第9話
「ここが神殿か。気がつかなかったな」
リアナに紹介状を書いて貰い、村の東端に建っている神殿までやって来た。
夜でもそれなりに人が歩いていたギルド周辺と違い、この辺りは民家の灯りもなく人通りもなく淋しい感じがする。
「こんな大きな神殿なら、村に入ってすぐに気がつきそうなのになあ」
村の入り口近くにギルドや宿屋はあり、神殿は丁度真逆の位置に建っているとはいえこんなにデカい建物なら村の入り口からでも見える筈だ、魔王の森のすぐ近くまで来たという興奮で俺が周囲をよく見えていなかったのかもしれない。
「神殿があるなら、百合が必ず参拝してそうなのにな」
聖女である百合は神殿で祈る事でも魔力と生命力が増える。
それ以外にも、聖女は体に瘴気を吸収しやすい体質だったりするからそれを浄化するという目的もあり、立ち寄った村や町に神殿があれば必ず立ち寄っていたのだ。
「いつもなら百合が一緒に行こうと誘ってくれて……そうか。俺とここで別れるつもりだったから一人で行ったんだな」
自分で言いながら、何となく落ち込む。
ハンスとアンナは神託の神殿に行った後、自ら進んで神殿に行くことは一度も無かった。
幼い頃から親に虐待まがいの扱いを受けていて、死にそうになったのも一度や二度じゃない二人にとって、神様という存在は自分たちに優しい物では無かったし、勇者の神託を受けてもその気持ちは変わらなかったのだろう。
というより神託を受けたお陰で戦いたくもない魔物と無理矢理戦わせられ、あまつさえ命を費やし魔王を倒せと命令する神を崇め奉るなんて気持ちになれなかったのだと、今なら分る。
ずっと一緒にいて、今更気がつくとか鈍すぎて反吐がでるが、それこそ今更でしかない。
「試練の間か」
大きな石造りの門に鉄の扉。村全体が木造の小さな家が多いのに対してあまりにも立派な、頑丈そうな造りに驚きながら門の脇のくぐり戸についている呼び鈴を鳴らす。
「はい。どちら様でしょうか」
「夜分に申し訳ありません。冒険者ギルドのリアナさんの紹介で参りました。アルフォートと申します。リクリアーナ様にお取り次ぎをお願いしたいのですが」
貧しい村でろくに教育も受けてこなかったが、こういう話し方は百合を見て学んだ。
こちらの世界にきた時はまだ少女と言ってもいい年だったというのに、百合は出会った頃から礼儀作法もきちんとしていて、目上の人間への話し方も出来ていた。年上の俺がそういうのに疎かったから恥ずかしい思いを隠して、百合を凄いと褒めたら『親が厳しかったんで、凄いとかそういうのではありません』と困った様な顔で笑っていた。
「リアナさんの、少々お待ち下さい。確認して参ります」
扉越しの声に俺は返事をして、ぼんやりと鉄の扉を見つめる。
大人の背の二倍以上ありそうな高さの門なんて、城以外で見るのは初めてかもしれないが、城の装飾も兼ねた様な派手な外観と違い、こちらはどちらかというと無骨な印象を受ける。
神殿から先は民家などがなく、神殿の奥にある高い塀の先には魔王の森に続く道があるというし、この神殿はいざという時の城壁みたいな意味合いもあるのかもしれない。
「お待たせしました。中へどうぞご案内致します」
「ありがとうございます。リアナさんから頂いた紹介状です」
「お預かり致します」
くぐり戸を開け顔を出したのは白い神官服を着た、中年の男性だった。
魔道具の灯りに照らされ見える顔は若そうにも年配にも見え、細身の体には筋肉も無く力仕事などにはあまり従事していなさそうな感じだ。
「広い庭ですね」
くぐり戸を抜け門の中に入ると、あまりの広さに驚いてしまった。
門から神殿まで続く石畳の道、左右に見える庭には神殿を囲む様に木が植えられている。
「ええ。今は果実の収穫も終わった紅葉の時期で落ち葉の掃除が大変ですが、暖かくなると一面に花が咲きとても綺麗なのですよ」
男性が指差すのは周辺の木々。あれ、全部に実が付くのだろうか。だとしたら相当な収穫量だ。
「果実の収穫ですか」
「はい。レモナとミカーンとピアチの木が主です。アプリルとラフランも数本植えられていますが、こちらは気候が合わないのかあまり実がつきません」
「そうですか。果物の木が多く植えられているのは珍しいですね」
珍しいどころか聞いた事がない。
神殿の敷地に孤児院や治療院が併設され、孤児院で畑を作っていることは多かったが神殿の敷地の目立つところにこういう物が植えられているのを見るのは初めてだと思う。
「果物だけでなく、敷地には牧場と畑もございます。自分達が食べる物は自分達で育てるというのが、神殿に仕える私めの重要な役割と存じます」
「そうなんですか」
広い庭だと思っていたが、まさか神官達の食事を賄える程の量を収穫できる畑や牧場まであるとは思わなかった。
それにしても、この男性が持っている灯りは明るさが違う。市場にある生活魔道具を売っている店にこんなに凄い灯りは多分売っていないだろうし、売っていたとしても灯りをつけるために消費する魔石の量が掛かりそうで、平民には気軽には使えないだろう。
「この村の神殿はとても大きいですね。神託の神殿と比べても……」
「信仰の深さは器の大きさではありませんが、ここでお仕え出来る事は身に余る僥倖と存じます」
「失言でした」
「いえ、私の方こそ申し訳ありません」
いつも神殿での対応は百合がしていたから、やっぱり付け焼き刃はボロが出てしまう。
百合ならもっと上手に話しをして打ち解けていただろう。
「こちらの扉から中へお進み下さい」
「はい。ありがとうございます」
あまり余計な事は言わない方がいいなと悟った俺は、大人しく礼を言ってから男性が開けてくれた扉から中へと入る。
扉の奥は祭壇がある大きな広間だった。
広間の中は蝋燭の明かりだけだというのに、とても明るい。
高い天井だ。祭壇に向かい長椅子が複数置かれ、中央の通路には古そうな絨毯が敷かれている。
「凄いな」
このまま奥へ進めばいいのだろうか。何となく一度頭を下げてから中央の通路を奥へと進む。さっきの男性の反応から比べるのは失礼だと学んだけれど、城の中にあった神殿や王都の神殿、神託の神殿等を見てきたけれどそれに匹敵する造りなんじゃないかとつい考えてしまう。
「あなたがアルフォートですか」
「え。あ、はじめまして。冒険者をしていますアルフォートと申します」
突然目の前に現れた男に名前を呼ばれ、慌てて返事をした。
いつこの男はここに現れた? 祭壇を背に立っている背の高い男はリアナと同じ金髪で緑色の瞳をしている。さっき案内してくれた人もそういえば金髪だったから、この辺りには多い髪色なのかもしれない。
「あ、紹介状は」
「こちらに。私がリクリアーナです」
そういえばさっき渡していたんだった。あれ? でも紹介状はさっき手渡したばかりで彼は中に入っていないのにどうやって?
疑問は顔に出ていたのか笑いながら、リクリアーナと名乗った男は祭壇の手前にある長椅子に座る様勧めてきた。
「試練の間の使用許可が必要との事ですね」
「はい」
隣に座ったリクリアーナさんはリアナに顔立ちも似ている気がする。男なのに美人という表現がぴったりの顔立ちで、さっき案内してくれた人以上に力仕事等は無縁そうな体型をしている。
神官なら武術より聖魔法を使う人の方が圧倒的に多いだろうから、鍛える必要はないんだろう。
「試練の間はあなたが望む物を手にするまで、外に出ることは出来ません。試練の間にいる間の空間は、この世界から切り離されます。怪我をしても生命力と魔力は一定の時間をおいて回復しますが、痛みと疲労は蓄積して癒えることはありません」
「それでも俺は叶えたい望みがあります。どうか試練の間の使用許可を頂けないでしょうか」
試練の間で何が出来るのか分らないまま、望む物が手に入ると聞いて勢いづく。
「その対価としてあなたは何を差し出せますか」
「対価」
「ええ。試練の間は人が生涯でただ一度使用出来るかどうか。殆どの人はその存在しら知らないまま生涯を終えます。試練の間に入り挫けず耐えることが出来るなら、望みは叶います。ですがその望みを叶える為には対価が必要です。望みと同等かそれ以上の対価が」
「望みと同等かそれ以上の対価」
言われて思い浮かぶのは、自分の命だ。
でも、試練の間に入る為に命を差し出してしまったらハンス達の元に向かうなんて出来なくなる。
まさか、魔王を倒した後に成功報酬で俺の命を差し出すなんて、流石に出来ないだろう。
「さあ。あなたは何を対価としますか」
「俺は、俺が出せる対価は」
持っている金はすべてリアナに払ってしまった。
ハンス達が一生懸命に貯めた金だけど、承諾を得ずに全部支払ってしまった。
これは無事に村に戻ってこられたら、誠心誠意謝るしかないし、魔物討伐を頑張って金を返していくつもりだ。
だけど、あれはリアナが提示した対価だから出来た事だ。
強くなるという望みの為に試練の間を使うというのに、金や素材が同等と言えるのだろうか。
マジックバッグに入っている素材は玉石混淆だ。貴重な素材も沢山あるが、どこにでもあるような物も多い。こんなのでも対価と言えるんだろうか。
「自分では決められませんか」
「俺が価値があると思っても、それが対価となるのかが分らない」
貴重なユニコーンの魔石や竜の鱗等、それで対価となるのか。
「ではこちらから、アルフォートのこれからの幸運をすべて差し出せと言ったら、あなたはそれでも試練の間に入りますか」
「俺のこれからの幸運すべて?」
リクリアーナの思いもがけない言葉に俺は、すぐには返事が出来なかった。
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