番外編 六花&黒成のメイドカフェに行こう

「暑すぎる…」

 ある日曜日のこと。日差しが照りつける中、トボトボと歩く少年が二人。

 まず一人目は、疲れた顔をした黒成くろなり。どこぞの冷気を操る能力者の少女程ではないが、彼もまた暑がり。流れ出る汗が、その代謝の良さと汗腺の凄まじさを物語っている。

「もう少しだ…着いたら天国だぞ…」

 二人目は六花ろっか。彼も暑そうだが、黒成に比べれば幾分かマシそうだ。休みの日しか履かない短パンを履き、膝から下の義足が丸見えになっている。普段、学園にいる時は義足の上に長ズボンを履いている六花からすれば、熱のこもらない短パンはまさに神からの贈り物と言えるだろう。

 二人が目指しているのは、六花行きつけのメイドカフェ。今日は開店三ヶ月目を記念した、とある大会が開かれるのだ。

 優勝商品を獲得できる確率を少しでも上げるため、六花は仲間達に声をかけたのだが、来てくれたのは黒成だけであった。だが、それでいい。最も優勝する可能性がある黒成が来てくれたのだ。最早勝ったも同然。だが、一応六花も参加する事にしたのだ。



「お待たせしました〜!皆様のご愛好により、“冥土喫茶”も三ヶ月目を無事に迎えられました〜!それでは開催しましょう!推しとの一日デート権を得るのは誰だ!食パン早食い対決〜!」

 MCを務めるオーナーや、周りの観客達と共にいえー!と盛り上がる六花と、あれ?と首を傾げる黒成。

「メイドカフェに一緒にきてくれたら、いくらでも食べさせてやるって言ってなかった?」

「ああ、これから俺とお前で、早食い対決に参加する。食パン食べ放題だぞ?」

 聞いてねーし!と、帰ろうとする黒成にしがみつく六花。

「待ってくれー!お前だけが頼りなんだ!今度焼肉奢るからー!」

「焼肉か…じゃ、やる!」

 実はこの大会、参加費が一人5000円となっている。六花は黒成の分の参加費も払っている為、合計10000円の出費だ。だが、多く参加費を払ってでも、六花は優勝賞品の推しとの一日デート権が欲しいのだ。

「待っていてね、ゆいにゃん…!」

「六花、顔がめちゃくちゃにキモいぞー」



「では、ご主人様方にぃ〜ルール説明しますね」

 メイドさんによるルール説明が行われた。

 要約すると、パンをいち早く食べ終えた人が優勝。ただ、それだけだ。

「まぁ、シンプルだな」

「だろ?期待してるぜ黒成」

 六花と黒成、そして他の参加者の計十一人。今日は、普段はステージとして使われている客席から離れた場所が、大会の舞台となっている。長いテーブルと、パイプ椅子が決戦場だ。参加者は、大会の始まりを今か今かと待ち侘びている。

 そして、参加者達の目の前に食パンが置かれた。

「え?」

「では、食パン“十斤”早食い対決〜はじめぇー!」

 どぅえーーーー!?と黒成が驚く中、対決が始まった。

「何している黒成!戦いはもう始まっているんだぞ!」

「いや、十斤も食べるなんて聞かされてねぇじゃ…」

 ここで食パンの解説。食パン一斤は、よくスーパーとかで買える食パン一袋分である。一斤は340g以上と日本パン公正取引委員会が定めており、それが十斤。つまり、3400gの食パンをいち早く食べ終えた者が勝者となるのだ!

「つまり3キロも食パンを食べろ…てことぉ!?」

「ああ!単純だろモグモグ」

 食パンを鬼のような形相で食べ続ける六花。

 しかし、黒成はなかなか食べようとしない。

「すみませ〜ん」

 黒成は手を上げて、メイドさんを呼んだ。

「どうされました、ご主人様?」

 おさげ髪のメイドさんが、黒成の近くに来た。

「“わぁ”あんまりパン好きじゃなくて、ご飯早食いじゃダメですか?」

 そう、黒成はハーフ顔だが心はしっかり日本人!パンよりもご飯派だったのだ!

「申し訳ありません…食パン早食い対決と決めているので…」

「分かりました、ありがとうございます」

 そう言うと黒成は、バンダナを外した。

「本気だすぜ…!」



 スタートしてから10分が経過したが、六花はまだ半分も食べれていなかった。

 他の参加者も同じようなペースだが、一人だけずば抜けて早く食べている者がいた。

「ブヒヒヒヒィ!あずちゃんとデート行くのはボク!待っててね、あずちゃあああああああん!」

 眼鏡をかけた、気持ちの悪い笑い方をする小太り男が食パンを貪るように食っていた。

 だが、六花は食パンを食べながら心の中で笑った。

「ブヒヒヒヒィ!?そんな…まだ半分しか食べてないのに、食パンが受け付けなくなったお…」

 そう、早食いもマラソンと同じでペースが大事。最初に飛ばして後半にバテるのはよくある事。小太りの男は食パンを口へ運ぼうとするが、口を大きく開けたまま止まってしまった。

「ふっ…焦らずに食べるのが一番だっ………はっ!?」

 隣の黒成の様子を見ようとチラッと目線を向けた六花が、目を見開いた。

 黒成がさっきの小太りの男以上のスピードで、食パンを食べているのだ。

「馬鹿野郎!そんなに慌てて食べたら後半でバテるぞモグモグ!」

「いや、これでいい!わぁはパン苦手だから一気に食べた方がすぐ…食べれ…グゥ!!!」

 首を押さえ、苦しそうにする黒成。一気に飲み込もうとして詰まってしまったのだ。さっきも来てくれたおさげ髪のメイドさんが、黒成の背中をさすってくれている。

「言わんこっちゃない!飲み物で流し込めモグモグ!」

 黒成はテーブルの上に置いてあったコップを掴み、慌てて流し込んだ。

「しょっっっぱぁ!?水じゃないの普通!?」

 黒成が飲んだのは、この店の看板メニューであるお味噌汁だ。コップは耐熱性になっており、熱々が飲めるぞ。

「本当は味噌汁につけて食べるんです。ご主人様も良かったらやってみてください」

「いや…それより水欲しいです」

 スタートこそ遅れたが、一気に周りと同じくらいの食パンを食べ、追い上げてきた黒成だったが、突然の味噌汁で手が止まってしまった。

(しかし…俺もキツくなってきた…だが、周りのモヤシオタク共もそれは同じはず…)

 確かに、全員キツそうな顔をしている。中には青ざめている者もいる。だが、推しとのデートを夢見て泣きそうになりながらも必死に食パンを食べている。

「…ぷはぁ!やっぱ水って美味いな〜!」

 別のコップに注いでもらった水を飲み干し、黒成はスッキリした表情になっていた。

「しかし、味噌汁に合うのは白いご飯と思ってたんだけど、案外食パンも悪くないな。パン苦手だけど、味噌汁の味が助けてくれるじゃ!」

 再び黒成が食べ始めた。手を止めた事で、他の参加者と多少の差は開いたが、味噌汁による突破口のお陰で、先程以上のペースで食パンが消えていく。

 しかし、残り3斤程の食パンを残して六花の手が止まってしまった。

(何故だ…急に腹の満腹感が一気に増したぞ…)

 六花が周りを見ると、全員が苦しそうな表情を浮かべている。

「シェーシェッシエッシェッ!今、現時点を持って、お前らの負けは決定だー!」

 一人だけ、余裕そうな表情で食パンを食べ続けている猛者がいた。

「苦しそうだなぁ〜!胃が破裂しそうだよなぁ〜!なのになんでコイツは平気に食べれるんだって顔してるなぁ〜!それは俺が、能力者だからだよ!」

 そうか、と苦しみながら六花は理解した。ペースを乱さずに食べたのに、急に腹が苦しくなるなんておかしな話だ。

「シェーシェッシエッシェッ!俺の能力は、“自分の胃の中身を人の胃に移す”…つまり、俺が食べた食パンは全て、お前らの腹の中に移されているのさぁー!」

 気持ち悪っ!?と叫び出したかったが、腹が一杯過ぎて悪態一つつけやしない。悔しさと気持ち悪さで、六花は涙を流していた。

「シェーシェッシエッシェッ!泣くほど悔しいとは残念だったな〜!この俺が参加したのが運の尽き!俺は推しのゆいにゃんとデートしてくるからなぁ〜!」

 しかも同担かよ…と、六花は仕込み杖へ手を伸ばした。あんな男とゆいにゃんがデートするくらいなら、ここで殺してしまおうかと決意した、その時だった。

「辞めておけ、六花。わぁに任せておけ」

 隣から聞こえる声に、六花はハッとした。

 黒成が、さっきと変わらないペースで食パンを食べ続けていたのだ。

「お前…奴の能力は…?」

「あぁ、効かねぇじゃ。“わぁ”だから」

 ドン!とオトマトペが見えそうな位に、食パンを食べる黒成がカッコよく見えた。

「シェシェー!?俺の能力が効かんだと!?ならば、もう一発くらいやがれー!」

 また胃の中の物を移されたはずだが、黒成はびくともしない。それどころか、どんどん食パンを食べすすめている。

「効かねぇって言ってんだろ…!わぁはなぁ!人よりデカいから一杯食えんだよ!!!」

 そう言うと、みんなが唖然とする中、黒成が最後の一枚を平らげた。

 味噌汁を飲み干し、水も飲んだ。

「…ご馳走様!」

 わあああああ!と店の中が盛り上がり、勝者が決まった。



「という訳で、優勝したのはエントリーナンバー3番!黒成さまニャ〜!他のごしゅじんさま方も、ないすふぁいとだったニャ。そして、ぼうがいこういをしたお前は出禁ニャ〜!二度とくるニャ〜!」

 推しであるゆいにゃんに出禁を言い渡され、能力者の男は座り込んだ。しかし、即座に立ち上がると大声で笑い始めた。

「シェーシェッシエッシェッ!こうならヤケだ!俺の能力は胃だけでなく、腸の中身も移すことができる!ゆいにゃんの腸の中に、俺の腸の中身を移…」

 バゴンッと六花の杖で殴られ、男は倒れた。

「ゆいにゃんに何かしたら、地獄の果てまで追いかけて殺す。俺は容赦しないぞ」

「シェシェ…」

 そして、優勝賞品である推しとの一日デート権が黒成に渡された。

「優勝おめでとうニャ」

「ありがとう。そして、はい。六花」

 デート権を受け取った六花が、感激のあまり涙を流した。

「本当にありがとう、黒成…感謝感激…!」

「あ、ごしゅじんさま。デート権は優勝した本人しかつかえないニャ」

 コポ…と言い残して、六花は気絶してしまった。



 その後、おさげ髪のメイドさんと黒成が一日デートをするのだが、それはまた別のお話。

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