番外編 仁の家族

 仁は今、普段なら絶対に利用しないタクシーに乗っていた。なぜなら、今が非常事態だからである。

 授業中、施設に入っている祖母が倒れたと連絡が入った仁は学園を飛び出し、施設へ向けて急いで向かっていたのだ。

 施設に着いた仁は一万円を叩きつけるように置き、運転手がおつりを用意するのも待たずに、ドアを開いてタクシーから飛び降りた。

 受付の仕事をしている職員の女性は顔見知りだ。祖母がいる部屋へ仁を連れて行き、スライド式のドアが開かれた。

「おお〜孫〜!遊びに来たんかえ?」

「てめぇ!ピンピンしてんじゃねぇかクソババァがぁーーー!!!!!!」

 ガッハッハと大きな声で笑う老体の女性こそ、仁の唯一残された血の繋がりのある家族、八坂やさか 和子かずこだ。

「倒れたって連絡があったから授業抜け出してきたってのに、どうしてくれんじゃおんどれぇー!」

「ガッハッハ!“おい”はバナナの皮で滑って転んだだけだえ?」

 だったら連絡すんじゃねぇ!と怒鳴る仁に、職員の女性が謝った。

「ごめんなさいね、仁君。怪我がなくとも、何かあったら家族の方に連絡するのが決められていて…」

「あーいえいえ!職員の方々へは何の恨みもございません!あんのは…おめぇだクソババァー!」

「あー、仁。りんご食べるかえ?」

 いらんわ!と仁はパイプ椅子にドガンッと座った。

「じゃあ、私は仕事に戻るから。またね、仁君」

 さようなら、と職員の女性へ一礼する仁。

「ふぅ〜。“あれから”もう一年だえ…仁」

「ああ、一年以上経った」

 りんごを切る音だけが、静かな部屋の中で響いている。

「今でも思いだすかえ?」

「しょっちゅうだ。仲間と馬鹿やって楽しんでいても、ふと我に返ると“あの日”の俺がいる。消えないんだろうな」

 今から約一年前、仁には大切な家族がいた。



「…おはよう」「おはよ…」

 ふぁ〜と欠伸をしながら、食卓につく少年と少女。

「おはよう、ねぼすけさん達!パパは今日も元気だぞ〜!」

「もう…早く食べないと三人とも遅刻するわよ?」

 ここは八坂家。互いに配偶者を亡くした男女が出会い、連れていた子も仲良くなり、晴れて家族となった四人が住んでいる。

 長男の仁と、同い年で妹の結衣ゆい。仁の方が早く産まれてきたので、一応兄という扱いになっている。

「母さん、俺朝はあんまり食べれないよ…」

「なに言ってるのよ仁。朝からしっかり食べないと、大きくなれないわよ!?」

 だってぇ…と言いながら、モゴモゴと食パンを食べる仁。沢山は食べれないが、母が焼いた外はカリカリ中はモチモチな食パンは毎朝一枚は食べるようにしている。

「仁、早く学校いこ!」

「待ってくれ結衣…口がパサつく」

 牛乳で口の中のパサつきを流し込み、仁は家を飛び出た。

「仁…。宿題やった?」

 学校へ向かう通学路を、仁と結衣が歩いている時だった。話しかけてきた結衣に対し、はぁ…と仁はため息をついた。

「あのなぁ結衣…宿題なんてやらなくていいだろ。死ぬ訳じゃないし」

「またやってないの…。仁は先生に怒られても、痛くも痒くもないかも知れないけど、兄妹だからってウチまで怒られるんだよ?」

 はぁ…と仁は肩までのびた“黒髪”をかきあげた。

「関係ないって先生に言えばいいだろ!」

「関係なくないでしょ!家族なんだから!」

 ぐぬぬ…と何も言えなくなる仁と、早く行こうと結衣は駆け出した。

 中学二年生。血のつながりもなく、思春期を迎えた男女ではあるが、二人の間には確かに、家族の絆があった。



「八坂…また宿題をやってこなかったのか…!成績がいいからって、宿題を蔑ろにするのはどうなんだ!」

 授業を行う度にとんでもない量の宿題を生徒へ行わせる数学教師と、怒鳴られようがふてぶてしい態度で先生を見上げる仁。

「宿題しなくても学年一位取ってんだから、やる必要ないだろ!なんでそんな事わかんないんだよ馬鹿教師が!」

「誰が馬鹿教師だ!お前ぇ…私は国立大学を出ているんだぞ!」

 出た出た学歴マウント…と、仁は腕を組んだ。

「中学生相手に大学のマウントとって何になるんですかー?国立大学出てんのにそんな事も分かんないんですかー?」

 教師は怒りでプルプルと震えていたが、もういい!と教室を出て行った。

「じゃあ、今日の数学は自習だな!」

 仁の言葉に、いえー!と盛り上がる教室。仁は昔から、怒ってきたり文句を言ってくる相手を許せないタイプなのだ。

「本当、仁って討論強いよな!いつか討論番組出てくれよ!」

「興味ないな。見せ物になる気はない」

 はぁ…と腕を枕にして眠ろうとする仁を、仲の良いクラスメイト達が囲んでくるので、中々寝付けない。

「頼むから寝させてくれ…」



「…で、また先生怒らせちゃったの?」

 放課後は、二人で家へ帰るのが日課だ。仁の行動は大体、結衣に知られている。今日の数学教師を怒らせた事も、しっかりと把握済みのようだ。

「ああ、年寄りは怒りっぽくて嫌いだ」

 何やってんのよ…と、結衣の声が遠くなったと思っていたら、突如背中に衝撃を感じた仁。助走をつけて走ってきた結衣が、仁の背中にドロップキックを叩きこんだのだ。

「お…お前…スカートでドロップキックしたら…パンツ見えるだろ…」

 地べたに横たわったまま、ピクピクと痙攣する仁。

「そんな事よりも、仁が人を馬鹿にするのが問題なのよ!」

 不思議と、家族や結衣に対しては毒が吐けなくなる仁。すまん…と謝る仁に、結衣は手を差し出した。

「ちゃんと先生に謝ったら、許してあげる」

「ああ、約束しよう」

 手を取って立ち上がり、服についた砂を払う仁。

「帰ろうか、結衣」



「そんな事があったのか…!仁は若い頃のパパに似て、やんちゃだな〜」

「お父さん、笑い事じゃないでしょ!仁も程々にしとかないと、退学になっちゃうわよ」

 夜、夕ご飯を家族で食べていた八坂家。ハハハ!と豪快に笑う父と、もう…と言いつつ笑う母。そんな様子を見て、笑う仁と結衣。

 しかし、幸せな時間は突然終わりを告げる。

 爆音と共に、家の中がガタガタと揺れる、大きな衝撃がやってきた。地震がきたのかと一瞬疑ったが、遠くで何かが爆発したのだ。突然の出来事に、反応出来る者など誰もいないだろう。

「…夫か!大…夫か…仁!」

 父に肩を掴まれ、仁はようやく我に返った。

「お父さん、お母さん!外、燃えてない!?」

 結衣が指差す窓の外。あんなに暗かった夜の空が、赤く染まっている。爆発によって発生した火の手が、すぐそこまで迫っていたのだ。

「大変だ…!早く外に逃げるぞ!」

 部屋へ荷物を取りに行こうとした仁の腕を、父が掴んだ。

「仁!荷物よりもまずは命だ!結衣も母さんも、靴を履いて急いで外に出るんだ!」

 外に出ると、近所の人達も逃げ出している所だった。

「八坂さん!早く逃げましょう!」

 隣の家に住んでいるおじさんこと、佐藤が携帯電話を片手に玄関から飛び出してきた。

「ネットに犯行声明が出てます!“能力者至上主義”の連中が、この街でテロを起こしているみたいです!」

 テロ事件は、海外だけで起こるものではない。最近は日本各地で行われている。ついにこの街も、その対象となってしまったか。

 そんな事を考えながら走っていると、黒ずくめの人物が進行方向に立ち塞がっていた。

「あんたも早く逃げないと!何立ってんだ!」

 横を走り去ろうとした佐藤が、突然倒れた。

「…!下がれ、みんな!」

 何が起きたのかを見ていた父は、黒ずくめの人物を睨みつけていた。

「あひゃひゃ!逃げる必要なんてないもんね…だって、逃げる無能力者を殺すのが、役目なんだからね〜!」

 黒ずくめの人物は、声から察するに女性なのだろう。手から細い杭を出し、横を走り抜けようとした佐藤を一突きで刺し殺したのだ。

「…母さん、二人を頼む!俺が時間を稼ぐから、何とか安全な場所まで逃げてくれ!」

 母は唇を噛み締めると、仁と結衣の手を取って逃げ出した。

「お母さん!お父さんが…」

「母さん!父さん元気は人一倍だけど、めちゃくちゃ弱いじゃん!」

 二人の言葉が届いていない訳ではない。母は涙を流しながら、ひたすらに走った。大事な子供達を守る為に。

「あひゃひゃ…何も出来ない無能力者が、勝てると思ってんの〜?」

「勝つさ…家族の為なら、父親は誰とでも闘うんだよ!」



 父と別れ、三人で逃げていると至る所から悲鳴が聞こえてきた。

 先程と同様、能力者による無能力者狩りが行われているのだろう。

 能力者至上主義の連中は、文字通り能力者こそ人の上に立つものと理念を掲げた能力者の集団だ。無能力者を殺す事を、なんら躊躇わないのだ。

「ヒィィィィィハァァァァァァァ!」

 どこからか飛び降りてきた男が、鎌を振り回しながら三人に近付いてきた。

「…二人とも、逃げなさい!」

 母はそう言うと、男へ向かって走った。

「お母さん!」

 結衣が手を伸ばすが、その手を仁が掴んだ。

「走るぞ!結衣!」

 仁は母の覚悟を無駄にしない為にも、走り出した。

 昔から知識は人並み以上にある仁だが、体力や力は女の子にも劣る。ここで狼狽えていては、両親の気持ちを踏み躙ることになる。

「…二人で仲良く逃げるなんて、可愛らしいねぇ」

 鎌男から逃げて、しばらく経った頃だろうか。電柱にもたれかかった黒ずくめの男が、二人を見つめていた。そして、その手には大型のナイフが握られている。

「だが、残念…。お前らはここで、死ぬ…!」

 男はナイフを振りかぶり、二人めがけて投げつけてきた。

 ここまでか、と仁は結衣を突き飛ばした。

「結衣、生きてくれよ…」

 妹の為に死ぬなら本望だ。仁はこれから自身に刺さるであろうナイフの痛みを想像し、歯を食いしばって目を瞑った。

 しかし、待てど痛みはこない。恐る恐る目を開けると、突き飛ばした結衣の腹部に、ナイフが突き刺さっていた。

「え?」

 結衣の口から、血が噴き出した。有り得ない。確かに、突き飛ばしたはずだった。

「自己犠牲の精神…素晴らしいけどさぁ、俺の能力の前じゃ意味ないんだよねぇ…」

 はははぁ、と男が笑う。仁は、震える手を妹へ伸ばした。

「ゆ、結衣…」

「…仁…逃げ…」

 二人の手は交わされる事なく、静かに結衣の手がこぼれ落ちた。

「…そんな…!結衣…!あああああああああああああああああ!」

 仁は頭を掻きむしった。爪が頭皮を傷つけ血が流れ出ても、その手が止まることはなかった。

 そんな様子を、ナイフをぺろぺろと舐めながら男が眺めていた。

「ヒィィィィィハァァァァァァァ!こっちも片付け終わったぜぇぇぇぇぇぇ!」

 ポタポタと血が滴る鎌を持った男が、さっきまで確かに命を持って存在していた、母の頭を手にやってきた。

「あひゃひゃ…抵抗してきてうざかったから、男は串刺しにしてやったわ!肛門から杭を入れた時の顔、最高だったなぁ…!ひゃはははははは!」

 両手から杭を出し入れして、女がやってきた。

「あああああああ!うわああああああああ!」

 流れる涙と血と共に、黒い髪がぶちぶちと引きちぎられる。

「さぁて、残ったのはどうやって殺す…?“パイル”、お前がやるかぁ?」

 ナイフをブラブラと揺らし、男が笑う。パイルと呼ばれた女が、そうだね…と杭を格納した。

「こいつは両手両足を固定して、“サイズ”の鎌で腹を少しずつ引き裂こう!あひゃひゃ、天才過ぎて笑える…!」

 仁を掴もうとした女は、彼の頭髪が真っ白になっていた事に気付いた。

「あひゃ…こいつの髪の毛、こんな色だった…けえ?」

 グチャッと、重たいものが落ちる音が聞こえてきた。女の足元には、一対の腕が転がっていた。地面に落ちた腕の手のひらから、杭がガシャガシャ出し入れしている。その時初めて、女は自身の腕が切り落とされた事に気付いた。

「あひゃああああ!腕があああああああああああ!?」

 ジタバタ転げ回る女の口に、“刀”が突っ込まれた。

「おごぉ!?」

「うるさいな、お前」

 どこから取り出したのか、いつの間にか刀が仁の手には握られていた。刀は女の口を切り裂き、鮮血が噴き出た。

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ…」

 さらに転げ回る女の胸元を踏みつけ、仁は刀を突き刺した。

「俺の父を串刺しにしたそうだな…。お前も串刺しにしてやる!ただし、急所をギリギリ外してすぐには死ねない量と箇所をだ!」

 仁が何度も何度も、刀を突き刺す。宣言通り、内臓は傷つけずに肉や脂肪の部分を集中的に突き刺しまくった。

 女が血を噴き出してピクピクする様子を見ていた鎌男が、楽しそうに鎌を振り回した。

「ヒィハァ…!パイルをやるたぁ、やるじゃあねぇか小僧!だが、お前の能力はこのサイズ様と同じ、“武器を召喚する能力”と見た!今さっき能力者になったお前に、桁違いの戦闘経験を持つ俺が倒せるかぁぁぁあ!」

 鎌をぶんぶん振り回し、男が突っ込んできた。仁は刀を引き抜くと、べっとりと付着した血を払って飛ばした。突っ込んでくる男の目へ向けて。

「な…!?目が…見え…」

 視界を奪われ、アワアワと慌てる男の両足を、仁は一太刀で切り落とした。突如足を失い、男は転がりながら仁の足元にやって来た。

「お前は、母を殺して首をとったな…。殺してから首を切ったか、首を切って殺したかはどうでもいい…!お前の首を貰うからな!」

 仁は男の首の横の地面に刀を突き刺し、ゆっくりと刀を降ろした。男の肌に刀が当たり、徐々に血が噴き出る。

「ヒィ…辞めてくれ…!」

 必死に命乞いする男の涙を見て、仁は刀に込めていた力を抜いた。男がほっとするのも束の間、仁は再び力を込めて、男の首を叩き切った。

「…そして、妹を殺した…お前!」

 仲間が殺される様子を、一人眺めていた男へ刀の切っ先を向けて仁が叫んだ。

「お前は一番惨たらしく殺してやる!」

「威勢だけは一人前だねぇ…だが、威勢でどうにかなるんなら、お前の家族は死んでないよなぁ?」

 男はナイフを両手に持ち、仁へ投げつけた。仁はナイフを切り落とそうと、刀を振るう。

「へへへ…“軌道変化トラ・ジャ・クトリー”!」

 男が両手を動かすと、一直線に飛んできたナイフが刀を避けるように大きく移動し、仁の左目と右の太腿に突き刺さった。

 膝をついた仁の手から、刀が消え去った。

 ナイフが目を貫き、脳に到達する寸前で仁が強く瞼を閉じた為、ナイフはそれ以上深く刺さる事はなく、左目を失うだけで済んだが、重傷である事に変わりはない。仁は目に刺さったナイフを引き抜き、地面に投げ捨てた。太腿に刺さったナイフはそのままにしておくことにした。抜けば出血多量で死に至ると、理解していたからだ。

「はははぁ!俺の能力は、“軌道変化ルートチェンジ”!自分が投げたものの軌道を変え、自在に操る能力だ!足にナイフが刺さったお前は、もう満足に動けねぇなぁ!」

 男は新たなナイフを取り出し、仁へ向けて走ってきた。

「このまま、ナイフを投げ続けて殺すのはぁ容易い!だからこそ!俺の手でじっくりなぶり殺してくれるよぉ!」

 仁は絶体絶命の状況にあったが、傷口から肌へ流れ出る血を感じ取れる程に、冷静であった。

 冷静というより、死を前に過去の出来事を思い出すという、走馬灯を見ていたのかもしれない。

 あれは今から、八年前の事だろうか。



 八坂家の先祖は、刀と己の腕っ節で成り上がってきた。仁の祖父もその血と使命を受け継ぎ、幼い仁に刀の扱い方を叩き込んでいた。

 が、仁はゼェゼェと苦しそうに息を吸っては吐き出し、手にしていた模擬刀を落としてしまった。

「仁!お前の父は体力は有り余っていたが、刀の才能はなかった!だが、お前にはとんでもない刀の才がある!」

「でも爺ちゃん…俺ぇ…もう疲れたよ…」

 幼き仁は体も弱く、祖父が見出した才能を存分に発揮できずに、稽古が始まってもすぐバテてしまった。

「仁…泣き言を言うんじゃあない!お前は必ず、刀を極める!その体が刀を存分に振るえるようになった時、お前は誰にも負けない最強の剣士になる…!それまで特訓じゃああああああ!」

「爺ちゃん…今の時代、侍は職業じゃないよ…」



 時は現代に戻り、仁はふふっと笑った。祖父が亡くなった後、仁は刀の特訓を辞めてしまった。いくら頑張っても仁の体は強くならず、体力も腕力も何もかもが平均以下であった。

 しかし、今は思う存分に刀を振るえる。どこから刀がやって来たのか、この力はどこから湧き出るのか。それは分からない。

 今はただ、目の前の敵を叩き斬るのみだ。

 仁が念じると、再び刀が現れた。今度は漆黒の鞘に収められた状態で現れ、刀の持ち手と鞘を仁の手が掴んだ。

「何かする気か…!させねぇよぉ!」

 男は走るのを辞めずに、左手のナイフを投げ飛ばした。避けようとして動いたのなら、軌道を変えて攻撃をしてから近づいて殺すまで。

 しかし、仁は動かない。ナイフが右肩に刺さったが、刀を鞘に収めたまま構えを続けている。

「なっ…ナイフを受けやがった…!?」

 仁は一呼吸行うと、幼き日に祖父から叩き込まれた技の名前を思い出すように、口に出して言った。

八坂刀心流やさかとうしんりゅう…居合ッ!」

 鞘から勢いよく引き抜かれた刀が、向かってきた男の体を真っ二つに斬り裂いた。

「…咼魔威太刀かまいたち!」

 男は驚いた表情のまま、地面に叩きつけられた。あまりに一瞬の出来事で、自分が死んだ事に気づいていないかもしれない。

 仁は刀を払って血を落とすと、歩き始めた。

 この街に残る、惨状を引き起こした連中を殺し尽くすまで。



 あらかた能力者を狩り終えた仁は、いつの間にか自身の通っている中学校にたどり着いていた事に気が付いた。

「八坂…なのか?」

 声をかけられた仁がゆっくり振り返ると、昼間に口論をした数学の教師が立っていた。

「大丈夫か八坂!怪我をしているじゃないか…妹や家族は無事か!?」

 時間を稼ごうと、捨て身で能力者に立ち向かった両親。そして、何も出来ずに目の前で妹を失った事。

 しかし、それを口にするのは今ではない。妹との約束を思い出し、仁は先生を見上げた。

「先生…。昼は…すみませんでした…!」

 妹との約束を果たした仁の体から、力が抜け落ちた。そのまま気を失ってしまった仁を、教師が慌てて抱えた。



「…あれ?」

 いつの間にかベッドで寝ていた仁。辺りを見てみると、祖母が椅子に座ったまま眠っていた。

 自分の左目を触ろうとすると、眼帯がそこにはあった。いつの間にか眠ってしまい、祖母がベッドで寝かせてくれていたのだ。

 何度目の悪夢かは、もう覚えていない。ただ、毎回目を覚ますと、涙で頬が濡れてしまっている。

 仁は袖で涙を拭うと、祖母の方を見た。

「ありがとう、婆ちゃん…」

 仁は立ち上がると、シーツを祖母へ掛けてから、静かに部屋を出た。

 その直後、祖母は堪えていた涙をボロボロと流した。

「仁…辛かっただろうえぇ…」

 一年前の悪夢にうなされる仁を、祖母はずっと見守っていたのだ。

 あの惨状によって、仁は能力者となった。それ以降、妹がよくやっていたように、人助けを行うようになった。

 しかし、その根本にあるものは、決して人には言えない。

 罪なき者を傷つける悪を、悉く根絶やしにしたい、など…と。



 そして、悪夢は再び訪れる。

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