第130話

「おはよう、由利。よろしくね」

「うん、任せて」


 予定通り、春休みが始まって直ぐに僕たちは撮影を始めるため朝から集まって収録を始める。


 登校時間の相手は由利だ。


「じゃあ、さっそく始めよっか。三、二、一。...........おはよ、待たせちゃったかな?」


 カメラ越しの由利に向かってそう言う。


 当然、由利は返事なんてできないけれど頬を緩めてニヤニヤとしている。カメラを落とさなければいいけれど。


「遅刻しちゃうかもだし、行こうか」


 他愛もない何てことない彼氏と彼女がしてそうな話題を持ち掛けて間を取って返事をしてあげたり本当に僕と登校している感じを演出する。

 

「はぁ……あとちょっとで学校についちゃって君との二人だけの時間が減っちゃうの嫌だな。席は隣だし休み時間とかもおしゃべりはできるだろうけれどこうして二人きりっていうわけにはいかないし。もっと長く続けばいいのに」


 そんなことを言うと由利の顔が真っ赤に染まってカメラがブレそうになるのを必死で堪えている。


 ものすごく可愛い。


 そのまま少し歩き続け、学校についてそこで一旦演技を止める。


「もぅ、祖師谷君にあんなこと言われたらドキドキして手が震えちゃうよ」

「ごめん、でももし僕と由利が付き合ったら朝の時間はこんな感じだったりしてね」

「も、もう!!私だってそう思ってたし早くそうなりたいよぉ」

「ごめんね。あともうちょっとだから」

「うん、わかってる。待ってるからね」


 由利に代わってその次は授業中の撮影は愛理さんだ。


「よろしくね、愛理さん」

「任せて。絶対にいいものを撮るから」

「じゃあ、始めよっか」

「うん」

「三、二、一...........ねぇ、ちょっと。僕、教科書忘れちゃってさ。見せてくれない?」


 カメラ越しの愛理さんに向かってささやくようにそう話す。


 愛理さんも由利と同じように可愛い反応を見せるが必死に撮ろうと思って我慢してくれているみたいだ。


 だけれど、僕のいたずら心が刺激されてしまって、つい意地悪したくなっちゃう。


「教科書見づらいから少しそっち側によるね」

「っ!!」


 くっついてしまうほどの距離まで詰める。


 愛理さんはビクッとして声を発しそうになるけれど頑張って堪えてくれたみたいだ。


 その後も、少しだけ意地悪をしつつも無事に撮り終えることができた。


 愛理さんからは、ジト目で見られてしまったけれど。


 さて、次は休み時間ということで愛理さんに代わってアリシアがカメラ役になってくれるみたいだ。


「アリシア、よろしくお願いね」

「はい、任せてください」

「じゃあ、三…二…一...........やっと授業終わったね。あー、僕、喉乾いたかも。一緒にジュース買いに行こ?」


 カメラを持っていない方のアリシアの手を取って、歩き出す。


 当然、手を握られたアリシアはビックリしたけれど動画のことを考えてくれたのか声も出さずに、顔を真っ赤にするだけで堪えてくれたみたいだ。


 自販機の前に着き一度手を離すと安心したような顔をするのと同時に離れてしまった悲しさがあるのか少しだけ手を見つめて残念そうにしている。


「僕は、これがいいかな?君は何がいいの?え、コーヒー?大人だね。まだ僕には早いかな。ね、こっちのジュースも美味しいから飲んでみる?」


 と買ったリンゴジュースの缶を開けて僕が一口飲んで、そんなことを聞いてみる。


 アリシアは手を繋がれた時より、動揺している。


「恥ずかしい?でも、僕たち付き合ってるのに間接キスくらい良いって思うんだけれど?ダメ、かな?」


 僕がそんなことを言うとアリシアはさらに動揺して体がプルプルとしだすけれど、健気に何とか耐えようとしてくれている。


 そこで、タイミングよくチャイムが鳴って休み時間編が終わった。


「祖師谷様!!すっごくドキドキしましたし、私が声を出せないからって意地悪しましたね?もぅ本当に声を我慢するのに必死だったんですから!!」

「ごめんね。アリシアがすっごく可愛くって」

「もぅ、まぁ、別にいいですけれど。それよりその...........ジュースってくれたりするんですか?そ、そのジュース美味しいんですよね?」

「う、うん。いいけれど」

「では、それは私がいただきますね」


 と渡そうとしたものが横から来たエリーが奪って飲み口に唇を躊躇なく当ててジュースを飲む。


「エリー!!私が飲もうと思っていたのに!!もぅ、もう!!」

「すみません、アリシア様。余りにも羨ましすぎて奪ってしまいました」

「いいからその缶早く渡しなさい!!」


 そう言ってエリーから奪ってジュースを飲み干す。


「ちなみにいうと、それは私との間接キスでもありますね」

「全然うれしくありません。というかあなたとなら何度もしているでしょうからどうでもいいです!!」


 アリシアが機嫌を損ねてしまっているいるので、買ったまま放置していたコーヒーの缶を開けて少しだけ飲んで、そっとアリシアに渡す。

 

 やっぱり僕にはまだコーヒーは早いかな。


「い、良いのですか?では少しいただきます。…とっても美味しいです。甘くてとろけてしまいそうです」

「コーヒー好きなの?」

「いえ、苦いのであまり好きではないですけれど間接キスだって思うと、甘く感じて ドキドキするんです」

「そ、そっか」


 そう言ってもう一口飲むアリシア。


 甘酸っぱい空気が流れた所で、エリーが僕の手を引っ張って中庭のほうへと連れていかれる。


「次は私との撮影ですね」

「そうだね、よろしくねエリー」

「お任せください」

「それじゃあ三、二、一........今日は僕のために料理作ってきてくれたの?嬉しいな。ありがとね。早速食べようかな。いただきます」


 一口卵焼きを口に含むとふんわりと優しい甘さが広がってとても美味しい。


「とっても美味しいよ。君の料理が食べられて僕はとっても幸せだよ。お返しって言ってもあれだけれど、はい、あーん」


 唐揚げを一つ箸で摘まんでエリーのほうへと持っていくとぱくりと小さい口で人齧りする。


「美味しいかな?」


 聞くとコクリと幸せそうに微笑んでくれたので良かった。


 エリーはカメラと反対側の手で唐揚げを箸で摘まんで僕のほうへと持ってきてくれる。


「くれるの?ありがと。あーん。とっても美味しいよ。ありがとね」


 エリーとまるで本物の恋人のように昼食を過ごしてエリーとの撮影は終わった。


 大変満足したみたいで、「これからは祖師谷様の分もお作りしますね。そして、毎日あーんしましょうね?」と言われてしまった。


 エリーと代わって最後は下校の撮影は白金さんだ。


「今更ですが、私が混ざってもよかったのでしょうか?」

「むしろ手伝ってくれてありがとうございます」

「蒼様がいいのでしたらいいのですが」

「それじゃあ、始めよっか。三、二、一........今日も学校疲れたね。早く一緒に帰ろ?」


 校門のところから一緒に歩き始める。


「あ、そうだ。手、だして」


 白金さんが反対側の手をそっと差し出してくるので恋人つなぎのような形にする。

 

 エリーとは対照的に冷静な白金さんが、顔を真っ赤にしているけれどアリシア立ちよりは動揺していない。


「こんな風にこれから先もずっといられたらいいのに。なんてね。すこしロマンチストすぎたかな?」

「………」


 何かを言いそうになって今は動画を回していることに気付いたのか口を止める白金さん。


 なんて言おうと思ったのか気になるけれどそれは後で。


 ゆったりと他愛のない話をしているようにして、歩いてちょうど分かれ道のようになっているところで止まる。


「また明日....だね。早く明日になるといいな。そうだ、おまじないしよっか」


 僕は少し大胆に、繋いでいた手の甲にカメラに見えるようにそっとキスをする。


 これには流石の白金さんも手を握っていた時とは比べ物にならないほど顔を真っ赤にしてプルプルと震えるが決してカメラだけは揺らさないようにしてくれている。


「じゃあまた明日ね。ばいばい」


 そこで撮影は終了。

 

 白金さんはというと、緊張とかいろいろ解けてぺたんと地面にお尻をつけてしまっている。


「蒼様、少し過激すぎます。よく私は耐えられた方だと思います。私じゃなければ襲われていました」

「ありがとね、白金さん」

「蒼様の役に立てて光栄ですが、心臓が今でもドキドキしてます」


 そんなこんなで撮り終えた動画は編集されて世に出回ることになるのだけれど、直ぐに一千万回再生されて「やっぱり青様は私の彼氏なんだ」という人が続出したそうな。




 









 

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