魔法使い長は考える
「あの者はまだ音を上げぬか」
王の私室に呼ばれ人払いをされた後、そう聞かれれば頷くしかなかった。
声に出さず頷くと王は眉をしかめ、声を荒げた。王の私室は年代物の家具でまとめられた派手さなど全くない落ち着いた作りだ。いつもなら落ち着く空間であるこの場所も、今は空気が悪かった。
「あれは平民で、まともな訓練などしたことも無い。そんな者が耐えられる訓練ではないと言っていたではないか、それは嘘であったのか」
温厚で知られる王が、珍しく苛々とした感情を表に出している。
私と王は乳兄弟であるとはいえ、彼がこういった感情を私に見せるのは本当に珍しい。つまり、それだけ王が機嫌を損ねているという事だった。
「周りが甘やかしているのか」
王の言葉が真実なら良かったのだが、真実は異なる。
剣の勇者と魔法の勇者、彼らに行なう訓練は新米兵士や新米魔法使いよりやや厳しい程度の物。それでも体が出来ていない子供に行なうのは心苦しいと、指導担当の者達はつい甘やかしてしまいがちだ。けれどあの者、アルフォートへの訓練は違っていた。
「訓練は過酷を極めております。いいえあれは訓練という名のしごき。剣術棒術体術で肉体を極限までいじめ抜いた後に魔術の訓練を行なう等、子供に行なうには非道と言われても過言ではないかと」
「それは誠か。ならば、なぜ逃げ出さぬ。あやつの天性技能は人真似だった筈、あれは無能と呼ばれるものではなかったのか。それにしごきとはどういう事だ、余はそんな事は命じてはおらぬ。平民の子供が己の限界を知る程度、そう命じた筈だ」
王の疑問は尤もな事だ。兵士の訓練よりややキツい程度の訓練だとしても、アルフォートはすぐに音を上げ、しっぽを巻いて逃げ出すだろうと誰もが考えていて、私もその一人だった。
「いいえ、事実にございます。人真似という天性技能を持つ者は、魔力が少ない己自身を守る為、無意識に習得出来る技に制限を掛けてしまうのです。その為、習得出来る技も最低のものばかりになります。その結果何も優れるものがない者になるしかない技能なのです」
人真似は能無しの技能、それが一般的な認識だった。
人真似の技能持ちは、何故か皆生命力も魔力量も元々少ない。
他の、例えば魔法使いの技能持ちであれば生命力ともかく魔力量は子供の頃から多いのが普通だし、剣士の技能持ちは生命力や体力が優れている。
己の持っている技能に合わせてそれらが増えるのか、それともその部分が優れているからこそ天性技能を持てるのか分らない。だが、どちらにせよ己が持っている天性技能を使いこなす為の力は、己の体に備わっているのが当り前なのだ。
それを常識とするなら、人真似の技能持ちは魔力量が多くなければいけない。
人真似の技能は魔力喰いの技能とも呼ばれるものだからだ。
人真似の技能持ちは、技を覚えるにも使うにも魔力を使う。
それなのにこの技能持ちは、魔力量が少ないし生命力も少ないのだ。
「本来であれば、最低の技を覚えるのもやっとの筈なのです」
魔力量も生命力も少ないのに、無理をして技を習得しようとして魔力切れを起こす。
魔力切れというのは生命の危機に繋がる。
詳しくは解明されていないが、魔力をすべて使い切ってしまうと生命力を失った時と同じ状態になるのだというのが、神殿の見解だ。
魔力切れを起こした時、その者は生命力を極限まで使い魔力を回復するのだが、その際酷い精神疲労と身体的な苦痛が起き、気を失う。
これは魔力を回復する為に生命力をギリギリまで使用する為だ。意識が戻った時魔力量はある程度回復するが、生命力はすぐに回復薬を使用しないとならない。小石をぶつけられた程度の衝撃でも死んでしまう可能性があるからだ。
そんな生命に危機をもたらす魔力切れだが、唯一の良い点は魔力切れから回復した後は魔力の全体量が何故か増えるという事だ。この理由も解明されてはいない。
そもそも魔力量を増やす為に魔力切れを起こさせようとする親などいない。
頻繁に魔力切れを繰り返すことで、精神に異常をきたす可能性があるからだ。
「人真似の技能で覚えられるのは下級の技のみ、それが定説です。技を覚える際に何度か魔力切れを起こすと自分の魔力量を超える技を覚えられなくなるのは、神殿が確認しています」
いくら本人が技を習得したくとも、魔力切れを何度か繰り返すうちに魔力量を超える技を見ても覚えられなくなる。
本人の意思と関係無く習得出来る技に制限が掛かってしまうのは、人真似を天性技能とするものの防御本能によるものだと考えられていた。
それでも人真似の天性技能持ちは若くして命を落とす事が多い。魔力切れを繰り返す事がなくても、技を使う度に魔力を消費し、少ない魔力をギリギリまで日々使う事で生命力を削るため、体が弱ってしまうのではないかと考えられていた。
「ならばなぜあの者はそこまでの技を覚えた。魔力量が増え、生命力が増え、今では騎士や剣士に魔法使い、薬師に回復師に魔道具に錬金術の技まで上級、中級覚えたそうではないか」
「はい。それ以外の天性技能の技も習得済みのものが多くございます」
勇者を見つけ神殿に連れてきた成人にもなっていない男は、勇者と同じ村の生まれだった。
学も無く秀でた所も何も無い。自分が何の技能を持っているのかも知らない子供。
そんな田舎者の子供が、人真似という天性技能の常識を一新してしまったのは確かだ。
「人真似は技を覚えるのにも使うのにも魔力がいるのだろう。魔力を使うには精神力が必要。だというのに、あやつは宮廷魔法使いの何倍もの数の魔法を打てると聞いたが」
「はい。そちらも事実でございます。通常ならば魔力を使用しない技でも人真似の天性技能者が使う場合には魔力が必要となります。例えば文官の天性技能持ちが持っている算術は魔力など全く不要ですが、それを使う時ですら魔力が必要です。使う魔力は少量でも長時間算術を行なえば人真似の天性技能持ちは魔力切れを起こすのです」
それを考えると人真似の天性技能というのは、本当に割に合わない技能だ。
技を覚えていない人間と、天性技能による技持ちの人間では当然の差がある。
技を覚えていなくても、魔法を使う事は可能だ。ただし成功率が極端に下がるし精神疲労が酷い。それでも使いたい魔法が打てるだけの魔力があり、その魔法の詠唱ができれば十回に一回いいや二十回に一回でも魔法が打てる場合がある。
算術なら計算が遅い。間違いが多い。裁縫なら出来が悪い等なだけで、生きていく上ではそう問題になる話ではないのだ。
それは人真似の天性技能持ちも同じ。技として覚えていなければ、ただ出来が悪いだけですむ。それは得手不得手なだけの話で済む事だというのに、技として覚えてしまったが最後どんな小さな技でも魔力無しには出来なくなる。それが人真似の天性技能なのだ。
「魔力量が多いためにそれが出来るというのか」
「元々の魔力量はそう多くはありませんでした。中級の技を取得するにも魔力切れを起こす程でしたから」
神殿で勇者の親達は支度金を受けた後、更に金品を要求し始めたので宰相の配下に始末された。
アルフォートには勇者を見つけた事への報奨として、大金が支払われた。本来であればそこで勇者と別れ村に帰る筈だったのに、彼は金を受け取らず、二人の勇者に付き添って城にやって来て訓練を始めた。勇者の旅に同行するために。
「勇者と同行するのはライアンの予定だった。それはどうする」
勇者に同行したい、それを許して欲しいとアルフォートは地面に額をこすりつけ願った。神殿に勇者達を迎えに行った宰相補佐に、二人の傍にいさせて欲しいと頼み込んだのだ。
「エリストが情にほだされたのが原因です。幼い勇者を心配する心を無視するなどあの者には出来なかったのでしょう」
宰相補佐であるエリストは優秀ではあるが、甘い男だった。
公爵家の三男で文官の天性技能を持つ、頭が良く人望も厚い男だ。だが上に立つには少しばかり性格が優しすぎた。
痩せ細った幼い子供がアルフォートに縋る様に寄り添っていて、今にも泣き出しそうだったから、可哀想で引き離せなかったのだと打ち明けた。
せめて王都までは一緒にと許してしまったのが悪かったのだ。
「それは、仕方がないだろうな。勇者と呼ぶには二人はあまりにも幼い。これが神イシュル様の試練だとしても、なぜこんな試練を二人に与えたのかと余ですらイシュル様を恨みたくなるのだから、エリストが判断を誤ったとしても責められぬ」
「それは、きっと誰しもが思う事でしょう」
アルフォートに付き添われ謁見の間にやって来た二人の勇者。
聖女が召喚された日と同じ空気があの間にはあった。
二人はあまりにも幼く、痩せ細った体は庇護される者にしか見えなかった。
これから技を鍛え、力を付け魔王を倒せ等、大の大人が子供に向かって簡単に言える話では無かった。
あの瞬間、誰もがイシュル様へ嘆きという名の祈りを捧げた。強い者など探せばいくらでもいる筈だ、私とて必要とあれば老骨ながら国の為、民の為魔王討伐を誓い戦う。そこに躊躇いはないというのに、神託は勇者以外が戦う事を認めなかった。
「あの者が付ければライアンは同行出来ぬ。訓練を最後までやり遂げたら同行を許す等、言わねば良かった」
勇者が魔王を討伐する旅は四人でなければならない、そうでなければ魔王は討伐出来ない。それは水神の年に魔王が生まれると神託があった日に一緒に受けた神託であった。
神託が四人と言っているのだから、安易に人数を増やす等出来ないし、勇者一行の後に別の一団をつける等もしてはいけない。神託を無視したら討伐は失敗に終わると神託を受けた大神官はそう王に話している。
大神官曰く、勇者の旅は魔王を倒す為の力を付ける為の修行の旅でもあるのだから、神託通りの人数で旅をしなければならないのだそうだ。
「正直な意見を申し上げるなら、ライアン殿下では力不足かと」
第二王子であるライアン殿下が旅に同行する筈だった。
剣の勇者と魔法の勇者そして異界からの聖女。残り一人は三人を守る者。たった四人で魔王を討つ旅に出なければならない。
神託のすべてを知っているのは、王と二人の殿下と大神官と私だけ。それ以外は人数制限等なく旅をするのだと思っている筈だった。
「力不足。あの人真似に劣るというのか。ライアンの剣の腕はあの年頃の者の中では群を抜いている。それが劣ると」
ライアン殿下は剣の天性技能を持っていた。幼い頃は体も細く力も弱かったが熱心に訓練を行い、十七歳となった今では年上の相手にも負けぬ技と体力を身に付けていると評判で、王がそれを密かに自慢に思っている事も知っている。
それでも嘘は言えなかった。
「はい。アルフォートの剣の腕は今後ライアン殿下を超えるでしょう。あれは精神力も鍛え魔法の腕も鍛えています。僅かな期間でそれを成し遂げたのです。勇者殿達との旅でそれは更に磨かれる筈です」
人真似の天性技能持ちだと知っていたから、それが無能と言われるものだと知っていたから王と私はアルフォートに条件を付けた。
ライアン殿下が同行の予定だとは言わず、アルフォートが同行出来ない場合は三人の旅になると。
一緒に行くためならなんでもするから同行させて欲しいと、額を地面に擦り付け願うアルフォートは、無様で世間知らずで己の力を知らぬ子供、そう誰の目にも映っていた。
人真似の天性技能持ちなどに同行を許すわけには行かないと突っぱねても、何度も何度も頭を地面に擦りつけ、必死に願う。
己の天性技能の無能さを知らず、ただ幼い二人の事が心配だからと言うアルフォートも、そう恵まれた体はしていなかった。勇者二人程ではないにせよ、痩せた子供。鍛えたライアン殿下と比べると貧相としか言えないその姿で、地面に額を擦りつける。
愚かな能なしの天性技能持ち。けれど、その愚かな子供の思いをくんでやりたいという思いも、エリストだけでなく、私の心のどこかで芽生えてしまった。
勇者達が旅立つまでの期間に見せた技をすべて覚える事、算術などの技能の他従者として貴族にも対応出来る知識をつける事、どんなに辛くても一日も休まずに訓練を行なう事。それが出来たなら旅への同行を許す。
叶えてやりたいと思う反面、どうやっても無理だろうと嘲る気持ちが消えず告げれば、条件の過酷さに恐れをなして逃げ出すだろうと安易に考えて放ったその言葉に、アルフォートは機会を得たと喜んで訓練に望んだのだ。
「アルフォートはすでに中級の魔法も剣の技も習得しています。それは人真似の天性技能持ちが短期間で覚えられるものではありません。例え回復薬を大量に使えたとしても、常人では日に何度も魔力切れを起こし、無理矢理回復薬で生命力を回復しそこからまた魔力切れまで魔力を使い続けるなんて、人が何度も何度も出来るものではないのです」
「魔力切れはそんなに辛いものか」
王には魔法の才は無い。王の天性技能は『統べる者』という技能で、この技能はなぜか魔法が使えないと文献には記されている。第一王子も同じ天性技能を持っていて、彼も同じく魔法の才がない。
王は過去の統べる者の天性技能者が治めていたのと同じく、民を愛し慈しみ、国を豊かにする為尽力している。統べる者の別名は賢王という、その名は今の王にふさわしいと私は常々思っていたが、それでも経験した事がなければ分りようがない。
「私は過去に数度経験していますが。一度に失う魔力の量が多ければ多いほど、魔力切れの反動は辛いものです。魔力切れを起こした瞬間、生命力をほぼ使い魔力を回復するのですが、その時に体中を切り刻まれる程の衝撃を全身に受けます。その際、怪我をしていなくても生命力はただ一度殴られた程度で命を失う程までに少なくなり、回復薬をすぐに飲まねば死んでしまいます」
だから魔法使いは魔力切れを恐れる。
魔力切れを起こすと意識を失うから、信用出来る人間がそばにいて意識を取り戻した時にすぐ回復薬を使える環境以外で魔力切れが起きたりしないように注意を払うのだ。
「だが魔力は増える」
「はい。たった一度の魔力切れだけでも毎日鍛錬して増える魔力量を遥かに超えた量が増える様です。これは魔力切れを起こした事がある人間すべてに言える話ですが、その分苦痛も酷いので望んで魔力切れを起こそうとする者はいません。それをアルフォートは一日に何度も何度も行なっています。技を覚える鍛錬に費やす時間は半日とはしているものの、その間に使う回復薬の数は日に日に増えています。それはアルフォートが覚える技が上位のものになっている事と、意識を失っている時間が減っている為です。つまり半日で魔力切れを起こす回数が増えているのです」
たった一度だけだとしても、魔力切れを起こしたら疲労しすぎて使い物にならない。体中に感じる痛みに加え精神力を使いすぎるのだ。その疲労は回復薬を飲んでも良くはならない。精神力を睡眠をとることで癒さなくてはいけないのだ。
「今のアルフォートは人真似の技を使う為、起きている時間の殆どで魔力を使っています。指導を受けているあいだ、魔力の回復薬を自由に使う権利を彼に与えていませんから勝手に回復は出来ません。彼が魔力回復薬を使えるのは魔力切れを起こした時だけです。使う量は少なくて一日で十五本、多いときは二十を超えるそうです。これは私達魔法使いが生きている間に体験する魔力切れの回数を遙かに超えています」
魔法使いが一生のうちに体験する魔力切れの回数を、たった半日で超える。
その過酷さを思うだけで、恐ろしさに体が震えてしまう。
たった一度の魔力切れでも生命の危機を感じるというのに、何度も何度も繰り返すのだ。
「ううむ」
「あれの精神力はライアン殿下とは比べられない程に強いでしょう。そうしたのはあれの訓練に立ち会った者達ですが、アルフォートは逃げ出さず耐えてしまった」
最初は訓練というより拷問に近かったのだと聞いたのは、つい先程の事だった。
魔法の勇者殿と話をした後、アルフォートに従者の訓練をしている者に話を聞いてその過酷さに目眩がした。
どんな技を見ても必ず覚える事。
人真似で技を見ても本人が覚えようとしなければ、全部は覚えないらしい。
そうでなければ誰かと一緒にいるだけで、技を覚え続けなければならなくなる。
不要なものまで貴重な魔力を使って覚え、技を使う度に魔力を消費する事になるのだからなのか、ある程度の制限は自分の意思で出来るらしいと、アルフォートは言っていたらしいが、鍛錬場にいる限りすべての技を覚える様に、命令を出したのは騎士団の副団長だったそうだ。
過酷な訓練をさせるつもりはなくとも、情にほだされ甘い訓練をさせるわけにはいかないと、剣の訓練は厳しいと評判の副団長を担当としていたがそれが悪かった。
彼は差別意識が強く、平民と貴族の存在は別だと考える人間だった。そんな差別意識の強い男は、貧乏な村の出身であるアルフォートに嫌悪感を持った。
本来であれば貴族出身の騎士の鍛錬場に、平民が足を踏み入れる等あり得ない話、ましてや自分が直々に訓練を行なう等ありえない。
人真似という能なしに時間を費やすのは馬鹿らしいと、最初から大技を覚えさせ始めたのだと言う。
下級の技を覚えるのがやっとのアルフォートに、副団長は容赦なく大技を見せつけた。体が出来ていない子供に、体力作りとしてまだ夜も明けぬ時間から走り込みと、大人用の剣で素振りを長時間させ朝食も取らせず、技を覚える訓練を始める。
中級上級関係無く覚えさせ、魔力切れで倒れても水を掛け無理矢理起こして、回復薬を飲ませ再び技を覚えさせる。
貴族出身ばかりの騎士と違い、平民出身もいる魔法使い達は魔力切れの辛さも理解している分アルフォートに同情的で、休み休み基礎の魔法から覚えさせようとしていたが、身分の高い騎士団の副団長に無理強いされ、こちらも強い魔法を覚えさせる事となっていった。
短期間でボロボロのボロ雑巾の方がまだマシという程に、アルフォートの体は酷使されたという。
ひたすらに訓練を繰り返していった。半日という約束が当り前の様に延長され、昼飯さえ与えず訓練を続ける。ある程度の技を覚えてしまってからもそれは続いて、倒れるまで技を使わせ、倒れたら水を掛け無理矢理起こして回復薬を飲ませ、お前が無能だから貴重な回復薬を使うことになったと蹴り飛ばし、何度も腹を踏みつける。
アルフォートの状況を細かく伝える様にと言っていたのにも関わらず、保身に走った魔法使い達は私には訓練は順調だとしか言わず、アルフォートはただただ訓練に耐えるしかなかったのだ。
話を聞いて、配下に報告だけをさせていた自分を後悔した。
諦めさせようとしていても、命を落とさせたいわけでは無かったのだ。
「剣の腕ならライアン殿下の方が上かもしれません。殿下には訓練を長く行なってきた実績があり、それは確かに実力となっていますから。ただ、アルフォートには、二人の勇者を守りたいという強い気持ちがあります。それは過酷な訓練に耐えた後、辛い体を更に酷使して自主訓練を行なう程に強い気持ちです。神託があった三人を守る者というのは、魔王の攻撃から守る力だけを言っているのではないのではありませんか。幼い勇者と異界からの聖女、彼らを心から案じ守ろうとする心を持つ者、それが旅の同行を許される条件なのではないかと、私は愚考致します」
どんなしごきにも耐え続け、ひたすらに能力を高めようとするアルフォートを見て、最初は巻き込まれまいとしていた魔法使い達が最初にほだされ始めたのだと言う。
副団長の目を盗み、ヨロヨロと歩くアルフォートの体を支えながらこっそりと食事を与え、水を飲ませ始めた。
精神力が回復するという高価な木の実を、エルフの村から個人的に取り寄せ与えたのは、副団長の配下の男だったそうだ。彼も貴族の血を尊ぶ人間だったが、間近でアルフォートの訓練を見る内に考えが変わり、今では副団長に替わりアルフォートに剣術を親身に教えているのだという。
能なしの天性技能持ちの平民。己を知らぬ愚かな子供という認識から、幼い勇者を守る為にただひたすらに訓練を続ける子供と、認識が変化していったのだ。
「三人を守る者。それが心を言っているのなら、確かにライアンでは力不足か」
「魔王討伐の旅は勇者の修行でもあるというのなら、その同行者はアルフォートが相応しいのでしょう。勇者殿達は彼を慕っていますし、信頼しています。知り合ったばかりの聖女殿もそれはどうやら同じ様です」
無理矢理異界から呼ばれた聖女もまた、幼かった。
生まれ育った場所から遠く離れたこの地に呼ばれた少女は召喚の魔法陣の上に座り込んだまま、泣きじゃくった。母を呼び父を呼び、家に帰してと泣き続けたのだ。
帰れないと知り、たった一人の知り合いさえいない環境に日々不安そうな目をして暮らす少女は、アルフォートの傍でだけは笑う様になったのだと聞いた。
「陛下どうぞアルフォートを同行者として下さい。魔王討伐の旅には彼が必要です」
「それは、暫く考える」
頭を下げた私にそう言うと、王は項垂れて目を閉じてしまった。
「失礼致します」
話さなくなってしまった王を部屋に残し、私は一人外へ出た。
部屋の様子を窺うように立っていた宰相に首を振り、歩きだす。
アルフォートと話をしてみよう。
謁見の間でたった一度しか話しをしていないあの子供の気持ちを、本人の口から聞いてみようと思った。
※※※※※※
上が優しいことを考えていても、下が悪いとこうなるという。
上は命令する事に慣れている二人なので、現場を自分で見る事はしなかった為にアルフォートはしごきを受け続けていたという、お話でした。
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