第6話
日向が海に案内するとかなんとか言って、俺を急かすもんだから朝食を頂く隙のないまま外に出てしまった。さすがに寝ぐせとかは直したけれど、服は昨日着て来た一着しかないし、もうそれを着るしかなかったので今はだいぶ汗くさい。洗濯をしたいところだが、乾かしている間に着用するもんは旅館の浴衣くらいしかないのでそれで外に出るわけにもいかない。早めに服類を調達に行かねばならん。一応「俺、なんも持ってきてないからできれば早めに服とか必要なもん買いたいんだけど……」と日向に伝えると、「あ、日向の案内の後ならいいよ」と言われてしまった。
困ったことに、どうやら日向の案内とやらが優先なようで、俺はしょうがねえから頑張って日向様様の行動に合わせて後をついて行っている。朝一でどうしても俺を海へ連れて行きたいのか、本人が行きたいだけなのかとにかくわからないけれど。
ちなみに日向様様はというと、昨日のオレンジTシャツとはガラッと変わり、今日は白いワンピースをふわりとお召しになっている。生意気なことを喋らなければ可愛いぞ!と叫べるだろう。生意気なことを喋らなければな。
そして、外はまだ八時前だというのに太陽がサンサンと降り注ぎ、とても明るく暑い。ただでさえ今は服から汗臭さを感じるのに、更に臭くなる俺がいる気がする。
「はあ、予告なしに叩き起こされたのにも関わらず、こんなに日向の為に急いでやったんだから感謝しろよな」
「するする、てかななしぃ臭くない?」
「なんだよ、するする!って。返事が適当すぎるぞ。あと、服がねえんだって言っただろうが」
俺は朝、盛大な腹ダイブで日向に起こされた為、まだ若干腹を痛めたままだったりする。でも日向は反省のはの字もないし、感謝のかの字もないだろう。くっ。むかつく。そして、臭いとは何だこの野郎。我慢しろ。それとも俺に裸で外に出ろと言っているのか?
「で、バス停がありそうな場所とは反対方向へ歩いているが、こっからどうやって行くんだ?」
スマートフォンで調べたところ、宮崎県の日南らへんの交通手段は主にバスか電車みたいだが、特に今いる地点は徒歩でいける駅もなく、まずは路線バスでないとどこかに向かいにくい場所な気がする。
しかし、日向はバス停があるであろう道路付近とは逆方向へと歩いている。目的とやらの海は歩ける距離で実は近いのだろうか。
「ジャーーン。これうちの夏美ちゃんの車!いつもここの駐車場使ってんだあ!可愛いでしょ、蛍光ピンク!」
すると、突然日向は目的地の到着ではなく、何故か夏美さんの車のご紹介をし始める。全然これからの旅には関係ないはずの、夏美さんの車の紹介をだ。俺は嫌な予感がしたが、その予感はきっと勘違いだと言い聞かせ考えないよう努力する。
「車の中には、きらきらのじゃらじゃらがいっぱい!可愛い車でしょ!?でも前は見えやすいように、ちゃんと考えて装飾をしているのだ!夏美ちゃん天才!」
「うんすごいすごい。で、日向さん?目的地はここから近いの?」
俺は全然関係ない話より、目的地までを知りたいので強引に聞くと、意味不明な言葉が返ってきてしまった。
「そうです、ななしぃの運転の腕がこれから試されるのです!」
「は?はああ?え?」
ふざけんな!なにが「そうです!」だ。会話が全く噛み合ってなかったぞ。
そして、車を紹介された瞬間に超ヤな予感したのだが、それは的中という訳か。
「俺が運転できない奴だったらどうしたんだよ!?」
「うーーん無理やりかな?」
「おい、それ下手したら捕まるやつだぞ。交通のルール以前の問題だ。常識くらい学んどけ。はあ、まったく……まあ、運転はしてやれるけど、この車勝手に使って大丈夫か?」
すると、「大丈夫大丈夫!」と日向は俺に車のキーを渡す。
おいおいおい、お前は捕まらなくてもお前のせいだとしてもだ……大人が全ての責任を取ることになるのを知って言ってるのかこいつは。誰でも簡単に運転させるなんて行為をしていないだろうな?
しかも、人の車を勝手に運転させようなんてぶっ飛んでやがる。
「許可は取ってないけれど、大丈夫!」
「大丈夫じゃないだろそれ」
日向の顔を呆れた顔で見ていると、諦めろと言わんばかりに俺に向かってこれしかないと訴える。
「いいから、出発しようよ。もうこれでしか行く手段ないんだからさ」
「バスは?」
「うーーん、バス停まで遠いし、バスで行ったとしても目的地にはたどり着けなかった気がする」
「車だけしか無理ってことか?」
「そそそ。だからね?お願い!!」
一応希望を持って聞いたバスという方法も潰れてしまった。
困ったな。また、はちゃめちゃなことをしやがって。でもここまで来てしまったらしょうがない。
「はあ……夏美さんに何か言われたら俺は日向のせいにするからな!」
「どーぞどーーぞ」
なんなんだこいつ。
「まったく困った奴だよ……」
そう言葉を漏らしながら、俺はしぶしぶ車に乗り込む。
エンジンを付ければ、この車に勝手に登録されていた音楽が流れ始めた。きっと夏美さんの好きな曲か何かであろう。どこかのアニメ?で登場するのかわからんが、ヒフシノスワイフというグループのラップ?が流れているようだ。助手席と運転席の間にあるモニターには〝アニメ・ヒフシノスワイフラップバトルメロディー〟と書かれている。
そして、にこにこと楽しそうな助手席のはちゃめちゃ日向の横で運転することになってしまった。俺は方向音痴ではないので、モニターのナビをセットすれば目的地にたどり着くことが出来そうだが、日向よ。誰でもすぐに大人なら運転してくれると思うなよ。超危険行為だぞ。
まあ、そんなこと言ってもこいつにはわからねえだろうけど。
俺はしょうがないので、日向が言う〝願いが叶う海〟に行く為に、一時間ほど車を走らせた。
車の中では、気が付いた時には日向が爆睡をしていて、またキレそうになったが、あまりに子供らしい良い寝顔だったので到着するまでそっとしておいた。
こんなに生意気でも、美少女小学三年生の寝顔は起こしてはいけないと思うくらいに可愛く美しかったからだ。
朝は早く起きろって言ってきたくせに、結局寝るんかい!とムカついてはいるがな。
「日向、着いたぞ。起きろって」
目的地に着くと俺は日向を叩き起こした。
「ハッ!寝てしまった!あ、ななしぃおっはよーーん!ええ、え、着いたの!?」
日向様は何も悪気のない笑顔で挨拶をする。
「おい、ぐっすりだったぞ。明日は俺を朝ゆっくり寝かせろよ」
「なんで!?」
「今、日向が寝た罰だ」
「くっ。大人のくせに!」
「いや、大人も休まないと……って大人だから休まないとやってらんねーーよ!」
俺がそう怒ると、こいつは「ふーーん」と絶対聞いてないなと思うそぶりを見せた。
そして、目的地の駐車場からふたりで歩いて出ると、日向の行きたかった世界が出てきたようだ。
「ここ、ここ!きっれーーい!」
日向は目的の海の景色を見つけた瞬間、顔がきらきらと輝きだしてぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
「ねえ、ここすごいでしょ?綺麗でしょ?」
「へえ、よく見ると岩が十字の形になってる。すげえ」
「でしょ?ちなみにあの隣の岩場と合わせて見てみて。〝叶〟って漢字に見えない?」
そこに広がる景色も、昨日見た景色と同様に美しく感動するものだった。そして、景色を見下ろせるここからは〝叶〟という岩の文字がしっかり確認できた。海に包まれた中に、十文字になっている岩と口の形に見える岩が並んでいたのだ。
「だからここに来るだけで願いが叶うらしいよ」
「へえ……」
「人間がお互いのことを想い合えるように……っていうのを表現した形でもあるらしい」
「お互いの事?」
「そ……」
そう言う日向はさっきまで素敵な笑顔をしていたくせに、なんだか寂しそうな、難しい顔で立っていた。そして、そんな顔のまま、俺にとある質問を投げてくる。
「あのさあ、ななしぃは叶えたい夢ってあるの?」
その質問は、大人の俺でもどう伝えたらいいのかわからないものだった。夢があると言われて、あるのかも無いのかも今、わからないから。だから俺は少し考えた後、落ち着いた口調で言った。
「恥ずかしいから言わねえ。というかお前はあんのかよ?」
すると日向は「無いかも」といつもの元気な声とは考えられないような、ぼそっとした聞き取りにくい声で漏らすように答える。自分で聞いてきたくせに、急に暗い顔になりやがって。
「本当か?大好きな旅館を続けるとかじゃねえの?」
俺は、日向の急に暗くなった顔を心配して、ふざけるように質問を投げてあげたのだが、どうやらそれが逆効果だったらしい。
「そんなこと夢じゃない!好きでもないし!もう、帰る!」
何故か拗ねて帰りたいと言い出した。
なんだなんだ?自分で叩き起こして連れてきておいて、今度はなにか気に障ったから帰るってか?はあ、困ったお子様だな。しかも、もう駐車場へとスタスタと歩いてやがる。
これは大人よりも、扱いが難しいぞ。大人の女性って、俺の周りだと結構難しい人が多いイメージで、会社では「今日は髪型変えたのに……なんで気が付かないんですか?全然周り見えてませんね」的なことを遠回しに言ってきた女性社員がいたが、そんなのに気が付かないといけないのかと悩んだし、実際気が付いたところでどういう言葉を投げたらいいのかもわからないぞ!と、女性の難しさを実感したことがあった。まあ、俺の気が利かないところとか、女性への関心が無さすぎるのも問題かもしれないが、乙女心を理解するのは超絶難しいなと思ったことはある。
しかし、日向と過ごしているとそんな大人の女性の言動よりもわからないし、難しいと感じた。
俺は今の日向がとにかく拗ねているような感じに見えたので、一緒に車に乗り込みエンジンを掛けてからゆっくりとアクセルを踏んでここを出た。そして俺は暫くこの辺の道路を適当に走ることにした。どうすればいいかよくわからないが、子供のちょっとした気分の問題があるかもしれねえと思って、時間が解決することを祈りながらただただ車を走らせる。俺は子育てをしたことも、子供に関わる仕事をしたこともないので解決方法も子供の気持ちの理解の仕方も知らないが、まあ、だいたいなんでも時間ってのに頼ればなんとかなると思っていた。
しかし、日向は難しい顔のまま変わってはくれない。
はあ、どうして俺がこんなことにも付き合わなけりゃいけねーんだよ。
そう思いながらもこのままは嫌だったので、一生懸命考えながら運転をしていた。でも、なんで拗ねたのかもわからねえし、謎だ。
しかし、考えながら運転しているとちょうどいい看板が道路の向こうに見えたので、そこまで車を走らせ、駐車場で止めてから日向に降りるように促した。
「おい、そんな拗ねてねえで降りろ」
「うるさい。今は帰りたいのに。ここはどこなの?」
ムスッとしたまま話す日向は、らしくない。困ったな。
「服屋だよ。俺の服が無いから買うんだ」
「えーー買い物に付き合えっていってるんですかあああ?」
めんどくせって顔をされてしまった。なので、俺はわざとらしくこう言ってやった。
「あーーそういうこと言うんだ日向様は。俺は日向の買い物にも付き合ってやろうと思ったのになあ~~残念だなあ~~服を買ってやろうと思ったのによお~~」
そう言うと、初日にお菓子とジュースに食いつかなかったくせに、一気に顔色を変えて日向が叫ぶではないか。
「ほほほほほ、ほんとーーーーーおおおおおおお!?」
やっぱりこいつはちゃんと子供だな。そう、思った瞬間だった。単純で、真っ直ぐだ。まあ、生意気なのはムカつくけれど。
急に向日葵みたいな笑顔になりやがった。
ムカつくなあ、ホントに。
でもさ、暗い顔よりは、生意気でも笑っている方がいいかもしれねえ。
そう、俺は思ったよ。
だって、まだちゃんと子供じゃんか。
なんでかわからねえけれど、子供には笑っていてもらう方が俺は安心するらしい。
そして、俺はその後、自分の服を調達することは出来たが、日向の服選びや試着でのファッションショーに付き合わされて三時間くらいはこのファッションセンターにいたと思う。お店の人が呆れるくらいに、そこで過ごしてしまった。
また、この時判明したのが、どうやらこいつは服がかなりお好きだということ。さすが美少女、おしゃれには敏感なようだ。
そのせいで俺の財布はかなり削られてしまった訳だが、まあいい。
ムカつきはするけど、日向が嬉しそうだったし。
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