第3話
「アルフォートさん、お待ち下さい」
ギルドを出てすぐ、名前を呼ばれ振り向いた。
「何か手続きが残ってたか?」
声の主はリアナだった。
受付で座っていたから分からなかったが、結構背が高い。踵の高い靴を履いているせいもあるだろうが、俺とそう変わらない目線の高さに驚いた。
「あなたは強さを望みますか。強くなりたいと」
「望んでなれるものじゃないだろ」
ある程度までなら、努力で強くなれる。
だけど、最強となるには元々の素質が必要なのだ。
人には天性技能というものがある。
剣士を目指したくても、天性技能を持っていなければ毎日剣を素振りし鍛えてもそこそこの強さしか得られないし、技の習得も難しい。けれど、天性技能で剣士を持っているなら少しの努力だけで技を習得し、力を付けていける。
理不尽で不公平だと嘆いても、それが現実だった。
「強くなりたいと努力しても、素質がなければ難しいです。ですが、アルフォートさんの場合は」
「俺のギルドカードを見たなら強くなるのは難しい。それは分かるんじゃないのか」
強くなりたいと願い、素質がなくても強くなりたいと死を覚悟して努力を続けた。
だがどれだけ努力しても、望む力は手に入らなかった。
「あなたはご自分の天性技能を理解されていますか?」
「知ってるさ。勇者と旅をすると決まってすぐ、城の奴らに指導を受けたからな」
「城で指導を受けられたのですか」
「ああ、成人前だった俺は神殿での適性検査を受けていなかったから、城でそれを受けたんだよ。そこで天性技能を教えられた時は情けなさで涙が出たが、俺はどうしても勇者達と一緒に行きたくて、俺みたいな天性技能持ちでもあいつらを少しでも助けたくて、願い出たんだ。俺を従者として一緒に行かせて欲しいって」
神殿にハンス達を連れて行った俺は、勇者を連れてきた褒美の大金を出されたが、それを受け取らないからその代わりにハンス達と一緒に王都に連れて行って欲しいと願ったんだ。
幼い二人に親切にしてくれているとはいえ、知らない大人だけのところに置いていくのが嫌だったからだ。
ハンスもアンナも両親から虐待されて育ったため、知らない大人を怖がっていた。
そんな二人を助けるためとはいえ、勇者として神殿に連れて行った俺の罪滅ぼしみたいなものだった。
「城で検査を受けたのですね」
この国の人間は成人の儀式の際に水晶による適性検査を受けるが、俺は城でその検査を受けさせられた。
神殿の水晶に手を翳すとなぜか天性技能が分かるし、自分が習得している技はギルドの魔道具でも分かるし、マジックバッグの中身が頭に浮かぶ様に、習得した技も意識すれば頭に浮かぶ。
百合は「ステータスが一覧出来るなんてゲームみたい」だと笑っていたが、ステータスとかゲームとか何を言ってるのか俺には理解出来なかった。
特例で受けた城での適正検査、そこで出た俺の天性技能は「人真似」と「先読み」だった。
ハンスは剣士、アンナは魔法使いだと神殿で行った検査で分かっていたが、俺は珍しい二つの天性技能持ちとはいえ、なんともショボイものだった。
ショボイ天性技能しか持たない俺は、ハンス達に同行出来ないかもしれない。そう危惧したけれど必死に頼み込み、過酷な特訓に耐えるのを条件に同行を許されたのだ。
「俺の天性技能を見て誰もが笑ったが、俺は必死に願った。地面に額を擦り付け願う俺を不憫に思った陛下が、勇者達を補助出来る力がつくならばと条件付で許してくれたからハンス達、勇者の二人が戦闘の指導を受けている期間俺も指導を受けられたんだ」
神託を受けてすぐの勇者に戦う力は無い。
この国の成人は十八歳。冒険者ギルドの登録は十歳から出来るが最初は見習い、薬草採取等の仕事位しか出来ない。
村を出たばかりの頃、俺は十五歳になったばかりでハンス達は十歳になったかならないか位だったのだから、強い魔物と戦えという方が無茶だった。
俺は勇者が一人前に戦える様になるまでだけでも彼らを守る為の盾となりたくて、二人が少しでも辛い思いをしなくていいように守りたくて、俺を笑う人達をよそに必死に指導を受け続けたんだ。
それが俺とハンス達を諦めさせる為のものだとは知らずに、指導と言う名のしごきを受け続けたんだ。
「城で受けたのは指導という名のしごきだったよ。体もろくに出来上がってねえ、魔力の使い方も魔力切れも知らなかった俺に、魔法や剣やありとあらゆるものを上級、中級関係なく大量に覚えさせようとした。技を覚えるにはその技に匹敵する魔力がいる、そしてその技を使うにも当然魔力がいる。俺は自分の魔力量以上の技をいくつも覚えさせられ、その度に魔力切れでぶっ倒れた」
俺は十五歳で、ハンス達に比べれば大人だった。
けれど城にいた奴らに比べたら、世間知らずの田舎者の子供でしかなかった。
自分の天性技能が無能と言われるものだとしても、努力すればもしかしたらと悪足掻きする子供。
田舎者の平民が勇者の旅の同行を許されるわけが無かったというのに、ハンス達に俺は特訓についていけなかったから、旅には連れていけないのだと納得させる為のしごきだったというのに、それも知らずに努力し続けた。
「それでも魔力回復薬を飲まされて何度も何度も魔法を使わせられたお陰で、俺の魔力量は膨大になったから、今では感謝してるがな」
魔力切れになると体中に痛みが走り気を失う。だが魔力切れすると回復した時に総魔力量が何故か上がるのだ。そうして俺の魔力は増えていったんだ。
「それは、運が悪いと死んでしまいますよ。どうしてそんな無茶な方法を」
「俺が勇者じゃ無かったから、死んでしまっても問題が無かった。勇者達にそんなしごきをして死なれたら大問題だし、そんな危険があることは当時の俺は知らなかった。俺の天性技能が無能だから魔力切れが辛いと感じるんだと教えられていたんだ」
魔力切れを起こして倒れる時、魔力量はゼロではない。数字にすれば一か二は回復してから倒れる。
魔力と同じ様に人間には生命力という物があり、それは眠ったり食べたり回復薬を飲む事で減った生命力が回復する。魔力の場合は眠る、食べる、魔力回復薬を飲むの他に生命力を使用して最低限の魔力を回復するというのがあるのだ。
これは意識して行える物ではなく、生命危機を回避する為に体が勝手に生命力を使いそうするのだという。
生命力はその力の殆どを使い、魔力量を一から二回復する。魔力切れで倒れるのは生命力が残り僅かになるためなんじゃないかと考えたのは、魔力量が増えて倒れなくなってからの事だった。
まあ、魔力切れを起こさなくなったと知った指導者達はさらに上の技能を覚えさせ始め、それでも駄目だとすると、一日に魔力切れを起こす回数を義務付けてきた。
それに耐えられないなら指導はそこで終わりだと言い捨てられ、辛さに逃げ出したくなったけれど、幼いハンス達が魔物を討伐するんだと思えば逃げるわけにはいかなかった。
「魔力切れを起こして倒れる度に、回復薬と魔力回復薬を使用して生命力と魔力を回復しまた技を覚えていったという事ですか。そんな拷問の様なことを繰り返していたのなら、魔力が増えるのも納得です。それなら生命力も同じ様に増えているでしょう」
「そうだな。俺の生命力も魔力も勇者達とそう変わらない。いや、若干俺の方が高いかもしれない」
死にそうになりながら増やした俺の生命力と魔力は、旅をしながら力をつけてきたハンス達のそれと変わらない。ショボい村人以下の天性技能しか持たない俺が勇者並に増やせた事を努力の結果だと自画自賛していいのか、無理矢理危険を冒して俺の力を上げてくれた城の奴らに感謝したらいいのかは分らない。
生命力と魔力が増えても、所詮人真似は人真似なのだ。
「それでもショボいのは変わりがない」
だから力不足だと切られたのだ。魔王討伐後の夢の為に溜めていた金まで全部俺に恵んでくれる位、あいつらに俺は……。
「人真似は、そんなに悪い技能ではありませんよ。むしろ剣士、魔法使い、薬師等の制限なく技を身に付けられる万能型の技能です」
「万能型。ものは言い様って奴だな」
人真似は常時発動の技能で、見た技は意識せずに習得出来る。
俺は弓の扱いが昔から上手く、村にいた頃はそれで鳥などを狩り生計を助けていたのだが、あれだって狩人の弓狩という技を人真似で習得したからだった。
今思えば、村で無意識に人真似を使っていたからこそ、魔力が少し増えていて、だから城でのしごきに耐えられたんだろう。
「人真似で様々な技は習得できる。だが所詮は真似なんだよ」
確かに俺は強くなった。
ハンス達と一緒に旅をするために、俺は毎日死にそうになりながら特訓を続けたのだ。
俺が同行しなければ、ハンス達だけで魔王討伐の旅に出るのだと聞かされていたのだから、辛いから特訓を止めるなんて選択肢なんて無かった。ぶっ倒れても、ぶっ倒れても無理矢理薬を飲まさせれて特訓は続く。
そうやって城の奴等に容赦なく魔力量を上げられた俺は、宮廷魔法使いもびっくりの魔力量を持てる様になったし、体そのものも同じように鍛えられた。
筋力が人並みでしか無かった俺に、剣士の技を無理矢理使わせて、怪我をしてもぶっ倒れても回復薬で動ける様にされ、そうして訓練を繰り返し無理矢理に剣士なみの体を作った。
それでも俺は剣士でもなければ魔法使いでもない。
覚えさせられた技で何とか人並み以上に使える様になったのは魔法の方だったから、便宜上魔法使いと名乗っているだけなのだ。
「俺は魔法使いの上級技である火焔を使えるし、それをすでに極めてる。普通の魔法使いならその延長である最上級技の炎獄を覚えられるだろうが、俺には出来ない。誰かが俺の前で一度使ってくれたら簡単に使える様になるだろうがな」
使いこなせるようになるかは別にして、人真似で一度覚えた技は忘れない。
覚えた後何十回、何百回と繰り返しその技を使わないといけないけど、やっていればいつかは使いこなせるようになる。
技の難易度が高ければ高い程使いこなすのは難しく、体にも負担が掛かる。
薬も錬金術も鍛治も、なんでも覚えられるけれどそれは俺の適性技能じゃないから負担が大きいのだ。
「俺は剣は作れても鍬は作れない。作っているのを見たことがないからだ」
「人真似とはそういうものです」
「そうだよ。そういうものだ。だから俺がこれ以上強くなるのは無理なんだよ。最上級の技でも見ない限りはな」
大抵の上級技は城で覚えさせられたから使える。その上級技の殆どを俺はもう極めてすらいる。炎獄の様に覚え損なったものはどうしようもないけど、見る機会があれば覚える事はできる。最上級技を見る機会なんてそうそうあるもんじゃないってだけだ。
「それが人真似のすべてではないと言ったらどうですか。条件付きでもっと強い技を使えるとしたら」
「は?」
「パーティーを抜けるのは不本意だった。口座にあれだけのお金を振り込まれてもあなたは少しも嬉しそうにはしていなかったし、むしろ辛そうに見えました。違いますか」
「さあな」
「勇者達を見返してやりたいと思いませんか。力があるのだと、示したくはありませんか」
「なんでそんな事言うんだ。あんたに何の得がある」
リアナの言葉に疑問が生まれた。うまい話には裏がある。これはその典型じゃないのか?
頼んでもいないのに、善意で教えてくれようとするなんて何か裏が。
「得はあるかもしれませんし、無いかもしれません」
「なんだよ。それ。まあいいさ。俺はあいつらを見返したいとは思っていない。俺の力はここまでだった。あいつらの旅の最後に俺は不要だったんだよ。それを未練たらしく追いかけても惨めなだけだ」
あいつらが俺にのんびり暮らせと言うならそうさせて貰う。
ショボい天性技能しか持っていない俺が、勇者と同じく戦えると思っていた方が馬鹿なんだ。
「じゃあな」
「気が変わったら来て下さい。私はいつでもここにいますから」
ひらひらと手を振って見送るリアナから逃げる様に、俺はギルドから離れたのだった。
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