弐拾捌)死にし子ら、敵と出逢う事1

 犬の遠吠えが聞こえた。

 そんな犬もここらには、いなくなったのに。

 どこの子だろう。

 大きな声で哭いている。

 何かに騒いで、恐れているような声。

 

「どうしよう、お父さん」


 吸血鬼襲来の翌日。

 私の家は、金策に追われている。

 吸血鬼用の装備を整えるために銀が必要だった。

 それもかなりの量の。

 また剣を作るためには、その土台となる鋼も必須だ。

 鋼の剣に、銀の刃を付ける。

 そうでないと強度が足りなくなるから。

 かなりの技術が必要だとは思うが、金属加工を主としたうちの工場なら楽勝だと父は言う。

 

「ただ費用だよな……」

 

 父も、沖田さんも一緒に考える。

 

「ここは、借金してでもやるしかないと思うが」

「しかし、近藤さん。吸血鬼を倒しても誰かに賞金がもらえるわけでもないでしょうし、ただ家の負担が増すだけですよ」

「でも、それをしないと街は……なんだよね」

 

 借金まみれになっても、生きることの方が重要か。

 難しい問題だ。

 

「街だけじゃなく、世界が、になるだろうけどな」

「滅ぶなら、貯金を残しておく意味もなくなってしまいますよね」

「俺たち一家の犠牲で世界を救うか、犠牲にならず世界を滅ぼす道を選ぶかだな。そして、その責任は俺の方にあるのか……」

「……」

 

 はあ。

 3人揃ってため息が漏れる。

 

「あれ?」


 私はキョロキョロと見回す。

 今日は話し合いがやけにスムーズだ。

 

「あれ? マタさんは?」

「ああ、彼ならさっき外に行きました」

「えっ、なんでですか?」

「頭数のほうは、任せろとか言っていたので……でも、彼に任せて大丈夫なのかは不安ですけどね」

「じゃあ、私も」

「ダメですよ。外は危険です」

「なら、マタさんだって危険じゃ……」

「彼の足なら逃げられます。しかし……、彼のせいですよ」

「どういうことです?」

「俺たちがこんなに悩むことになったのは、あの猫のせいだと言ってるんです。アイツが吸血鬼の倒すなら銀や聖水に頼るしかないと。しかし、それしかないから困っているわけですよね」

「何を言ってるんですか?」

「そもそもこれを確立させたのは、誰なんでしょう? 誰が吸血鬼には銀が効き、それで倒せるとあの猫に言ったんでしょう?」


 それはそうだ。

 確かに、それがなんで確率されているのかを考えるべきだったのに。

 

 

      ◇◇◇

 

 

 猫は、語っていた。

 どこかで犬の遠吠えが聞こえる。

 2人の戦士と会話し、生まれ変わりであると告げた。そしてそれが猫又と近藤家を巻き込み、世界の滅亡に繋がることだと話すと両人とも了解してくれたのだった。そして、その後に、ここへ立ち寄った。昨日は断ると言った、玉城豊のもとに。

 

「世界は滅ぶんだ」

「――」

「オマエが無視しても、ボクは喋るぞ」

「――」

 

 猫は、1人の男に必死に説いた。

 世界が滅亡するかもしれないことを。

 この世が、吸血鬼で溢れる世界のことを。

 それでも豊は、首を縦に振らない。

 

「オマエが戦ってくれれば、百人力なんだが」

「僕は、戦うのが嫌なんです。傷付きたくない。もうケガは嫌ですよ」

「一昨年や一昨々年、交通事故に遭ってるらしいな」

「それだけじゃありません。ずっと一年に一度は事故に遭っていますし、運はことごとく悪い。僕には運も、力もない。他を探してください」

「また来るからな」

 

 猫は、窓から外へと飛び出した。

 

 

      □□□

 

 

 次の日の金曜、私たちは夜からまた話し合いを始めた。

 しかし、それも結局同じところで行き詰る。

 

「困ったな」と父。

「困りました」と沖田さん。


 どうしようもない。

 私たちに残された選択は、2つだけ。

 でも、選ばないといけない。

 あとは、ただ覚悟を決めるだけなんだ。

 自分の家族と世界の人を天秤にかけ、より世界に必用なものを選ぶという覚悟。

 

「やろう、お父さん」

「え?」

「たぶん、これはやらないといけないんだよ」

「自分たちの首を絞めてでも……か?」

「それでも、だよ」

 

 私の決意は固い。

 どうせ誰かが、この身を犠牲にしないといけないのだから。

 父は神妙な顔で頷いた。

 

「わかった」

「本気ですか?」

「もちろんだ」

 

 沖田さんも覚悟を決めたようだ。

 

「わかりました。やりましょう」

「ああ」

 

 1階で家族の決意が固まった頃、2階から足音が降りてきた。

 マタさんが食休みを終えたらしい。

 

「うー、今日も出かけるよ……」

「仲間集め?」

「そう」

 

 彼だけが、町にいる『偉人の生まれ変わり』を探知できる。

 その記憶さえ呼び覚ますことができれば、立派な戦力になると信じて。

 

「昨日は、2人の勧誘と玉城の説得で終わってしまったからな」

「玉城さん、どうだった?」

「あー、ゼンゼン……。反対しかしてこないし。いろいろ消耗する……」

「た、大変だね……」

「まあ、とにかく行ってくるよ」

 

 トボトボと玄関に向かって行った。

 それを沖田さんが、

 

「ちょっと待て」


 と呼び止める。


 その声で、マタさんはピタリと止まった。

 そして気怠そうに振り返る。

 

「何故オマエは知っていたんですか、吸血鬼を倒す方法を。そんなものが確立されているんですか?」

「当たり前だろ。だって、ボクも吸血鬼も実在する。実在するからこそ、実害があるってことだ。それに人間たちが対策を打たないわけがない」

「ということは、そういう人間も、戦う人間もいるのか?」

「いる。エクソシストや陰陽師という連中が」

「なら、それを仲間に引き込めば」

 

 父も話に割り込む。

 それなら銀を買う必要もないかもしれないと。

 

「いや、ダメだ」

「何故です?」

「沖田も京香も、アイツらにとっては敵だからだ」

「……」

 

 全員が息を飲む。

 

「生き返った者――不死者にも、奴らは攻撃を加えるだろう。化け物の眷属けんぞくとして、滅しようとして来る。それはあまりに危険だ」

「…………」

 

 マタさんは、そのまま外へ出て行った。

 

 

 

 

 猫は、さまざまな人に会った。

 少しでも偉人の匂いのする人間に声をかけ続けた。

 そして、最後に再び玉城へと会いに行った。

 

「いつ来てもダメですよ」


 彼は、振り返らず言った。

 窓を背にして、勉強のために机に向かっていた玉城豊。

 それでも猫又の気配を察して、それに話しかけたのだった。

 けれど、その答えは拒絶だった。

 

「頼む、土方」

「その名前で呼ばないで欲しいですね」

「戦う気はないのか? 世界が滅んでもか?」

「関係ないでしょう?」

 

 彼は机から顔を上げない。

 ただペンを走らせる音だけが響く。


「滅んでも滅ばなくても、何より勉強しないといけないんです」

「そんなの意味があるのか?」


 と、猫又は呟つぶやいて、再び窓から消えた。

 そして、そのまま近藤家へと帰って行った。

 

 

 

 マタさんは家に帰ってくると、深い溜息ためいきを吐はいた。

 

「あーあ」

「お疲れ様」

 

 マタさんは、居間に入って来て転がる。

 すでに父と沖田さんは、銀を買い付けるための算段を立てに工場の方へ行って、居間には私しかいなかった。そんな私の横で、マタさんは一番フカフカな、買って日の浅い沖田さん用の座布団に横になった。

 私は立ち上がって、台所から猫用のおやつのささみを持って来る。

 それを何も言わずに、むしゃむしゃと食べ出す。

 

「マタさんもガンバってるんだよね。世界も私たちも、守るために」


 と言った時だった。

 夢中で食べていたマタさんが顔を上げる。

 それも玄関の方に。

 

「マタさん、どうしたの?」

 

 ハッとした顔になって、固まった。

 そちらに顔を向けたまま、微動だにしない。

 

「え、なに?」


 私は訳が分からない。

 マタさんの顔も深刻になる。

 

「何かが来る……」

「何が――」

 

 私がマタさんに聞こうとした疑問を掻き消すように、玄関のチャイムが鳴った。

 その音に反応して、玄関へ応対に向かおうとしたのだが。

 1歩踏み出す瞬間、マタさんがその足にしがみ付いた。

 

「待て」


 ……え?

 

「行くな」


 私は、意味が分からず止まる。

 奥から父が応対へとやって来た。

 聞えてきたのは、一人の男の声だった。

 そして、私にも嫌な臭いがしてきた。恐怖さえ感じる嫌な臭い。

 背筋に鳥肌が立つ。

 

「ちょっと、勝手に」

 

 そんな父の声が聞こえたかと思えば、3人の人間が家の中に入ってきた。

 

「お邪魔致します」


 先頭の人は、不思議な人だった。

 男なのか女なのか分からない中性的な顔。

 背も低く、どこか女の人のようにも見える。

 でも、立ち振る舞いは男の人だ。

 その一因として、服装もあるのかもしれない。平安時代からやって来たような、不思議な衣装を着込んでいたからだ。


 その後ろの男は、もっと異様だった。

 腰まで届きそうな銀色の髪。

 黒い神父の服。

 鼻の高い顔つきと長身によって、日本人でないことは確かだ。

 鋭い眼光からは誰も逃げられない気さえする。


 もう1人は、あまりに普通な男の人だ。

 西洋人的な金色の髪に、ブルーの眼。

 柔和な感じの顔。

 爽やかなイケメンだ。

 着ている服装もラフで、首からはコインの首飾りを下げている。

 どこかの国のだろう、大きなコインだ。

 この人1人で見れば普通なのだが、その3人が揃っている様子は異様だった。


 

「こんばんは。いい夜ですね」


 先頭の背の低い人が、頭を下げ挨拶する。


「いきなりお宅に入ってしまいまして、申し訳ありません。ただ、こちらにただならぬ妖気を感じたもので、他の用事で来日した彼らと一緒にやってきました。私は、陰陽師おんみょうじ土御門つちみかど小舟こぶねという者です。以後お見知りおきを」

「コブネ、そんなことはどうでもいい。見ろ」

「何ですか急に、ブラム」

「猫の化け物が1つ、女の化け物が1つ。倒すのは簡単だ、さっさと帰ろう。こっちはまだ時差の影響で辛いのだから」

「時差ボケと言ってもアナタの国は、まだ昼のはずですよ。とはいえ、手は出してはいけません。仕事外で力を使うのは規則違反となっていますから。ここは私が片づけますので」


 小舟と名乗ったのは、たぶん男の人だろう。

 ブラムという人は、日本語話せるんだな。

 そんなことを考えながらも、私は動けずにいた。

 恐い。

 怖い。

 コワイ。

 こわい。

 恐怖が体を、石にする。

 彼は左手の中指と人差し指だけをぴんと立て、それをそっと唇の下に構える。

 何かの呪文でも詠唱しようとしたのだろう。

 そのとき――

 マタさんが背中の毛を逆立てて、威嚇する。

 2本の尻尾もぴんと立つ。

 

「何してんだ!」

「猫又、ですね」

 

 小舟さんは、構えを解かず続ける。

 

「そうだとも」

「では、調伏させていただきます」

 

 陰陽師は臨戦態勢に入る。

 あまりの異常事態に、3人の後ろの父親も動けずにいる。

 刹那――、

 ――Ga。

 居間の戸襖を、刀が突き抜ける。

 それは正確に、「ブラム」と呼ばれた男の脇の下を貫いていた。

 

「やはり。まだいたか。魔物の巣窟か、ここは」

「何してる……お前ら」

 

 戸の影から威嚇する沖田さん。

 殺意の籠った低く唸るような声は、背筋に寒気が走るほど怖く、今までに聞いたことのないようなトーンだった。

 目の前の陰陽師によりも恐ろしい。

 

「何を言うか、小僧の化け物」

「違う」

 

 沖田さんの刀が消える。

 そして、次の瞬間、襖はまるでジグソーパズルにでもなったように、破片になって床に転がった。

 刀を、ブラムに向ける。

 その切っ先には、殺気が光る。

 

「俺は、沖田総司。剣士だ」

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