第146話
「あたし、すてられてしまうんだわ。今夜きりで、家なしっ子になってしまうんだわ」
「グレーテル、泣かなくてもいいよ。ぼくがついているからね。グレーテルが捨てられるのなら僕も一緒に行くよ」
「カット!!アリシアさん、もう一回」
僕は台本片手に、アリシアと読み合わせをする。
僕たちのクラスで劇をするということに決まったので、題材を何にしようかとなったところヘンゼルとグレーテルになった。
前世にもヘンゼルとグレーテルがあったけれど、内容は少しづつ違ったところがある。
まず、母親はヘンゼルを森へと捨てたいとは思っていなかった。グレーテルだけを森へと残して帰ろうと思っていた。だが、妹思いのヘンゼルはグレーテルが捨てられると分かっていたので、自分も森へと残ると母親に言って致し方なくヘンゼルを置いていくというふうになっていたり、魔女がヘンゼルだけは食べようとしなかったりする。
だから、ヘンゼルというのは基本、酷い目に合うことが無いがひどい目にあっている妹のグレーテルを助けるという役割となっている。
「祖師谷様がするヘンゼルという役はとてもあっていますね。知的で冷静な感じが滲み出ています。妹思いなところも、リスナーを大事にしているところと似通ったところがありますし」
「私も、グレーテル役やりたかった。祖師谷君に、「ぼくがついてるからね」って言われたかった」
「それは本当にそうです。凄くずるいですね。それにアリシア様のお顔がゆるゆるすぎてまったく悲壮感のないグレーテルですし」
「し、仕方ないじゃないですか。だって、祖師谷様が兄で私の事を凄く大事にしてくれてるって思うと、頬が緩んでしまうんです!!」
アリシアが涙目で抗議してくる。
うーんどうしよ。荒治療だけれど、思いついた案がある。けれど、それをしていいのかっていう思いもあるが、他に思いつかないし言ってみるだけ言ってみよう。
「あのさ、もっと強い刺激を与えればマシになるんじゃないかな」
「......もっと強い刺激とは具体的に言うと?」
「アリシアを抱きしめてあげたりとか、恋人つなぎをしてみたり......とか?」
「ず、ずるいです!!アリシア様だけそんな羨ましいことをするなんて」
「私も祖師谷君にハグしてもらいたい」
まぁ、何となくだけれどこうなるんじゃないかって思っていた。
「もちろんみんなにもしてあげるけれど、アリシアがし終わってからね」
「それは、仕方がありません。ずるいですけれど、一番はアリシア様に譲ります」
「い、いいんですか?祖師谷様。祖師谷様と抱きしめ合うなんて」
「そしたら、アリシアも劇に集中できるでしょ?」
「そうですね。皆様に迷惑を掛けるわけにもいかないですし、これは医療行為。落ち着きなさい、私」
アリシアは深呼吸をして、準備が整ってから僕と向き合う。
「じゃあ、行くよ」
「はい、来てください」
両腕を広げて、緊張した面持ちで待っているので僕はそっと彼女のことを抱きしめる。
すると、幸せそうな顔をして僕の匂いをクンクンと嗅ぎ始める。
数分経ち、彼女を離したときにはもう蕩けたような顔になっていた。
それを見た他の子たちは......
「次、私がしたい!!」
「次は私です」
競うように挙手をして誰が次に抱きしめてもらうのかを決め始め、文化祭の準備が遅れる。
やっぱり逆効果だった?
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