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妓楼の布団部屋は広い。その広い部屋いっぱいに木製の棚がしつらえられ、深紅の絹布団が一組ずつ神経質にしまい込まれている。 窓がなく日が射さないその部屋で、夕顔花魁は床に正座をし、荒縄で上半身をぐるぐると縛り上げられていた。
俯いたその顔は、常の白さを超えて青い絵の具でも吹きつけたような不吉な色をしていた。
覚悟の脚抜けだ、と、真澄にはその顔を見た瞬間に思った。この花魁は、捕まって縛り上げられ、仕置きされることを前提に桜橋を駆けたのだ。
「……どうして、」
真澄の口から出た台詞はそれだけだった。
夕顔花魁は顔を上げて少し笑った。皮肉な色などまるでない、素直な微笑だった。なぜこの状況で、こんなにすんなりと微笑めるのかが疑問だった。
つぶし島田に結いあげた長い髪は見ていられない程に乱れきり、簪の一本も残っていない。その黒髪がベールのようにかかる青い顔は、化粧が所々剥げ、口紅も半分だけ辛うじて残っているような、ひどいありさまだった。いつもならば高価な打掛を纏うその肩も、今は白い浴衣を羽織るだけ。しかもその裾は裂け、所々泥にまみれている。
けれどその疲れ切った有様は、うつくしいと言ってもよかった。妙な色気が花魁の小柄な体躯から立ち上っている。
「惚れた男が、外にいるんだもの。」
花魁は掠れた声でそう言った。
嘘だろう、と、真澄は言いかけて唇を噛んだ。嘘だったとして、なんでそんな嘘をつくのかが分からなかった。
師だったなら、それが分かるような信頼関係を、いつだって自分の手掛けた女郎と結んでいたのに。
そうかい、とだけ女将は言った。どうでもよさそうな調子だった。本当のところ、女将にとって大切なのはこの女が脚抜けをしたという事実であって、その理由などどうでもいいのだろう。
「仕置き部屋に連れていきな。」
真澄と勝田に、女将はすいと顎をしゃくった。
仕置き部屋。
そんなものがこの妓楼にあることすら真澄は知らなかった。
しかし勝田はよく知っているのだろう。気の優しいこの手代は、心底気の毒そうに眉を歪めたまま、夕顔が立ち上がるのに手を貸した。夕顔はその手に逆らうどころか、ほとんど自分の力で立ち上がり、勝田の手を借りて布団部屋から足を踏み出した。捕り抑えられたときに傷めたのだろう、右足を若干引きずっている。
真澄も二人の背中を追うようにして布団部屋から出る。
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