5
仕置き部屋は、縁側から外に出、庭を突っ切って行った先の木立の中にあった。
ごく小さい小屋だ。全体が湿気ているような、濃い茶色の木製の小屋で、床はなく土間になっている。天井に立派な梁が一本ずっしりと横たわり、その梁のちょうど中央あたりだろうか、焦げた木片がいくらか転がっていた。
「吊るして。」
女将の命令は簡潔だった。真澄はなにを言われているのか分からないままぼうっとしていたが、勝田はすぐに小屋の隅から太い荒縄を持ってくると、夕顔の身体を拘束する縄につなげた。
「ほら、真澄も手を貸しなさい。」
そこまでくれば、真澄にも仕置きの方法が分かって来る。女の身体を天井の梁から吊るそうというのだ。
真澄はさすがにたじろいだが、女将の目線に抵抗することはできなかった。
勝田に手を貸し、女の身体を梁から両腕でぶら下がるような形で吊るす。普段身体の上に乗せているときは軽いと思うばかりの花魁の身が、こうして担ぐとどうしてかやけに重かった。
「早く。火を焚いて。」
またしても簡潔な命令。
ぼんやりしている真澄に対し、勝田は小屋の外に一度出ると、一抱えもの松の小枝を持って戻ってきた。
その小枝たちは、木片が転がっていた場所に設置され、勝田は一つ息をつくと、懐から取り出したマッチで松の枝に火を点けた。
すぐに枝は燃え上がり、強烈な臭いの煙をもうもうと吐き出した。
女将はそれを確かめると、くるりと踵を返して部屋を出た。勝田もそれに続く。
真澄は続きそこねて花魁を見上げた。
両腕を痛々しく伸ばしきった姿で梁に吊るされ、足元でもうもうと煙を出す松を焚かれながら、花魁も真澄を見ていた。
「……こんなこと、しなくても、」
真澄の口からはそんな言葉が自然と溢れ出てきた。
すると、それを聞いて花魁は低く笑った。そして、煙にせき込み、涙を流しながらも言いかえしてきた。
「しなくても、なに? 真澄さん、私のこと見てくれた?」
どうしようもなくて、真澄は首を横に振った。夕顔が望む意味で彼女を見られない自分を自覚していた。
どうしようもなく恋をしている人がいて、その人以外は真澄の胸に住めない。うつくしい花魁に、ここまで無謀な脚抜け騒ぎを起こされたところで。
俺じゃなければいいのに、と、他人事みたい思った。俺じゃない誰かが夕顔を抱いて、夕顔を愛して、二人で脚抜けをすればいいのに。
けれどまさかさすがに彼女にそんなことは言えない。真澄は彼女と目線が合う場所を選んで土間に腰を下そうとした。
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