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「なんの用、お兄さん。」
気だるげな声と、余計なもののくっついていない喋り言葉、だらりと引きずるような独特な語尾。それすらその男は師に似ていた。
なんの用かなど、忘れていた。ただ、その声をもっと聞いていたかった。
風呂敷包みを手に立ちつくす真澄を、男は怪訝そうに見ていたが、思いついたように片手を伸べてきた。
真澄は思わずその手の中に倒れこみそうになったが、男はただ真澄が手にしていた風呂敷包みを指し示しただけだった。
「浮舟のだろ。届けに来たのか。」
辛うじて真澄が頷くと、男はその包みを真澄から引き剥がすように奪い取り、中身を確認するでもなく背後の部屋へ放った。
短い廊下の先の部屋には明かりが灯っていない。この眠たげな男は、この真昼間までカーテンをぴっちり閉めて眠っていたのだろう。
「じゃ。ありがとな。」
短い別れの言葉。
分かってる。それ以上の言葉をかけられるようななにも、この男と自分の間にはない。
それでもなんとか引き留めたくて、出てきた台詞は女衒としてのそれだった。
「浮舟花魁はこっちに移って来てからも売り上げは順調だけど、様子はどうですか。内心移動を後悔している様子なんかはありませんか。」
ほんの一瞬の沈黙の後、男は苦笑して首を傾げた。
「さあ。本人に聞いてくれよ。俺は知らない。」
冷たい台詞だった。この男は浮舟を愛してはいないのだと思った。ただそれは、真澄がそう思い込みたいだけかもしれなかった。
もう一度手を伸べてほしかった。そこに倒れ込んでいきたかった。この不健康そうで気だるげな男妾と、性的な関係を持ちたかった。
男はそんな真澄の様子を見て、低く喉を鳴らして笑った。
自分の身体を売り物にしてきた人間特有の勘が働いたのだろう。
「お兄さん、俺を抱きたいの。」
短い問い。語尾の上がらない、ただ確認としての問い。
からかわれているのは分かっていた。分かっていて、首を横には振れなかった。
セックスは嫌いだった。疲れるから。それでも師とのたった一度の関係が思い出されて、あの時の快楽や満足感や愛おしさが全身を回って爪の先までみなぎってきて、今にもぽとぽととしたたり落ちそうだった。
この男は師ではない。
分かっている。
分かっているけれど、師がもう二度と真澄と寝てくれないことだって、それと同じくらい確かなこととして分っているのだ。
「……抱きたいよ。」
辛うじて言葉にすると、二万円、と、男は媚びる様子もなく真澄を見上げながら言った。
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