参拾陸)人と、ヒトと猫の縁の事4
821体の吸血鬼。
そのうち820は、雑魚だ。
「
ワン。
詰めが甘い。脇が甘い。
人の力を舐めすぎたのかもしれない。
彼女の出自は、人ではないのだから。人の気持ちや人の強さを知らないのだ。何か守りたいものがある時、人はとても強くなれると言うことを。あの吸血鬼には。
オレは現世へ来る前に、御釈迦さまに教えられていた。
彼女がどうして生まれたのか。
何を求めているのか。
そして、この戦いの結末も。
けど、誰にも言うなってことだったからね。
知らないフリをしている方が簡単だ。何事も感じなければ。だから、オレはやはり何かをせずにはいられない。何事も感じない木偶人形ではないのだから。届くか分からない、その大切なものに手を伸ばさずにはいられない。死んで、天国へ上り、犬となって帰って来ても、この
大勢のものを救う。
それが今も昔も変わらず
隣にいる「者」も変わらないが。
「ナカオカ、俺たちも行くか」
「ああ」
オレ達は見下ろしている。
昂作とモミジが今まさに、ナポレオン率いる大軍と交戦しようとするところだ。
少し離れた所に、十数人の「偉人の生まれ変わり」がいる。でも、それらが昂作たちの所に来る前に、2人はやられてしまうだろう。
オレが行くしかない。
コーギーだろうと、オレは神犬だぞ。
できないことはないさ。
「2人が干からびる前に、な」
「おまえ、口が悪いな」
「今回の俺はすっかりグレた口だからな」
「まあ、さっさと『
そう言いながら、屋根から飛び降りる。
ちょうど2人の前に、落ちるコースだ。
俺はすんなりと着地し、ナカオカ――中田真司も上手く着地したようだ。
だいぶ大きな受け身を取ることになったけれど。屋根の上から飛んだのだから、しょうがないが。
目の前に黒の大軍が迫る。
イナゴの大群のような靄。
それが眼前に迫るのは、恐怖と気味の悪さを喚起させる。
嫌な空気を吹き飛ばすかのように、自分に与えられた力を使う。
フウ――と息を吐く。
御釈迦さまに与えられた退魔の力。
龍神さまの息吹が如く、敵を灼く。
大軍は、たったの数十匹を残して、ただの灰へと化した。一瞬にして喪失した吸血鬼に、敵味方の全員が慌てふためく。これならば、この街の人間に勝機はある。これでオレの役目も終わりだろう。
まだ先に控えるソレと戦うのは、人の力だ。
だから――じゃあな、中岡。
〇
「りゅう!」
一瞬にして敵の数が減ったと思ったときには、敵との乱戦へと巻き込まれた。
そして、龍馬がいなくなったことに気づいた。
彼の名を呼びながら、敵を斬る。
ふと、りゅうはどこかに行ってしまった。
さっきまで隣にいたのに。
今は、どこにもいない。
前からは敵が、後ろからは増援が来たせいでまともに探せる状態ではなく、敵を斬りながら、彼の名を呼ぶことしかできない。まだ地面がまともに見えるほどの隙間がない。
こんな状態では探すこともままならない。
「りゅう、どこだ!」
数十に減った敵は、我ら町の人間の手で大きく数を減らした。
過去の記憶を取り戻した街のみんなは、まるで軍隊のように、敵を倒していく。
人の力を舐めすぎたな、吸血鬼。
斬り裂き、斬り裂いた。
「真司さん」
「どうした? もうへばったのか」
昂作はモミジと共に、ナポレオンと対峙していた。
「いえ、後ろに敵を通したかなんて、気を配る余裕がないもので」
「分かった。さっさと片付けろ」
咥えたタバコを投げ捨てる。
肺に負担をかけてもいられない。
「さて、全力で行くぞ」
――どこにいる、りゅう。
潰されてないと良いが。
黒の数が減り、人の方が多くなってくる。
すると、地面にそれが落ちているのを見つけた。
古い拳銃だ。とてもシンプルなリボルバー。
今と比べて非常にすっきりとしたデザインをしている。昔、アイツが持っていた物だ。
それを拾い上げた時、ようやくこれが置き土産だと気付いた。
友人の大切な置き土産。
ここから先は、人の力でやれと言うことなんだろう。
天の力などを頼ることなく、人だけの力で問題を解決しろと言うことなんだろう。
だから、ここは俺たちが必死になるしかないのだ。
「真司さん」
誰かの声がした。街の人の1人だ。
すると、1匹の吸血鬼が戦闘から抜け出し、まさに京香たちの方へと駆け出そうとしているところだった。それに気づき止める余裕と手段を持つのは、俺だけだ。
「そういうことか」
何もかもお見通しということだ。
彼には、何もかもを知らされていたのだ。
「りゅう、よ。ありがとう」
でも、俺は龍馬のように銃を扱ったわけではない。
こんなの撃つのは初めてだからな。
慎重に狙いを定めている暇もない。
ましてや、吸血鬼の速さは弾丸の速度を超越する。ならば、当たるも当たらぬも、すべては天の采配というしかない。だから、狙いもそこそこに、弾丸を撃つ。
「当たれ!!」
パン。
乾いた音と共に、銀の銃弾が発射される。
小さく、速い弾丸を目で追えるわけもなく。
その結果は、瞬時に判明した。
「ggggggyyaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAA」
吸血鬼は、灰になる。
俺は、彼女の道を守れたようだ。
「お前の志も、かな……龍馬」
戦いの最中、天を仰ぐ。
今回も、先にいくのかよ。
○○
「よく捌けるよっ、ね!」
長巻の重い一撃をサーベルで捌いている。
長巻と言うのは、日本刀の柄の部分を長くした、薙刀と刀の中間のような武器だ。
もちろんそこそこの重量もあるし、切れ味もある。サーベルの細い刃では、受け止めることもできないはずだが。何で?
「コーサクも、なんかやってやってよ」
「……」
返事がない。それはそうだ。
耳にイヤホンが入っているんだから。
「うらあ!」
袈裟掛けに長巻を振り下ろす。
当り前ながら、それを受け止められる。だが、本当の目的はそれではない。
長巻の柄を、コーサクに向けて突き出す!
「うおおおぅ!」
チッ、避けられた。
コーサクもさすがにイヤホンを取る。
「モミジ、何すんだよ」
「それはこっちのセリフ!! 耳にそんなの入れて。シャカシャカシャカシャカ……、今どきの若者かっ!」
「今どきの若者だっての。こうしてっと戦い易いからやってるの。リズム戦法なんだよ」
「まったく!ふざけてるだけでしょ」
「面白きことなき世を面白く――ってね」
「うるさい。さっさと――」
口喧嘩する私たちの間にサーベルが突き出される。
瞬時に身を躱す。
目の前には、敵。
周りは、騒乱。
そんなことをしている場合ではないのは、知っているよ。
「戦いの最中に痴話喧嘩か」とナポレオン。
「痴話じゃぁないってのッ!」
長巻を突き出す。
怒りにまかせて武器を振るう。
「コーサク、こっちは何とかするから。作戦でも考えて」
「はいはい」
「ったく!」
そんなことを言いながらも、武器をサーベル目掛けて振り下ろし続ける。
でも、その剣は刃零れ1つする気配がない。
「日本刀というのは、良いものだな」
「ん?」
「美しい」
「そんなこと関係ない、でしょ?」
「あるさ。それが欲しくなった。オマエを斬り裂いて、奪う」
ナポレオンは、剣に手を掛ける。
おもむろに、剣の刀身を引き抜く。
いや、引き抜いたように思えた。
だが、そこには白いサーベルが残っていた。さきほどよりももっと細い。
左手には銀色の刀が握られていた。
「コイツ、始めから?」
「覚悟しろ。これはうちの錬金術師の特別性だ」
そのとき、遠くでバンという音がした。
その音にナポレオンは大きな反応を見せる。
「この音、古い拳銃だな」
「……」
「おっと、失礼。やろう」
ナポレオンは、銀色の剣を捨てる。
「捨てていいの?二刀流じゃなくて」
「もちろん、これは真剣勝負だ」
「分かったよ」
長巻を再度構えなおす。
「戦争好きで、新しいものが好きってこと?」
剣を交えながら、話を振る。
それに笑いながら、彼は答える。
「無論。お前たちから、それをいただく」
「そう」
剣を交える。
白い刃は、こちらと同等以上に渡り合う。
斬り合うたびに、長巻の刃の方が欠けていく。
確かに、こっちの剣は銀製の柔らかい物だが。
「くッ」
「フハハハハ」
切り結ぶ。これでは負ける。
長巻の切っ先が、いとも簡単に弾かれる。
「これで吾輩の勝ち」
「……」
バン――すぐ近くで銃声が響く。
直後、敵のサーベルを弾き飛ばした。
「すきありぃ」
すぐ近くから拳銃と刀を持ったコーサクが走り出してくる。
ナポレオンは、必死に身をよじり躱したが、利き手である右腕を斬り落とされた。
切り口から灰へと変わっていく。
「GUguuuuuuuuu」
ナポレオンは傷を抑え、獣のような呻き声を上げる。
アタシの隣に並んだコーサクは、手に拳銃を持っていた。
「どしたの、それ」
「何か使えるものないかなって、ウロウロしてたら真司さんが持ってて。無理やり借りてきた」
「無理やりって……」
ナポレオンは、それでも睨んでくる。
もう後は消えるばかりだろうに。
「まだだ」
落ちていた、先に外した銀の刀身を左手に掴み、それを右腕の傷口に埋め込んだ。
さらに左手で、サーベルを持ち直す。
歪な2刀流。
苦痛に顔を歪ませながら、向かってきた。
もう手負いなのに。
「せめて」
コーサクのイヤホンから音が漏れている。
そのリズムに、アタシが合わせる。
曲が変わる。
これはアタシも好きな曲だ。
リズムも分かる。
「安らかに、散れ」
「悔いて、滅べ」
敵の剣を流れるように受け、弾き、攻める。
音に合わせれば、コーサクの呼吸が分かった。
合わせるのは、簡単だ。
音に乗せて、演舞。
「西洋の偉人に、敬意を」
右手の刃を、私が弾き飛ばす。
「吸血鬼に、鉄槌を」
コーサクは右手の剣を弾く。
踊るように、舞うように。
「giggg――」
2人の剣がナポレオンの体を貫いた。
彼は、まるで夢でも見ているかのような顔で、灰となって行った。
「ふうう」
「やったな」
気が抜けてへたり込んだアタシに、コーサクが手を差しだした。
街灯に照らされた彼の顔は、ちょっと――ちょっとだけいつもとは違って見える。
「ありがと」
「ん、なに? 俺、カッコ良かった?」
「……」
まったく――いつもの調子だ。
アタシはその手をはたいて、自分で立ち上がる。
ほんのちょっとだけ、1ミリも満たないくらいだけど……
ときめいたアタシの心を返せ。
「ったく――……さっさと行くよ。キョーカが心配だし」
「だな。ほら、走るぞ」
私は力いっぱい、コーサクを殴なぐった。
乙女心の分からないヤツ。
◇
街の中で、最大の戦局を迎むかえた820体の吸血鬼との戦争。
それを横目に見ながら、1人の男が屋根を走っていた。
一度家に戻った彼には、疲労が蓄積していた。
「間に合え」
沖田総司は、走る。
最後の戦いの地まで、あとわずかの距離だった。
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