第140話

 撮影が始まった。


 最初は主人公である伊緒さんが会社に疲れて帰り道にふと童心に戻って公園に行ったときに偶然ボロボロの状態の僕を見つけるところから始まる。


『君、大丈夫?』


 虚ろな目で主人公を見るなんて台本には書いてあった。


 出来る自信なんてないけれど、もし僕の身近な人が死んでしまったらと想像を働かせて絶望に暮れる感情を作り、役を演じてみる。


「......」

『君、名前はなんていうのかな?』

『.................さとる』

『............こんなところに男性がいたら襲われちゃうよ?早く家に帰らないと』

『............』


 出来るだけ世の中に絶望した感じの演技をする。


 伊緒さんも伊緒さんで流石に演技が上手い。


 その後も演技を続けて最終的に、主人公の家へと行くこととなったところでカットが入る。


 周りを見てみると、何故か涙目の人ばかりで困ってしまう。さっきまで演技をしていた伊緒さんまでも今では涙を目に溜めている。


「ど、どうしたんですか?」

「だ、だって、青様の演技が上手くて本当に捨てられている子みたいで可哀そうになっちゃって」


 どうやら、僕の演技がうまくいったみたいで監督や助監督、他のキャストの人たちも一緒になって泣いている。


 十数分後......


 かなり落ち着きを取り戻してまた撮影を開始する。


 家にさとるを連れ帰ってきてから、主人公がさとるのお世話をする。


 何をされても何も反応しないさとるだけれど、さとるが寝てから一時間後......


 主人公がさとるの魘される声で目を覚ましてさとるを抱きしめ、この子の事を精一杯幸せにして見せると決意するシーンで今日の撮影は終わる。


「青お兄ちゃんって本当に演技したことないの?すっごく上手で私感動してずっと涙流しっぱなしだったんだけれど」

「私も演技中だったけれど思わず泣いちゃいそうになっちゃったよ。逆にその表情がそのシーンにマッチしていたからリテイクはされなかったけれど」

「演技は初めてだったけれど、上手くいって良かったよ」


 どうやらこの体は演技まで得意だったみたいだ。もともとの世界の僕は演技何て到底できないだろうから。


「.....それで、青お兄ちゃん」

「何?美優」

「私も青お兄ちゃんの事抱きしめていい?さっきの演技見て青お兄ちゃんの事抱き締めてあげたくなっちゃって」

「え?まぁ、良いけれど」

「え!?いいの?やったー」


 美優はそのまま僕の事を抱きしめてきて、胸にすりすりしだす。


 ただ、僕に抱き着きたかっただけのような気もするけれどまぁ可愛いからいいか。






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