足りないもの(ライアン殿下視点)


 気になっていた男のヨロヨロと歩く姿が目について、らしくもなくなく後をつけた。

 見習い訓練兵士が訓練用としてまず支給されるのは皮の鎧、だがそれを身に付けた彼は見習い兵士ではない。


「随分と疲れている様だな」


 今、私の傍に付いているのは幼い頃から仕えてくれている従者のみ。だから少しだけ無用心に呟いた。

 人気の無い道、少し離れた先を歩く彼の他は私と従者のみという状況が油断させていた。


「殿下、この先は兵士の宿舎にございます。そろそろ戻られませんと」

「あれが勇者を見つけたという者だろう。あんなにふらついているのは体力不足の為か」


 人気のない道を彼は一人歩いていた。

 幼い勇者二人を見つけ城へ連れて来たという男の名前はアルフォートという。

 アルフォートという名前は、その昔勇者と共に魔王討伐を成し遂げた英雄の名前だ。だが、英雄の名前を頂いた彼の天性技能が人真似と聞くと誰もが名前負けだと笑ったと聞く。


「殿下が足を運ばれる様な場所ではございません。人気もありませんし、どうかお戻り下さい」


 普段ならこんな場所に私が足を踏み入れる事はないから、従者が止めるのは当り前だ。

 護衛騎士も連れずに剣の腕があるわけではない従者一人と歩くには、人目が無さすぎる。

 不用心が過ぎるのは分っていたが、従者の声を無視し目の前を歩く男に気付かれないように歩き続けた。


「まだ日も高いというのに、あれでは一日持たないのではないのか」


 アルフォートは成人前とは聞いていたが、痩せた体は見るからに頼りない。

 ふらふらと体を左右に揺らしながら、今にも倒れそうにゆっくりと歩いているのが心配だった。


「訓練がキツいのでしょう。故郷の村では戦いなど無かったでしょうから」

「それだけではないのではないか? 十分な食事や睡眠は与えているのか」


 確かに彼は平民だから、勇者と共に城に来るまで訓練等したことはなかっただろう。

 貴族の子息なら幼い頃から剣の指導は受けている。天性技能がなんであろうと、最低限の身を守る術として、指導を受けさせられる。

 兵士の訓練から比べれば遊びの様な指導でも体力はつくし、もし天性技能が魔法系統のものだったとしても体力はある程度必要だから無駄にはならない。

 だが彼は平民だ。幼い内から剣を習う等無理だろう。

 聞けば彼の暮らしていた村は、王都周辺の地域でも特に貧しいと言われる所だったと言う。

 今は少し痩せぎみの子供程度に回復しているらしく、訓練の様子を見ても実年齢より少し幼く見えるものの健康な子供に見えるが、城に来た当初勇者二人は栄養不足による発育不良が懸念されていたらしい。

 その二人よりもアルフォートは痩せている様に見える。アルフォートの家が勇者二人よりも貧しかったのだろうか、例えそうでも勇者二人の発育が改善されているのなら、同じ様にあの男も改善されて然るべきではないのか。


「やはり具合が悪いのではないのか?」


 熱があって上手く歩けないのではないのか、そう疑いたくなる程に足元が頼りない。

 持病があるとは聞いていないが、薬師に見せた方がいいのではないだろうか。そう考えていると従者が思わぬことを口にした。


「訓練が厳しいのでしょう。人真似は能無しですから、普通の者には耐えられる程度でもあの者には過酷となるやもしれません」

「能無しとは随分と悪意がある言い方ではないか、かなりの技を短期間で習得し優秀であると聞いているが」


 短期間で剣や魔法や文官。技能の種類関係なく技を習得し使いこなしていて、剣士としても魔法使いとしても素晴らしい成長を見せている。

 それが、あの人真似の天性技能持ちの最近の評価だ。

 私の耳に入っている情報で判断するなら、あれは能無し等ではない。


「技を習得しているのは当然でしょう。平民には高価過ぎる回復薬を大量に使い訓練しているのですから。勿体ない話ではありませんか、あのような者には過分な待遇です」

「回復薬は人真似の性質上必要な物と聞いている。ならば過分等ではない」


 何故、従者はこの様な言い方をするのだろう。

 私は剣の腕には自信があっても、兄上の様に相手の考えを裏も表も瞬時に理解する等出来ないから、昔から仕えてくれている従者とはいえ心情が理解できない。

 ここが賢王の天性技能を持つ兄上と、私の差なのだと思うと少しばかりやるせない気持ちになる。

 私は王家の第二子として生まれた。

 ライアンという名前はこの国の王である父が名付けてくれたが、長子である兄の名は亡くなった曾祖父の名を頂いている。

 それは王家のしきたりだった。

 この国は基本的には長子が跡を継ぐ。

 跡を継ぐものは名前も継ぐのだ。だから兄は曾祖父の名を頂き、現王である父も五代前の王の名を頂いている。

 私の名は父が与えてくれた。いいや王から賜った。

 生まれた時から、私は臣下となるのが決まっていたから名を継ぐ必要が無かったのだ。


 長子が跡を継ぐ。

 そう言った意味で言うなら兄の天性技能が賢王というのは、幸いだった。

 賢王の天性技能を持った兄がもし私の後に生まれていたら、後継者争いが間違いなく起きていただろう。

 私は王になれない。

 剣の天性技能を持ち生まれ育った私は、優秀な兄上の臣下として生きる定め。

 そう理解していても、時々悲しみに囚われる時がある。

 求められていないのだ。

 王家に生まれたというのに、私には上に立つ者の素質が無い。

 それがあれば、兄の予備となれる誉れはあったというのに、私にあるのは戦う力のみだというのに、それも未だ誇れる程の強さではない。

 賢王たる父上や兄上から明らかに劣る私は、戦う力も現時点ではあの平民にも劣っているのだ。

 私は、戦う事しか出来ないというのに。


「ですが、所詮平民です。それなのに副騎士団長や宮廷魔法使いの貴重な時間を使い訓練をしているのですよ。それは過分な待遇ではないのかと、皆が噂しています」


 自身の能力の足りなさを嘆いていたら、従者は更に不満を口にした。

 口調は丁寧だが、従者で乳兄弟でもある彼はたまに取り繕わず話をする時がある。

 私と二人だけの時のみだから、いつもなら注意等はしない。けれど、今は何故か気に障ってしまった。


「それは噂としての話か、それともお前の考えなのかどちらだ」

「殿下」

「あの者に訓練をさせ、耐えきれたなら勇者の旅の同行を許す。訓練の為に必要な回復薬は惜しまずに与える。それは陛下が決定されたこと。それについて不満があると言うのだな」

「ち、違います。いえ、失言でした。私は不満を感じていました、噂もあるのは確かですが、それを悪意を持って殿下にお話ししました」


 私の怒りを理解したのだろう。狼狽え、躊躇いながら答える。


「悪意か」

「才能が無い者に時間を掛けることも、貴重な薬を大量に使うこともすべて無駄ではありませんか。その分を勇者殿の訓練に使う方が余程」

「私は三歳の年に適性検査を受け、剣という己の天性技能を理解し剣の道を志すと誓った。父である陛下を支え、兄上が父上の跡を継いだら兄を支える。お二人の一番の臣下となるのだと、そうすると決めた。あの日から一日たりとも怠ける事も挫ける事も己に許すことなく、訓練し続けている」


 才能が無い者に時間を掛けるのは無駄との言葉を聞いて、押さえようとしても言葉がきつくなる。

 才能が無い? あれが、あれのどこが才能が無いというのだ。

 それなら私は、私には誇れるものがあるのだろうか、努力しても努力しても未だ届かない。

 だったら私は、私はなんだというのだ。


「殿下が、ご自分に厳しい訓練を課している事は、勿論存じております」


 感情を表に出す事は恥と知れ。

 そう言われ育ち、常にそれは意識していた。

 けれど、苛立ちは言葉にも多分表情にも表れて、私の怒りを感じた従者は慌てて取り繕う様に早口で言い訳を始めた。


「分かっていない、分かる筈などない。十五年努力し続けているた私より、あれは強くなったのだ。努力等無駄だと嘲笑う様に、すでに私が取得した技よりも数多く覚え使いこなしているのだ。僅かな時間で、あんな痩せ細った子供がっ!」


 私の大声にも気がつかず、アルフォートはふらふらと今にも倒れそうに、けれどそれでも倒れず一人で歩いていく。

 一度足を止めたら、そのまま地面に倒れ伏してしまいそうな、死にかけていると言われたら信じてしまいそうな危うさで、それでも歩いて行くのは能無しと後ろ指指される天性技能を持った男。

 私は彼の背中を睨み付けながら、幼い子供の様に騒ぎ立てた。


「殿下はあれが優れた才能を持っていると仰るのですか。能無しの人真似が優れていると」

「人真似という天性技能が優れているかどうかを議論しているのではない。事実を話しているのだ。あれは強くなった、そしてこれからもっともっと強くなる」


 剣の天性技能持ちや剣聖の天性技能持ち達が、努力し続けた果てに習得する技。それをもうすでに覚え使いこなしている。

 剣の技を覚えやすい天性技能を持っている私が未だ習得出来ない上級の技ですら、すでに覚えて使いこなしていると噂を聞いたとき、怒りとも悲しみともつかぬ感情に我を忘れそうになった。

 下級の技を覚えるのは容易い、けれど中級、上級を覚えるには努力が必要なのだ。一朝一夕で習得出来るものではない。

 天性技能は万能では無い。優れた天性技能を持っていても怠けていたら何も習得出来ないまま終わる。

 父上が賢王という天性技能を持ち、その通り賢王としていられるのは父上が賢王となるべく研鑽を重ねたからだ。私はそんな父上に憧れ、己の天性技能を磨き続けた。

 少しでも賢王たる父上に認められたくて。

 

「それはあれが覚えることに長けているからでは」

「忘れたのか、人真似の技能持ちは皆魔力量が少ない。普通であれば上級の技等覚える事など出来ない。だからお前達から能無しと呼ばれているのだろう、違うか」


 これは八つ当たりだ。

 理解していた。

 怠けていたわけでは決してないというのに、手にマメを作り、そのマメを何度も潰し、それでも尚剣を持ち続けた。

 体力不足を補う為に騎士達と日々共に訓練し、それでも足らぬと更に訓練をする。

 王子として生まれた私には、剣以外にも勉強しなければならないものがある。

 この国の歴史、経済、自国と他国の言語、算術に礼儀作法にダンス。休む暇などない。

 優秀な兄上とは違い私は、すべて手を抜かず兄上の何倍も努力し続けるしかなかった。

 だが努力しても努力しても、剣の強さ以外を父である陛下に認められる事は無かった。


「強さが、それだけが」


 私にはそれしかないというのに、その為だけに生きてきたというのに。


「あれは簡単に私を超えたのだ」

「殿下」


 従者には知らせていない限られた者のみが知る事。

 勇者の旅に私が同行する筈だった。

 善神イシュル様のお告げは「勇者二人と聖女、残り一人は三人を守る者。その四人で旅し魔王を倒す」だと、従者は知らない。

 勇者と旅する四人目が私。

 それはお告げを知った陛下から、私が賜った役目の筈だったのに。


 勇者を見つけたアルフォートは、陛下に願い出た。

 自分が勇者と共に旅する事を、どうか許してほしいと。

 最初はそれを許さなかった陛下は、勇者二人がアルフォート以外の人間を信用出来ないのだと知り、条件をつけ訓練することを許した。

 見せる術すべてを習得し力をつける。決して音を上げず挫けず訓練を一日も休まず行う。それが出来るなら同行を許す。

 勇者の素質を持つとはいえ、二人は幼い子供だ、異界から召喚した聖女もまた幼い。そんな彼らが旅をしながら魔王と戦う為の力をつけていかなければならない。

 魔王が生まれるという水神の年までに勇者と聖女は、旅をしながら魔王討伐の力をつける。

 三人が力をつけるまで守る。それが四人目の旅の仲間となるものの役目なのだ。


 誰もがすぐに挫折すると思っていた。

 あの者の訓練を許したのは、勇者を思う彼の気持ちを尊重したのではなく、アルフォートの力が及ばず旅に同行出来ないのだと勇者達に納得させる為だった。

 なのに、アルフォートは未だに訓練を続けている。

 訓練を続け、力をつけ、私よりも強くなってしまっている。

 もう旅の同行者を私にすると、きっと陛下ですら言えない。

 それをしたら勇者が納得しないだろう事は分かりきっていた。


 なぜなら私が弱いから、人真似よりすぐれている筈の天性技能を持った私の方が、弱いからだ。


「殿下、それでも人真似は能無しと言われる」

「その能無しより弱い私は、なんとすればいい。あれより年上で、何年も優秀な人間から指導を受けていた私よりも強い人間を、私は能無しとは呼べない。そんな恥知らずには到底なれはしない」

「でん」

「一人にしてくれ」

「ですが」

「一人に、少しの時間でいい」


 躊躇いながら従者は去っていく。

 それを気遣う余裕は無かった。


「どこへ行く」


 よろよろとアルフォートは歩いていく。

 その行き先が気になった。


 兵士の訓練がまだあるのか、文官の指導を受けるのか、それとも部屋で休むのか。

 人気のない道は兵舎へと続いている。下級騎士用の寮と兵士用の宿舎はどちらもこの先にあるが、兵士達は今の時間任務か訓練に出払っているのか、未だ誰ともすれ違わない。


「話をするなら、今が絶好の機会だが」


 勇者の二人とは何度が話をした事があるが、アルフォートとは挨拶すらしたことが無かった。

 勇者は平民だが、勇者としての立場は貴族よりも上とされているから同じ場で食事をした事もあるが、そういう時にアルフォートの姿は無かった。

 城に暮らす内は話す機会もあるかもしれないと思っていたが、幼い勇者達と彼は城に来た当初いた上級貴族用の客室から三人の希望で騎士の寮に居を移した。

 下級騎士の寮は、一般兵士の寄宿舎よりは幾分上等とはいえ城内の客室にはだいぶ劣る。それでもその方が落ち着くのだと言われて部屋を変えた為、話す機会を失ってしまった。

 私が所属するのは王家の護衛を主とする第一騎士団で、勇者二人とアルフォートは基本的には一般の兵士の訓練に加わり、その他の時間で個別に騎士団長や宮廷魔法使いに指導を受けていたから接点が無かった。

 だから私が知っているのは、第一騎士団の人間がしている噂ばかりだった。


「あ」


 ふらりと目の前を歩くアルフォートの姿が揺れ、そのまま地面に倒れ込んだ。


「ど、どうしたら」


 声を掛けるべきか、あとをつけていたと気がつかれてしまうだろうか。

 躊躇している内に、アルフォートは自力で起き上がりまた倒れ込んでしまった。


「くっそ」


 小さく叫んだ後両手を地面に付き、首を振りながら弱々しく体を起こした後のアルフォートの姿にまた声を掛けそびれてしまった。


 パンッ! 


 乾いた音が人気の無い場所で大きく響いた。


 パンッ! 更にもう一度音が響いたかと思うと、アルフォートは再び立ち上がる。


「このくらいで倒れてられるか」


 小さな声が聞こえて、それと同時にパンッとまた一つ音がした。

 両手で己の顔を叩き、そうして気力を奮い立たせているのだと気がついた時にはアルフォートはもう歩き始めていた。


「魔力切れ、私は経験がないが。体力も精神力も消耗すると聞いた事がある」


 アルフォートの訓練の様子を直接見たことは無かったが、アルフォートは訓練中に何度も何度も魔力切れを起こしているとは 聞いていた。

 魔力切れは宮廷魔法使いとして働く魔法使い達でも、人生の内に数回経験があるかないかだという。

 魔力切れを起こした時、人は生命力を使いその身を守る為魔力切れ直後は生命力が極限まで下がってしまう。小さな石が当たった程度の衝撃でも死にかけると言われるのは大袈裟な表現なのか、違うのか。

 一度も魔力切れを起こした事の無い私には分らないけれど、魔法使いがもっとも恐れる事が魔力切れなのは貴族なら誰でも知っている事だった。

 その魔力切れをアルフォートは日に何度も起こしている。

 魔力切れが起きると気を失う。目を覚した後は回復薬を飲んでも絶対安静が必要の筈だというのに、アルフォートはすぐに訓練を続けまた魔力切れを起こす。


『倒れても倒れても、訓練を続けているのは凄いよ。俺には無理だね、子供だ能無しの天性技能持ちだなんて馬鹿に出来ないよ』


 そう言ったのは誰だったのか、私が所属する騎士団で最近聞くのはアルフォートへの賛辞ばかりだ。


『勇者様達も幼いのにどんどん術を使える様になってさ、流石だと関心していたが、アルフォートは抜きん出てるな。意気込みが違うよ。あれなら同行者として相応しいんじゃないか?』


 最初はいつ挫折するかという声ばかりだったというのに、いつの間にか賛辞に変わっていた。

 つまり、アルフォートと共に訓練を受けている兵士や魔法使い達の殆どが、アルフォートが旅の同行者なのだと認めているのだ。


『人真似が勇者の旅に同行するなど、馬鹿げている。勇者達が、アルフォートが同行出来ないと納得させる為だけに訓練を許したのだ。同行するのはライアン、お前なのだから気を抜かず訓練に励むのだ』


 珍しく私室に私を呼び出した陛下はそれだけを告げ、退室を促した。

 あの言葉があったから、私はアルフォートの噂を聞いても冷静でいられた。


『アルフォートはライアン殿下よりも剣の腕が上なのではないか?』

『剣の天性技能を持ったライアン殿下は、同じ年頃の誰よりも強いと聞いていたけれどそれよりもアルフォートは強くなったんじゃないか?』

『すげえよ、アルフォートの奴がとうとう副団長から一本取っちまった。あの年で上級技使える奴なんていないんじゃないか。』


 アルフォートを称える声が聞こえ、アルフォートの強さを皆が認め始めてもそれでも旅に出るのは私だと、父が、陛下がそう決めたのだと自分に言い聞かせて日々を過ごした。


「私では駄目なのか」


 ふらふらと歩いていくアルフォートの後ろ姿は頼りない。

 細くて、小さくて、弱々しい。

 倒れそうに歩くその体が、ふいにしゃがみ込んだ。


「え」


 アルフォートの目の前に誰かが倒れていた。

 その誰かに向かい、アルフォートは何か声を掛けると今度はしゃがみ込んだ背を倒れている誰かに向けた。


「剣の勇者」


 しゃがみ込むアルフォートに背負われたのは、剣の勇者のハンスだった。

 ハンスを背負ったアルフォートは、ゆっくりと立ち上がるとそのまま歩き始めた。


「どうして」


 ゆらゆら、ふらふら。

 先程までのアルフォートの歩みは今にも倒れそうだった筈、それなのに。

 今はゆっくりと、でも危なげない足取りで歩いて行く。

 一人で歩くのもやっとだった筈では無かったのか、幼い子供とはいえ背負うには過分な重さではないのか。


「兄ちゃんが一緒なら旅も怖くないよ」


 ふいにその声だけが聞こえてきた。

 二人の話す声は小さくて、殆ど聞こえてこなかったというのに。

 それだけが、耳に飛び込んできて私は呆然と立ちすくんだ。


「怖い。そうだ、怖いだろうな」


 勇者二人は幼い。成人前の子供。

 それが神の悪戯か、それとも試練なのか。勇者の素質を持つ者として、天性技能を授かってしまった。


「アルフォートはだから、耐えるのか」


 幼い二人を守りたいのだと、そう陛下に願い出たと聞いた。

 勇者を見つけた者には、報奨金が出る。

 勇者二人を見つけたアルフォートには、当然その金が支払われていて、それは贅沢をしなければ平民が一生暮らせる額だと言われていた。

 アルフォートはその報奨金を神殿に返し、代りに陛下と謁見出来る様頼んだのだという。

 そうして陛下に願い出たのだ。勇者二人を守る為、一緒に旅に出る事を許して欲しいと。


「守りたい。その気持ちは私には無かった」


 勇者と共に旅に出て魔王討伐するのは恐怖でも、誉れな事だった。

 兄上とは違い、王家に生まれたというのに期待されていない子だった私にとって、勇者と共に魔王討伐に向かう事は唯一の誉れだった。

 それは、それだけが父上が、母上が、兄上が私を認めてくれるから。それだけだった。

 神託にははっきりと『残り一人は三人を守る者』とあったのに、私にはその思いが欠けていたのだ。


「それでも強くなりたいと願う気持ちは、努力は誰にも負けなかった。負けていなかった筈だ」


 何度も何度も掌に出来たマメを潰した。

 体力をつける為、誰よりも熱心に訓練をして素振りも毎朝毎晩休む事無く行なった。

 強くなりたかった。

 誰よりも、強く。

 父上から『勇者と共に魔王討伐の旅に出るのはライアンだ。お前はその為に剣の天性技能を持って生まれたのだろう』そう言われたあの日から。

 強くなる事だけが、目標となった。


「負けて等いない筈だ。アルフォートよりも、誰よりも私は強くなれる。まだ強くなれる」


 諦めるなんて出来なかった。出来る筈が無かった。


「譲らない。絶対に、旅に一緒に行くのは私だ」


 勇者を背負い歩いて行く後ろ姿を睨み付ける。

 ほんの僅かな期間の訓練だけで、私よりも強くなった等認めない。

 認めたくない。



 アルフォートが訓練という名のしごきを副団長から受け、理不尽な仕打ちに耐え続けていたと後になって知った。

 能無しと馬鹿にされていた彼は、そのしごきに耐え訓練を続け力をつける事で周囲に認められていったのだと知った。

 能無しの技能持ちと、彼を馬鹿にする人間はいつしか消えていた。

 アルフォートにしごきを行っていたという副団長さえ、彼の実力を認め今までの仕打ちを詫びたという。

 城中の人間が彼を認めても、父上が正式にアルフォートを旅の同行者と認めても私だけは諦めきれずにいた。


「アルフォート、君に決闘を申し込む」


 勇者が旅立つ日が迫ったある日。

 私はアルフォートの前に立ち、剣を突きつけた。


 愚かでもいい、誰に笑われてもいい。

 けじめを付けなければ、私は前に進めない。

 突然剣を突きつけられ、呆然と私を見つめる瞳には脅えは無かった。

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