能力者達の番外編

番外編 風紀委員達の日常

「今日も暑いわね…」

 さんさんと輝く太陽の下、雫となって頬を伝う汗を拭う少女が一人。彼女の名は朝妃あさひ。この水無月学園の一年生で、風紀委員だ。風紀委員の仕事は、文字通り生徒の風紀を守る事だ。

 この能力者達が通う学園は常に問題を抱えている。いじめ、カツアゲなどは日常茶飯事だ。強者が弱者を食いものにするなんて、彼女には容認出来ない。

 それもこれも、厳格かつ豪快なあの学園長のせいだ。規律を守りつつ、自由を謳歌しろと学園長はよく言っている。確かに自由なき生活では、生徒達は不満を爆発させるだろう。しかし、今の現状はどうだ。不良生徒が学園内に溢れているのにも関わらず、学園は何も動こうとしない。何かがあってからでは遅いのだ。

 だからこそ、風紀委員である自分が動かねばならない。

 そんな強い気持ちを胸に抱いて、朝妃は今日も学園内をパトロールしている。

「おーいー!朝妃ー!」

 遠くからの呼び声に、朝妃は顔を向けた。そして、ギョッとした。見知った顔をした二人が、水遊びにふけっているのだ。

「とっても涼しいわよー!」

「貴方達…!」

 朝妃は駆け出した。びしょ濡れになりながら楽しそうに笑う男女の下へ。

「学園の設備で水遊びなんて、風紀委員失格よ!今すぐに辞めなさい!」

 えー!と頬を膨らませるのは、朝妃と同じく風紀委員に所属する少女、亜比あびだ。今日もワイシャツのボタンを途中まで留めて、縦長のおへそやキュッとしまったくびれが露出している。

「だって…外が暑かったんだもの!」

「言い訳にならないわよ!?」

 亜比は周囲から、冷酷で氷のように冷たい少女と揶揄されているが、実際は違う。親しい人間の前では、普通に可憐で活発な女の子なのだ。

「まあ待て朝妃よ!これには深いワケがあるのだ!」

 風紀委員に所属しているにも関わらず、サングラスをかけた短髪の少年、火呂ひろが叫んだ。相変わらず、声のボリュームがおかしなことになっており、朝妃はキンキンと痛む耳を抑えた。

「俺様達風紀委員の仕事は学園の風紀を守ること!しかし!そんな風紀を守る俺様達が熱中症になったら誰がこの学園を守る!?この水遊びも全ては学園の為に行われているのだ!」

「理由になってないわよ!貴方達が水浴びしたいだけじゃないの!?」

「まぁ…それもあるわね」

 いつの間にかワイシャツを脱ぎ、タンクトップ姿となった亜比に対し、朝妃は思わず叫び出した。

「亜比!貴女って子は…何度言ったら分かるの!?女の子が人前で肌を露出してはいけません!」

「だって…ワイシャツがびちょびちょだったから…」

 そう言って、濡れたワイシャツを絞る亜比。

「この暑さならすぐに乾きそうだけどなぁ!」

 水も滴るいい男ぉ!と火呂が叫ぶ。

「びちょびちょに濡れた風紀委員がどこにいるのよ!?」

 ここにいるが?と不思議そうにしている亜比と火呂に、そういう問題じゃない!と朝妃がつっこむ。

「早く風紀委員の仕事に戻るわよ!更衣室で着替えてきなさい」

「それには及ばないわ、朝妃」

 そう言って亜比がパンパンと体をはたくと、全身を濡らしていた水がパキパキと音を立てて凍りついた。

「本当便利ね、氷を操る能力って…」

「わたしの能力は冷気を操る能力よ。間違えられるのは、ちょっと心外ね。朝妃も自分の能力のこと、興奮するとサイズが変わるアレみたいだねって言われて怒ってたわよね」

 あの時は…と朝妃が顔を赤く染めた。以前、物のサイズを操る能力を、男子生徒にからかわれた事があったのだ。その時に朝妃は不健全!と男子生徒をボコボコにしたのだ。

「興奮によって大きさが変わるものといえば瞳孔だよなぁ!」

「もうその話は辞めてってば…」



「それで朝妃、今日もパトロール?」

 亜比に尋ねられ、う〜ん…と朝妃は微妙そうな反応をする。

「その予定だったんだけど…改めてパトロール表確認したら、今日の見回り担当、私達じゃなかったのよね…」

「それなら大人しく帰った方がいいなぁ!なんせぇ!俺達は風紀委員会の問題児と呼ばれているからなぁ!」

 問題児は貴方達だけよ!?と朝妃がつっこむ。

「まぁ、せっかく友達3人で帰れるんだし、どっか行かない?」

「亜比に賛成だぁ!そうだなぁ!行きつけの定食屋にでも行くかぁ!?」

「暑さであまりお腹が空いてないから、また今度にしない?」

 そうかぁ!としょんぼりした様子の火呂。

「それなら、ゲームセンターに行かない?」



 学園を出た三人は、一番近いゲームセンターへ向かった。

「ゲームセンターなんて…初めて来たわ」

 朝妃は品行方正な少女なので、放課後にどこかへ行くのは初めての経験だった。

「朝妃は初めてだったか!初体験は大事だからなぁ!」

「大きい声で誤解を招くような事言わないでよ!?」

 つっこんでから、朝妃は気が付いた。

「結構学生が多いのね…」

「学生の青春にゲームセンターは付きもの!放課後に行きやすいならみんな集まるよなぁ!」

 火呂の言葉を聞き、朝妃はハッとした後でふふふ…と不敵に笑った。

「なるほどね…ゲームセンター。亜比の考えが分かったわ…非行を行う学生がいないか、出張パトロールを行おうって事ね…」

 そうなのね!と朝妃が辺りを見回す。さっきまで隣に居たはずの亜比が、忽然と消えてしまっていたのだ。

「しまった…!既に敵がいたのね!火呂、戦闘態勢よ!」

「いや朝妃!あそこに亜比がいるぞ!」

 火呂が指差す先に、亜比がいた。大きなクレーンゲーム機のレバーを操作して、ぬいぐるみを取ろうと奮闘している。

「あれは何…亜比は一体、何をしているの…」

「あれはお金を入れて景品を取ろうとしているなぁ!工事現場のクレーンを動かすように繊細な操作を求められるからクレーンゲームと呼ばれているぞ!」

 話している間に、アームがぬいぐるみの頭を掴んだ。機械によって持ち上げられる、狼のぬいぐるみ。しかし、運ばれている途中でポトッと落ちてしまった。

「やっちまったなぁ亜比!」

「畜生!もう一回よ!」

「女の子が汚い言葉を使っちゃいけません!」

 再び100円を入れようと財布をゴソゴソとする亜比。しかし、先に火呂が100円を入れてしまった。

「あっ!勝手にやらないでよ火呂!」

「まぁ見ておけ!俺様のスーパーテクニックをなぁ!」

 そう言うと、あんなにうるさくてやかましかった火呂が、黙ったままぬいぐるみを見つめ始めた。刻一刻と迫るタイムリミットに、あわあわと亜比が慌てている。

「カウントダウンしてるのは、起爆までの残り時間?」

「そんなぶっそうなクレーンゲームがあってたまるかー!?これはこのクレーンを動かせる時間!これが0になったら、問答無用でアームが作動してしまうのに、火呂ったらなんで動かさないの!?」

 残り5秒。もうダメだー!と亜比は頭を抱えている。

「……見えたぁ!」

 残り2秒で、火呂はレバーを操作した。カウントダウンが終わり、クレーンが動き出す。

「まず、亜比はクレーンゲームの基本がなっていない!このゲームはいかに景品の重心を見つけられるかが大事になっているんだぁ!」

 アームはぬいぐるみの胴体をガシッと掴み、そのまま上へと持ち上げた。

「そして重心を見つけたら、そこを上手いこと挟めるようにアームを動かすプレイングスキルが必須だぁ!」

 ぬいぐるみはゆっくりと移動して、穴の上でアームが開く。ボドンッと落っこちた音が聞こえてきた。

「そして俺様はそのどちらも苦手だぁ!だからぁ!ズルをさせてもらった…!」

 火呂はサングラスを外すと、筐体の空きスペースに置いた。

「30秒間の操作時間の最中、俺様の“一瞬だけ超人になれる能力”を使わせてもらった…!そう、俺様が超人にしたのは、集中力だ!集中力を底上げして重心を見つけ出した俺様は、ロボット以上の精密さで操作したのだ!」

 ドサッと倒れる火呂。

「ただ…能力を使い過ぎた…もう…動けん…!」

 ガクッと力尽きる火呂に目もくれず、亜比は景品のぬいぐるみを抱きしめていた。

「モフ次郎〜!可愛い〜!」

「血も涙もないの!?」

 えっ?とぬいぐるみを抱きしめたまま、亜比は首を傾げた。

「だって…わたしの為に取ってくれたんでしょう?喜ばなきゃ、犠牲になった火呂が報われないわ…」

 死んどらんわぁ…!と火呂が床に這いつくばったまま叫ぶ。

「モフ次郎…可愛いよね。朝妃は知ってる?」

「いえ、知らないわね…」

 改めて、ぬいぐるみをよく見てみる。

 モフ次郎は、白い狼のような顔をした人型のぬいぐるみだ。首から下はデフォルメされているが、結構な大きさだ。

「なんか…どこかで見た事があるような顔をしているわね…」

 ジトッとした目に、左目を隠している黒の眼帯…。

「ああ、気付いた?モフ次郎ってじんに似てるのよね」

 仁と聞き、朝妃は顔をしかめた。それもそのはず、朝妃は仁と最悪の出会い方をしたのだから。

「なんか腹が立ってきたわね…そのぬいぐるみ、ちょっと殴らせてもらえるかしら?」

「いきなりなんでよ!?この子の何が気に入らないのよ!?」

 気に入らない所か。数え出したらキリがない。まず、デリカシーがない。服を破られた朝妃に対し、乳房が見えそうだと言ったり、口論を始めたと思えば自身の行いを棚に上げて、好き勝手に暴言を吐き出してくる。

 そして、その次に会った時も朝妃を変態扱いしてきたし、その連れの巨大な男子生徒にタバコの煙を吐き出された。不思議と煙草臭くはなかったが、煙に慣れてない朝妃は目がとにかく痛かった事を覚えている。ちなみに喫煙者が吐き出す煙は、呼出煙といいます。

「とりあえず、そのぬいぐるみ燃やしましょうか」

「嫌よ!?せっかく手に入れたモフ次郎を燃やすなんて正気なの!?」

「正気かどうか…フフ。私は正気よ。亜比こそ、あんなのに関わったら大変な目に遭うわよ」

 えぇ…と亜比は困惑している。

「確かに、最初は嫌な奴と思ったけど…結構いい人よ。朝妃はそう思わないの?」

「それは…」

 朝妃は再び、仁と出会ったあの日のことを思い出していた。町で暴れていた能力者を捕まえようとして返り討ちにあった朝妃は、気を失ってしまった。服がボロボロだからとブレザーをかけたくれた仁に、お礼どころか感謝の気持ち一つ伝えずに、ただ文句ばかりをぶつけてしまった。

「いやその…別に私もあんな事言うつもりじゃなかったっていうか…ごめんなさい」

「どうして急にしおらしくなっとゃうのよ!?殴ろう燃やそうって言ってた朝妃は何処へいっちゃったのよ!?」

 しゅん…と落ち込む朝妃の手を取り、亜比は歩き出した。

「おぉーい…誰かぁ…俺様を起こしてくれないかぁ…?」



「なるほど、二人の間にはそんな出来事があったのね…」

 ゲームセンター内に設置されてある休憩所で、朝妃と仁との間にあった出来事を聞いた亜比は、自販機で買ったアイスをモグモグと食べていた。

「言い方に問題があったかもしれないけど、仁ってそういう所があるからね…」

「さっきから名前で呼んでいるけど、亜比は親しいの?」

 朝妃に言われ、亜比はぬいぐるみを見つめた。

「親しい…のかな?わたしは友達だと思っているけど」

 そう言って再び、亜比はアイスを食べ始めた。

「もしかして…彼の事好きなの?」

 ゴフッ!?とアイスを食べながら咳き込む亜比。

「どストレート過ぎてびっくりしちゃったわ…」

「え、本当に好きなの?」

 やめれ!と亜比は顔を赤くしながら、朝妃の口にアイスを突っ込んだ。

「…まぁ、気にならないわけじゃないわ。ちょっと口が悪いし、ぶっきらぼうな所もあるけど、他者を助けようとするのはカッコいいと思う」

「…私、何にも彼の事知らないのね」

 これから知ればいいじゃない、と亜比は新しいアイスの袋を開けた。

「亜比…そんなにアイスを食べたら太るわよ?」

「わたしはお腹周りは特に気にしてるから大丈夫なの!それに、代謝がいいからすぐ消費しちゃうのよね」

 その時だった。ドガンッと何かがぶつかる音がかすかに聞こえた。

「聞こえた、亜比」

「ええ、聞き間違いじゃなさそうね」

 亜比はアイスを一口で食べ終えると、ゴミを捨ててから駆け出した。



「だからさぁ、お金貸して欲しいだけって言ってんじゃん…」

 不良達に囲まれた少年が、床にうずくまっている。お金を貸す事を拒んだ少年は壁に叩きつけられ、痛みに呻いていた。

「お金貸してもらえないんならさ…ぼこすしかないよね」

 ははは、と笑う不良達。少年は怯えたまま、何も出来ずにいる。

 ゲームセンターではよくあることだ。不良に目をつけられ、金銭を奪われる。抵抗すれば暴行を受けて、金銭を奪われる。

 どうせお金を取られるなら、無理に意地を張らずにそのまま渡した方がいいんじゃないのか。

 そう少年が思った時だった。

「やめなさい、貴方達」

 朝妃と亜比が、不良達を真っ直ぐに見ていた。

「なんだぁ…ってお前ら、水無月学園の制服じゃねぇか…能力者だからって、女が男に勝てると思ってんのか?」

「そういうの、女性軽視って言うんだよ」

 亜比は不良の一人に近づく。キュッと引き締まったお腹を目の当たりにした不良は、にやけながら亜比に近づいた。

「なんちゅう格好してんだ…痴女じゃねえかよ」

 亜比のお腹を触ろうと、不良が手を伸ばす。しかし、亜比が操る冷気によって、手が凍りついてしまった。

「うわあああああ!?なんだこれぇ!」

「あまり動かさないことね。割れちゃったら、元に戻らなくなるわよ」

 この野郎!と亜比に殴りかかろうとした不良の拳を、巨大な定規が防いだ。

「痛ぁっ!?」

「女性に対しては野郎じゃなく、女郎って言うのよ。まぁ、あんまり使わない方がいいと思うけどね」

 朝妃の“触った物のサイズを操る能力”で、定規を巨大化させたのだ。サイズを大きくすればする程、耐久性も高くなる。この定規は今、鋼鉄並みの強度を誇っている。それを殴ってしまえば、手を痛めるのは当然の結果だろう。

「さて…と、まだやる?」

 覚えていやがれ!と不良達は捨て台詞を言うと、逃げ出してしまった。

「貴方、大丈夫?」

 朝妃はうずくまっていた少年を起こすと、汚れた箇所を手で払った。

「ありがとう…ございます」

「怪我は…なさそうね。あまり遅い時間まで寄り道しちゃダメよ?」

「朝妃…まだ17時30分だよ?」

 少年を見送った二人は、そういえば火呂を置いてけぼりにしていた事を思い出した。

「ははは!俺様放置プレイ!」

「悪かったわよ…」

「そうだ、せっかくだしわたし達三人でプリクラ撮ろうよ」

 亜比に連れられ、プリクラコーナーへやって来た。

「ははははは!俺様非常に場違いだなぁ!」

「さ、撮ろ撮ろ!」

「ちょっと亜比…押さないでよ…」


 三人の思い出は、小さな写真の中でいつまでも輝き続けるのであった。

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