第21話 美保神社へ(^^)ノ

山陰の神社の知名度としては、出雲大社は群を抜いているが、近世頃から出雲大社だけの参拝では片参りと言われ、美保神社も合わせてお参りすると両参りとなり、縁結びの運も、より上がると言われている。


出雲大社が大国主命(おおくにぬし)を祀る神社であるなら、美保神社は、大国主命(おおくにぬし)の子、事代主命(ことしろぬし)と、大国主命(おおくにぬし)の后(きさき)の三穂津姫(みほつひめ)を祀る神社であると言う。


潮の香りを感じながら、私達は、美保神社の境内に向かって歩いた。


大国主命(おおくにぬし)はダイコクとも読める為、仏教の大黒天と習合された。


息子の事代主神(ことしろぬし)は国譲りの際に釣りをしていた事から、豊漁の神として崇められる事が多く、七福神の恵比寿と習合されたと言う。


美保神社では、数日前に青柴垣(あおふしがき)神事と言う、大祭が執り行われていたそうで、境内には、まだその余韻が残っているようだった。


青柴垣(あおふしがき)神事は、美保崎におられる事代主命(ことしろぬし)が、父神である大国主神から国譲りの相談を受け、譲る事を進言した後、海に身を隠したと言う故事を儀礼化し、神霊を一年に一度新たにすると言う祭りである。


氏子から選ばれた、当屋と呼ばれる二人の青年が事代主神(ことしろぬし)の役割を果たすが、当屋は一年の間、非常に厳しい精進潔斎を義務付けられると言う。


神社での参拝を済ませると、夫が、神話での事代主命(ことしろぬし)って、国譲りを決断した後、乗っていた船を傾けて、青柴垣に変え、天逆手(あめのさかて)を打って、隠れてしまったと記されているんだよ、と言った。


昔は、逆の所作は呪詛になると考えられていたんだけど、海幸彦と山幸彦の逸話を知ってるかな、と言って、夫は、海幸彦と山幸彦の物語を語り始めた。


海幸彦と山幸彦の物語の概要はこうである。


兄である海幸彦は海で漁をして暮らし、弟である山幸彦は山で漁をして暮らしていた。


弟の山幸彦は、兄の海幸彦に、それぞれの道具を交換しよう提案する。


渋る海幸彦に、執拗に頼みつづけ、やっと海幸彦の釣り針を手にする事が出来た山幸彦だったが、魚は1匹も釣れず、おまけに海幸彦から借りた大事な釣り針をなくしてしまうのだった。


兄の海幸彦は怒り、弟の山幸彦が自分の剣を潰し、500本もの釣り針を作って返そうとするも、海幸彦は受け取らず、元の釣り針を返せ、と言うばかりだった。


山幸彦が困り果てていると、塩椎(しおつち)の神が通りかかり、海の神である大綿津見神(わたつみ)ならば、あなたを助けてくれるだろうと言って小舟を作り、山幸彦を綿津見(わたつみ)の宮へと案内をしてくれた。


綿津見(わたつみ)の宮殿に着いた山幸彦は、そこで綿津見(わたつみ)の娘である豊玉毘売命(とよたまひめ)と、たちまち恋に落ち、結婚する事になった。


こうして幸せな生活を過ごしていた山幸彦だったが、3年程経ったある日、自分がこの宮殿にやってきた本当の理由を思い出す。


日に日に溜め息が多くなった夫を心配した豊玉毘売命(とよたまひめ)が、父の綿津見(わたつみ)に相談すると、綿津見(わたつみ)は、山幸彦に事情を聞き、海にいる魚達を呼び集め、釣り針に心当たりがある者はいないかと尋ねた。


するとある魚が、そう言えば、赤い鯛がこの3年程前から喉に何かが刺さって物が食べられないと苦しんでおり、きっとその釣り針は、鯛が飲み込んでしまったのでしょうと、言った。


綿津見(わたつみ)は、早速、その赤い鯛を呼んで喉に詰まった針を取ってやり、洗い清めて山幸彦へと渡すと、この釣り針を海幸彦に返すとき「この釣り針は憂鬱になる針、うまくいかなくなる針、貧乏になる針、愚かな針」と心の中で唱えながら、後ろ向きで渡すように、と言った。


更に、兄が高い土地に田を作ったならば、山幸彦は、低い土地に田を作り、逆に兄が低い土地に田を作るならば山幸彦は高い土地に田を作りなさいと言った。


綿津見は、更に塩満珠(しおみつたま)と、塩乾珠(しおひたるたま)という二つの珠を山幸彦に渡し、山幸彦の兄は次第に貧乏になり、心も乱れてしまうから、恐らく兄は君を攻めてくるだろう。


そのときはこの潮満珠(しおみつたま)を使って溺れさせなさい。


苦しんで許しを請うてきたなら塩乾珠を使って助けなさいと言い、山幸彦を鮫に乗せて地上へと帰した。


戻った山幸彦は、綿津見(わたつみ)に言われた通りに、呪詛の言葉を思い浮かべて、後ろ向きで海幸彦へと釣り針を返す。


田を作ると、綿津見(わたつみ)が予言したように海幸彦は、漁も上手く行かず、田に水も行き渡らず、貧しくなっていった。


すっかり心が荒んでしまった海幸彦が山幸彦のもとに乗り込むと、山幸彦は塩満珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおひたるたま)を使って兄を溺れさせ、そして助けてやった。


この事ですっかり弟に服従した海幸彦は、守護人として山幸彦に仕えることを約束したと言う。


夫は、これが、海幸彦と山幸彦の神話のエピソードなんだけど、釣り針を前からでなく、後ろ向きで渡すのは、古代から伝わる呪詛なんだよ。


事代主神(ことしろぬし)も天逆手(あめのさかて)を打っているから、これも呪詛なんだろうね。


恐らく、天逆手(あめのさかて)は、柏手(かしわで)とは逆で、手の甲を使って音を鳴らす事で呪いとしたんじゃないかな。


あと、事代主神(ことしろぬし)のお隠れになったと言う表現は、死んだと言う事の比喩表現だと思うから、内容から察するに、自ら命を断ったと考えられるよね、と言った。


私が、国譲りがよっぽど悔しかったのかな、と言うと、まあ、そうだろうね、と頷いた。


しかし、海幸彦と山幸彦の話しって、浦島太郎みたいだね、と私が言うと、夫は、いや、この話しって実際、浦島太郎の元ネタの一つなんだよ。


でも、もっと浦島太郎の物語に近いお話しが、日本書紀と丹後風土記にあるよ、と言って、夫はスマホを弄り始めた。


浦島太郎の物語を検索しているのだろう。


夫は、こう言う事は本当にマメだ。


夫は、スマホを見ながら、雄略天皇22年の時、雲龍山の麓(ふもと)の筒川庄水の江の里に住む青年、浦嶋子(うらしまこ)は一人舟で釣りに出て、3日3晩の後に五色の亀を釣りあげた。


嶋子がうたた寝をしている間に、亀は絶世の美女に変身し、嶋子は誘われるままに蓬莱山へと連れられる。


美女の名は亀姫。


嶋子は蓬莱山で亀姫と結婚し、夢のような3年間を過ごすが、やがて望郷の念にかられて一人帰郷する。


亀姫は別れ際に、決して開けてはならないと注意しながらも玉櫛笥(たまくしげ)を渡す。


故郷に戻るも、そこにはかつての村の姿はなく、見たことのない景色ばかり。


すでに知る人もなく呆然として嶋子は、しばらく歩いて、村人に水江の浦の嶋子の家族のことを聞いてみた。


すると村人は、不思議そうな顔をして、今から300年前に嶋子という者が、海に出たまま帰ってこなかったという話を、年寄りから聞いた事があるが、と答えたと言う。


嶋子が故郷に戻ったのは、なんと300年後だったのだ。


嶋子は、つい玉櫛笥(たまくしげ)を開けてしまうと、芳(かぐわ)しい香りが天に流れて行きましたとさ。


おしまい、と夫は笑って言った。


私は、浦嶋子(うらしまこ)と聞いて、ちょっと可愛らしくて笑ってしまった。


しかし、蓬莱山へ行くとは、まるで徐福伝説のようだ。


夫は、浦島太郎は、特に丹後の国、つまり京都府で広く信仰されていて、同府の元伊勢の籠(この)神社と、浦嶋神社が、その信仰の中心的な役割をしていると語った。


浦嶋神社の主祭神は浦嶋子(うらしまこ)だが、籠(この)神社の祭神は、彦火明命(ひこほあかり)と言う神であり、彦火明命(ひこほあかり)は、饒速日命(にぎはやひ)の別名であると言う。


饒速日命(にぎはやひ)は邇邇芸命(ににぎ)とは別系統の天孫で、物部氏の祖神である。


夫曰く、彦火明命(ひこほあかり)は、海部氏など多くの有力氏族の祖神であるが、彦火明命(ひこほあかり)を投影した存在が浦嶋子であると言う。


そして浦嶋子の逸話を見る限り、彦火明命(ひこほあかり)は秦の始皇帝の命により、蓬莱山を目指した徐福の投影であろうと語った。


なに?


だとすると、素戔嗚尊(すさのお)や大山祇神(おおやまつみ)だけでなく、饒速日命(にぎはやひ)や天火明命(あめのほあかり)も徐福なのかと、私は夫に尋ねた。


夫は、そうだろうね。


それだけではなく、猿田彦大神(さるたひこ)や、蛾の皮の着物を着て、常世の国より来訪し、大国主神(おおくにぬし)と共に国造りを行った少彦名命(すくなびこな)と言う神も、恐らく徐福の投影だと思うよ、と言った。


少彦名命(すくなびこな)とは、いたずら者の神で、教えに従わず、親である高御産巣日神(たかむすび)の指の間からこぼれ落ち、波の彼方から葦原中国(あしはらのなかつくに)へとやって来た常世(とこよ)の神であると言う。


常世(とこよ)とは、仙人が遊ぶ不老不死の楽園である。


少彦名命(すくなびこな)の神格は多岐に渡り、国造りの協力神であり、医薬の神であり、温泉の神であり、禁厭(まじない)の神であり、酒造の神であり、穀物の神である。


夫が言うには、これらの神々の伝承は、各地に散っていった、様々な氏族に伝わる、たった一人の偉大な祖神にまつわる話しであると言う。


夫の話しが本当であるなら、日本神話は、何故、一人の祖神をバラバラにするような真似をしたのだろう。


私は、何か触れてはいけないものに触れているような、そんな感覚に陥っていた。

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