第6話
目覚めは最悪だった。
飲み始めた時は明るかった部屋の中がこんなに薄暗いのは、すでに日が落ちたせいなのか、とすれば俺はかなり寝ていた事になる。
飲んでいたテーブルはそのままとして、ベッドに入っていたのは奇跡に近いが酷い頭痛と胃のムカつき、おまけに喉が乾いて仕方ない。完全な二日酔いだった。
「頭いてぇ」
旅の間深酒したのは一回だけ、ドワーフの村に行った時だった。
あいつらは強い酒であればあるほど有り難がる傾向があり、酒を飲んでも戦える奴こそが真の男という何というかな考え方を持っている。
ハンスの剣を打って貰うためドワーフの村に行ったまでは良かったが、ドワーフの剣を使える奴かどうか確認すると言い出されて飲み比べした後での決闘を申し込まれたのだ。
未成年のハンスに酒を飲ませるわけにはいかなかったから、俺が代わりに飲んで戦った。
一応成人しているとはいえ、旅の間に飲んだのは麦酒を数回だけだった俺は死ぬ気で飲んで戦って、無理矢理勝ちをもぎ取った。
ドワーフの村の長は俺の飲みっぷりを気に入り、ハンスの剣を打った後で俺にも剣を贈ってくれた。鍛治の技はこの時に覚えた。
技術を盗むつもりがなくとも、技のさわりをみただけでも覚えられる時は簡単に身に付いてしまう。
多分、ドワーフ作の酒を大量に飲んでいたのと剣を打ったドワーフが俺を気に入った長だったのが理由だと思う。
仲良くなった相手の技はなぜか覚えやすく、親しくない相手程覚える時に消費する魔力と難易度がが増えるのだ。
ドワーフ達は気のいいやつが多かった。顔は厳つくて一見気難しそうだけど、飲むと陽気で人懐こくて優しい。
そんなドワーフの二日酔いの薬は、強い酒を浴びる程飲むことだっりするが、軟弱な人間の俺は大人しく薬を飲む。
二日酔いは状態回復薬で治せる。
これも立派な状態異常なんだろう。
「まっずっ!!」
マジックバッグから取り出した薬を一気に飲んで、不味さに吐きそうになる。
生命力の回復薬は少し甘い。魔力の回復薬はスースーしたお茶の様な味がする。どちらも飲めない味ではないし、品質が上級であればあるほど美味しくなるが、状態回復薬はその逆で上級品質のものほど不味くなる。
「あーっ。青臭い、ニガニガの葉食った後みたいだ」
水袋に入れていた水で口をすすぎ飲み込んで、何とか一息つくが何とも口の中が気持ち悪い。これなら二日酔いの方がましかもしれない。
「口直し。うん、冷えてても旨いな」
皿に残っていた腸詰めとバター付きのパンを水で流し込み腹を満たした後で、魔力回復薬を飲む。
眠った後なのにゴッソリと魔力が減っているのを感じる。これは先読みの夢の技能をを使った証拠みたいなものだ。
「これで確定だ。あれは正夢、3日後のハンス達の姿だ」
泣きながら森を歩いていたハンス達が、規格外な技で倒していた魔物と、浄化されていた瘴気。魔物はともかく瘴気は見たことも無い位の禍々しさだった。
あれを簡単に浄化する、聖女である百合の技の凄さに驚くしかない。
「命を費やし奥義を使う。それよりも威力のある技なんてあるのか」
夢の中で何十倍の威力がある奥義とハンス達は言っていた。
そんなもの神以外の誰が出来るって言うんだ。
だが、悩んでいても仕方ない。
リアナの話がどこまで信用出来るか分からないけれど、俺が強くなれる可能性があるならそれにすがるしかない。
「最上級の回復薬は生命力、魔力共に山程ある。状態回復薬も、珠も、ユニコーンの魔石だって」
マジックバッグを確認していてふと、右の手首に付けてい飾り紐に目が行った。
「百合がこれをくれたのは、旅を始めた最初の年だったよな」
俺の誕生日を知った百合が、ある町の市場で数種類の刺繍糸を買い求め、旅の合間に飾り紐を編んでくれたのだ。
『アルフォートさんがいつも元気で笑っていられますように。誕生日おめでとうございます。来年も、再来年もこうしてお祝い出来たら嬉しいです』
誕生日を祝う習慣なんて俺の村には無かったから、百合がそう言いながら飾り紐を右手首に結ぶのを、くすぐったいような気持ちで見つめていた。
あの時俺は百合が好きなんだと気がついた。
この世界に召喚された百合は、元の世界に帰りたがっていたのを知っているから気持ちを告げるつもりは無かった。それに一方通行の思いを告げて、旅の間気まずくなるのも困る。
『百合の誕生日はいつなんだ?』
好きだと思う相手に祝われたのが嬉しくて、俺も祝ってあげたいと百合に尋ねた。
『私の住んでいた世界の十二月三十一日。その年が終わる日を大晦日と言うんですが、その日が私の誕生日です』
『そうか、百合の世界とここが同じ暦かどうかわからないけど、年の最後の日ならアルハナーブラの日だな、じゃあその日にお祝いしよう』
『ありがとうございます、アルフォートさん』
はにかんだ百合の顔が可愛くて、俺は照れながら飾り紐を見つめた。
後からハンスとアンナにからかわれたけど、それからは毎年それぞれの誕生日を祝うことになったのだ。
「ずっと祝ってくれるって約束したよな。俺もずっと、百合も、ハンスも、アンナも祝うから、絶対に」
飾り紐に誓って荷物をまとめて部屋を出た。
「これからお出掛けですか」
「ああ、急で悪いが出発する」
「じゃあ、休憩に変更として精算を」
「いやいい。俺が予定を変更したんだ、取って置いてくれ」
「いいんですか、ありがとうございます」
「また来るよ。その時はあの腸詰めをまた食わせてくれ、旨かった」
今度はハンス達と一緒に食べる。最後の晩餐なんて言ってたけど、また旨いものを皆で揃って食えたなって、笑いながら食べるんだ。
そう決意して、俺はギルドへの道を急いだ。
「なんだ、ここのギルド」
ドアを開けて中に入ると、朝と同じく人気が無かった。
ここに来るまでの間にはそれなりに人が歩いてたから、町に人が少ないわけじゃないのに、どういうことだろう。
不思議に思いながらリアナを探すと、無人だった受付にいつの間にかリアナが座っていた。
「どうされましたか、アルフォートさん」
「今朝の話を聞かせて欲しいんだ」
魔道具の灯りに照らされたリアナの顔は、やっぱり美人だなと思いながら頼み込むとリアナは意外そうに目を見張った後、さらさらと何かを書き始めた。
「これはアルフォートさんの口座の廃止手続きの書類です。これに署名出来ますか」
「口座の廃止」
「そうです。アルフォートさんの口座のお金はすべて私に。それが今朝のお話をする条件です」
「話を聞いたら本当に強くなれるのか?」
普通ならこんな話に絶対に乗らない。
だけど俺には勇者や聖女の力が無いし、強くなれる方法なんて思い付きもしない。だから万が一を願って、リアナに縋るしかない。
「人真似についてアルフォートさんが聞いているのは、目の前で使われた技を覚えられる。技を覚えるには、魔力が必要。覚えた技は忘れないし、どんな技も使用出来る。ただしどんな技も魔力が必要。覚えた技は使用回数を増やすことで極めることが出来る。極めても上位の技を覚えることは出来ない。以上でしょうか」
「ああ、そうだ」
言葉にすると便利な技に聞こえるが、自分の魔力が足りなければそもそも技は覚えられないし使えない。俺みたいに魔力量を増やす特訓でもしなければ、覚えられる技はショボイものばかりになる。
それが人真似という天性技能が無能と言われる理由だった。
例えば算術の技能で習得できる暗算、それを覚えてしまった人真似の天性技能持ちは計算をする度に魔力を使う。本来暗算に魔力等必要が無いのに技能を覚えてしまったが為に魔力を使うんだ。
暗算だけを覚えたならマシで、日常で行う些細な事が誰かの天性技能だったとしてそれを覚えてしまったら使う度に魔力を使わなきゃいけなくなる。
ただでさえ人真似を天性技能に持っている人間は魔力量が少ないというのに、消費する魔力が多ければ簡単に魔力切れを起こしてしまうんだ。
「知っている事がそれだけなら、きっとお役に立てると思います」
「分かった、口座にある金は全部あんたにやる。だからどうか俺が強くなれる様に協力して欲しい」
深々と頭を下げて頼み込む。
金なんて生きてさえいればまた稼げる。だいたいあいつらを見捨てて金を残しても幸せになんかなれない。
強くならなければ。
命を削って守る肉の盾じゃ駄目だ。弱い技で魔王の力を減らすだけの噛ませ犬でも駄目だ。確実に魔王を弱らせ倒す。魔王より強くは無理でも、互角に戦える。最低限でもそうならなければ駄目なんだ。
「では手続き致します」
リアナは淡々と書類を片付け、俺は口座停止手続きの書類とリアナへの譲渡手続きの書類に署名した。
「手続きが完了しました。では行きましょうか」
「どこへ」
「ギルドの鍛練場です、こちらへどうぞ」
立ち上がり、リアナは奥のドアへ俺を誘導する。
真っ暗な廊下は先を行くリアナの歩行に合わせ、灯りが灯っていく。
人の動きを察知して動く魔道具なのかもしれないと考えながら、リアナの後に続き歩く。
「ここは魔法の衝撃も剣士の技の衝撃も吸収できる様に作られています。遠慮無く技を使用してください」
連れてこられた場所は、だだっ広い空間だった。
ドアを開けた途端力を感じたから、魔法の結界が張られているのは分かった。
魔道具は見えないが、何か設置されているのだろう。
「分かった」
「ではまず、アルフォートさんには火属性の最上級技の一つである炎獄を覚えて頂きます。覚えていないと仰ってましたよね」
「ああ」
「ちなみに生命力を回復出来る物は、薬以外でお持ちですか」
「回復の珠なら大量にある」
「結構です。ではその一つを念のため身につけて下さい」
「分かった」
マジックバッグから回復の珠を取り出すと、首から下げる。
「では、今から炎獄を使います」
数歩前に出て、リアナは壁に向かって炎獄の技を放った。
「うわっ」
大量の魔力が抜ける感覚に、俺は顔をしかめながら耐える。
さすが最上級の技だけあって、使用する魔力も半端じゃない。
「覚えられましたか」
「覚えた」
これより強い勇者と聖女の技も俺は覚えているんだから当然だ。だが覚えていても使っていないから、ハンス達の様には当然極めてはいない。
「では魔力を回復せずに、今から出てくる的を炎獄で打ち落として下さい」
「的を、分かった」
「魔力切れギリギリまで続けくださいね。ではいきます」
リアナの合図で的が現れる。
「炎獄」
最初の一回は、何故か技の名前を言う必要がある。
最上級の火属性の技を放っても魔力はまだまだ残っている。
「休まずに続けて」
「分かった」
次々に現れる的を炎獄ですべて打ち落としていく。
その数二十。二十一発めを放とうとして、魔力足らずで発動出来なくなった。
「限界?」
「多分火焔なら放てる」
「じゃあ火焔を」
「分かった」
火焔を放つ。
連続して炎獄を放った後だと、技を極めた火焔でもやはり威力が劣っていると一目で分かる。これが最上級と上級の違いか。
「まだ魔力切れが起きそうにないですか、限界を知りたいのですが」
「あー。そうだな。火焔ならあと二発」
「じゃあ、二発打ってください。それで魔力切れが起きるかどうか確認を」
立て続けに火焔を放って、俺の意識が倒れた。
体が受け身を取れずに無様に地面に倒れこむ。
回復の珠が発動したのを感じながら、意識が遠くなって行った。
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