初めての人真似は
アルフォートが産まれた日、空には二本の虹が出ていた。
この国では虹は吉兆とされ、虹が出た日に産まれた子供は大きな幸運をイシュル神様から頂いて産まれると言われている。
虹が二本、空に鮮やかに浮かび上がった日に産まれた赤ん坊は、アルフォートと名付けられた。
その昔勇者と共に魔王討伐を行ったと言われる英雄の名がアルフォートだと伝えられている。平民ながら優しく強く徳もある人物で、赤ん坊と同じ二本の虹が空に出た日に産まれたと伝えられていたから、赤ん坊の父親は優しく強い英雄にあやかりその名を付ける事に決めたのだ。
「アルフォート。お前は英雄アルフォート様の様に優しく強くなるんだぞ」
産まれたばかりの産湯を使い清潔な布に包まれた赤ん坊は、自分を優しく抱きながらそう言い聞かせる父親に答える様に泣き声をあげた。
「強く優しい子に育て。健康でたくましい子に育て」
泣く赤ん坊をあやしながら、父親は歌うように赤ん坊に向け話す。
それはまじないの様な、願いの様な言葉だった。
二人が暮らしているのは貧しい村だ。強い魔物等は出ないし領主は横暴でも無能でも無かったから税を過剰に搾取することなく領地を正しく管理していが、十年程前に開拓者を募って出来たこの村に住む者達は、それでも日々の糧を得るので精一杯だった。
アルフォートの両親は、若く健康で村でも指折りの働き者だ。
朝早くから起き出して日が落ちるまで畑で熱心に働いていたが、二人は天性技能に恵まれず暮らしは貧しかった。
アルフォートの父親の天性技能は木工、母親は裁縫と子守りだ。
ある程度の規模の町に住んでいれば二人の天性技能を生かす職業にも就けただろう、だが二人が住んでいるのは貧しい農村で天性技能を生かして生きていけるだけの収入を得るのは難しかった。
木工も裁縫も手先の器用さが関係する技能だから、何をやるのも二人は器用にこなす。
結婚し家を建てる時もアルフォートの父親の木工の天性技能は大いに役に立ったし、綺麗な服を素早く仕立てる事が出来る母親の裁縫の天性技能は、村長を始めとする一部のそれなりに裕福な人達には重宝がられていた。
嵐が来たら吹き飛びそうな小さな家で、天気の良い日は畑を耕し雨の日には父親は木工の天性技能を生かして木製の食器や籠などを作り、母親は麦わらでムシロや縄を編んだり頼まれた服を仕立てたりして過ごす。
そうしてコツコツと作った物がある程度溜まると、少し離れた町に売りに行くのだ。
村の人に服の仕立てを頼まれても、物々交換が主流の村ではあまりいい稼ぎにはならないけれど、町に行けば売り上げは僅かでも、貴重な現金を得られる。
二人が開拓した小さな畑から収穫出来る物だけでは日々食べるのがやっとで、年に一度払わなければならない税に収穫物を当てるのは難しい。二人は僅かな現金収入を使わずに貯める事で毎年の税を払っていたのだった。
「お前が元気に大きくなれるように、これからはもっともっと働くよ」
「あなた」
「良かった目が覚めたか。ほら、赤ん坊だ。名前はアルフォートと付けたよ」
「アルフォート? 英雄様の名前ね」
出産の疲れで眠っていた母親の側へと歩き、しゃがみ込んで腕に抱いた赤ん坊の顔を見せる。
「さっき、空に虹が出ていたんだ。それも二本だぞ。まるで吟遊詩人が吟じる英雄アルフォート様の物語のようだろ」
「本当、凄いわ。きっとイシュル様はアルフォートに幸いを授けて下さったわ。アルフォート、いい名前ね。英雄アルフォート様と同じ立派な人になるのよ」
父親から赤ん坊のアルフォートを受け取ると母親は、何度も洗濯しくたくたになった布に包まれた小さな体を愛おしそうに抱いた。
「可愛いわ。生まれたばかりなのにしっかりした賢そうな顔をしていると思わない?」
「食べ物が足りなくて育ちが悪いんじゃないかと心配していたが、よく育って生まれてくれた。お前が頑張ってくれたお陰だな。ありがとう」
貧しい村では栄養不足が常で、赤ん坊は小さく弱々しく生まれて来ることが多いというのに、アルフォートは痩せてはいるものの鳴き声も大きく手足もしっかりとしていた。村中に響く様な産声を上げたアルフォートに、産婆も驚きながらこの子は丈夫に育つだろうと言ってくれたのだ。
「あなたも頑張ってくれたわ。一人で畑を耕して沢山野菜を育ててくれたもの、こちらこそありがとう。無事に生まれて本当に良かったわ」
二人で働いてやっと満足な食べ物を得られる程度だというのに、アルフォートが生まれるまで母親はまともに畑には出られなかったから父親の負担は大きかったけれど、生まれてくる子の為だと必死に働き続けた。
申し訳ないと動こうとする母親に、お前の仕事は無事に子供を生むことだと言って、父親は自分の分の芋まで母親に食べさせようとして喧嘩になることも度々だった。
「本当に無事に生まれて良かったよ。さあて、俺は畑に行ってくる。枕元に水を置いておくから喉が渇いたら飲むんだぞ。お前の両親が甘い芋を蒸かして持って来てくれた。腹が空いたらこれを食べて、体を休めるんだぞ」
「母さん達が来てくれたの?」
「ああ、お前が寝てすぐだったから、長居せずに帰って行ったよ。俺の両親もさっきまでいたんだ。夜に食べる様にと魚を焼いたのを持って来てくれた」
「魚なんて久しぶりね、嬉しいわ」
魚も肉も滅多に口に出来ない。
甘い芋は町に持って行くと良い値で売れるので、育てていても自分達で食べることなどないというのに、子が生まれた祝いだと沢山蒸かして持って来てくれたのだから有難い話だった。
「じゃあ、行ってくる。動こうとせずにちゃんと寝ているんだぞ」
「ありがとう、いってらっしゃい」
笑いながら外へと出ていく父親を見送ると、アルフォートを抱っこしながら母親はそっとため息を付いた。
「私も早く動けるようにならないとね。あの人が体を壊してしまうわ」
子供が生まれて三年は税がかからないけれど、それ以降は子供の分も税を払わなければいけなくなる。
今まで以上に働いて三人分の税を払える様にお金を溜めなければいけないのだから、出産したばかりとはいえ寝て過ごすのは気が引けてしまう。
「ふええ」
「あら、アルフォート目が覚めたの? お乳はまだいいのよね?」
ぐずる様に小さな泣き声を上げたアルフォートの顔を覗き込み、乳やおむつではない様だと安堵の息をつく。
弟妹の面倒は幼いころから見ていたものの、赤ん坊の世話には慣れていないから戸惑う事ばかりで体は疲れているのに、眠れそうにない。
「アルフォート、元気に育ってね。英雄アルフォート様の様に強く優しい人になってね」
赤ん坊の柔らかい頬に指先でそっと触れていると、母親は無意識に笑みを浮かべてしまう。
今まで以上に働かなければ飢えてしまう、税が払えなければ罰を受けるから必死で働かなければならないだろう。
それは辛いことだけれど、可愛い我が子の為ならばきっと頑張れるだろう。
「慈しみ深いイシュル神よ、その慈愛をどうぞ赤子へとお恵みたもう。空に掛かる虹よ偉大なるイシュル神よりの幸いを、どうぞ赤子へと運びたもう」
母親は小さな声で歌い出す。
それはこの国に伝わる、生まれたばかりの子へ贈る歌だった。
裁縫と同じく、母親は子守の天性技能も授かっているから、愛しい思いで子へと歌う歌には子守の能力である守り歌となる。
それは幼い子が憂いなく眠り育つ効果があるものだったけれど、母親が歌い始めた途端アルフォートはひくひくと体を痙攣させた。
「……アルフォート?」
我が子の異常に母親は目を見開き、じいっと様子を窺う。
「……ふえ」
一瞬息が止まった様に見えたのは気のせいだったのだろうか、アルフォートが小さく口を動かすのを見て母親は不安になりながら再び歌いだす。
今度はアルフォートは気持ちよさげに母親の腕に抱かれ、生まれたての赤子の殆どがそうである様に穏やかな眠りについた。
「慈しみ深いイシュル神よ、その慈愛をどうぞ赤子へとお恵みたもう。空に掛かる虹よ偉大なるイシュル神よりの幸いを、どうぞ赤子へと運びたもう。暖かな日差し、優しい風、空に掛かる虹、慈しみ深いイシュル神よ、どうぞ我が子に幸いをお恵みたもう。飢えぬように悲しまぬように、幸いを……」
生まれたばかりのアルフォートが、母親の天性技能の能力をその身に受け、アルフォートの天性技能である人真似が初めて他者の能力を覚えてしまった為に魔力切れを起こし死にかけていたのだと、母親は気が付くこともなく歌い続けたのだった。
※※※※※※
人真似の能力で、母親の守り歌(赤ん坊がぐずることなく眠りにつく、僅かな体力回復の効果がある)の技能を覚えてしまったアルフォートは、魔力切れで死にかけましたが、生まれたばかりのか弱い赤ん坊でしたが守り歌の僅かな体力回復の効果で生き延びた……という、アルフォート本人さえ知らない初めての人真似でした。
この後母親は毎日の様にアルフォートに歌を歌い、裁縫をし、父親は木工を行っていったので、赤ん坊時代のアルフォートは魔力切れを日常的におこしていました。
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