第8話
「アルフォートさん、反論なさらないんですね」
「自分でも足りないと分かってるからな」
力も魔力量も足りないと分かっている。
もっともっと努力していれば、今更後悔しても遅いけれど。
「諦めますか」
俺を見つめる緑色の瞳にはなんの感情もなくて、人形と話しをしているような気分になる。ここは現実じゃない、そんな気持ちになる。だが、夢でも何でも無く現実なのだと知っている。
「諦めろというのか」
「そういう選択肢もあるということです」
あっさりと告げる、人形みたいに綺麗な女を睨み付ける。
俺は弱い。
人真似なんてショボいもんしか持ってない俺が強くなりたいなんて、無理な話なのかもしれない。
だけど強くなりたい。誰よりも強く、今すぐに。
どんな代償を払ったとしても、何を犠牲にしても。
そんな生々しい感情が、俺の中で叫び声を上げている。諦めるなんて出来ない。
「そんなわけないだろ。諦められるなら最初から頼んでいない」
手首に結ばれた飾り紐を見つめながら、リアナに答える。
これを結んでくれた時の百合の顔が忘れられない、これを見つけて俺をからかっていたハンスとアンナの顔が忘れられない。
ここで諦めるというのは、あいつらを見捨てるのと同じだ。そんな事出来るわけが無い。
可能性が少しでも残っているなら、いいや残っていなくても自分から諦めたり出来るわけが無い。
「それは良かったです。では先程の説明を致します。こちらをご覧下さい」
俺が食べ終えた食器をテーブルの隅に片付けて、リアナは紙を広げる。
広げられた紙には丸と数字が書かれていた。
「この数は」
「丸はアルフォートさんが覚えた技の名前が入ると考えてください。この縦線がアルフォートさんです。矢印はアルフォートさんが技を見ている状態を表しています」
紙の上部に縦線が一本、それに向かう矢印のところに丸と数が書かれている。
「うん。俺が技を見て覚える、一とあるのは?」
「技を見た数です。これは人真似で技を覚えた時ですね、縦線のところに三角が書かれているのは、人真似によって魔力を消費しているのを表しています。消費する魔力はその技により異なりますので数は記載しておりません」
縦線の横に三角が一つ書かれている。
「二番目は技を五回見ている?」
「そうです。先程ですと炎獄を覚える時に一回、その後に四回私の炎獄を見ています。合計は五回です」
紙に書かれた数字を指差しながら、リアナが説明してくれる。
「見た数が何かに影響するのか?」
「します。人真似炎獄の時、壁はどうなりましたか?」
「一度で崩れたな」
「そうです。それが答えです」
「どういうことなんだ?」
答えと言われても分からない。
紙の一番上には俺に向かった矢印に丸と数字。これは俺が技を見た数を表している。その下には俺に向かった矢印に丸と数字の五。縦線には三角が五個ついていて、さらにその下は、丸と五の数字が俺から外に向かった矢印に書かれている。そして大きな三角が縦線に書かれている。これはどういう意味だ?
「人真似の技は、他人が使った技を覚えるだけでなく、覚えている技を他人が使っているのを見た回数を蓄積しまとめて放つことで一つの技として使えるとのです」
「それがさっき一度で壁を壊せた理由か」
五回炎獄の技を見たのだから、五回分の威力がある技になったということか。
「ただし使うには条件があります。技の威力分の攻撃をまず自分が受けなければなりません」
「は?」
「先程私はアルフォートさんに向かって炎獄を五回放ちました。その攻撃を受けた分だけアルフォートさんは同じ威力の技を放てるのです。気がついていたか分りませんが、人真似炎獄の他にも人真似と技の頭についていた物があったと思います」
「そんな技が……あったな」
人真似炎獄が一番最初に目に付いたから、気がつき易かっただけでその他にも確かにあった。
「炎獄攻撃五回分以内の物であれば、使用可能になります。人真似とついている技が数個、例えば水球、火球、土球、これらは各属性の下級の技ですね。攻撃五回分内であれば、これらの人真似水球、火球、土球を連続して使う事も可能です」
「合計で炎獄五回分として使えるって事か。なあ、炎獄を六回見ているのに受けた攻撃が五回分しかなかったらどうなるんだ」
「その時は五回分の威力の炎獄が放てるというだけです。六回分の炎獄を放ちたいのであれば六回分の攻撃を受けなければいけません」
「なるほど」
使い勝手がいいのか悪いのか微妙だな。
大技を使いたいのに、使うにはまず攻撃を受けなければいけないんだから。
「どうされましたか」
「攻撃を受けた衝撃というのは、どこまで蓄積されるんだ。昨日炎獄を一回受けて、今日も一回受けたら二回分になるのか?」
「眠ってしまうと無くなると聞いています。起きている間なら時間をおいても蓄積しますが、一旦眠ってしまうと魔力回復と共に受けた攻撃の衝撃も消えてしまうという事です。回復薬で魔力を回復した場合はこれにはあたらないそうです」
「だから今まで気がつかなかったのか? いや、でも攻撃は受けていたと思うんだが」
「人真似で最上級の技を十個以上覚えるというのも発動条件に入っています。人真似をお持ちの方で最上級の技を十個以上覚えたという方はごく僅か、いいえ今までいなかったのだと思います。アルフォートさんは幾つ覚えていらっしゃいますか」
「え、最上級。それは攻撃だけでなく生産系でもいいのか」
自分の技を確認しながら、リアナに尋ねる。
「ええ。どんな技でも結構です。奥義も最上級技扱いになります、威力はもっと上ですが」
「そうか」
覚えているのは魔力回復薬、生命力回復薬、鍛冶の剣、身代わりの宝珠。奥義三つに剣士の最上級技の聖剣と剛剣、そして炎獄。これで十個なのか。
「炎獄を覚えたから発動条件が満たされたのか」
「そうですね」
「なんだか随分難しいんだな」
「強い技を放つには、それだけ攻撃を受けなければなりません。強い攻撃を受けても耐えられる生命力と強い技を放てるだけの魔力が必要なのですから、ある程度の強さがなければいけないのです」
確かに技を覚えるのも放つのも魔力が必要だし、大技を放つにはその分の魔力もなきゃいけないんだから当然なのか。
「よく分った。確かに炎獄五回分の魔力を一気に使うなんて芸当は中々出来ないよな」
「あと、一つだけ難点があります。アルフォートさんが炎獄を五回見ている場合に炎獄五回分の攻撃を受けたとして、炎獄四回分の威力の技を使うというのは出来ないのです。覚えている技の最大を放ちますので」
一気に魔力が抜けるのは体にも負担になるのだ。
魔力が少なければ、そこで魔力切れを起こす可能性も出てくるだろう。
「ご理解頂けましたか」
「ああ。分った。だから今の俺じゃ駄目なんだな」
魔王と戦って攻撃を受けて、奥義を放とうとしても魔力不足が起きる可能性が高くなるのだ。
俺はハンス達の奥義を何十回どころか何百回も見ている。魔王の一度の攻撃が炎獄数回程度なら使えるかもしれないが、奥義何十回分という威力なら、それに見合った魔力が俺になければ奥義は使えなくなってしまう。
「だが、これから魔力を上げるには時間が足りない」
今すぐにでもここを出て森に向かいたいのに、これから魔力量を上げるなんてそんなの出来るわけない。
「そうですね。普通にやっていたのでは魔力を上げるのは無理です。でも、一つだけ可能性は残っています」
「方法があるのか」
「ええ。ただしとても辛い試練に耐えなければなりません。死んだ方がマシだと思う程の試練です。それでも挑戦しますか」
「辛い試練? 今のこの状況以上に辛いものなんか無いだろ」
飾り紐に手を触れる。
力が無いからと諦める事以上に辛い事なんか、無い。
「分かりました。では今から神殿に向かって下さい。私が紹介状を書きます。神官に試練の間の使用許可を頂いて下さい。神官の許可がおりるかどうかはアルフォートさん次第です」
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