浮舟花魁
桜町を出た真澄が女を卸すようになった私娼窟は、桜町の晴海楼や招福楼とはまるで勝手が違った。
桜町では、女を買ってきて、馴染みの娼館に卸せばそれでよかったのだが、私娼窟の娼館には精々10人くらいしか女はいない。
だからどこの娼館と馴染みになるわけでもなく、いち早く、どこの娼館では女が足りないだとか、どこの娼館はどんな女を欲しがっているだとか、そんな情報を仕入れてきてそれに似合う女を卸さなくては商売にならない。桜町の大店のように禿を使っているところもない。
真澄も最初のうちはかなり戸惑ったのだが、ある花魁を娼館に世話してからその戸惑いはなくなった。
浮舟花魁。桜町から私娼窟に河岸を変えたまだ若い花魁である。
「真澄さん。藤野屋で欠員ありよ。17くらいの女の子、あてはないの?」
そんなふうに、浮舟は真澄に耳打ちしてくれる。
まだ十分に美しく、桜町でも売り上げがあった浮舟が桜町を出た理由は、端的に男だった。
「だって、桜町に居たんじゃあ、彼を通わせるのだって一苦労じゃない。」
桜町では、女郎たちは廓の部屋に銘々寝起きしている。それが私娼窟では、それぞれ手近にアパートを借りて生活しているので、ひも付きの女には都合がいいらしかった。
桜町でも十分にうつくしく、看板まで張っていた浮舟は、当然のことながら私娼窟でもきっての売り上げを上げるようになる。私娼窟では一番の大店である松風楼でも、すぐに看板を張る花魁になった。従って真澄も松風楼と馴染みになり、娼婦を卸しやすくなる。
そんな花魁のヒモに真澄が初めて遭遇したのは、浮舟に頼まれて繕いに出した打掛を、彼女のアパートへ届けた際だった。
部屋のドアをノックしても、浮舟は出てこない。おかしいな、と首をひねってもう一度ドアを叩いてみると、浮舟のヒモがドアを開けたのだ。
眠たげに目を伏せ、髪には寝ぐせをつけているのに、それでもまだ寝たりないと言いたげに、目の下に翳りのある男だった。よれたスウェット姿の男は、真澄より少し背が低く、なで肩でいかにも着流しが似合いそうな体型をしていた。
その男を見たとき、真澄は呆然と立ち尽くしてしまった。
似ていたのだ。直巳に。
顔立ちと言うよりは、体型や、全身から漂わせる気だるげな雰囲気が。
片手に時代錯誤の風呂敷包みをぶらさげ、棒立ちになっている真澄を見て、直巳にどこか似た男は、気だるげに首を傾げ、何の用、と低い声で言った。その声さえ、直巳にどこか似ていた。
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