第2話 水のぼうやと黒い犬




 ――春まだ浅い朝。


 池のほとりに咲いた小さなスミレの花のうえで、水のぼうやが目をさましました。

「ああ、よくねむったな」大きなノビをして珍しそうにあたりを見まわしています。


 あちこちにマダラ雪がのこっていますし、山から吹きおろす風もひんやりと冷たいので、水のぼうやがブルンとからだをふるわせると、ぱっと水しぶきが散りました。


 でも、空からお日さまがじんわり温かな光を降りそそいでくれていますし、ツクシがつんつん茶色い頭をのぞかせ、タンポポもあざやかな黄色い花を咲かせています。


 「やあ、ぼくがぐっすり眠っているあいだに、すっかり春になっていたんだねえ」

 水のぼうやは、もう一度大きなノビをすると、えいっとばかりに飛びおりました。



      💧



 地面に降り立ってみると、ぬれた大地が、むせかえるような香りに満ちています。

 水のぼうやはすっかりうれしくなって、ころころ、ころころ、転がり出しました。


 土のなかから顔を出したミミズやモグラが、あらあら、おやおや、呆れています。

 でも、水のぼうやは気にもとめず、ころんころん、どこまでも転がって行きます。


 水たまりでミズスマシとあそんでいたと思うとカエルの背中に飛びのってみたり、ミツバチの羽を黄金色に光らせたと思うと、ツバメと一緒に大空を飛んでみたり。


 公園のすべり台を、つつうっと気持ちよくすべりおりていたかと思うと、やさしくブランコをゆらせてみたり、かと思うと、砂場のバケツにもぐりこんでみたり……。


 ついさっき、屋根のうえでスズメの赤ちゃんとカクレンボをしていたかと思うと、学校帰りの小学生のランドセルのうえに、ぴょん、いきおいよく飛びおりてみたり。


 デパートの屋上からにぎやかな商店街をながめていたかと思うと、森のなかの病院の南側の窓で、ベッドに横たわる幼い少女の黒いひとみをじいっと見つめていたり。


 山の渓流や、街中をぬう小川のせせらぎを、すうっと流されていったかと思うと、大きな河川をどどうっと豪快にくだって、一気に日本海まで泳ぎ出てみたりも……。



      🌺



 ピンクの絨毯じゅうたんを敷きつめたような蓮華田。

 黄の絵の具をぶちまけたような菜の花畑。

 桃色の花がすみがふわっと広がる杏の森。

 ツンと黄色くおすまししている喇叭水仙。

 赤白黄色のおちゃっぴいなチューリップ。


 なかでも水のぼうやのお気に入りの時間は、よく晴れた日の朝、ムラサキツユクサの葉っぱの上にころんと丸まって、星の色をした花を飽かずにながめるときでした。


 冒険好きな水のぼうやはチョウチョやクモ、いろいろな昆虫たちとも大の仲よし。

 細い触覚やイボイボの足先にぶらさがって、小さな命の歌をともにうたうのです。




      🎲🪄🧩🪅




 あたしこと花野涼香作『水のぼうやと黒い犬』の出だしは。こんな感じ。

 ね、さっきも言ったとおり、ずいぶん描きやすいと思わない? 挿し絵。


 なのに、冬島鉄平くんったら、ちっとも描いてくれないんだ~。(*ノωノ)

 家で描いているの? と訊いても、ただうつむくだけだし……。((+_+))


 ケイコ先生は「9月の参観日に、おうちの方々に見ていただくわよ」と張りきっているけど、この調子では間に合いそうもない、あたしはひとりでキリキリ。"(-""-)"



      *



 そして、あさってはいよいよ参観日という日、クラス中がびっくり仰天だったの。

 あの優柔不断な冬島鉄平くんが、見たこともないような絵を描いて来たんだもの。


 


 


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