第16話
「アル兄ちゃん」
目を開けると俺を覗き込む三人の顔があった。
「えっ、おっ、あっ」
ここはどこだっけ、俺何してたんだっけ? これって夢なのか。
寝起きのぼんやりとした頭で考えながら体を起こすと、百合が水の入っている皮袋を手渡してくれた。
「アルフォートさん、どうぞ飲んで下さい」
「ありがと、百合」
ああ、三人が傍にいる。それだけで泣きそうで、でもここで泣くわけにはいかないからごまかす為に皮袋に口を付けた。
「ああ、旨い。ずっと喉が渇いてたんだ」
最後に水を飲んだのは階段を見つける前に取った休憩。座ったのもあれが最後だった。
あの後延々と扉を開け続け、技を使い続けた。
木の実は食べていたけど、喉が渇いたという感覚がどこかに消えていたのだ。
「魔王は」
状況を思い出しハンスに尋ねる。
瘴気がかなり薄いけれど、ここはさっきまで魔王と戦っていた場所だと気がついたのだ。
「魔王は消えたよ。ほら、これが魔王の魔石だよ」
大きな、大人の握り拳程もある大きな黒い魔石を、ハンスは俺の目の前に差し出した。
鑑定すると確かに魔王の魔石と出て、やっと俺は魔王討伐が成功したのだと実感したのだった。
「ねえ、アル兄ちゃんどうして村にいたはずの兄ちゃんがここにいるんだよ」
「そうです。アルフォートさん、城の入り口でこれを見つけた時私がどれだけ驚いたか分りますか」
ハンスの疑問に答えようとした俺は、百合が差し出した物に驚きの声を上げた。
「百合、なんでそれを持ってるんだ」
「私達が森を抜け、この城にやって来たとき、扉の前で突然これが空から落ちてきたのです。落ちて私の手の中に、まるでアルフォートさんの存在を知らせる様に」
百合の手には、リクリアーナに対価として渡す事になったあの飾り紐が握られていたのだ。
「驚いたな」
どういう事だ。リクリアーナの力なのか? それとも俺と一緒にここに送られてしまった? それなら、なぜ百合達の前に降ってきたんだ。
俺が分らないのだから説明のしようがなくて、黙っているとアンナが突然俺の腹にしがみついてきた。
「アル兄ちゃん、ごめんなさい」
「どうした急に」
「あたし達アル兄ちゃんに酷い事言ったから」
「そうだよ。アル兄ちゃん、俺達、俺達」
アンナに続いて、ハンスも俺にしがみつく。
二人とも小さな子供みたいに、しがみついて泣き出した。
「百合」
「私にも謝らせて下さい。アルフォートさんに酷いことを、本当に酷いことを言ってしまいました。申し訳ありません」
「ごめんなさいっ。兄ちゃん」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、アンナは何度もごめんなさいを繰り返すから、俺の方が泣きたくなる。
「馬鹿だなあ。お前ら謝る必要なんかないんだぞ」
「でも」
「なあ、なんで俺がここにいるか知りたいか」
「うん」
「俺はどうしてもお前達の仲間でいたかったんだよ。最後まで一緒に戦いたかったんだ。パーティーの一員として。勿論これからも。だからさ、もう一度俺を仲間に入れてくれないか。頼むよ」
アンナの頭を撫でながら、俺は三人に頭を下げた。
言いたかったんだ。あの時だって、俺を連れて行ってくれ。力不足で足を引っ張ると分ったから言えなかったけど。
でも、あの日そう言って縋りたかった。
俺を置いていかないでくれって。
「アルフォートさん。怒っていないんですか」
「俺達とまた一緒にいてくれるの? アル兄ちゃん」
「あたし達に呆れてないの?」
不安そうな三人の顔、それは森に入れなかった俺と同じ顔だ。
拒絶されたら、もしも迷惑だと言われたら。
それが怖くて俺は一人で魔王と戦う事を選んだ。
単身魔王の城に飛び込む勇気はあっても、クビだと言われながらそれでも一緒にいたいと言う勇気は出なかったのだ。
「怒ってない。怒るわけない。だってお前ら本心から俺と離れたくて言ったんじゃないんだろ。俺といるのが嫌になったわけじゃないんだろ」
そうだよな。そうだと言って欲しい。
願いを込めてそう言うと、三人は「当り前だよ」と即答してくれた。
「良かった。じゃあ俺をまた仲間にいれてください。ハンスとアンナと百合とずっと一緒にいたいよ。だから、俺を」
「ありがとうアル兄ちゃん」
「嬉しいよ。アル兄ちゃん」
「アルフォートさん。私達、私は……」
しがみつく二人を見て一瞬悩んだ顔をした後、百合は俺の腕にしがみついてきた。
「これが空から降ってきて、驚いて。でも、アルフォートさんにもう一度会えるかもしれないと思ったら、もう我慢が出来ませんでした」
「だから俺達、ここまで走ってきたんだ。魔物を蹴散らして、三人で走ってきたんだよ。兄ちゃんに少しでも早く会いたくて、謝りたくて」
「アル兄ちゃんに会いたかった、あたしもう一度会いたかった」
「アル兄ちゃん、本物だよね。本当にアル兄ちゃんなんだよね。会いたかった、会いたかったよぉ」
アンナと同じ位涙でぐちゃぐちゃの顔で、ハンスはそう言うとへへへと笑った。
「俺も会いたかった。三人に会いたかった」
泣きそうで、涙が出そうで、俺はぐしゃぐしゃとハンスの頭を撫で、アンナの頭を撫で、百合の頭を撫でた。
「早く村に帰ろう。あ、でも体大丈夫? ずっと一人で戦ってたんだし、怪我とか」
俺にしがみついたまま、アンナは心配そうに尋ねる。
そう長い時間気を失っていたわけじゃない筈だけど、寝不足と疲れは不思議な程に感じない。むしろ良く眠って起きた後の様に元気すぎる程、元気だった。
「怪我はないよ。元気だ」
「良かった。魔王の瘴気がアル兄ちゃんにぶつかりそうになったのを見た時は俺の寿命が縮まりそうだったよ」
「うん。間に合ってよかった。あの瘴気に攻撃されたらひとたまりも無さそうだもん」
「確かにな。三回死んで後が無かったから、本当に助かったよ」
首にぶら下がった三本の革紐を確認して、本当に運が良かったと神に感謝した。
「死んだってどうしてっ。なにがあったのっ」
「え、ああ。魔王と戦う前に魔人とも戦ったんだけど、その一人からこの城にいる間に一度でも攻撃を受けると即死するっている呪いを掛けられたんだ。それで魔王の攻撃を受ける度に生命力が残っているのに死んでしまってさ」
思えば無茶な賭けだった。
攻撃を受け無ければ、人真似の技で奥義の最大効果を放てないとしても、あの瘴気の攻撃を避ける事無く受け、すぐさま技を放つ等。無謀で無茶で、目茶苦茶な戦い方だとしか言いようがない。
「お前達が身代わりの宝珠を残していってくれたから、助かったんだよ。俺が攻撃を受け即死する度に宝珠が俺の命を救ってくれたんだ」
マジックバッグの中に仕舞いっぱなしだったら、宝珠はその力を使う事もなく俺は息絶えていただろう。
未練たらしく宝珠を三つ首から下げていたから、俺は助かったのだ。
「宝珠がアルフォートさんの命を」
「そうなんだよ。だから助かったのは、三人のお陰。それに宝珠だけでなく、最後の攻撃も防いでくれたし。魔王に止めもさしてくれた」
「あれは、魔王がすでに弱ってからだよ。そうじゃなきゃあれだけの攻撃で倒せる筈がないだろ。兄ちゃんが倒した様なもんだよ」
「でも、最後の攻撃を受けてたら俺死んでたし、だから魔王を倒したのは三人なんだよ」
誰が倒したとか正直どうでもいい。
魔王が死んで、勇者と聖女はただの冒険者に戻る。
これからはのんびりと旅をして、良い場所を見つけたらそこで孤児院を始めよう。
あれ、あ。あああっ!!
「俺、三人に謝らないといけない。ごめん。いや、ごめんですむ話じゃない」
「アル兄ちゃん、何言ってるの?」
突然謝り出した俺に、ハンスは首を傾げる。
「俺、貰った金全部使っちゃった。冒険者ギルドのリアナって人に、人真似の技の本当の使い方を習う為の対価として、金全部支払ったんだ」
「え。そうなの?」
「だからアル兄ちゃんここに来られたの?」
「で、でも。その使い方を習ったとしても、瞬間移動でもしなければ森を飛び越え魔王の城に来るなんて不可能ですよね」
金を使っってしまったという事よりも、三人の関心は違うところにある様だった。
でも、大切な金を勝手に使ってしまったんだから、俺はちゃんと謝って何年かかっても返さなければいけない。
「ごめん。絶対返すから。何があっても」
「いいよそんなの。また皆で貯めたらいいだけだよ」
「お金が無くなって生きていけるって、あたしは小さい頃から知ってるよ。それに今は自分で動物を狩れるし魔物とだって戦えるんだよ。お腹がすいても大丈夫だもん」
「お金なんて無くなってもいいです。アルフォートさんと一緒にいられるのが一番です」
三人はそう言って俺を許してくれたから、絶対に返すと心に誓いながら、素直にありがとうと感謝した。
「さあ、村に帰ろう。俺達の旅の終わりはこの魔石を神託の神殿に納めるまで続くんだから」
「そうだね、アル兄ちゃん。一緒に行こうね神託の神殿へ」
頷いて、立ち上がると俺達は城を出た。
魔王の城からはあっさりと出る事が出来た。
階段はそのままだったし、魔物達も消えていたのだ。
「ここから三日程度は掛かるけど、大丈夫アル兄ちゃん」
「当り前だろ」
城を出て、森へと入りかけたその時。
ごごごっという地鳴りと共に地面が大きく揺れた。
「アル兄ちゃん見て!」
ハンスが指差したその先には、崩れていく魔王城の姿があった。
「瘴気が薄くなっていく」
「空が青いよ。森に入ってから青い空なんて見られなかったのに」
顔を上げると確かに青い空が見えていた。
青い空、白い雲。生まれ育った村で見た、あの空と同じ色。
「本当に魔王を倒したんだな」
「うん。魔王は死んだんだよ。もう恐れる事はないんだ」
空を見上げながら、思い出していた。
宿でやけ酒したあの時間を、試練の間での特訓を、一人魔王城で過ごした時間を。
思い出していた。そして、諦めなくて良かったと、心から思った。
それからの俺達の話をしよう。
森を歩いて、魔物が弱くなっていると気がついたのはアンナだった。
魔人の様に強くはないものの、弱くも無かった魔物達が初心者の冒険者でも倒せそうな弱い魔物に変わっていた。
倒す必要も無いほど弱い魔物達の間を通り抜け、村に帰ると俺が行った神殿はどこにも無く、冒険者ギルドにリアナという職員も居なかった。
「兄ちゃん。俺達の口座あるみたいだよ」
「え」
リアナに支払った筈の金は何故かそのまま残っていた。
残っているどころか、解約した筈のハンス達の口座も元のまま残っていたのだ。
「アル兄ちゃんが特訓したっていう神殿。どこに行ったんだろうね」
「でも、私達が森に入る時に神殿なんかありませんでしたよ」
「そうだよね。ギルドの人達もこの村に神殿は無いって言ってたもん」
首を傾げながら俺達は一晩村で過ごした後、神託の神殿に向け旅を始めた。
変わった事はそれだけじゃなかった。
「俺の技の中から奥義が消えた」
「あれ、俺も奥義使えない」
「わたしもです」
「あたしもだよ」
他の技は使えるのに、四人とも奥義は使えなくなっていた。
それどころか、三人の勇者と聖女の装備も村についた後装備できなくなり、武器も使えなくなっていた。
「なんだか神様に騙された気分だな」
魔王を倒した途端用済みだと言わんばかりの出来事に、半ば呆れながら言うと。
ハンスは「でもこれでもう俺達勇者でも聖女でも無いって事だもん。のんびり冒険者が出来るならそれが一番だよ」と笑っていた。
それから数ヶ月後、神託の神殿に魔王の魔石を納め王都の城で魔王討伐完了を報告した俺達は、その褒美として魔王城があった辺りを領地として貰えることになった。
元々魔王城があった周辺の村々はどこの貴族の領地からも外れており国が直接治めている場所だったから、褒美とするには手軽な場所だったというのもあるし、魔王を倒せる程の力を持った俺達を王が厚遇しない様にという、上位貴族達の企みもあった様だが、俺達には嫌という権利は無かった。
「領主はアル兄ちゃんがいいよ。俺領地運営を考えるなんて出来ないし」
「そうだね。あたし達はアル兄ちゃんに仕えるよ」
ハンスもアンナも呑気だったが、俺だって領主なんて器じゃない。
王様が領地と一緒につけてくれた沢山の人と一緒に悩みながら、手探りの領地経営が始まった。
「百合。俺とずっと一緒にいてくれるか。百合が帰る手段を見つけるって約束したのに、それを忘れてこんな事をいうのは間違ってるって分ってるけど、でも俺は百合と一生一緒にいたい」
「帰りたい気持ちは今でもあります。でも、私もアルフォートさんとずっとずっと一緒にいたいです」
領地経営の紆余曲折を繰り返して数年が過ぎたある日、俺は百合に思いを告げた。
俺の気持ちに応えてくれた百合を抱きしめて、俺は幸せな日々に感謝した。
「アル兄ちゃん。俺アンナとちょっと依頼受けてくるよ」
俺が領主になり領地運営に四苦八苦するのを手助けしながら、ハンスとアンナは冒険者を続けていた。
すでにハンスとアンナは結婚し、一男一女を授かっているが冒険者として領地を守りたいのだと各地を回っていたのだ。
「ったく。忙しい時期だって分ってるんだろうな」
「分ってるけど、西の村からどうしてもって指名依頼が来たんだよ」
指名依頼が無くても、机に座って書類仕事をするより体を動かしていたいハンスの事だから冒険者を辞めろも、依頼を受けるなも言えなかった。
「仕方ないなあ。早く帰って来いよ」
「分ったよ。アル兄ちゃん、いやアルフォート様、魔物討伐行ってきます」
にこにこと笑ってハンスはアンナと二人出て行った。
「まったくあいつらいつまでも」
「そう言ってアルフォートさんも一緒に行きたいんじゃないですか」
「それは、まあそうだけど」
冒険者は辞めても魔物と戦う事は辞めていない。
元の魔王の森は今では冒険者初心者の森として、周囲に知られているが魔王の森以外の場所は以前動揺強い魔物が多く出るから、魔物討伐はこの地を治める為の重要な仕事の一つなのだ。
「領主の仕事として魔物を討伐するより、自由な冒険者として旅をしたいって気持ちはあるよ。でも、引き受けたしさ」
「それに、まだ終わってないですものね」
百合は笑いながら俺の腕に触れる。
領地を豊かにすること、領民が飢えずに元気に過ごせる事それが領主になってからの俺の目標だった。そして、目標はもう一つ。
「子供が笑って生きていける様に頑張る。それが俺達の目標だからな」
学がない俺達は必死に領地運営を勉強した。
王が付けてくれた優秀な人間達は、俺達の気持ちに賛同して一丸となって領民の暮らしがより良くなる為の努力を続けてくれている。
俺達の夢だった孤児院も治療院も勿論作っている。孤児院の子供達はいつでも元気に庭を跳ねまわり、腹いっぱい食べ清潔な寝具で眠る。
大きくなっていく子供達を見るのは、俺の楽しみでもあった。
苦労も多いけれど幸せも多い領地運営、俺はその先頭に立ち目標に向かって努力し続けていた。
「あの時、アルフォートさんに出会えて良かったです」
「ん?」
「聖女としてアルフォートさんと初めて会った、あの時です」
「そうだな。俺も、百合と出会えて良かった。こうして一緒にいられて幸せだよ」
ハンス達が居ない執務室で、俺は百合を抱きしめた。
リアナとリクリアーナは本当にいたのだろうか。
俺が出会った二人は何だったのだろう。
それは未だに解けない謎だけど、ひとつだけ言えるのはあの日諦めなくて良かったという事だ。
弱い自分を捨て、強くなりたいという気持ち。
魔王を倒し、ハンス達を絶対に死なせないという気持ち。
苦しくても、辛くても、諦めず努力し続けそして。
「幸せだよ」
「幸せです」
諦めないで良かった。
百合の細い体を抱きしめながら、俺はこの幸せに感謝するのだった。
終わり
※※※※※※
本当は長編で書きたかったこの話。
書く時間がとれないなあと、乱暴に最終辺りだけで話を作ってしまった作品でした。
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