愚か者の末路


【前書き】

ハンスの父親の話です。

需要は無いかと思いますが……(^_^;)






「まさかこんな幸運が舞い込んでくるとはなあ」


 神殿を出てずっしりと重い皮袋を懐に抱き歩く。

 ニヤニヤ笑いが止まらなかった。

 貧乏な家に生まれ育って、大人になっても貧乏は変わらなかった。

 遊びで付き合っていた娘に子供が出来たせいで嫁にするしかなくなった。

 ガキが生まれてからは、もっと貧乏になった。

 ガキは金が掛かるだけで、何もいいことがない。

 美人だと思っていた嫁も、ガキを生んでからは女には見えなくなった。


「娘はそこそこ金を持ってる奴に嫁に行かせられたからいいとして、下のやつらはどうしようもねえと思ってたんだがなあ」


 十代半ばで俺と年が変わらないどころか少しばかり年上の男の元に嫁いだ娘は、それなりに上手くやっているらしく時々食べ物を送ってくる。

 金か酒にしろと言っても無理だと言いやがるから、腹いせに母親を少し離れた町の酒場に出稼ぎに出したのは三年前の事だ。

 娘は泣いて謝ってきたが遅い。


「あいつが全員連れていきたいと言ってたのを断って良かったよ。ハンスが勇者なんて、間抜けなあいつじゃ気がつかねえとこだった」


 一番上の息子は幼い頃から商人の家の下働きとして働かせていて、家にはいなかったから、ハンスがいなければ家の雑用をする奴がいなくなってしまう。

 ハンスの下は役に立たない幼児二人、しかも末っ子は生まれたばかりで邪魔でしかないから、嫁と一緒に追い出した。


「奴隷に売るより大金が手に入ったな。魔王討伐が上手くいけばもっと金が貰えるぞ」


 懐の重みに笑いが止まらない。


「ねえ、あんな村でて王都で暮らしましょうよ。可愛い息子が心配だと言えば王都で暮らすお金くらい出して貰えるんじゃない?」


 俺の腕に猫なで声を出しながらしなだれかかるのは、最近付き合い出した女だ。

 頭は悪いが可愛いし、何より若い。

 こいつと付き合い始めて金がいくらあっても足りなくなってきたから、ハンスを奴隷商人に売るつもりだった。奴隷商人が言っていた金額は金貨一枚。勇者に付ける値段には安すぎる。


「きっと沢山お金をくれるわ。勇者の親だもの」

「そうか、そうだな。俺は勇者を育ててやったんだからな」


 嫁が送ってくる金は俺とこいつの酒代にしかならねえし、こんな上手い話があるなんて考えた事も無かった。


「あいつは孝行息子だよ。俺の為に体を張って金を稼いでくれるんだからな」


 奴隷商人に売った後だったら、この金は手に入らなかった。

 ずっしりと重い皮袋の中身は、生まれて始めて見る金貨だった。これは勇者を育てた事への褒美だという。

 あんな役立つを育てただけで、こんな金貨が手に入るとは。


「勇者は国を救うんだ、これぐらいの金じゃ足りねえよな」

「そうよ。あの子を育てたあんたはもっと誉められていいはずだわ」

「そうだな」


 勇者の親が貧乏で苦しんでいるなんて、世間体が悪いだろし神殿に言えばもっと金を出してくれるだろう。


「俺の子供の中でも愚図で役に立たねえ奴だと思ってたんだがなあ、まさか金の卵を生む鶏だったとはな」


 鶏を育てていても、卵は全部売ってしまうから食えない。

 肉はハンスの事を可愛がっているアルフォートがたまに狩った獲物を持ってくる程度で、それも売ってしまうのが殆どだから口に入る量は多くはない。

 金貨一枚あれば、税を払っても一年は遊んで暮らせる。

 王都でも数ヵ月は暮らせるだろう。

 皮袋の中身全部なら何年も暮らせるだろうし、その間にハンスが魔王を倒せばその後はいくらでも金を使い放題だ。


「王都に住んで、ハンスの無事を神殿に祈るんだ。村には神殿が無いからなあ」


 それは上手い理由に思えた。

 いっそ娘を離縁させて、王都の金持ちに嫁がせるのも手かもしれない。

 まだ子供は生んでないし、生娘じゃなくても勇者の姉なら嫁にしたいと思う奴もいるだろう。

 嫁ぎ先で貧乏で苦労をしている娘に金持ちの優しい夫を見つけたいといえば、神殿がいい男を探してくれるかもしれない。


「そうと決まったら、王都に行くぞ。ハンスは暫く城に厄介になるらしいからな、親なら心配で様子を見たいと思うのは当然だろう」

「さすが頭良いね。そうと決まれば神殿に馬車を用意して貰おうよ。宿は豪華な食事付きの所よね。勇者の親が泊まるんだから当然だわ」


 ニヤリと笑いあった後、今出てきたばかりの神殿に戻る。

 貧乏者は一生貧乏なのだと諦めていたのに、これからは夢のような暮らしが出来るのだと俺は信じて疑わなかったのだ。




「なあ、あんたの息子が勇者なんだって?」


 王都に向かう途中の街、豪華な宿に泊まり見たことも無いような豪華な飯を腹一杯食べた後、一人酒場に繰り出した。

 宿も飯も文句ねえが、神官だという男が付いているのは気に食わなかった。

 辛気くさい面で朝に晩に祈り始め、飯の前も長々と祈る。

 息子が心配で、王都の神殿に祈りを捧げたいというのを王都へ行く理由にしてるから祈りをサボるわけにもいかず、長々と祈りに付き合わされるのは面倒だった。


「よく知ってるな。そうさ俺の息子が勇者だ。まだ城で訓練してるらしいがな」


 剣の勇者というのが、ハンスの天性技能らしい。

 剣どころかナイフさえ満足に扱えないあいつに、そんな天性技能があるなんて、一体誰が思っただろう。

 俺の天性技能は農夫だ。嫁は料理人。子供達は誰も調べてないから分からない。娘は成人前に嫁に出したから旦那になった奴が調べているだろうが、興味が無かったから聞いてもいなかった。


「それは凄いな。勇者が見つかって、その親がこの街にいると聞いたんだがここで会えるとはな」

「だけどなんで分かったんだ?」

「あんたが泊まった宿は勇者が泊まった宿なんだよ。昨日神官一行が部屋を取ったと聞いて話を聞きに行ったのさ。俺が生まれた村は魔物の被害が酷くてな、勇者に期待してるんだよ」


 声を掛けてきた男は地味だが高そうな布地の服を着ていた。

 俺は学が無いが、金を持ってる奴を見分けるのは得意だ。

 浅黒い肌に暗い焦げ茶色の髪はこの辺りじゃ見ない色だが、もっと離れた村の出なんだろうか。


「そうなのか」

「よくぞ勇者を育ててくれたな。今日は俺が奢るから、どんどん飲んでくれ」


 なれなれしく男は隣の卓か、俺の正面の椅子に移動し酒瓶を傾ける。


「そうか、すまないな」

「そうだ、勇者の話も聞かせて欲しいな。村の奴等に教えてやりたいんだ」


 隣の卓にあった一人で食うには多すぎる料理の皿もこちらに移し、俺の皿に乗せてくるから遠慮なく食いついた。


「ハンスのことを?」

「ハンスというのか、まだ成人前なんだろ」

「ああ、八いや九歳だったかな。子供だから、心配なんだよ」


 年なんて覚えてなかったが、確かアルフォートの奴がそう言っていた様な覚えがある。まだ八歳の子供になんで無理な仕事をさせるんだとか何とか。大雨の中山仕事に行かせた時だ。勿論余計なお世話だと怒鳴ってやった。


「そうか。親ならそうだろうな」

「ああ、だからせめて旅立つまでは近くにいてやりたくてなあ」

「それはそれは、まあ飲んでくれ。これも食えよ旨いぞ。この街の名物だ」

「お、いいねえ。さすが田舎とは違うな酒も飯も旨い」


 勇者の親というだけで、飯を奢られる。

 服も靴も神殿が用意してくれて、今まで着ていたボロとは違う。

 貧乏だと馬鹿にする奴はこの街にはいない。


「ハンス様は金の卵を産む鶏だ」


 酔いが回った頭で思うのは、好きに金を使い贅沢に暮らす未来だった。

 酒が注がれた椀をあおる。

 ちびちび惜しんで飲んでいた昔とは違う。


「金の卵?」

「俺の息子は孝行息子だってことさ」


 ハンスがいれば贅沢が出来る。

 村から連れてきた女は、街の綺麗な女と比べたら地味だし見映えがしない。

 あいつはここで追い返して、王都に着いたら綺麗な女を見つけよう。


「勇者の母親は一緒なのか?」

「いいや、あいつは働きに出ているから来てねえよ。稼ぎが悪くてなあ離縁してえんだが」

「問題があるのか」

「問題……ねえな。あいつはハンスが勇者になったことも知らねえし、愚図な女だから仕事場でも邪魔にされてるぐらいだ。一緒に来たのは遊んでる女だ。あいつも邪魔だしもう別れるつもりさ」


 酔った頭の中で年をとった嫁の顔を思い出そうとしたが、もう思い出せない。

 最後に会ったのは二年前、その後は金だけ村にくる行商に頼む様になった。

 村に来る為には休みを取らなきゃならない。休みを取れば稼ぎが減る。

 行商は嫁の実家の遠縁で信用出来る男だから、都合が良かったのだ。


「……クズが」

「なんか言ったか」

「いや、そんな女なら別れた方がいいな。そうだ俺いいもの持ってるぞ、少し待っててくれるか。おい、親父酒とつまみの追加だ、どんどん持ってきてくれ」

「お、いいのか。すまねえなあ」


 残り少なくなった炙り肉を恨めしく見ていたら、男が店主に声を掛けながら立ち上がった。


「すぐに戻ってくるよ」


 にやりと笑う男を疑いもせず、俺は目の前に出された酒に飛び付いたのだった






「またせたな」

「おう、なんだ、あんた誰だ」


 好き勝手に酒を頼み飲んでいると、目の前に知らない男が現れた。

 酔った頭で顔を良く見れば、酒を奢ってくれていた男だと思い出した。

 肌の色と髪の色以外の特徴が無さすぎて、覚えられなかったのだ。


「いいもの持ってきた。ほらこれに名前を書けば嫁は売れる。離縁したようなものだ」

「売る?」


 男が何を言ってるのか分からずに首を傾げる。

 その途端持っていた椀から酒がこぼれた。

 机にこぼれた酒をいつもなら啜って飲むところを、今日はそのまま放っておく。酒はいくらでもこいつが奢ってくれるのだ。


「邪魔なんだろ?」

「あぁ、邪魔だ、邪魔だ。嫁も女も邪魔だ。俺はぁ、金持ちになるんだよ。ハンスは金の卵を産む鶏さぁ。はっはっは。いくらでも金を産む孝行息子だぁ」


 酔っぱらって、気が大きくなっていた。

 これからは贅沢が出来る。誰かに施しを受ける為に媚びを売るなんてしなくていい、嫁からの少ない金に苛々するなんてしなくていい。


「名前を書けば、あんたにはこれを渡すよ」


 どさりと机の上に重そうな皮袋が置かれた。


「これは」

「あんたの嫁の代金だ」

「へへへ。あんなのが金になるのか」


 中を見ると金額と銀貨が混じっていた。

 銀貨だって今までならお目にかかれるのは年に一、二回程度だった。

 それが簡単に手に入る。

 役立つのハンスが勇者だったからだ。


「俺は字が書けねえ」

「なら代筆してやるよ。さあ、ここに名前を書くぞ。あんたの名前は?」

「俺、俺は」


 酔った頭で、ぼんやり名前を言って、その後も酒を飲みまくって店を出た。


 懐には皮袋。嫁と女を売った金だ。

 店の前で男と別れた俺は、酔いざましに街を歩く事にした。

 さすがに酒を飲みすぎた。このまま宿に帰ったら神殿の男が煩いだろう。


「運が向いてきた。俺はこれから」


 ふらふらふらふら、酔っ払った体は思うように歩けない。

 良く知らない街、どこが危ない場所なのかなんて知りようもなかった。


「おい、気を付けろ」


 ふらふらふらふら、歩いていたら誰かにぶつかった。


「なんだと、気を付けるのはそっちだろうが、俺は勇者の父親だぞ!」


 普段ならすぐに頭を下げて逃げるのに、つい気が大きくなってしまった。


「はあ、おっさん何を言ってんだ。勇者様の親がお前みたいなクズのわけねえだろ。死にてえのか」


 首もとを絞められ、怒鳴られる。


「あんた、さっきの?」


 奢ってくれた男に顔が似てる気がした。

 暗がりで良く見えないが、浅黒い肌はさっきの男の様に見える。


「待ってくれ、俺は勇者の父親だよ。さっき一緒に酒を飲んだじゃないか」

「何言ってんだ、おっさん。頭イカれてんのか?」


 首を絞められたまま、ナイフを首に押し付けられて慌てた。


「ほら。さっきあんたにもらった金だって」


 懐から皮袋を取り出して見せる。


「知らねえな」

「そんなっ。あ、そうだ。宿にいる女をあんたにやるよ。街の女に比べたら落ちるが売れば幾らかには」

「女、俺にくれるのか」

「あぁ、水神の守り亭っていう宿に泊まって……あ」


 突然腹に何かが、熱い何が入ってくる感じがした。


「お前の様なクズが勇者様の親じゃ困るんだよ」

「なんだ……て」


 ふらりと体が揺れた。

 腹が熱くて、痛くて、立っていられなくなる。


「身を粉にして働く妻を売る様な男がいたら、勇者様が苦労するだけだろ、違うか?」


 地面に崩れ落ち、とっさに腹を庇う。


「これは勇者の家族の保護を神殿に依頼する為の依頼書だ。あんたには読めなかっただろうがな」


 腹を蹴られて、踏まれて、意識が遠くなる。


「上手くいったか。側で聞いていて殴りたくなったぞ」

「たすけ……て」


 俺は勇者の親で、これからは贅沢をして暮らす……ん……。


「あんな小さな子供に苦難を強いるのに、親なら……」



 声が遠くなる。

 遠くなっていく。


「……後はこの辺りの奴等が始末してくれるさ」

「よし、行くぞ。……様に報告……」


 うっすらと瞼を開くと、目の前に数枚の銀貨が落ちてきた。


「金、俺のか……ね」


 手を伸ばそうとしても動かない。

 もう動かなかった。


【後書き】

一応のざまぁ展開でした。

ハンスの父親を殺したのは王城から放たれた刺客です。

アンナの両親も似たような事をやって同じように始末されています。

ハンスの母親と兄弟は神殿に保護され、最終的にはアルフォートが納める領地で暮らす様になります。

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