6
出て行ってよ、と、夕顔が叫んだ。咳き込み、滂沱のごとく涙を流しながら、それでも確かに。
たじろいだ真澄は、煙で姿がぼやける夕顔を凝視した。真澄の目にまで松の煙が沁み、勝手に涙があふれてきた。
「出て行って。」
夕顔の声はいぶされ、ひどく掠れていた。
どうして、と問うことなど真澄にはできなかった。さっきと同じ堂々巡りだ。どんなに無謀な脚抜けをしたとしても、真澄の中に夕顔が入る隙間はない。
真澄は立ち上がり、小屋を出た。涙はまだ止まらなかった。
空を見上げれば、細い雨が降っている。
どうしても、直巳に会いたかった。
脚が勝手に直巳の家に向かう。何度か入ったことがある、長屋の中の一室。
三年前、真澄は直巳を抱いた。
独り立ちの祝いにほしいものはあるか、と、無防備に問うてきたその人を、押し倒して。
あの人は僅かばかりの抵抗を見せた後、諦めたように着物の袖を抜いた。
よく覚えている。一生忘れはしない。
申し訳なさだけが理由だぞ、と、あの人は言った。意味は分からなかった。ただ、恋愛感情は一切ないと言われている事だけは分かった。
翌日からも、直巳の態度は変わらなかった。道端で顔を合わせれば声をかけ、何気ない立ち話なんかした。どうしようもない情欲で真澄の目が濡れていることになんて、直巳は気が付いてさえいなかったのだろう。
詫びなくてはいけないとは、ずっと思っていた。あれはほぼほぼ強姦だった。
直巳の弱みに付け込むみたいに、あの人が忘れられずにいる男の名前を連呼した。なにがなんでも、抱きたくて。
あの人が、金と引き換えに一度だけ抱かれた男。忘れられずにいるのは知っていた。 ずっと一緒にいたのだ。態度がおかしくなったことくらい分かる。あの男に抱かれた夜から、直巳は真澄に絶対に触れなくなった。それまでは、子供か弟にするように、気やすく肩を組んだり腕に触れたりしてきたものなのに。男に抱かれて以来、さらに艶っぽさを増した眼差しや指の動きを、真澄は胸を苦しくしながら見ていた。
脚が勝手に走り出す。小雨の中を、ひたすらに。
たどり着いた長屋。あの人の部屋に明かりはついていない。
真澄はその場にしゃがむ込むと、両切りのピースにライターで火を点けた。あの人と同じ煙草。あの人の匂いがするから吸い始めた、煙草。
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