6
しばらくの沈黙の後、浮舟は笑いながら情夫の肩を叩いた。
「またなの? ほんと、いい加減にしてほしいわね。」
冗談めかした口調だったが、その目も声も明らかに本気だった。冗談でくるみ込もうとした分だけ、そこからどうしてもはみ出してしまう視線や語調の厳しさが目立った。
真澄はどうしていいのか分からないまま、取りあえず着物の帯を結んだ。もうとうに結びなれたはずの貝の口が、上手く結べずに若干かしいだ。
また、と浮舟に嘆かれる程度には、この男は二万円で自分の身を売り払い続けているのだろう。
ごめん、と、真澄は口の中で言葉を転がした。けれどもどうしても、その言葉を口の外に出すことはできなかった。浮舟を侮辱するような気がして。
ごめん、お前の男と寝て。
そんな謝罪ができるはずない。
「別にかまわないだろ。」
水のペットボトルを持ったまま、潤が嘯く。
「こいつは潤を抱いただけだぜ。お前が直巳に抱かれてるのとはわけが違う。」
やめてよ、と制止する浮舟の声は、半分以上が悲鳴だった。
「やめて。訳の分からないことを言わないで。」
本当に訳が分かっていないにしては、その声音は悲痛すぎた。
この女も師が手掛けた女郎だったな、と、真澄はそんなことをぼんやり考えた。
師は、自分が手掛けた女とは寝なかった、多分、彼なりの職業倫理として。
「出て行って。」
浮舟が真澄に向かって行った。声の調子は上ずっていたが、なんとか理性の糸を手繰り寄せていた。
「……おう。」
真澄にはそれ以上口にできる言葉がなかった。
出て行って、今日は梅ヶ枝に卸した女郎たちのご機嫌伺いに努めなくてはならない。分かっている。これ以上ここにいては碌なことにはならない。
分かってるだろう、と、自分に言い聞かせる。
面倒くさいことはなによりも嫌いだったじゃないか。
浮舟と潤に背を向け、部屋を出て行こうとする真澄に、潤がひょいと声をかけてきた。
「またいつでもどうぞ。」
ぱらぱらと風を裂くような小さな音は、多分真澄が払った二万円を潤がひらつかせているのだろう。
またいつでもどうぞ。
そんなことできるわけないだろ、と思う反面、またここに来るような気はしていた。二万円を払って、潤を抱きに。
もう来ないで、と、浮舟は言いはしなかった。ただ、潤と真澄の間に立って、じっと俯いていた。
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