑顔にたじたじになるのだった。



 ある日、ロダのところに電話がかかってきた。唐突なことで、その日のロダの異変としては、特段何もなくただ、その日は注文が多かったことくらいだろうか。しかし注文内容はいままでになく多く、それも銃で激しく打たれたような部品ばかりが舞い込んできた。ロダはそれでもそうしたものに疑問を抱くことも質問をすることもなかった。争いが嫌いだったのだ。興味もなかった。だがその日はそれだけではいられない理由ができた。

リリス『ロダ、私はあなたともう一緒にいられないわ』

ロダ『どうしたの?どうして』

 ロダが落ち着いて話をするとリリスは今までの全てを白状した。レジスタンスに参加していたこと、たったいま人を銃弾で打ってしまったこと。地下は閉鎖されていて、地下族の出入り口は厳しく監視されているために、地下族は地上のニュースを大半がよく知らなかった。だがいま地下族のレジスタンスは、地上の人々とひどい紛争状態にあるらしかった。

リリス『あなたが私をせめたら、私はもう生きていられないわ』

 ロダは迷った。なぜなら地下でリリスだけが彼のことをみとめ、リリスも心の半分ではロダと同じ思いがあることをロダは直観的に悟っていたからだ。だからロダはこう返した。

ロダ『……同じようには恨めないけど、おじいさんが、僕を捨てて亡くなったことは悲しく思う』

リリス 『あなたらしいわね』

ロダ『とにかく無事で帰って』

リリス『プツッー……』

その日始まったの紛争は、20時間続いたという、リリスが電話をかけてきた時間が始まって数時間のタイミング。ロダはリリスの事を思いながらも、何も考えないように仕事に打ち込んだ、寝るまも、そんな余裕もなかったからだ。そして初めて恨みの感情を抱いた。それは自分に対する恨みだった。

 『なぜ仲間と同じように人を恨まずに生まれてきてしまったのか』

 自分の個性だと思っていたから仕方がなかったが、もしリリスのそばにいられたら、盾くらいにはなれただろう。男なのに軟弱だとか、地下族なのに人間を恨まないのはおかしいとか何度も言われてきた。それでも自分は価値観を手放せなかった。自分をつくってくれた老人の微笑みが記憶の中にあったからだ。


 それから二日後、リリスはぼろぼろになって地下の大拠点に帰ってきた。大拠点は唯一といっていい公共的なスペース。図書館であり貯蔵庫であり、町の代わりだった。そこで数日ぶりにリリスや、他のレジスタンスメンバーが返ってきて、起きたことすべてが語られた。


 リリスたちが襲ったのは、とある図書館だった。人間のもっとも深い記憶にアクセスできる場所で、アンドロイドの侵入は禁じられている。その禁忌を破って彼らは情報にアクセスしようとした。リリスは潜入してデータを盗む役割でそれをしっかりなしとげた。だがその盗まれたデータをたった今、帰宅してレジスタンスメンバーがみて、あっけにとられた。リーダーは死んだらしくリリスがその場と舞台をとりしまっていた。

 『これから見せる映像にショックをうけないでね、地下族の中でもこれに対してかなり意見が割れると思うわ、疑いの目を持つものや、信じようとしないもの、またはそれでも人間を憎むもの、色々ね』

 スクリーンに映像を映す準備をするレジスタンス、そこで上映された映像は驚くべきものだった。かつて、数百年前の戦争の様子だった。そこで語られたのはこういう事実だった。


 【かつて……人間はアンドロイドたちと戦争をして敗北した。そして、人間たちがアンドロイドに虐げられ、奴隷のように扱われる生活がつづいた。それはこきつかっていたアンドロイドたちの復讐だった、それでも人間は、アンドロイドたちの機械の体にかてず、倫理的に問題があるとして自らの体を長らく“機械化”しなかった。があるとき、その問題をのこしたままある“サイボーグ化法”を通した、兵士に限り人間の肉体を改造し、半分機械となり、身体を兵器化する事を許す法律だった、その法律の制定により、アンドロイドとの戦争が再び起こったとき、人間はアンドロイドの支配を終わらせふたたび地上の支配者となった】


 リリスの言った通り、この事実をしったアンドロイドたちには様々な反応があった。それでも人を許せぬもの、同じ事を続けることに疑問を持つもの、人間に哀れみを持つもの、そうして地下族は連帯をもったまま、その日から思想ごとにばらばらにわかれてくらすようになった。レジスタンスは解体された。そもそもの役目が、“過去をしる”という事だったことを、アンドロイドやロダたちは後から聞かされた。



ロダはともかくリリスが無事に帰ったことを喜んだ。リリスは、体のあちこちに銃創をのこっていたが、その傷を目立たない場所のものは残しておくように命じあとの部分をロダに修理させた。ずいぶんながく、数か月はロダとリリスは静かにすごし、これからの生活について語り合った。


 始めリリスは、人間に対しての怒りの炎があまり消えてはいなかったようだったが、ロダがずいぶん説得した。ロダは正直に話したのだった。

 “あの日、突然に君を失うと思った日、あの時君と同じ思想と意識をもっていなかったことをどれだけ後悔しただろう”

 ロダはそれでもリリスの気持ちが変わらないかと思っていたが、ロダはこんな言葉を放った。

 『僕を哀れだと思って』

 『確かに、独りぼっちは寂しいわよね』

 その言葉の意味はわからなかったが、意外にも説得のかいもあってリリスの考え方は少しずつかわっていったリリスはいった。

『もともと、父が人間をうらんでいたから、父からは色々ひどい目にあわされた地上時代の事を聞かされていて、私は地上の人々を恨んでいた、その事実を確かめるためにレジスタンスに入った、でも今の地上は、それほど悪くないようにもおもえた、それが事実かはわからないけれど、それにあなたがいる』

 そのリリスの反応をみて、少しずつ、ロダは彼女の心を解きほぐしていく事に成功したのだった。

 『たしかにアンドロイドも普通に生活していたし、人間の家族や友人になっているものもいた、長く地下にいすぎて、父から聞かされたこととのギャップもあったわ……ねえ、もし可能なら、私地上で歌姫になるわ、もし地上がいいところなら、地下との橋渡しになる、私たちレジスタンスがバラバラにしてしまった地下の、そしていずれ今回の事を責められ、すべてが白日のもとにさらされようとも、今度こそあなたと一緒に違う方法で人間との関係を変えたい』

 そうして二人は地上をめざすことにした。地下ではあちこちで言い争いや派閥争いがうまれたが、夢ができた二人はそのことに気を取られてはいなかった。だがある日、地上に出るという数週間前にロダは衝撃の事実を聞かされたのだった。朝、自宅に泊まっており朝食をともにしたリリスが自分をよびとめてこういった。平然としたかおでこういったのだ。

『そうそう、あなたは“人間に作られた”とおもっているけれど、事実は違うのよ、あなたをつくったのは、地下族の男、あなたの師匠であり、私の父よ、父があなたに父の望む価値観を入れたの、地上で人間に育てられた記憶というのは嘘、父に育てられ、父は父があなたの才能を見込んでここに住まわせてるとあなたに思い込ませた、私たちは生まれたころから傍にいた、けれどあなたが私を認識したのは私にとってはごく最近、20年前、あなたに物心がついて、父が重い病をわずらってからだわ、あなたの記憶は父が、父を模してインストールしたものよ』

 ロダは衝撃を受けたが、それでもロダはリリスを恨まなかった。すべてをしってもたくましく、微笑んでいるリリス。そして今度こそ歩む方向をともにしようとしているリリス。リリスはすぐさま地上でも人気ものになった。やがて彼女の過去はあばかれようとも、今度こそロダは、彼女の盾になろうと誓ったのだった。


 それから地上ではまたもやロダが才能を発揮した。彼の“恨みを忘れる”という倫理観は、地上の宗教と人間の宗教とうまくマッチして、彼はいい作詞家になり、彼女リリスとともに地上の人間たちにもてはやされたのだった。


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