参拾)死にし子ら、〇と出逢う事3
「オレだよ」
犬・りゅう君が口を利いた。
普通ならば、そこで
「犬が喋ったあああああああああああああぁぁぁぁ」
などのリアクションをすべきなのかも。
でも、なあ……
完全に二番煎じだものなー。
喋る猫であるマタさんと完全に被っている。それではさすがに大きなリアクションで驚くことなどできやしない。まったく同じ猫ではなかっただけマシだということだろうか。
「ああ……そうなんだー」
気まずさに薄いリアクションが漏れる。
みんなが無言すぎて怖い。
いや、それ以上がないのは分かってるけど。
「知ってたけどさ。薄すぎるだろ」
「そもそもボクは会ってるしな」とマタさん。
「あ、それもそうだね」
マタさんは、沖田の方を見る。
「ほら、あれだよ。夜に見知らぬ誰かに呼ばれて行ったろ?」
「ああー、あの時の呼び出した人が、この人――いや、犬なんですか」
「まあ……そう考えると、どういうことか、なんとなく察しはつくけど」
「君は、スゴイなー」
そう言いながらも、りゅう君の顔はどんどん陰っていく。
キャラの被りを本人も気にしているようだ。
「真司、代わりに説明してやってくれ」
「すねるなよ。子ども――いや、仔犬じゃあるまいし」
「……」
彼は何も言わず、顎をテーブルに乗せる。
喋る気はない、そう言っているようだった。
だが、それに異を唱えたのは、私たちではなく、退魔の集団の1人であるブラムであった。
彼は海外の人間であるが、とても日本語がうまい。
「オマエに喋ってもらわねば、困るのだがな。我々の秘密を知る運転手など、信用に置けぬ。オマエの正体も、こちらとしてはしっかりと説明してもらわねば。だいたい――」
「止めていただけませんか」
それに口を挟んだのは、小舟さんだった。
「コブネ、何故止める」
「大切なのは、この運転手ではありません。私には、分かるのです。この犬の方なのです。この方を使わされた方に、私は反論する事さえできません」
「何?」
「何を言っているの?」
私たちにだって分からない。
意味不明な言葉たちが飛び交う状況に、混乱は増すばかりだ。
「リクエストは、お前らしいけど。どうだ?」
「……」
コーギーは完全にむくれている。
卓にべたっと伏せて、今にも溶けそう。
「これならしょうがないだろ? 代理として話すとするさ。この『お犬様』に代わってね」
彼は、ふとテーブルの上を見回した。
何もない、木製のテーブルがそこにあるだけ。
正しくは、やる気のなくなった犬の頭が乗っているだけだ。
「冷たい嬢ちゃん」
「はい。というか、止めて下さい。その呼び方」
「ここからは、長くなる。とにかくお茶だな。あと灰皿と」
そんな図図しい人を、初めて見たよ。
さて――そう言いながら話を始めるようだ。
「何から話したものかな」
湯気の立つ湯呑を前に難しい顔をする。
卓上には、7つの湯呑と2つの深めの小皿。
7つには温かいお茶が、2つには水が入っている。犬も猫舌らしいし。
「さて、とりあえず俺とこの相棒のことを信じてもらえるようにだな。じゃあ、猫」
「なんだ?」
彼は両腕を広げる。
「俺の匂いを嗅げ」
「ん?」
マタさんが「?」となってる。
が、そこをりゅうが訂正した。
「真司、匂いじゃない魂のカタチだ。あと、たぶんお前の場合、
「漢字が聞こえるわけじゃないから、分かんないが。たぶん悪口だな」
「いや、そんなんどうでもいいよ。というか、オマエやっぱり……」
マタさんが驚く。
魂のカタチ?
そんなとこまで、知ってるんだ。
この人は、何者なんだろ?
「リアクションは、もう少し取って置けよ。猫」
「あ、オレのも判別よろしく」
2人は目をつぶり、ジッと動かない。
マタさんはテーブルの上に飛び乗って、鼻をひくひくとさせながら2人の方に近づいて行く。いつも通り匂いを嗅ぐように、魂のカタチを見ていく。真司もまた誰かの生まれ変わりということだろうか。りゅう君も、なのかな。
マタさんは、目を開ける。
「!」
「誰なの?」
2人は小さく笑みを湛えながら待っている。
「中田真司。オマエは、
「そうだ。いや、正確には、そう聞いている、だが」
「で、りゅう。オマエは――
「そうだぞ」
全員の頭の中に『?』が浮かんだ。
私には人の心なんて見えないけれど、みんなのどう見ても開いた口がふさがらないという顔からは「ハテナ」というもの以外見てとれなかった。
そして、何故かマタさんも首を傾げてる。
鼻もぴくぴくしてる。
「あの……」
もっとも早く我に返った私は尋ねる。
「龍馬さんが、どうして犬に? しかも、コーギーに」
「カワイイだろ? コーギー」
「いや、というか、それだけじゃないんですよ。えっと……中田さんが多くの事情を知っているのは、龍馬さんから聞いていたということですか?」
「りゅうで良いよ」
「では、りゅう君、どういうことなんですか? なんで事情を?」
「ここは喋るしかないかなぁ」
と言いながらも、彼は話を始めた。
彼が、どう犬になったかを。
ただどうにも口調は可愛らしくなっていて、坂本龍馬という偉人であったとは思えない。どうにも威厳がない。
◆◆◆
オレは、実は解脱間近だったんだよ。
でも、今回の吸血鬼騒動。
これは下手をすれば、人類存亡の危機。
日本の御釈迦さまとしても、国までオシャカにすることはない、手助けしようと考えたんだってさ。なんだか、おかしな話だけどね。
ダジャレのことじゃなく。
オシャカのくだりは、本人が言ってたから。
天国のユーモアのレベルは、高くないんだ。
決してオレは言ってない。
それはともかく。
人間をすべて失うという異常事態が起きることに、危機感を覚えないわけもない。
だけれども、自分が向かうわけにもいかない。
なら、と思った御釈迦さまは、そこら辺にいた戦いの経験者を集めてきた。
天国にいたままの者たちの中からね。
輪廻から外れて、もう天国の住人になって者たちなんて、基本的に善人しかいない。
いや、善人と括るにも畏れ多い、本当の聖者しかいないんだよ。
戦争経験どころか戦闘経験も、ケンカすらしたことがないような聖者しかいない。
すると、オレや他の何人かしかいなくなっちゃってさ。
まあ、そんなこんなで犬の体を借りて、ここに降り立ったわけ。
なんで、犬かって?
オレも言ったんだよ。
犬はないって。
でも、「猫又で猫派は掴めるけど、犬派のことも考えなさい」って御釈迦さまは言ってたよ。で、オレは強制的にコーギー犬にされてね。けど、まあ、「なんやかんやであと10回だしな」――みたいなことが小さな声で聞こえて来たけど、あれは何だったんだろうなー。
という感じで、オレはここに来た。
ちょうど地上に降りた時に中岡と出くわしてね。
たぶん、御釈迦さまの計らいなんだろうけど。
オレの役割はただ1つ。
偉人と退魔――この2つを結びつけること。
それこそ薩摩と長州を結びつけるみたいにね。
□□□
りゅう君が上手くまとめたとこで、話は終わった。
「つまり、アナタは」と沖田さん。「天国から私たちを助けてくれるように送られたと?」
「そう。君らが死に絶えることを望んではいないということさ。君らというのは、この町やこの世界中の全員のことではあるけどね」
「でも、助けてくれるんですよね?」
私も、尋ねる。
「それはもちろん。君たちと一緒に戦うさ。すでに何度も手助けはしてるしね」
「あ」
沖田さんが呟いた。
で、1人だけ納得した顔をする。
何かに気づいたらしい。
そんな中、土御門小舟さんが不服そうだ。
「ですが、我々が協力する理由がありませんね」
「ん?」
「つまり、私どもは猫又を調伏して、吸血鬼と対峙してもいいわけです。それが我らならば可能でしょう」
「いや、不可能だよ。彼らに3人で挑むなんてさ、正気の沙汰じゃなない」
「どういうことです? 吸血鬼の数十匹程度……」
りゅうの耳がピクンと動く。
ブラムさんの方を向き、尋ねる。
「それ、どこ情報?」
「もちろん。我らの情報だ」
「法皇さんの御膝元だね。彼らは、自分たちがそこで見張れていると思っているだけだよ」
「違うとでも?」
「今や、吸血鬼のマーケットは全世界だよ。欧州だけ見張ってても意味はない。まあ、主力が
「なら、正確な数は?」
小舟さんは、目を光らせる。
「およそ1000」
「1000だと……」
ブラムさんは、頭を抱える。
空気がスッと重くなった。
だが、1人だけは、逆に目に火が点る。
怒りの炎だ。
「それでも戦わねば」
退魔師の一団で、最も口数の少ない男。
「ホルスト、数を聞いただろ? 我々が早急にすべきは応援要請だ」
「しかし、僕には師の仇を取るという目的が」
「お前の気持ちは分かるが、数は……」
ワン。
神犬・りゅうの鶴の――いや、犬の一鳴き。
「君ら1人1人が百人力の猛者だろ? なら、それが10人集まれば千人力だよ」
「ですが、普通の人間たちでは……」
「小舟、この街は縁っていうのに愛されててね」
「縁、ですか」
「沖田総司を中心に、あの時代の生まれ変わりがここにはいる。ここに中岡慎太郎と坂本龍馬が来たように、この父親は近藤勇の生まれ変わりだし。そして、お前も――」
「やっぱりか!」
マタさんが急に叫んだ。
ずっと静かだったのに、話の転がり方を見て、黙だまっていられなくなったみたいだった。
「そんな気がしたんだよな~」
「そう。小舟は、
「私が――勝海舟」
「君たちなら、昔の記憶を覚えてなくとも体が自然に動くだろう。沖田、近藤、中岡、海舟――それにオレ。さらにそこの2人がいれば、敵をほぼ食い止められるだろう。でも、真の目的はそこじゃない」
りゅう君は、続ける。
「オレたちが町中に散らばる吸血鬼の惹き付け役をするのさ。ある程度自由に動けるようになったら、猫又と彼女は王のもとへ向かってほしい」
「私が……?」
「ちょっと待て。なんで京香が」
うちの父が、困惑している。
それ以上に、私も困っている。
りゅう君の目がまっすぐ私を見ていた。
「君たちの仕事は、吸血鬼の説得だからさ。説得には、もっとも安全な人間の方がいい。だからこそ、2人で敵の本拠地に向かってほしいのさ」
「本拠地ですか?」
「彼らはまだ動いていない。だが、この町の拠点をどこかに置くはずだ。あらゆる手を尽くして、調べ上げる。だから、ここからは分かるね」
「……」
マタさんも頷く。
「君たちが、どれだけ女王の心を動かせるかが勝敗をわけると言えちゃうんだ」
りゅう君は、小舟やブラムの方を向く。
「君たちは、応援を呼ぶのかもしれないね。でも、敵の数を知った本部の人間はどう動く? 君たちとまったく同じように退くか、増援かを迷うだろうね」
「だろうな」とブラム。
「否定はできません」
小舟さんも同意する。
「ならば、どうかオレたちに賭けないか? どうせダメかもしれないゲームだ」
「……」
小舟は、ブラムとホルストのほうを見る。
2人は、頷いた。
「わかりました。そちらに賭けさせていただきましょう。この土御門小舟、
「ブラム・ヘルシング。敵を討ち払おう」
「ホルスト・アウアー。技術を持って、皆さんを助けます」
3人が、名乗る。
「我々は戦います。ですが、この妖怪のためじゃない。生きとし生けるもののためです」
りゅうは、見事に敵と敵をまとめ上げた。
それは、たぶん彼の人間性だろう。
前世の人間性。
坂本龍馬の人間性だ。
彼の大いなる魅力のなせる業わざか、ここに同盟が成った。
そこから数日のうちに、2つのことが成った。
1つは、土御門小舟さんの一声で京都に置かれた日本の退魔師の本部より多くの武器が近藤家に届けられた。銀弾と銃、弓もあったが、その多くは刀剣であった。それもしっかりと小舟さんからの命令であったらしい。
みんな、馴染んだ武器がいいだろうと。
もう1つは、敵のことだ。
女王は1軒の家を根城にしたことが判明した。
その家は、先々代の町長の持家であったものだが、ここ数年無人となっていたものだった。寂れた西洋風の建物が、女王の好みであったに違いない。
戦争が、始まろうとしていた。
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