弐拾参)黒猫の、死について語る事
さて、しっかりと説明していこうと思うよ。
1000年生きる猫又であるボクが、みんなにも分かりやすくね。
ん? みんなって誰だって?
沖田、オマエには関係ないことだって。
京香も、気にしないで聞いてくれ。
近藤勇の生まれ変わりのアンタもね。
えっと、名前……なんだっけ?
というか、そのままだな。
りょーかい。
じゃあ、みんなの疑問を解決していこうか。
勝太には、関係ない話かもしれないけど。
たぶん分かってるだろうしね。
でも、他のみんなには全部を説明しないといけないから、聞いててくれ。
京香の父親・近藤勝太の正体を指摘したこと。みんな、疑問だろう。
なぜ、彼は生まれ変わりであるのか?
どうしてそれが分かったか?
1からすべてを説明していくよ。
これで少しでも生まれ変わりや、世界の仕組みを理解してくれると助かるよ。
複雑な問題だからね。
で、何からしゃべろうか。
一番の疑問は、なぜ生まれ変わりと分かったかだろうな。
こんな冴えないおっさんが、近藤勇だと。
……あ、いや、なんでもない。
えっと……、なぜ判断できたか。それは簡単だ。
人の魂というのは、個人のカタチがあるんだよ。『カタチ』といっても、本当に一目見て判るものではないんだけどな。本当、心で感じ取るようなものなんだけど。それが一致していたからさ。
そんなカタチについては、クドクドと説明することではないから簡単に済ますよ。
つまりは、沖田総司の魂が沖田総司のカタチをしているように、勝太の魂は近藤勇の魂のカタチをしているんだ。人の魂は、それぞれ固有のカタチがあるってことさ。
だから、沖田の魂と近藤の魂はまったく別のものに見える。
それが魂ってやつなんだよ。
ボクにはそれが見える。
ただ1つ問題はある。
人の魂は、生まれ変わる時に微妙にカタチが変わってしまうんだ。
変わってるなら、なんで分かるのかって?
まあ、でも、その前に生まれ変わる仕組みを説明しないといけないんだよね。
日本の霊界は、基本的には御釈迦さまというのが治めてる――ボクもまだ行ったことはないから、そうらしいとしか言えないんだけど、彼の統治する世界では極々稀な事態が起こらない限り、新しい魂は生まれないんだ。代わりとして、魂が死んでは生まれ変わり、生まれては死ぬというサイクルが成り立っている。
この仕組みを『輪廻転生』というのだけど。
そんなサイクルが、日本を始め仏教の霊界に存在しているわけだ。
あと、もう1つ、大きな特徴がある。
説明するのは難しいけど、例えるならポイントカードみたいなものだね。
または台紙にシールを集めて、お皿に引きかえるみたいなものかな。
ん? 何を言ってるか分からない?
まあ、天国っていうのがあるとするよ。
たぶん、あるらしいんだけど、そこに行くために『徳』というポイントを貯めないといけないんだよ。
で、やっとこの世界の生まれ変わりから解放されるって仕組みなんだけどさ。
つまり、ポイントが足りないうちは、魂がリサイクルされてこの世に戻ってきたり、酷いところに行かされる。
そういう仕組みになっているんだ。
で、近藤の魂もこの世に戻って来ていた。
まだポイントが足りなかったんだろうね。
再びこの世界に生まれ変わり、戻ってきた。
少しだけ魂のカタチが変わってね。
人の魂は、この世に戻るときカタチを変えるんだ。
なんで?
なんで、って1度記憶を消したりする作業に影響されるんだと思うんだけど。ボクも生まれ変わりのシステムは知らないんだ。でも、人の魂は少しだけカタチを変えて生まれ変わる。
これは決まりきったことなんだよ。
人の魂には、独自のカタチがある。
カタチを変えて生まれ変わる。
という2点を覚えて、次の説明に行こうか。
じゃあ、ここからは、もっと複雑になるよ
なんで、あれが近藤勇なのか。
そこが説明の難しいところなんだけど。。
リサイクルした魂は、別の人間になる。
別の人間の魂として、この世に現れる。
つまり、変わってしまっているわけだ。
でもね、そのルールにも例外はある。歴史に名を残す人物や偉人・聖人・大悪人エトセトラは、魂の本質が大きく変わることはないんだよ。大きなことを成す魂として、独自のカタチを持っているんだ。
その魂は、大きく独特の光がある。
ヘンニャク……なんとかっていうやつらしいけど、忘れた。
結構前の知識だからなー。
うろ覚えだよ。
見分けかた? そんなの言われても人間には分からないよ。
魂の見える僕だからできることさ。
じっくり見ないと分からないんだけどさ。
彼が近藤勇の生まれ変わりであることは、間違いない。
これは揺るがない事実なんだよ。
やっと沖田総司が、近藤勇という知り合いの生まれ変わりに会えたわけだね。
良かった。
良かった。
でも、これでヤツの言っていたことが、何となくわかったよ。
それはお前もだろうな、沖田。
あ、こっちの話さ。
京香たちは知らないことだよ。
でも、これだけは言える。
この街にはたぶん何人かの――偉人の生まれ変わりがいるはずなんだ。
それは、いつもの日常に普通にいる人で、京香の側にいる人が実はそうだったりするかもしれない。一緒にいることで変な状況に巻き込まれたり、巻き込んだりする人……たぶんみんなも気付いているだろう。
人には『
京香がここに生きていて、ボクたちに出会ったように。
キミにぶつかり、ボクが京香の本当の家を住み家にしていたように。
京香のお父さんが、近藤勇の生まれ変わりであるようにさ。
縁――
――その力はバケモノよりも強大なんだ。
神の、この場合は御釈迦さまの裁量だ。
ボクは少し感動している。
こんなに深い縁を見たことがない。
とんでもなくスゴいことなんだ。
でも、逆に問題はあるけど
ん?
まあ、結構な問題だよ。
そんな人間が多く集まる土地は、災禍に巻き込まれやすい。
大きな災害や事件が起こりやすくなる。
日本の大きな戦争や事件なんかは、そうして起こってきていたんだよ。
人物が大成するように、世界が動くんだ。
事を成す人物が集まれば集まるほど、世界の運命の流れは『事を成させ』ようと働くからね。大人物たる魂が、大人物であるために。
世界は、そんな風向きになり始めた。
この街も、その波に巻き込まれようとしている。
――ボクは、ちょっとだけ言葉を切った。
再び生まれ来る魂が判別できるのは、それが『偉人』であるからこそだ。
ボクは、ゆっくりと思い出す。
大切な人のことを。
彼女の名は、
江戸・幕末。
ボクが出逢ったのは、一人の女の子。
猫を抱きかかえ、一人の侍に恋をした町娘。
当時の代であれば、それは身分違いの恋以外の何物でもなかったのだけれど。例え彼の病気が治っていても、結ばれることなどない間柄だった。それでも憧れの人が死なないように願った女の子がいた。
まだ幼かったが、仄かに美しさの片鱗が見えた。
外見もそうだが、何より心がキレイだった。
沖田総司の隠れ住む屋敷の近くで、ボクは彼女と出会う。
結核で寝込む沖田総司をどうにか助けたいと、黒猫の願掛けに縋った女の子。
彼女は町中の猫を抱いて、沖田の療養する植木屋の庭に解き放った。
ボクは、それに付き合った猫の一匹だ。
猫を集める彼女の表情は、美しかった。
結核は、江戸時代にはまだ治療法がなく、不治の病とされていた。
そして、京都から江戸に引き上げてきた沖田総司は、もう重篤な状態であった。彼の病気が治る機会は微塵もない。それでも彼女は願い続けた。
彼女は、だから、猫に縋る
黒猫が結核を治すというウワサを信じて。
『あの人が治りますように』
あの子の声が、ぼんやりと頭の中に響く。
叶わない願いだったのに。
切ない願いだったのに。
彼女の誠実で健気な願いに、ボクの心は震えた。
これは、ボクの恋だったと思う。
だから、僕の願いはひとつだけだ。
だった、ひとつ。
「あの子に、もう一度会いたい」
生まれ変わっていても、姿が変わっていても――心や、魂が変質していたとしても。
もう一度会いたい。
一目だけでも。
『おみやちゃん』と呼ばれていた、あの子に。
◇◇◇
「ボクの願いはね。京香」
「……ん?」
「大切な女の子に会うことなんだよ」
「女の子に?」
「でも、あの子は偉人じゃない」
「だとすれば……どうなるの?」
「偉人ではない人間の魂は、判別が付きづらいんだ」
普通の人間の魂は、見分けが付きにくい。
よーく見ても分からないままだ。
ボクはあの子を見つけることが、今までできなかった。
ボクの望みは、あの子に会うこと。
これが叶えば、沖田に殺されようと、何をしてもかまわない。例えばだけどね。
ボクの体を犠牲にして、キミたちが治るのならば、ボクは喜んで体を提供するよ。
――そんな……
「そんなに寂しいことかな?」
でも、ボクは京香を殺して、
沖田を150年も生かして……
迷惑をかけた。
それくらいの罪を犯したよ。
罰を受けるくらいの覚悟はある。
ボクは協力を惜しまない。だから、沖田も。
――フン……。
沖田、偉そうに鼻を鳴らすなよ。
吸血鬼という未曾有の恐怖が街を蝕み始めている。
すでに京香も2回ほど吸血鬼に襲われているようだし、これからさらに被害は増していくはずだ。どれだけの被害が出るのか、ボクたちはその災厄を退けることができるのか。不安でしかない。
でも、ボクは負けない。
あの子の魂に、会えるように。
時が動いているのを実感している。
あの主宰がボクと沖田に告げたように。
ここでまた世界を動かすべき英雄が生まれ、運命を捻じ曲げるような出来事が起こるのだと。運命の流れに巻き込まれ、決して沈まないように舵を切らねばならない。
その責任がある。
運命の足音は、近づいている。
街が巻き込まれる災厄の足音。
街に来る救いの手もまた。
海の向こうで。
日本の中心で。
ゆっくりと世界は、動いている。
■■■
数刻前、ルーマニア。
古いにしえから残る不気味な雰囲気を、今なお漂わせるトランシルヴァニア。
ブラン城にほど近い屋敷に籠こもりきりの女王は、重い腰を上げ立ち上がった。
深紅に濡ぬれたゴブレットを投げ捨てる。
それは床を埋うめ尽つくした死体の隙間に落ちて、コトリとも音をさせなかった。
「猫が見つかったか――さあ、参ろうぞ」
超音波も、
地球の裏側の音さえ聞き取る女王の耳。
その耳に、沖田と対峙した吸血鬼の声を感じ取っていた。
「黒き猫を――捧ぐのだ」
空気をしっかりと震わせる音。
それは彼女が僕に対し、命じるときに発する声だ。
低く、はきはきとした女の声は気品と気迫に満ち満ちている。
王としての覇気を含んだ声に、どこからか数人の人影が現れ、彼女の前に平伏した。
日本の街に現れた怪物とはあまりにも違う、恐ろしい空気をまとった影。
それが黒猫も恐れる彼女の直下の僕であった。
「行こう、日本へ」
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