第4話
「あれ、早いお帰りだね」
「酒あるか」
宿に戻って出迎えた男に聞いた。
そう時間が経っていないからなのか、宿の一階にある食堂には朝飯を食べている人もいない。
「そりゃあるが、肴になりそうな物は朝飯用の腸詰め位しかないぞ」
「それでいい。朝からここで飲んだら迷惑になるか。部屋に運んで貰ってもいいか」
「どちらでも。ああ、でも部屋に運ぼう。酒は麦酒と竜舌蘭酒があるがどちらがいい」
「竜舌蘭? 聞いた事がないな」
「この辺りにはあちこちに生えている、大人の背丈を超える高さの植物から出来る酒だ。飲んだ事がないなら、無理には勧められないな。麦酒と比べたら癖があるし、もの凄く強い酒だから悪酔いする奴も多い」
「麦酒とそれ両方一甕。後は腸詰めとバター付のパンを」
「竜舌蘭酒はレモナかラーイムの実を搾って入れて飲むと旨いがそれはどうする」
「じゃあそれも。急がなくていい」
金を払って階段を上がる。
鍵を開け中に入るとベッドに倒れ込んだ。
「もうあいつらは、森に入ったのか」
ハンス達が部屋を出て行ってまだ一刻ほどしか経っていない。
だけど、もう何日も過ぎてしまった様な気がしていた。
「身代わりの宝珠、無駄だったんだな」
マジックバッグから三つ、身代わりの宝珠を取り出す。
青い宝珠はハンス。赤い宝珠はアンナ、乳白色の宝珠は百合へそれぞれあげた物だ。
サラマンダーの魔石を元に制作者である俺の血と不死鳥の血を媒体に、同じ条件で作ったのに出来た宝珠は色が異なった。
ハンスを守って欲しい、アンナを守って欲しい、百合を守って欲しい。
宝珠を作る為に魔力を込める時、そう思いながらそれぞれを作ったせいかもしれないし、違うのかもしれない。
身代わりの宝珠を作ったのは三回だけだったから、違いが分らなかった。
「無駄な物を作る為に、俺は無駄な努力をしてたってわけだ」
自虐的すぎると可笑しくなったが、傷口を掻きむしって悪化させるような行為を止められない。
マジックバッグの中にしまい込んでいた、大量の回復の珠と痛み替えの珠をベッドの上にすべて出すと、勢い余った珠がボロボロと床にこぼれ落ちた。
回復の珠と痛み替えの珠を作る錬金術の技、これの二つを極めると身代わりの宝を作る事が出来る。上位の技を覚える事は出来ないと知らなかった俺は、ひたすらこの二つを作り続けた。
身代わりの宝珠と違い、元にする魔石はどんな魔物の物でも良かったから、金を貯めては魔石を買い珠を作り続けた。
技を極めても上位の技を覚える事は出来ないと知ってからは、強い魔物の魔石を買い、珠を作った。作り続けたらもしかしたら身代わりの宝珠の様なものを作れる様になるかもしれないと、僅かな希望を夢見て。作り続けたんだ。
「お客さん、入っていいかい」
「入ってくれ」
返事をしながら、散らばった珠をマジックバッグの中へと戻す。
数がどれだけ多くても、意識を集中すれば一瞬ですべて収納出来る。
「なんだ、寝ていたのか」
「朝は苦手でね」
大きな籠を抱えて入ってきた男は、ベッドに寝転がっていた俺を呆れた様に見ながら籠の中身をテーブルに並べ始めた。
小さな籠に盛られたパンと木皿に盛られた腸詰め、それに木の椀。この辺りは王都とは違い酒もスープも木の椀を使う。俺の村もそうだった。
城で驚いたのは陶磁器や銀製やガラス製の食器を使っていた事だ、それだけでなく兵士の宿舎にすら窓にガラスが使われていたんだ。
それは平民と貴族の差だった。
王都と田舎の村の差だった。
貧富の差、身分の差、そういうものを感じながら俺達は旅をしていたんだ。
「旨そうだな」
「旨いさ。この腸詰めは香草入りだし、バターは今日仕入れた牛の乳から作ったばかりで新鮮なものだしパンも焼き立てだ。これで飲むならいくらだって飲めるだろうよ」
「そりゃありがたい」
どれだけ飲んだら意識を失えるだろうか。
麦酒はともかく竜舌蘭酒は強い酒だというから、すぐに酔って眠れるかもしれない。
「麦酒の甕は麦の穂の焼き印がついてる、もう一つは竜舌蘭酒だ。使い終わった食器はこの籠に入れて外に出しておいてくれればいいから」
「分った」
男が部屋から出て行くのを見送った後、ベッドから起き上がり椅子に座る。
「レモナの実を搾って酒に入れるんだったか」
腸詰めの皿の脇に置かれた黄色い実を木の椀に搾り、竜舌蘭酒を甕から注ぐ。
「本当に強いな、悪酔いしそうだ」
ぐいっと椀の中身を一気に飲み干したら、くらりと目眩がした。
「俺は選択を間違えたのか」
目眩を無視して甕に酒を注ぎ、繰り返し飲み干す。
思い出すのは、あの声だった。
神託の神殿。
旅の目的地の一つは、勇者達へ奥義を授けてくれるという神託の神殿があるモディアナという街だった。
王都を旅立ってから四年。各地に散らばる魔王の配下の根城を討伐しながら歩く俺達はやっと神託の神殿にやって来た。
王都にある神殿で神託を受けていても、神託の神殿で否と言われたら旅はここで終わってしまう。王都の神殿での神託はあくまで勇者候補と聖女候補としての神託で、正式な神託は神託の神殿で行なわれ正式に勇者と聖女となった時にそれぞれの奥義を授けられるのだと聞いていた俺達は、一人一人神殿の奥に導かれ儀式を受けた。
「俺は勇者でもなんでもない。おまけで望みを聞かれただけだった。だけど」
神託を受ける三人を待っているだけ、俺はここでは部外者だ。
神殿の中で一人待つ間、そう考えていた俺に突然何かが声を掛けてきた。
『勇者と聖女の助けとなるために、何を望む』
どこからか聞こえてきたその声に、俺は躊躇いなく彼らの命を救う物を作れる力と答えた。
『強い力では無く、救う物を作る力を望むのか』
『勇者ではない俺が力を望んでも、俺には元々の力が足りなすぎるだろう。それならば俺は彼らを守る為の、命を救う為の物を作りたい。俺の命を削ってでもあいつらを守る物を作りたい』
そう言うと声の主は一瞬笑って、そして俺の目の前に一つの技を映し出した。
『これは身代わりの宝珠の技。覚えられたか』
『ああ、覚えられた。魔力を根こそぎ持って行かれそうになったけど』
床にへたり込みそうになるのを何とか堪え、どこにいるか分らない声の主に頭を下げた。
『俺は絶対にあいつらを守る』
覚える時より、技を使う時の方が魔力を使う。
もっともっと力を付けないといけない。魔力量をもっと増やして、もっと力をつけるんだ、必ずあいつらを俺が、俺こそが守るんだ。
決心してそう言う俺に、声の主は何も答えず去って行ったのだった。
「あの時、力を望んだとしたら、俺自身の強さを求めていたら一緒に魔王の森へ行けたのか」
甕の中身を全部飲み干し、ぐらりとテーブルに突っ伏した。
後悔しても遅い。
あの時の俺には、あれが重大な願いだった。
今もう一度声を聞くことが出来たら、俺は何を望むだろう。
力、力があれば。ハンス達は俺を見限ることは無かったのか、本当にそうなのか。
「なあ、本心を聞かせてくれよ。俺はずっとお前達の邪魔でしかなかったのか」
瞼が閉じる、世界が回る。
酔っ払って眠りにつく時は、いつだって楽しくて気持ちの良い時間だった。
アンナが呆れて、ハンスは俺も飲みたいと拗ねて、百合は困った顔で水を注いだ椀を手渡してくれた。
あの時間はもう戻っては来ないんだ。
「なあ、俺は……」
未練だ。未練でしか無い。
だけど聞きたかった。俺に気を使って言った台詞じゃなく。本心で、俺は本当に役立たずなんだと、言い放って欲しかった。
「なあ、俺は」
役立たずでも、攻撃を受ける肉の盾としてでもいいから、最後まで一緒に行きたかったよ。
置いていかれたく無かった。あんな金なんか欲しく無かった。優しい言葉も聞きたく無かったよ。
ふらふらと揺れる世界で、俺は眠りの中に落ちていった。
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