番外編

勇者見習い(ハンス視点)


「うわあっ」


 足がもつれて、すっころんだ。

 疲れて、疲れすぎてて両手なんてつけなかったから、ずでんって感じに転んじゃったよ。そんでもって、地面に転がったらもう動けない。


「あーー、起きなきゃ。こんなの見られたらアンナに笑われるう」


 お城の訓練場から部屋に戻る途中、ほんの少しの段差で無様に転んだなんて、アンナに見られたら絶対に指さして笑われる。

 見つかる前に立ち上がらなきゃって思うのに、体が動かない。

 動くどころか冷たい地面が動きまくって火照った体に気持ちよくて、なんか眠たくなってくる。


「ハンス、なにやってんだ?」


 もうこのまま寝ちゃおうかな、なんて思ってたら突然聞きなれた声がした。


「転んだーー。起き上がれないよぉ、アル兄ちゃん」


 この声はアル兄ちゃんだ、だったら見られてもいいやと体の力全部抜いて答える。


「怪我したのか」

「違うよぉ。疲れてるだけぇ」


 しゃべるのも億劫で、ついつい甘えてだらけてしまう。

 それをアル兄ちゃんは許してくれるって、分かってるから甘えちゃうんだよ。


「しょうがないなあ。ほら、おぶされよ」


 呆れたような、でもなんか優しい声がした後、寝転がった俺のすぐそばにしゃがみこむ気配がして、俺は眠いのを我慢して顔を上げた。


「恥ずかしいからいいよ」


 俺だってもう十歳を過ぎた。小さな子供じゃないんだよ。

 おんぶなんて恥ずかしい。

 なんてね、ここに来てから何度もおんぶしてもらってるけど。


「ばーか、そういうのはちゃんと立ってる人間が言う言葉だよ。起き上がれないなら肩に担ぐぞ」


 しゃがみこんだまま後ろも見ずにそういう背中を見上げて、照れ臭くなりながら体をよっこらっしょって起こして、アル兄ちゃんの背中におんぶした。


「立つぞ」

「うん」


 俺をおんぶしたまま、アル兄ちゃんはゆっくりと立ち上がり歩き出す。

 訓練場から、俺達の部屋までの道は誰もいない。

 お城に来て最初に与えられた部屋は豪華過ぎるくらい豪華で、貧乏暮らししかしたこと無かった俺には緊張しまくりの物凄く居心地が悪い場所でしかなかったけど、つい最近騎士の寮に移ったから、ちょっとマシになった。

 寮でも村の家よりよっぽど豪華なんだけどさ、すきま風も入らないし雨漏りもしないし、隣の部屋の音も聞こえないんだよ凄いよね。


「アル兄ちゃん、訓練どうだった?」

「順調だよ。ハンスは?」

「俺もじゅんちょーだよ。あのね、今日新しい技を覚えたんだっ」


 騎士団長さんが覚えが良いって誉めてくれて、いい気になって剣を振り回してたら体力が尽きてフラフラになったけど、でも訓練は毎日楽しい。

 勇者に相応しい言葉使いをって、剣の訓練の前に礼儀作法とか言葉使いとかも習うんだけど、それもなんか楽しいんだ。

 毎日ヘトヘトになるまで訓練しなきゃいけないけど、それでもアル兄ちゃんとアンナと一緒にいられるから楽しくって仕方ないんだ。


「そうか良かったな。二ヶ月後には旅立つんだから今のうちに剣士の技を沢山覚えないとな」

「うん、頑張るよ」


 昔話に聞いていた勇者っていう凄い人に、俺がなるんだって聞いたときは驚いた。

 村にいた時は、親にはなんの取り柄もない間抜けの役立たずだって言われてたし、父ちゃんの借金を返す為に奴隷になるのも決まってたのに。

 アル兄ちゃんが俺とアンナが勇者の神託を受ける夢を見たと言って、皆に内緒で村から連れ出してくれて、神殿に連れて行ってくれてからすべてが変わったんだ。


「アル兄ちゃん。俺ねえ、頑張るよ」


 村を出るまで、俺は自分の親が世界の全部だった。

 親の言うことが絶対で、間抜けな俺はぶたれてもご飯を抜かれても仕方ないんだって、そう思ってたんだ。


「そうか。じゃあ、俺はもっと頑張るよ」

「え、なんで。兄ちゃんはなんでも出来るじゃないか」


 アル兄ちゃんは何でも出来る。

 鳥を狩るのも上手だし、畑仕事も籠を編むのもなんだって出来る。村一番の働き者なんだ。


「出来ない出来ない。俺なんてたっくさん覚えないといけないことがあるよ。体力もつけて勉強もして、なんでも出来るようにならないとな。ハンスとアンナと聖女様が旅で困らないように」


 笑いながら言うけど、なんでかなって思う。

 アル兄ちゃんは何でも出来るんだから、俺達困ったりしないのになあって。


「兄ちゃんなら大丈夫だよ。兄ちゃんが一緒なら旅も怖くないよ」


 ただ旅をするわけじゃなく、魔物を倒したり冒険者として依頼を受けたりしないといけないみたいだけど、アル兄ちゃんが一緒ならきっと大丈夫だって、俺もアンナも思ってたんだ。


「それでも、ハンスとアンナが頑張ってるんだからさ。俺はそれ以上に頑張るの。年上なんだからさ」

「そうなのかなあ。兄ちゃんは何でも出来るのになぁ。ふあぁっ」


 おんぶされてると、だんだん眠くなってくる。

 兄ちゃんの背中はあったかくて、歩いてく揺れがゆらゆらと気持ちよくて。


「寝ていいぞ」

「すぐだもん、起きてるよお」


 父ちゃんにおんぶされたことなんて、一回も無かったのにな。

 アル兄ちゃんには何度も何度もおんぶされてる。

 俺もアンナもアル兄ちゃんに甘えてばっかりだ。


「訓練頑張ったんだから。ゆっくり眠れよ。飯の時間になったら起こしてやるから」

「大丈夫だ、よ」


 返事しながら目が閉じてくる。

 眠くても我慢して、お腹がすいても我慢して、村ではそれが当たり前だった。

 だから我慢できる筈なのに、兄ちゃんの背中は温かくて安心できて眠たくなってきちゃうんだ。


「我慢しなくていいんだぞ」

「うん……」


 優しく言われて眠気に負けた。

 剣の勇者になるための訓練は大変だけど、でもちっとも辛くない。

 ぶたれたりしないし、ご飯もお腹いっぱい食べられる。

 お布団は綺麗だし、皆優しいんだ。


「寝たか。ハンス、ちょっと重くなったかな。良かったな飯食えるようになったお陰だな」


 ゆっくりゆっくり歩くアル兄ちゃんにおんぶされながら、俺は村から出て来て良かったなあって思っていた。

 本当に勇者になれるのかなとか、魔物と戦うの怖いなあって思うけど。

 でも、村にいるよりよっぽど良いんだ。だから、


「がんば、る」


 声になってたかどうか分からないけど。

 アル兄ちゃんが夢に見た剣の勇者になれるように。

 沢山沢山訓練して強くなって、そして魔物を倒すんだ。


 まだまだ、訓練は始まったばかりの勇者見習いだけど、いつか立派な勇者になるんだ。


 兄ちゃんの背中に守られながら、そんな事を夢見ていた。

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