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「ねえ、私が真澄さんの好きな人を知ってるって言ったら驚く?」
いまや招福楼きっての売れっ妓になった女が、真澄の腕の中でそう嘯く。
「……驚く。」
本当に当てられたら、心底驚く。
夕顔花魁は、真澄の肩口に顔を埋めるようにしながら、晴海楼の野分花魁でしょう、と言った。
真澄は思わず苦笑した。
全然違う。真澄の好きな人は、そもそも女ですらない。いつもちょっと気だるげで、情事の後のような匂いを漂わせている、大の男だ。
「外れ?」
なぞなぞを外した子供みたいに夕顔花魁が膨れる。そんな表情をしていても確かに美しいのだから、この女は本当に顔の造作が整っているのだろう。
「じゃあ、誰なの?」
「……誰だろうな。」
「教えてよ。」
「教わっても仕方ないだろう。」
「仕方あるわ。」
「どうして。」
「私、真澄さんのことが好きだもの。」
冗談言ってる、と、真澄は曖昧な苦笑で花魁の長い髪を撫でつけた。
冗談なんかじゃないわ、と、花魁は真澄の肩に細い顎をぐりぐりと押しつけて来る。
「……古い知り合いだよ。」
真澄はそれだけ答えて、花魁の頭を避けて立ち上がった。
古い知り合い。
18で拾われ、21で抱いて、それきり別れてもう3年になる。
古い知り合い。それだけで片付けられたらどんなにいいか。
「ねえ、会いたい?」
枕に一人突っ伏したまま、夕顔花魁が問うた。
会いたいよ、と、口の中だけで真澄は答えた。それ以上なにを応える気もなかった。
自分はセックスが嫌いなのかもしれない。
そんなことをふと思った。
疲れることは全部嫌いだ。師には、よくそのことで叱られた。
面倒事を避けていては、女衒として独り立ちなどできないと。
独り立ちなど本当はしたくなかった、ずっと師のもとに居たかった。それは、かなり本気で。
惚れていたのだ。あの、自分と同じ肉体構造を持つ、特別うつくしいわけでもない男に。
「ねえ。私が脚抜けしたらどうする?」
また背後で夕顔花魁が問うた。
真澄は懐から取り出した煙管に火を点けながら、どうもしないさ、と言った。
どうもしない。脚抜けした女郎を責めるのは、女衒ではなく店の女将の仕事だ。
「脚抜けする相手がいるのかって、訊いてもくれないのね。」
今度の花魁の台詞を、真澄は無視した。
煙草が吸いたかった。妓楼の中では時代錯誤の煙管を使うが、家に帰れば真澄は両切りのピースにライターで火を点ける。かつての師と同じように。
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