参拾弐)浪人の、美剣士と斬り結ぶ縁の事
大事件は、私たちがまだタクシーで刀剣類を運搬しているうちに起こっていた。
その重大性ゆえに、知らせはすぐに真司さんのケータイに届けられた。
「ヤバいな。先手を打たれたみたいだ」
道の脇に止めたタクシーを急発進させながら言う。
懐にケータイをしまう姿に、焦りの色が見受けられた。
「何が起きたんですか?」
「ヤツが連れ去られたらしい」
「『ヤツ』?」
「ホルスト・アウアーさ」
「ホルストさんがの?」
ホルスト・アウアーの誘拐ゆうかい。
嫌いやな汗が背筋せすじを流れる。
□□□
すぐに車は、私たちの家へと向かった。
残りの剣のデリバリーは、真司さんとりゅう君に押し付けることになってしまったけれど、2人は「早く行ってやれ」と私たちを送り出してくれた。
真司さんは、私を下すとすぐに車を発進させ、他の家へと向かっていく。
玄関先から、すでに室内の空気は悪い。
みんなの雰囲気は、最悪だった。
ホルストが、目の前から連れ去られるなんて。他に4人の戦士がいながら……そんな気持ちが全員の顔から見て取れる。
ショックは大きいだろう。
私だって心が苦しい。
でも、沈(しず)んではいられない。
「もうすぐ夜だね」
日は次第に赤くなり始めていた。
時間は、午後5時になるところ。
まだまだ彼らの時間ではないが、そろそろ出発の時だろう。
家を出て、今まで練ってきた作戦を実行に移すときだ。
でも――
「こんなに早いとは」
小舟さんは声を落とす。
「女王の命令に従ったんだろう」
マタさんは言う。
女王が呼べば、彼らは全力で向かうという。
彼らも、なんとかしてこの地に駆けつけてきたのだろう。
1000の軍団をもって、戦争をするために。
その数の吸血鬼さえいれば、この町を滅ぼすことなど簡単だ。いや、一匹でも普通の人間では大変なんだけど。恐るべき身体能力と血の力を使う、不死の怪物。
簡単に人間が倒せるものではない。
でも、私は、この人たちを信じてる。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ、早々に」
私と小舟さんは、勢いよく立ち上がる。
「いや、待ってください」と2人。
ブラムさんと沖田さんは作戦の実行止める。
目には強い光。
何か思惑があるのだろう。
マタさんは、ブラムさんの服をひっかく。
「なんでさ?」
「まずは、少し日が沈むのを待とう。そして、できる限り敵を引きつけた後、猫と彼女が出る。この作戦を勧める。そうすれば道中、少しは楽に進める。どうだ?」
「それは、間違ってはいない。だが――」
「――敵が押し寄せることになるぞ」
「覚悟の上だ」
全員で家に籠り、敵を引き付けてから突破する。
捨て身であり、背水の陣。
とても危険な作戦だ。
少数対多数の戦争で、敵に先手を取らせるのは相当のリスクだろう。
攻め込まれ過ぎれば、私たちの負けは避けられない。この町も、全滅ということに。そんな危険性を持った作戦ではあるが、勝ちを取るためにはその方が良いのかもしれない。
そもそも勝つという前提がおかしいのかな。
これは、私とマタさんが女王を説得するという「戦い」なんだから。
すべては私たちに掛かっているのだから。
「それは全員で、ということですか?」
「どういう意味だ?」
ブラムさんが沖田さんを睨みつけた。
「私は、行くところがあります」
彼は、真剣な顔で言う。
戦いに行く武士の顔だ。
「どこに?」
「隣の家の者に、剣を持っていこうと思います。玉城豊と言いましたか」
「本気か?」マタさんが呆れる「俺があれほど言ってもダメだったのに?」
沖田さんは自分の刀を握る。
その指の先は赤くなる。
ミシミシという音が聞こえてきそうなほどに、刀は強く握られている。
「彼が土方さんだというなら、口から語る言葉なんて通じないんです。僕らの言葉は、口から出るものじゃないんです。刀から生まれるのが、本当の言葉なんです。ねえ、近藤さん」
「つまり?」
「あの人が決めたんですよ。戦いから逃げるなら、斬るって」
士道不覚悟でしょう。
そう言って、立ち上がった。
本当にもう一本の刀を手に取って。
「もし作戦に支障が出そうなら、場所を変えます」
「分かった」
ブラムさんが頷く。
私には、彼らの絆は分からない。
「でも、斬るなんて」
「斬るか死ぬかなんですよ、俺たちは」
「……」
「ですが、帰って来るのが1人でも2人でも、ゼッタイに君のもとに戻ります」
彼は、私の
凛々しい顔に、見つめられる。
私は、それに少しどきんとして、
何も言わずに頷いた。
「しかし」
ブラムさんは、出て行く侍の後ろ姿を見送りながら呟く。
「作戦には、好都合。外に攻め手がいれば、私たちの勝率も上がる。作戦を深読みしてくれるだろう」
「そんな言い方って……」
小舟さんが、私をなだめる。
「我らの勝利のためには、仕方ないでしょう」
何も言えなかった。
戦争とは、そういうものかもしれないけど。
勝つためには、必要なのかもしれないけれど。
それでも、私は、それを悲しいと思う。
「まあ、少し待とう、京香」
「安全に送り出すために、俺も頑張るよ」
「ありがとう……マタさん。お父さん」
私には待つことと想うことしかできない。
沖田さん……
†
鋼と銀で作られているからでしょうか。
2本の刀を持ち比べてみると、重さの違いがよく分かりますね。
銀の使われている方が少し重いようです。
京香に持たせてみたら、「どっちもかなり重いけど」と言われてしまいましたが。
「さてと」
俺は、隣の家の門柱と向き合います。
そこには家の中の者と連絡をとる機械が着いているようでした。インターホンという機械だと聞きました。150年生きてみると、最近の技術の進歩は驚かされるばかりです。
どうやらボタンだけではなく、中の人と話せるタイプのようです。
「これを押すんですよね?」
まだこういうのには慣れていませんので。
ですが、玉城豊という彼のことです。
これを押したところで、応じてくれるとは思えません。少しだけ考えて、俺は急に妙案)を思いつきました。京香が女王の攻撃を受け、吹き飛んだ恐ろしい事件の傷跡を思い出したのです。
壁を破った跡は、現在ブルーシートで覆われているだけになっています。
まだ工事は先だと聞いていましたし。
これは好機。
一度近藤家の方に戻り、塀に上ります。
そんなことは造作もない。150年走り込んだ足腰には簡単なことです。
「よっ」
塀の上で、刀を構えます。
ふと、向こうに人がいることを思いだしました。
もしかしたら、このタイミングでシートの裏に彼がいるかもしれないのです。
ですが、後ろで、近藤家の中で、1人でも仲間が増えることを願っている人たちがいるのです。彼らのために、私は玉城に手助けさせる義務があるのです。
ままよ、と塀を蹴りました。
剣を振りかぶり、
「せい――」
勢いよくブルーシートを破りながら侵入(しんにゅう)。
「なっ!」
運良く彼にはぶつからずに済んだようです。
ただその横の勉強机の横の椅子から、転げ落ちてはいますけど。
それだけで済んだとはいえ、やはり印象は最悪。
驚きと怒りと恐れの入り交じった顔がこちらを見ていました。
でも、それでいいんです。
「何ですか、アナタ」
「説得に来ました」
刀で
今にも斬るという声で。
そして彼に言わなければならないんです。
椅子から転げ落ちた彼に。
玉城豊――土方さんの生まれ変わり。
こんな人が彼だなんて信じたくはないですけどね。
でも、猫の鼻は信用に足るのだと近藤さんの件で気付かされたのですから、認めざるを得ません。
俺は、彼に記憶を取り戻すために来たんです。
戦いの血を。
土方の血を。
あの戦で――おそらく吸血鬼と出会い――死んだ彼を。
ここに、呼び戻すために。
「剣を取れ!!」
俺は、持ってきた刀を玉城の前に投げ捨てる。
もう、ここからは戦いのみ。
剣だけが物を言う世界。
ただの――殺し合いだ。
「抜け」
一気に床を蹴り、一撃。
鋭く、脳天を叩き割るような一閃。
普通の人間には躱せない速度と力を乗せた。
轟音。だが、それは、床を斬り裂いただけだった。
奴は、すんでの所で避けたようだ。
相も変わらずに、腰は引けているけれど。
「逃がすか」
「ヒッ」
彼は逃げる。
家の階段を降り、下へ。
玄関へ向かうまでの間に、何度も刀を振るった。
しかし、一度も当たることはなかった。
「待てッ」
剣を握り、玉城は逃げていく。
それを全力で追いかける。猫とオニごっこし続けた俺に勝てるわけもない。追いかけては斬る。斬る。斬る。走っては斬り続ける。
そうして、玉城と僕はここに来た。
吸血鬼と最初に出会った廃工場だ。
真の闇が、すぐそこに迫っていた。
「なんで、僕を」
「オマエが、あの人だって?」
「――」
刀を構える。一向に立ち向かう気を見せない玉城に痺れを切らす。
もう殺すしかないのではと思えてくる。
「あの人は、そんな人じゃなかったんですよ。あなたのことを見ていると腹が立ってきます。ですから――」
平正眼。構えを変える。
玉城豊に価値はない。斬るしかないんだろう。
「死ね」
一刀のもとに首を刎ねる。
腰が引けて動けない相手には、これで十分だった。
「さようなら、土方さん」
「――」
踏みこんで、首を一文字に薙ぎ払う。
それで終わり――のはずだった。
玉城は刀をギリギリでしゃがんで避よけ、髪の毛の先が風に舞い散っただけ。
俺の剣が一般人を相手に空振りするなんて、思ってもみなかった。
「――」
「え?」
俺も本気で驚いた。
だが、それ以上に玉城自身が驚いていた。
「僕は、何を?」
「躱した……?」
慢心があったのは認めざるを得ない。
彼は一般の人間ではない。俺の上司であった土方歳三の生まれ変わり。あの人の才さえあれば、俺のただまっすぐに首を落とそうとする剣を躱せないはずがない。
それを言い終えぬうちに、斬る。
上から、振り下す。
それを彼は、右に退いて躱す。
そのとき――俺の体にゾクリとした悪寒を感じた。
殺気。
「!」
彼の目が「ギラリ」と光った。
慌てて、本気でななめ下から上へと逆袈裟切りを放つ。
だが――
その剣は、斜めではなく垂直に斬り上げられた。
斬り上げた?
「!――」
ついで、変な浮遊感を覚えた。
そこまでされて、ようやく自分が何をされたのかを察した。
俺は、しゃがみこんだ彼を見る。
足を払われたのだ。
ケンカのような実戦剣術。
懐かしい記憶が、思い返される。
「くっ」
うまく着地をするために、体を捌く。
『彼』の剣は、先手を取られたら負けてしまう。
どこまでも子どものケンカのように、攻めて、攻めて、攻められる。
ほら、今だって――
剣の抜かれる音。
鬼の顔で、睨んでいる。
「ッ――」
「フ」
手を抜けなくなった。
そして僕らは斬り合う。全力の立ち合い。
幾合も打ち合いを続けていると、辺りは完全なる闇に支配された。
奴らの時間だった。
強い、一陣の風。
それが俺と玉城の間に吹いた。
「始まった!」
戦争の開始だ。
何も言わず剣を仕舞い、俺は走り出した。
その後を玉城は黙(だま)って着いてきた。
戦いが始まったのを、肌で感じる。
「京香」
俺と玉城は、走る。
風のように、速く。
間に合え。そう願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます