第7話

「気がつきましたか、アルフォートさん」


 意識が飛んでいたのはどのくらいだろう。

 魔力切れの後、起き上がれる様になるまでの間に回復する生命力は僅かだけれど、昔に比べたら魔力切れにも慣れたから目覚めは早い筈だった。

 だが頭痛がするし体は怠い。眠っていいのなら今すぐベッドに潜り込みたい。

 魔力切れの後にいつも感じる状態だった。

 慣れていても辛い。


「魔力切れを起こした後、こんなに早く意識が戻る方は初めてです」

「慣れてるからな。自慢にゃならないか」


 それでも辛い。

 一番最初に魔力切れを起こした時は、死ぬのだと覚悟した程の辛さだ。


「回復薬を飲まれた方がいいのでは」

「ああ、そうだな」


 マジックバッグから生命力の回復薬を取り出して、一気に飲み干す。

 状態異常回復と違って、やっぱりこっちは旨い。

 回復薬作成の技は最上級位の奴を極めてるから、俺作の薬一本で生命力全回復するのがありがたい。


「魔力の方は、回復薬を飲まなくても平気ですか」

「あーー、うん。大丈夫だ回復してる」


 最初の魔力切れでは、意識を失った後回復している魔力はごく僅かで、薬を飲まずに全回復は無理だったが、今は意識が戻ると魔力だけは魔力量が増えている上に何故か全回復までしている。

 通常の戦闘で使用した魔力を睡眠で回復するには、ある程度の時間が必要なのに魔力切れの時は特例らしい。


「魔力は全回復しているのですか。それだけで今までどれだけ魔力切れを起こしてきたか分かりますね。アルフォートさんの精神が異常を来たしていないのが不思議な程です。さて、先程は人真似で炎獄を覚えた後、二十回の炎獄と三回の火焔を放つことができました。次は炎獄を魔力切れ寸前まで使い、魔力切れするまで火焔を使ってください」

「分かった」


 再び浮かんできた的に向かい、炎獄を放つ。

 連続で二十五回。その後三度の火焔を放ちまた魔力切れを起こした。


「また同じく魔力切れまで技を使ってください」


 意識を取り戻し、生命力を薬で回復した俺にリアナがそう告げる。

 次は炎獄が三十三回、火焔が四回だった。


「また同じく魔力切れまで技を使ってください」

「ああ」


 再び生命力を回復した後的と対峙する。

 今度は炎獄が四十三回、火焔が二回だった。

 技を使いこなせる様になると必要な魔力は減ってくる傾向にあるが、この使用回数では魔力が減るまでは行っていないから、純粋に魔力量が増えているのだ。


「かなり効率よく魔力量が増えるのは分かりました。では次の検証です」

「次?」

「次に出てくる的、というより壁ですが、あれを何度で崩せるか、やってみてください」

「あれだな」


 出てきたのは、かなり大きな壁だった。

 炎獄を続けて四回放つと壁は崩れ落ちる。


「次は私です。見ていてください」

「分かった」


 リアナが四回炎獄を放つと、同じように壁が崩れ落ちる。

 威力が同じということか。


「次の検証です。生命力と魔力を念のため回復してください」

「分かった」


 一度に全回復は必要ないから下級の回復薬を飲み、それぞれ減った分を回復しようとしたが炎獄四回放っただけなのに一本では回復しなかった。


「回復の珠と痛み替えの珠を、それぞれ五つ身につけて下さい」

「分かった」

「これからアルフォートさんに向かって炎獄を五回放ちますが、避けずに攻撃を受けてください」

「え、わ、分かった」


 一瞬崩れた壁を横目で見た後、頷く。

 あれをまともに受けるのかと思うと、背中に冷や汗が流れるが俺の生命力と珠の力があれば耐えられる筈だった。


「では中央に立って」

「分かった。いつでもいいぞ」


 良くないけど、そう言うしかない。

 中央に立ってリアナと対峙すると、なんだか妙にそわそわしてきてしまう。


「いきます」


 物凄い勢いの炎が、俺めがけて放たれる。


「くそっ!!」


 衝撃で倒れそうになるのを必死に堪える。

 痛さも熱さも一瞬で消しとんだのは、珠の効果なのか。

 だが、それにホッとしたのも一瞬だった。


「次から続けて四回です」


 表情を変えず、リアナは立て続けに四回の炎獄を放つ。

 その度に尋常じゃない痛みと熱さを受け、それが解消され、また衝撃を受ける。


「はあ、はあ、はあ」

「生命力を回復してください。魔力もです」


 魔力を使用していないのに何故回復する必要があるのか、疑問に思いながら回復薬を飲むと確かに魔力が回復する感覚があった。


「では使用出来る技の一覧を確認してください」

「技の一覧」


 首を傾げながら確認を始めると沢山の技の名前が頭に浮かんで消えていく、その中で一つだけやけに力強く見えるものがあった。いや、一つだけじゃない、下の方にも沢山同じような物がある。


「なんだこれ、人真似?」

「ありましたね。炎獄のそれを壁に向かって放ってください」

「これを?」


 何が違うんだ?

 首を傾げながら技を放とうとして、出来ない事に気がついた。

 別扱いなのか?


「最初は名前を詠唱しないと発動しませんよ」

「頭に浮かんだ通りに?」

「そうです」

「そうか、分かった」


 理解できないまま、頷いて技を放つ。


「人真似炎獄」


 さっきより大量に魔力が抜ける感覚に驚きながら、放った技の威力に更に驚いた。


「壁が一回で壊れた?」

「技の一覧をもう一度」


 頷いて技を確認すると、今度は人真似炎獄の文字が消えていた。

 さっきは確かに人真似炎獄と炎獄両方表示されていたのに。何故だ?


「無い?」

「これが人真似の本当の力です」

「どういうことだ」


 意味が分からず首を傾げてリアナを見るけど、表情から何かを読み取るのは無理そうだった。


「説明は後でまとめてします。アルフォートさんは勇者と聖女の奥義も覚えていますね」

「使ったことは一度もないが」

「旅の間の魔物討伐で何度も勇者と聖女の奥義を見てきましたね」

「ああ、数えきれない程」


 奥義を極める為に、ハンス達は技を繰り返し使っていたし俺はそれを間近で見ていた。


「彼らは、回復薬を飲まずにどの位奥義を放てますか」

「そうだな。回復薬が必要な程長い間の戦闘は今まで経験がないが、あいつらは今勇者と聖女の装備を付けているから……かなりの回数を放てる筈だ」


 勇者と聖女の武器には、奥義に限り使用魔力が十分の一程度まで減る効果があるそうだ。ちなみに鎧とロープには闇属性の魔力を聖属性に変換し装備している者の魔力を回復するという効果がある。

 通常は闇属性の攻撃を受けた時のみ発動する効果だが、瘴気にも反応するから魔王の森のあの瘴気の濃さなら、魔力回復は必要ないかもしれない。


「その装備無しでは」

「魔力切れ前に薬は飲んでいたが、限界ギリギリでも十まではいかなかったな」


 勇者と聖女の装備が手に入ったのは、奥義を授けられた後だからもしかすると今ならもっと使えるのかもしれないがそれは確認しようがない。


「ではアルフォートさんの魔力を完全回復した後、そうですねまずは、魔法の勇者の奥義を使ってみて下さい」

「分かった」


 壁に向かって、アンナの奥義を放つ。


「奥義不死鳥の業火」


 勇者でもない俺がこれを使える事に理不尽なものを感じながら、一度で崩れた壁を見つめる。


「もう少し威力がありそうですね。これは今の壁の倍の力まで耐えられます。次はこちらに」

「あれか」


 さっきの壁より大きいものが現れてみて、はじめてこの場所の凄さに気がついた。リアナが何か操作をしているのだろうが、簡単に的や壁が出てくるのはどういう魔道具を使っていれば可能なのか見当もつかない。

 これだけの効果を生み出す魔道具を作れる奴がいるなんて、驚きの一言だ。


「いくぞ」


 次は詠唱無しで奥義を放つ。

 すると壁は崩れるものの少し形が残った。


「成る程、この威力ですか。では魔力切れ寸前までさっきの様に続けてください。今の様に形が残ってもそのままに、新しい壁に奥義を放ってください」

「ああ」


 次々現れる壁を奥義で崩していく。

 その数十八。さっきの二回を合わせて丁度二十回だ。


「魔力切れまで炎獄と火焔を」

「分かった」


 炎獄を一回、火焔を二回でぶっ倒れた。

 これが今の俺の限界。奥義二十回で終わりじゃ力になりたくても無理だ。


「また続けて下さい」


 魔力切れと回復と奥義を繰り返し、最終的には五十回の連続使用出来るまでになった。だけど、技を極めるにはマダマダだ。


「検証はここまでです。先程の説明をしますので移動しましょう」

「ああ」


 魔力量は増えたものの、なんとなくがっかりしながらリアナの後に付いて歩く。

 まだ一日目の夜だけど、ハンス達と合流する為には一刻でも早く村を出なければならない。

 あの夢の場所から魔王の城まで一日としても四日分の時間が必要で、それを俺は一人で向かわなければいけないのだ。

 仕方ないとしても気ばかり焦ってしまう。


「中へ入って休んでください。今お茶をお持ちします」

「そんな」


 そんな暇はないと言いたいのに、リアナはドアを開け俺に入室を促すとさっさと建物の奥に歩いて行ってしまった。


「仕方ない」


 魔法を使い続けて疲れているのは本当だから、休憩は必要だ。

 慣れているとはいえ、魔力切れは体に負担が掛かるし薬で回復していても精神的な疲労は残っている。


「さっきのあれはなんだったんだ」


 技の一覧を再確認しても、人真似炎獄門は出てこない。


「まずは落ち着いて、こちらをどうぞ」


 いい匂いと共にリアナがいつの間にか目の前に立っていた。


「えっ」


 ドアが開いたとか、リアナの気配とかそんなものに一切気がつかなかったなんて、いくら疲れていてもありえるんだろうか。

 この人本当にギルド職員なのか?

 今更ながらにそんな疑いを抱きながら、リアナが用意したお茶と軽食を平らげた。


「なんだか体が軽い?」

「精神力を癒す香草茶です。予想通りアルフォートさんはこういったものの効果を受けやすい様ですね」

「そうなのかな、よく分からないが」


 なんにせよ体調が良くなったのはありがたい。

 これから森へ向かうのだから、少しでも元気な方がいい。


「結論から言います。今のままではアルフォートさんは足手まといにしかならないでしょう」


 呑気に考えていた俺は、リアナの発言に何も言い返せなかった。

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