第77話

 今日は、私たちの人生の転機が訪れるであろう日です。


 先生から、あの祖師谷壮君が他のクラスに一日だけ入って来ると告知されてからクラスのみんなは浮足立っていました。


 あの祖師谷蒼君が来るんです。私たちのクラスに。


 祖師谷蒼君。


 この学校でその名前を知らない人は誰もいないでしょう。なんなら私たちの母親まで全員その名前を知っています。


 ものすごく可愛くて、でも格好良くて。女性に優しくて、それに配信者というお仕事までしている。


 普通の働いている女性でも稼げないくらいのお金は普通に稼いでいるくらいの人だ。

 

 どこをどう見ても非の打ちどころがない完璧超人さんです。


 そんな人がクラスに来るとなると、みんな、いつも以上に容姿に気を付けたり、慣れない化粧をして精一杯祖師谷君に気に入られたい、可愛いって言ってもらいたい、触って欲しいと思っていることだろう。


 かくいう私もそわそわしてしまいます。


 祖師谷君が最初に来てくれるのはこのクラスなので、より緊張する。


 変なところはないよね?


 元から顏にはあんまり自信がないけれど、今日のために頑張っていろいろしたんだから自信持たないと。

  それに私は..........激戦を勝ち抜き、祖師谷君の隣の席をゲットしたんだから少しでも見てもらいたいし、何なら触れてもらいたい。抱きしめて欲しい。


 みんなは、じぃっと時計を眺めます。


 祖師谷君はどうやら先生と一緒にショートホームルームの時に来るようです。


 いつもはうるさい教室も今はただチクタクと時間を刻む時計の針だけを眺めます。


 そしてついに..........三、二、一。


「みんなー、席に..........ついてるな。今日はみんなも知っているとおり祖師谷蒼君が今日一日クラスに来てくれます。嬉しいのは分かるけれどあまり調子に乗って嫌われないように。じゃあ..........入ってきてください」


 ドアがガラッと開けられ入ってきたのは、やはり美しい格好良すぎる顔の祖師谷蒼君だった。


「えぇーっと、自己紹介は..........いらないかな?でも一応いっておこうかな。僕の名前は祖師谷蒼です。気軽に話しかけてくれると嬉しいなって思います。みんなよろしくね」


 と笑顔で微笑みかけてくれる祖師谷君。


 それだけで私の胸はどうしようもなくときめきます。


「祖師谷君はあの席に座ってね」

「分かりました」


 そう言って祖師谷君は一歩ずつ私の近くへと来てくれます。


 そして、隣に座ってなんと彼は


「よろしくね?名前は?」

「よ、よろしくお願いしましゅ!!名前は神木寧々です」


 私はこの時に確信した。今日一日は私の人生において最高の一日になるだろうということを。


 ショートホームルームが終わり、一斉にみんなが祖師谷君に寄っていきます。


 ですが、祖師谷君は別に何てことないように嫌がることなくみんなと喋っていきます。


 一組の人たちはこんな最高な日々を毎日送れているのかと思うと憎たらしい気持ちは無いこともないが、私がもし祖師谷君と同じクラスだったとしたら他クラスに送りだすなんてどうにかして阻止しようと思うだろうからこの慈悲を甘んじて受け入れよう。


 一時間目が始まる。


 いつもは割と真面目に授業を聞いている私だが、今日はずぅっと隣を見てしまう。


 はぁ…ものすごく格好いい。最高。


 思わずうっとりとしてしまうが、私があまりにもじっとみているためか彼は私の視線に気づいてしまった。


 何か言われるだろうかと思ったけれど彼は、微笑んでこちらに耳を貸すように手を招く。


 私はそっと、耳を貸すと..........


「神木さん、ちゃんと授業聞かなきゃダメ、だぞ?」


 と優しく耳元で窘められるように言われ、私は昇天して仕舞いそうになる。


 だ、だってぇ、祖師谷君が格好いいのが悪いんだよ?私悪く無いもん。祖師谷君が格好良しぎるのが悪いんだもん。


「ちゃんと聞かなきゃお仕置き、しちゃからね?」

「お、お仕置き?」

「うん」


  私の頬を摘まむようにして伸ばす。


「い、いひゃいよ。そしがやひゅん」

「お仕置き、だからね」


 少し痛いけれど、この痛さが癖になりそう。


 だって、祖師谷君に触られてるってだけで気持ちいいんだもん。


「えーごほん。神木?授業中だから静かにな?」

 

 とそこで先生から少しだけ叱られてしまう。


 周りを見てみると、嫉妬の眼をみんなが向けてくる。中には悔し涙まで流す人もいた。


 優越感と祖師谷君とのいちぃちゃに浸りながら、その後も授業を受け一時間目が終わり、寂しさを埋めるようにみんながまた一斉に祖師谷君のもとへ。


 休み時間はあまりしゃべれないが逆に授業中は喋ることが出来て、私だけの特権みたいで嬉しい。


 二時間目、三時間目、四時間目、昼休みと段々と時間は過ぎていく。


 今日の学校という日がおわりに近づけば近づくほど、この時間が長く続いてほしいと何度も願ったが、願いは叶えられず六時間目となって仕舞った。


六時間目は体育で、みんなも祖師谷君から離れたくない一心で体育の時間、出来るだけ近くへと行く。


 祖師谷君もそんな私たちの思いにこたえてくれて、一生懸命話してくれる。


 だが時間は残酷でろくじかんめが終わり、もう帰りのショートホームルームになって仕舞った。


 みんなは悲しみの涙を浮かべて祖師谷君を見つめる。


「今日はみんなありがとね」


 祖師谷君は私達にお礼を言ってくれる。私達、何もしてないのに。


「僕、このクラスに来れて良かったなって思う。すごくみんな優しいから」


 とほほ笑んでくれる祖師谷君に嗚咽を零して涙を流してしまう人ができ来た。かくいう私も、泣きそうだ。


「このクラスに居られるのは今日限定だけれど、別に今日でみんなとの関係がなくなるわけじゃないから。廊下であった時は話しかけて欲しいな。それで、ね。僕、みんなにお礼がしたくて..........一番の子から順番に来てくれないかな」


 出席番号一番の子が、祖師谷君の前に立つ。


 すると、彼はその子を抱きしめていった。そして「今日はありがと」と呟いた。


 その子は、顔を真っ赤にするが嬉し涙を流す。


 二番、三番と、順番に祖師谷君が抱きしめてくれて、私の番が来る。


 前に立つと祖師谷君が、そっと私の事を抱きしめてくれた。


「今日はありがとね。神木さんが隣で僕、すっごく楽しかった」

「ひゃ、ひゃい!!」


 声が思わず、変になって仕舞うが、それよりも抱きしめてくれた感触や祖師谷君の言葉が嬉しすぎて、涙を流してしまう。


 彼はポンポンと頭を撫でてくれて、泣き止むまで待ってくれた。


 私の番が終わってからも最後までそれは続いて、先生を抱きしめ終わるころには外は真っ暗だった。


「じゃあ、みんな。これからも学校、楽しく過ごそうね。またね」

「「「またね!!」」」


 そう言って、彼は手を振って教室を出て行った。


 みんな、心が一杯で教室から動くことはできなかった。


 だが、最高の一日になったと心の底から思う。




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