女衒真澄と三人の女郎

美里

夕顔花魁

真澄が初めて寝た女は、夕顔花魁だった。いまや招福楼きっての売れっ妓花魁になっているが、その時はまだやっと禿から水揚げされたばかりで、田舎臭い雰囲気もまだ抜けてはいなかった。

 「真澄さんのこと、私、好きよ。」

 始めて彼女を抱いたのは、水揚げされて一週間もたたない内だった。真澄が招福楼に女郎を卸すようになったのもせいぜい一週間前。夕顔は真澄が初めて一人で買い付け、一人で卸した女郎だった。

 22になるまで女を抱かなかったのには、さしたる理由はない。ただ、面倒なことが嫌いだっただけだ。

 「でも、真澄さんは他に好きな人がいるのね。」

 夕顔花魁は、真澄の腕の中でそんなことを言った。

 客の前では晒さない腹から腰にかけての皮膚が、なまめかしい白蛇みたいに行灯に浮かび上がっていた。

 他に好きな人。

 真澄は口の中だけで夕顔花魁の台詞を繰り返した。

 勘のいい女だ。多分その内売れっ妓になる。

 真澄の好きな人は、結局真澄を振り向いてはくれなかった。与えてくれたのは身体だけだ。それも、投げ出すようにぽおんと。

 会いたいな、と思う。好きなその人に。

 会うことは簡単だとも思う、同じ桜町で女衒稼業をしているのだ。その上その人は真澄の女衒稼業上の師でもあった。

 仕事のことで悩んでいる、なんて言ってしまえばあの人は、無理に時間を割いてでも真澄に会ってくれるだろう。

 「ずっと、その人のこと考えてるのね、私のことじゃなくて。」

 腕の中の少女が自嘲気味に笑う。

 諦めることに慣れた態度だった。

 だから反射みたいに、真澄はその女の背中に回した腕に力を込めた。

 そんなことはないよ、と嘘を吐けばいい。

 けれど、真澄には嘘を吐くほどのバイタリティがない。嘘をついてこの女を引き留めてまでなにをしたいわけでもない。

 夕顔花魁は、真澄の腕をぽんぽんと子供にするように叩いた。

 夕顔は真澄の女、いや、その逆か。真澄は夕顔の情夫。

 そんな噂は招福楼どころか桜町全体にいつの間にか広がっていた。

 真澄の師であったところの男、直巳にも多分もうすでに噂は届いている。あのひとは、自分の手掛けた女とは絶対に寝なかった。

 「夕顔。」

 無意味に名前を呼んでみる。

 彼女は静かな目で、軽く首を傾げるように真澄を見た。

 「お前、好いた男はいないのか。」

 その言葉を聞いた夕顔は、弾けるように笑った。

 「ねぇ、それ、さっきまで睦みあっていた女に訊くことかしら?」

 確かにね、と口の中で真澄は呟く。

 でも、この女が本当に好いているのが他の男だということは、なんとなく分かっていた。

 いや、分かっていたのではなく、それが真澄の願望だったのかもしれない。

 誰かを愛することも、愛されることも、今の真澄にはどうにも重い。



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