仮初の平和
平和と能力者達の日常
様々な能力を持った少年少女達が集まる学園、水無月学園を歩く少年がいた。
彼の名は仁。個性豊かな仲間達と共に、遊部という部活を立ち上げた彼は、学園では依頼をぼちぼちこなしながら、夜は寝る間を惜しんでゲームをして日々を送っている。
「よう仁、“冥土喫茶”行かんか?」
もじゃじゃとした天パと、両足の義足が特徴の少年、六花が片手を振りながら仁の所へやってきた。普通に歩けるそうだが、今日も杖をついて歩いている。
「今日はいいかな…って、そういやお前…昨日も行ってなかったか?」
「昨日のは推しのゆいにゃんの誕生日前夜祭で、今日は本祭だ。気合い入れて行かねばね」
「だからお前、めちゃくちゃ依頼を受けまくってたのか」
そういうこと、と六花は去っていった。
メイド喫茶は別にサービス自体は悪くないが、問題は提供してくる料理にある。まぁ、好きな人もいるんだし、何が嫌いかより何が好きかでお前を語れよ!との名言もある事だしな…と仁はまた歩き始めた。
「おーう仁。ワタシと一緒にパンケーキ食べに行かないか?」
ブンブンと勢いよく手を振りながら近寄ってきたのは、小学生と見間違う位に背丈の小さな女の子、緋音だ。今日もベレー帽を被って、ニコニコと笑みを浮かべている。
「パンケーキか…出来れば今は、甘いものよりもしょっぱいものが食べたい気分だな…」
「そうか!無理強いはヨクナイってワタシは学んだからな!甘いものの気分の時は行こうな!」
ガラガラッと窓を開けた緋音が、帽子を押さえたまま落ちていった。下まで結構な高さがあるが、いつものことだ。再び現れたその背中には、能力で作り出した羽根が生えていた。
じゃあな〜と、緋音は飛び立っていった。
仁は無言で窓を閉めて、また歩き出した。
「やぁ仁。私とデートに行く権利…今なら1Kだがどうかな?共に暑い炎天下を闊歩しないか?」
白衣を着た性別不明の少女のような顔をしてはいるが、発言内容は少女ではなく少年というよりオジサンな人物、華乃が歩いてきた。
「却下だ。お前と一緒にいると品性が下がる」
「ははは、つれないなぁ仁。照れなくてもいいんだぞ?」
黙れ!と仁は召喚した刀を華乃へ向けた。華乃はふふっと笑って、刀を指で押し退けた。
「気が変わったら連絡してくれ。そういえば、ニュース見たか?昨晩、能力者の研究を行なっていた国の研究所が、襲撃されたらしいぞ」
「知らん。興味ないな」
「私も研究者だからな。同業者が襲われるのは、永悲しいよ。この前も、能力者の能力をもとに作られたドローンが奪われる事件があったし、私が狙われるのも時間の問題かもしれんな…」
「お前の研究所はガラクタばっかりだろ…誰も取らんわ!」
そうか?それもまたショックだな…と、華乃はヒラヒラと手を振って去っていった。
「今更だがあいつ、白衣なんて着て暑くないのか?」
「よぉ仁!俺様か?俺様は元気にパトロール中だぞ!」
一瞬で距離を詰めてきて早口に捲し立てるのは、サングラスをかけた短髪の少年、火呂だ。
「火呂!廊下は走っちゃいけないって何度言わせるのよ!」
「そうだぞ火呂、暑苦しい。わたしが暑いのが苦手だと知っての狼藉なら…覚悟する事だな」
火呂と同じく、風紀委員に所属する規則絶対守る子ちゃんこと朝妃と、相変わらず風紀を乱しまくりな格好をしている少女、亜比が汗を浮かべながら仁の元へ来た。
「なんか久しぶりだな」
「やっほー仁。ほら、朝妃もちゃんと挨拶しないと、風紀が乱れるよ?」
亜比に言われ、分かってるわよ!と強めに朝妃が言う。
「ひ…。お久しぶりですわね…その後、お元気にされてたんです…か?」
視線が定まらない様子の朝妃に、疑問そうな表情を浮かべる仁。
「あれ、お前こんな口調だったか?もっとビシバシ罵詈雑言を言ってくる奴だった気がしたんだが…」
「うるっっっさいわねぇ!貴方に構ってる暇はないのよぉ!行くわよ2人共!」
逃げ出すようにその場を後にする朝妃と、手を振りながら続く火呂と亜比。
「…何だったんだ?」
再び歩いていると、もくもくと煙を撒き散らしながら、巨大な少年が歩いてきた。
彼の名は黒成。平均を遥かに超えた身長と金髪、赤いバンダナが特徴のヤンキーだ。ただし、ヤンキーなのは見た目だけで、趣味は料理と裁縫だ。
「仁、さっき風紀委員の人が走っていったんだけど、なんかあったんず?」
「いや、それが俺にも分からん」
ふーんと、黒成は口にしていたキャラメル風の味がするニコチンゼロタールゼロのタバコ風の嗜好品の煙を吐き出した。
「今は家庭科部で吸わなくてもいいのか?」
「学園長が自由にやれって言ってんだ。わぁなりに、自由にやらせてもらっちゃあよ」
俺なりに自由にやってると言いたいんだろうか。仁がそんな事を思っていると、キャバコの煙を吐き出しながら、黒成は歩き去っていった。
「今日は家庭科部に行くから顔出さんわ〜」
じゃあな、と仁は言って歩き出す。
しばらく歩いていると、背後から肩をトントンと叩かれた。振り返ると、フードを被った少年、影下が笑っていた。
「影下か…。びっくりするから、足音を消してひっそりと来るのはやめてくれよ」
『ごめんごめん。仁、一緒に買い物いかない?』
「すまん影下。また今度行かないか?」
『わかった。約束だぜ?』
影下はホワイトボードをしまうと、消え去った。
「おや〜仁くんじゃあないか」
振り返ると、眼鏡をかけた少年が手を振っていた。
「ああ、犬飼先輩。これから生き物部ですか」
「そう、純白くんは先に行ってるみたいでねぇ。そういや仁くん、秋夜くんを見なかったかい?」
「いや、見てないな…」
そうかぁ〜と、犬飼は手を振りながら去っていった。
「…犬飼部長、行った…?」
「ああ、行ったぞ」
そう…と物陰からオドオドした秋夜が現れた。
「行かないのか、秋夜?」
「純白さんがいると…き、緊張しちゃって…」
へへへ、と首に巻いた真っ黒なチョーカーを撫でながら秋夜が照れる。
「まぁ、無理しない程度に行ってみたらどうだ?」
「うん…ちょっと行ってみようかな…」
秋夜は小走りで、生き物部の部室へと向かっていった。人の恋路は邪魔しないに限る。馬に蹴られて死んでしまうかもしれないからな、と仁は再び歩き出した。
仁はいつの間にか、部室にたどり着いていた。
鍵を開け、中に入った。
自分が普段から座っている椅子に腰掛け、深く息を吸ってから吐き出した。
一年前、家族や知人、友人達を失った日のことは、今も鮮明に覚えている。
義妹を目の前で殺された時、怒りと殺意で頭が満たされ、気づけば髪は白くなり、手には刀が握られていた。
能力者については、まだ不明な点が多い。生まれながらに能力を持つ者もいれば、突然能力を手に入れる者もいる。
ふと考えてしまう。もし、自分が生まれ持った能力を持っていれば、家族を失わずに、今も皆んな生きていたのではないかと。
ブンブンと頭を振って、仁は考えるのを辞めた。後悔ならいくらでもしてきた。だが、いくら悔やんでも、時間は戻らないし、何も解決しない。そもそも能力者はこの学園に通うのが法律で定められている。考えるだけ無駄だ。
ふと携帯電話に触れた仁は、今日が祖母の誕生日だった事を思い出した。
「何も買ってなかったな…」
影下と共に、買い物に行くべきだったか。
そんな事を思いながら、仁は部室を後にした。
祖母へは毎年、花束を渡している。今年はなんの花にしようか。
花屋へ着いた仁の視界に、向日葵の花が入った。その瞬間、今は亡き家族と過ごしたある夏を思い出し、感傷に浸りそうになったがやめた。今日は花を買いに来たのだった。
「今年は向日葵にしようかな」
少々値が張るが、先日依頼を解決して報酬をもらった今の仁に買えない金額ではない。
花束を手に、仁が店を出た時だった。
街の巨大なスクリーンに流れていた映像が、ノイズ音と共に乱れた。
『あーあー、マイクテストマイクテスト。入ってる?映像もいける?OK!はじめようか!』
聞き覚えのある声と共に、スクリーンに現れた男を見て仁は目を見開いた。
なぜ、奴が生きている。
スクリーンに映っていたのは、一年前に妹の命を奪ったナイフ使いの能力者だ。
能力者至上主義とほざいていた仲間もろとも、仁が真っ二つに斬り殺したはずだが、その傷はどこにも見当たらない。
『はじめまして、都心にお住まいの皆さん。我々は“能力者至上主義者”…まぁ、知らない人もいないと思うが一応に説明すると、文字通り能力者こそ素晴らしいと考えている者達ってことだ。そして俺はこの組織のリーダー、
仁は駆け出した。近くに停車していたタクシーに飛び乗り、祖母の住む施設へ飛ばしてもらった。
家族だけじゃ飽き足らず、唯一の血縁者である祖母すら奪おうというのか。
タクシーが到着し、財布を置いて仁は車を飛び出した。
施設の扉が開くと、中からは血の臭いがした。
刀を召喚し、感覚を研ぎ澄ませる。施設の中は、既に息の耐えた老人達が転がっていた。死体の中には祖母と仲良く、自分を孫のように可愛がってくれた人もいた。
歯を砕けそうなくらいに食いしばった仁は、祖母を探して駆け回った。
そして、施設の大広間にたどり着いた仁は、生き絶えた祖母を見つけた。祖母を見下ろすフード付きのマントを着た黒ずくめの二人を、仁は睨みつけた。
「…お前ら、全員殺してやる」
刀を構えた仁は、拳銃をこちらへ向けて構えた黒ずくめへ向けて突撃した。
祖母の体には、弾痕があった。
まずは祖母を殺した奴から殺す。
殺意を持って刀を振り下ろそうとした仁の刀が、突如弾かれた。
もう一人いた敵が、素手で刀を弾いたのだ。
「邪魔すんじゃねぇ!」
新たに召喚した刀を振るうが、またも素手で刀を塞がれた。刃に触れないように、器用に身幅の部分を拳で弾かれている。
仁と素手で戦う黒ずくめのフードが外れ、まるでのっぺらぼうのように真っ白な仮面が現れた。
「気味が悪いな!その仮面をお前の血で真っ赤にしてやる!」
仁が振り下ろした刀を弾き、仮面の人物は構えた。
右足を少し引いて、左手を仁の胸に突き出す。
「
仁の胸に、掌が叩きつけられた。掌底打ちと呼ばれる技である。細く可憐な掌からは想像も出来ない一撃が、仁の肺や骨に響き渡った。
「ぐぁ…!?」
吹っ飛ばされた仁は、壁に叩きつけられた。
おそらく、衝撃を操る能力者なのだろう。
口に溜まった血を吐き出し、仁は言った。
「一本で駄目なら…」
二本目の刀を召喚した仁は、再び刀を構えた。
「二刀流ならどうだぁぁぁぁ!」
左右の刀を用いた、多角からの斬撃。これなら敵を斬り殺せると確信した仁は、驚愕した。
仮面の人物が空中から刀を取り出し、仁の刀を防いだからだ。
「同じ能力持ち…いや、違う!」
基本的に能力は、能力者につき一つが原則だ。仁のように刀を召喚して、能力使用中だけ超人的な身体能力を得るといった、おまけ的な力を者も稀にいるが、衝撃を操る能力と刀を召喚する能力を二つ持っているなど、基本的はあり得ない。
考えられる答えは…
「
仮面の人物は、何も答えない。
仁は両手の刀を消した。強い力で押さえつけられていた相手の刀が突如としてその抑圧から解放されたので、一瞬だが体勢を崩した。
「模倣した能力がオリジナルに勝てる訳ねぇだろ!」
仁が再び召喚した刀を握り、首を切り落とそうと真横に振るった。
しかし、即座に体をそらして仁の攻撃を回避して、首は斬られずに、代わりに仮面が切り裂かれた。
「中身がどんな奴か見てから殺してやるよ!さぁ、顔を見せ…」
仮面の下の素顔に、仁は見覚えがある。夢に何度も出ては、救えなかった事を永遠と後悔した、義妹の顔がそこにはあった。
「結衣…なのか…?」
恐る恐る手を伸ばす仁へ、結衣も手を伸ばす。しかし、手と手が触れ合う事はなく、仁の胸に手が当てられた。
「衝撃掌底」
仁の胸に、再び衝撃が走る。先程食らった時と違い、完全に無防備な状態で食らってしまった。
吹き飛ばされた仁は薄れゆく意識の中、義妹の姿を目に焼き付けていた。
「結衣…」
その日、日本では歴史に名を残すであろう事件が二つ、立て続けに起きた。
一つ目は、能力至上主義者達による、都内の介護施設の襲撃。複数の施設が襲われ、老人だけでなく抵抗した介護者や職員までもが犠牲となった。
そして、二つ目の事件は、凶悪な犯罪者が囚われている監獄が襲撃され、複数の能力者が解放された。
老人達の住む施設の襲撃は、あくまで陽動作戦。本来の目的は、犯罪を犯した能力者を解放する事にあった。
そして今、新たなる事件が起ころうとしている。
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