第149話

「すごいっすね」

「………あぁ」


 青が出演するドラマの監督を務める一人の女性は、一番最初に撮った物とここ最近撮った物を見比べてそう呟いた。


『美香さん、疲れてると思って料理作ってみたんだけれど.............』

『え!?さとる君が私のために作ってくれたの』

『うん、美香さんが見ず知らずの僕を頑張って養ってくれてるからそのお返しが少しでもしたくて』

『ありがとう、さとる君。でも私はさとる君がいるだけで嬉しいんだよ。だからさとる君は働かなくてもいいんだよ?』

『それでも、美香さんには恩を返したくて』

『ありがと、さとる君』


 さとるを演じる青の演技は日に日に上手くなっていき、最初に撮った物も勿論凄かったけれど最近撮った物と比べるとどうしても演技力に差が出てしまうほどだった。


 それほどに青の演技の才能は高く、上達しやすいまさに原石のようなものだったのだ。


 今まで監督業をしてきて、こんな短期間でここまでの成長を遂げる人物はほとんどいない。


 それも男性という立場にありながら女優たちに全く持って引けを取らないのである。


 当初青をこのドラマに起用した目的としては、青は女性を忌避しないというこの世界では稀な男性だったため、もしかしたら男性の演者よりもいい演技ができて且つ今人気絶好調の青を使えばきっと視聴率も撮れるだろうということもあって起用したのだ。


 だけれど、青はそんなやる気のない男たちとはそもそも同じ土俵で戦わせてはいけない存在だったと気付いたのは、ドラマが撮影を始めてからだった。


 あれだけの才があるのなら盛り込みたいシーンとかもあったのだけれど、今となってはもう遅い。


「これと、こっちを見てどう思う?」

「ムラがすごいですね。勿論、最初の撮影の青君も良かったのですが、今の青君はさらに磨きがかかっているというか....。どちらも凄いことには変わりないんですけれど。もしかして...........撮り直しですか?今から撮り直しするとかなり余裕がないんですけれど」

「いやそれは、残念ながら無理だろう。青君にだって予定はあるし、他の役者も仕事で埋まっているだろうから。くぅ...........青君という原石が配信の道ではなく、役者としての道を歩んでいたら物凄いことに成っていただろうな。まぁそんなこと言っても無駄だし、青君が配信をしてくれているお陰で日本中だけじゃなくて、世界中の人を元気にしているのだからわがままでしかないが」

「そうですね。私もそう思ったですけれど青君の配信はとっても面白いですし、つい見入ってしまいますしASMR最高ですから、私は配信の道を進んでくれてありがとうって思っていますね。...........そうだ、もしかしたら何ですけれど」

「なんだ?」


 助監督はいいことを思いついたという顔をする。


「もしかしたら、青君にまたオファーすれば受けてくれるかもしれないですよ?」

「...........そうだな、その可能性にかけるとするか」


 次青が受けてくれる可能性にかけながらも、今のドラマに全力を注ぎこむことを二人は誓った。


 

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