第5話

「おっきろおおおおおおおお!!」

「ぐっへっええええええ!!?いったあああああああお、お、お……」


「おま、なにすんじゃあああああああ!!」


 朝、俺はものすごい勢いでやってきた腹パンチ、いや腹ダイブに対し痛みの叫びと共に起きた。痛すぎて今は布団の上で丸まってしまっている。


 なんだんなんだ?ってここは……ああそうか俺は宮崎にいるんだったよ。

 

 そうだ、俺は逃走中なんだったな。東京の社会から。


 一瞬いつもの社畜の日常が脳みそを走ったが、昨日の出来事を思い出し今の居場所に納得をする。

それにしても超最悪な目覚めだな。

「おはよ!ななしぃ!着替えて着替えて!案内するから!」

「おい、お前か日向かああっ!て、なんか言うことあるだろうがよ」

 最悪な目覚めの正体は日向か。この野郎。こいつ絶対モアイから落下した時みたいに思いっきり俺の上に今ダイブしただろ。まだ腹がヒリヒリする。俺の腹がこのままではいつか死んじまうぞ。

「あ、今日行くところはですねえ……」

「いやそーーじゃねえよ……ああ、もういっか。言ってもだしなあ……」

「ああ、挨拶ね。おはようございます!!」

「ちげーよ!」

 謝れと言いたいところではあったが、どうやら日向に反省という概念はなさそうで、謝るところまでたどり着くのに苦労しそうだ。めんどくさくて俺は途中で辞めた。この元気っこ美少女はこんな朝早くから元気だこと。まだ七時だぞ。そして、謝る以外にも本当は言うことがあるだろうが、それを日向が分かっているかというと絶対分かっていない。

「てか、起きるの遅すぎるし。早くしてよ、今日は願いが叶う海に連れて行くんだからさ」

 いやいやいや、それ今初めて聞いたし、こんな時間に起きるなんてことも事前に一ミリも聞いてねえぞ。というか俺はこうやってここに居ていいのかも少し疑問だし。なんか昨日、夏美さんからいろいろ聞いちまったからな。まあ、ゆっくりしていいとは言っていたけれど。そのゆっくりも罠かもしれねえし不安だしよ。

「昨日夜は全然日向現れねえし、不安になって寝付けなかったんだよ。ごはんは美味しくて風呂は気持ちよかったし助かったけどさ。なんか旅館を継いでくれる人がどうのこうの言われたし」

 昨日は夏美さんと話した後、素敵な晩御飯を頂いた。あり合わせで申し訳ないと謝ってはいたが、逆にこちらが頭下げてお礼を言えるくらいうまかったぞ。あ、それでも大将になるつもりはねえ。でも、特にだが地鶏丼は死ぬほどうまかったな。申し訳ないがまた食べたい。そしてその後は夏美さん案内の元、広い露天風呂付の温泉に入った。正直疲れてへとへとだったので温泉でリラックスした後は用意されていた布団ですぐ寝てしまったとさ。んで、日向に起こされる悲劇の朝が来た。激痛の最悪な朝がな。

「え!?なんで!?日向なんも言ってないよ!!だ、誰から!?」

「夏美さん」

「わーーお。なつみんさすが聞いてるやーーん。うーーんどうするかなあ……ここで頼むしかないか……」

 なんでって、こいつは隠す気でいたのか?はあ~~困ったやつだ。夏美さんと昨日話してなかったら俺は知らないままいたってわけだ。


「俺は旅館を継いだりはしないぞ」


 日向が俺に聞こうとしていることは分かっていたから、俺は先にハッキリとした答えを出した。だって、変に期待されても嫌だし。確かに東京には帰りたくもないし、仕事からは逃げたい。でも、それとこれとは違う。別の話だ。そんな旅館をなんとかしてくれなんて無茶な要求をハイハイと聞いてあげられるほど、俺は都合の良い人間ではない。

 しかし、日向は納得できないようだ。

「ええ!?なんでよなんでよ!帰りたくないんでしょおおおお!!」

 そんなに叫ばれても、こっちも急にいろいろ勝手に進められて叫びたい気分だぞ。


「おい、日向はなんで旅館を続けたいんだ」


 こいつはなんでそこまでして、旅館を続けたいのかわからんがとりあえず俺は聞いてみることにした。だって、ここまでしてって相当だろ。俺はめちゃくちゃ気になるぞ。そして、俺だったから殴られていないが、下手したら俺以外の見知らぬおっさん連れてきて、日向が殴られてたかもしれねえ。いくら小学三年生だろうと、この行動はやばすぎる。まあ、殴られるは言い過ぎか。でも、殴られてなくても泣かされてはいただろうな。日向にとっては騙したわけではないかもしれないが、騙されたと感じる人もいるだろう。

「うーーーーんと」

 すると、珍しくお喋りな日向が頭を抱える。なんだよ、ここまでしといて答えがすぐ出ないことは無いだろ?

「おい、答えるのは難しい事なのか?」

「うーーん?」

 日向は頭を傾け始めたぞ。おいおい、まさか理由なく行動しているんじゃないだろうな。まだ、挨拶できてねえけど女将さんには迷惑かけて困らせてんのに。

「あーーじゃあ俺から質問するぞ。この旅館は好きか?」

 日向から返答が無いので俺から質問をすることにした。

 すると、予想外の答えが返って来る。

「好きじゃない」

「は?」

「好きではないかも。嫌いでもないし」

「なんだそれ、じゃあなんで続けて欲しいんだよ」

「秘密」

 良く分からない。小学生だから照れ隠ししちゃう的な何かか?

 だってここまでして、好きでもないけど嫌いでもないなんて回答ありえないだろ。

「まあまあ。この話は置いといて、今日は願いが叶う海へゴーー!!」

「おい、話逸らすなって」

「まあまあま~~あ落ち着いてくださいよ、ななしぃ殿。宮崎好きになれば旅館で大将したくなるって!!だから、とりあえず今は先の事は考えずここでゆっくりしなされ~~」

 なんなんだこいつ。まだ、この旅館の続行を諦めてねえぞ。困ったな。まあいい、ゆっくりしていいというのなら、大将になってくれに対しての答えはノーだが、好きにはさせて貰おう。なんやかんやめんどくさいことにはなりそうだが、ここに居る事自体は悪い事ではないはずだ。

昨日までは会社に対し恐怖を感じ、本当は戻らなければとびくびくした精神だったが俺はこの旅館に来て何故か落ち着いたし、弱気の迷いが消えてくれたのさ。どうなるかはわかんねえけど、気が済むまでいようと思う。こうなっちまったからには。


 これは日向のせいだしな、俺のせいじゃねえし。

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