第91話

「申し訳ありません、祖師谷様。倒れてしまって。せっかくビーチに来たというのに」

「ごめんね、祖師谷君」

「申しわけない」


 と倒れてしまった三人が僕に謝ってくる。


「こちらこそごめんね。僕も配慮が足りなかった。明日は、ラッシュパーカーじゃなくてラッシュガードを着るから」

「いえ、そんなことはせず、ラッシュパーカーを着ましょう。そして、泳ぐときは脱いでください」


 と食い気味に詰め寄って来るので、落ち着かせる。


「起きたばっかりなんだから、少しは落ち着いて」

「そうです、アリシア様。まず、祖師谷様の上裸を直視できるようになってからそういうことをおっしゃってください。男性の上裸を見て、あの体たらくではいけませんよ」


 とエリーが別視点からアリシアを叱る。あれ?そういう話だっけ?


「うっ.....その通りです。すみません」

「ですが、私はアリシア様と違い祖師谷様の上裸を見ても耐えることが出来るのでいつでも一緒の床に就くことは可能ですので、今からでも部屋替えをした方がよろしいかと思います」

「それはダメです。私が正当な勝利を収め勝ち取った権利ですから。それに、私だって、その時が来れば.....」

「耐えられることが出来るのですか?上裸だけで倒れてしまったアリシア様が?」

「.....死んでも耐えて見せるもん」

「いや、普通に死なないでね」


 なんで、お互いの気持ちを確かめる行為の最中に死なれなければならないんだ。


「まぁ、みんな。別に僕は怒ってないから。明日、もう一回行こうよ」

「そうですね。明日は絶対に耐えて見せますから」

「そうだね。私も耐える。そして、祖師谷君の上裸を拝むんだ」

「私も、絶対に耐える」


 倒れてしまった三人が硬い意思をもって頷く。


 海に入るだけで、こんなことに成るとは思わなかったな。自分の存在が女性にとってどんなものなのか未だに把握しきれていない。


 ふと思いついたけれど、もし、海での疑似デートの動画を撮影して、世に出したらいつも周りにいる人たちでさえこんな状態なのだから、前よりひどいことに成ったりして.....


「蒼様?何か良からぬことを考えてはいませんよね?」

「い、いや、考えてないよ?」

「本当ですか?」

「う、うん」


 いつも護衛で近くにいる白金さんが鋭い嗅覚で危険を察知したのか、僕にいぶかしげな視線を向けてくる。


「では、何を考えていらっしゃったのですか?」

「そ、それは.....」


 なんて答えられれば無難なんだろう。


 うーん…


「は、配信について考えていただけだよ」

「そうですか」


 何とか誤魔化しきれたようで、良かった.....のか?


「さて、では夕食を食べてお風呂に入り、今日は寝るとしましょうか」


 三人が寝ている間に、二人がせっせと夕飯を作っていた。どれも美味しそうだ。


 僕も料理はしたかったけれど、三人の看病をしたかったので、今日は断念した。


 エリーと白金さんが作ってくれたパエリアやサラダを食べて、各々お風呂に入る。


 僕が入っている間にエリーが覗こうとして白金さんに捕まったり、懐柔されそうになったりと色々あって、やっと自室へと戻ることが出来た。


 アリシアは、お風呂に入っているようで今はいない。


 窓を開けて星空を眺める。


 夏だけれど、夜は風が入ってきて気持ちがいい。


 まだ、海には葉入れてはいないけれど、とても楽しいし、この景色を見れるだけで僕は満足だ。


 それにしても、こんなところに折角来たのだから、リスナーのみんなにも何かしてあげたいなとも思う。


 だけれど、海での疑似デートの動画を世に放てば不味いことに成る気がすることは最近段々と理解してきたので、自重することにする。


 じゃあ、何ができるだろう。


 .......................ショート動画、とか?


 それなら、衝撃は比較的少ないと思う。


 海を背景に、今流行りのダンスのサビをを軽く踊った動画を乗せる、とか?ラッシュパーカを着て、チャックの部分を開き、腹筋とか胸元をみせた状態くらいなら多分大丈夫だろう..............多分。


 そうと決まれば、スマホでサビの部分のダンス練習を開始する。


 あまり難しくないし、ダンスが得意じゃない人でもできる簡単なものなので意外と早く覚えることが出来た。


「祖師谷様、開けますね」

「うん、いいよ。っていうか、アリシアの部屋でもあるんだからそんなに畏まらないで」

「は、はい」


 そぉっと、入ってきたアリシア。


 その姿はとても可愛らしく、アリシアとパジャマの相性が抜群だった。


「可愛いよ、アリシア」

「あ、ありがとうございましゅ。祖師谷様も凄くかっこいいです」

「ありがと」

「そ、それでですね。あの…」


 アリシアがもじもじとしながら僕の方へと歩み寄って来る。


「私の髪を乾かして梳かしてくれませんか?」

「いいよ。もちろん」

「ほ、本当ですか?ありがとうございます」


 目を輝かせて嬉しそうに飛び跳ねるアリシアがかわいくてしょうがない。


「じゃあ、やっていくね」

「は、はい」


 梨美で髪を乾かすことはなれたとはいえ、改めて女子の髪の毛を言うものはそれぞれ違ったものであるなと感じる。


 梨美とアリシア、それと風花ちゃん。それぞれ髪の毛の質が全然違う。


 アリシアはものすごく繊細で、柔らかい。


 ゆっくりと丁寧に乾かして梳かしていく。


「んっ..............」

「大丈夫?」

「い、いえ。とても気持ちが良かったので」

「それは良かった」


 時より、アリシアが嬌声に近いようなくぐもった声を発するのでドキドキしたことはあったけれど、髪を乾かし梳かし終える。


「はい、出来たよ」

「ありがとうございます。大変、気持ちが良かったです」

「それなら、よかった」


 アリシアと二人ベッドの上で見つめ合う。


 この部屋のベッドだけか知らないけれど、明らかにシングルサイズではない広さだ。クイーンサイズくらいだろうか。


「あ、あの..............祖師谷様」

「な、なに?」

「その…ですね。エリーが言っていましたけれど、私はあなた様の上裸を見るだけで気絶してしまうようなダメな女ですけれど、あなたとはいつか絶対に交わりたいと思っています。それが............今夜、であっても構いません」

「っ............」


 耳を真っ赤にしながらも確かな意思でそういうアリシア。


 このまま、今日、致してもいいのだろうか?


 ふと、頭を過ったのは由利と愛梨さんだった。


 あの二人が最初に僕に好意を直接伝えてくれた人たちだ。それを差し置くのは............


「ごめんね。今はできない。せっかく勇気を出して言ってくれたのにごめん」

「い、いえそんなことは」

「でも、絶対僕もアリシアとその............交わりたいから」

「っ!?そ、そうですか」

「だから、その時まで待っててね」

「は、はい」


 お互い、見つめ合う。


「そ、その............今、そういうことが出来ないのは分かりました。ですが、一緒に寝るだけなら…いいですか?」

「うん、いいよ。おいで」


 両手を広げると身を任せるように僕体を預けるので抱きしめたまま横になる。


「今日は、このまま寝よっか」

「ひゃ、ひゃい」


 耳元まで口を持って行き囁くようにそういうと体をびくつかせながらコクコクと頷いてくれる。


 その夜は、アリシアを抱き枕にして寝た。


 快眠だった。


 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る