第9話 不眠症の秋夜

 ここは水無月学園。能力者達が集う学園だ。生徒はそれぞれが違う能力を持ち、原則として能力者はこの学園で学ぶことになっている。

 仮の話をしよう。ネズミの群れの中に、一匹のライオンがいたとする。もしそのライオンが暴れ出したら、ネズミ達にはどうする事も出来ない。しかし、これがネズミの群れではなくライオンの群れであればどうだろうか。一匹のライオンが暴れても、深刻な被害が出ることはまぁないだろう。

 無能力者と能力者の違いは、文字通り超能力が使えるかどうか。

 だが能力があるにしろないにしろ、思春期の子供というのは何をしでかすか分からないものだ。良くも悪くも。



「…あ、ごめんなさい…」

 廊下を歩いていた小柄な少年が、運悪く教室から出てきた不良生徒とぶつかってしまった。

「痛ってぇな!どこ見てんだよコラァ!」

「ひぃ!ごめんなさい…!」

 少年は急いで逃げ去ろうとするが、全然前に進まない。足は絶えず動かしているが、よく見ると足が地面から少し浮かび上がっており、空中で固定されたままジタバタと無意味に足を動かし続けていた。

「逃げられると思うなよ…この“ものを少しだけ浮かせる能力”からなぁ!」

 オラ死ねぇ!と不良が拳を振るうが、拳は突如現れた刀に阻まれた。

「その辺でやめてもらえないか?」

 長い銀髪と左目を眼帯で隠した少年、仁が不良を睨みつけていた。

「チッ…行こうぜ」

 能力を解除した不良とその仲間達は、大人しく去っていった。

「ふぅ…大丈夫か秋夜しゅうや

 刀を消し去った仁に、ありがとうと秋夜が礼を言う。この小柄な少年こそ、仁の所属する部活の最後のメンバー、名を秋夜。他の男子高校生達より少し低めの身長と、目の下の濃い隈が特徴だ。

「いつも助けてくれてありがとう…本当何も出来ないよね、僕…」

 とにかくネガティブな秋夜は、不安と心配事が絶えない為、夜も満足に眠れていない。注意力散漫になってしまうのも、無理ないだろう。

 まぁそう言うな、と仁は秋夜の肩を軽く叩いた。

「急いでる様子だったが、久しぶりに部室に顔を出しに来たのか?」

「…その予定だったんだけど、今日も生き物部に行こうと思ってて…」

 秋夜は仁の仲間でもあるが、生き物部にも所属している。幼い頃より動物が好きな秋夜にとっては、まさに天国のような場所だ。

「…良かったら仁も一緒に来る…?」

「そうさせてもらおうかな。この頭じゃ、しばらく依頼は受けれそうにないからな」

 包帯でグルグル巻きにされた頭を、さすさすと撫でる仁。

「仁ってさ…もしかして、厨二病…?」

「怪我人はもっと優しく労わるものだぜ?」



 生き物部は、文字通り生き物を飼っている部活だ。この学園では自由と規律を重んじており、生徒がこういう部活が作りたいと要望すれば、ある程度は学園が容認するようになっている。この生き物部もその一つで、学生寮でペットが飼えずに悩んでいた生徒達が立ち上げた、ペットを飼う為の部活なのだ。

「…本当は部員も沢山いるんだけど、みんなバイトが忙しくて全然お世話出来ないらしいからさ…いつも少人数で皆んなのお世話をしてるんだよね…」

 ガチャリ、と生き物部の扉を開く秋夜。

「ああ、秋夜くん。来てくれたんだね」

 眼鏡をかけた少年が、猫を抱いたまま近づいてきた。

「部長…一人だけでみんなの面倒見るのは無理ですよ…」

「ははは、無理とは言い切るね」

 そちらのお方は?と仁に視線を向ける眼鏡の部長。

「これは失礼した。俺の名は仁。秋夜の友人だ」

「ご丁寧にどうも。ぼかぁ生き物部の部長の犬飼いぬかい。二年生だ」

 よらしく、と犬飼は手を出そうとしたが、猫を抱えているままでは握手が出来ない。

 すると、抱かれた猫がむすーとした顔のまま、前足を仁へ向けた。

「はは、“まる”は気が利くね」

「“まる”か…いい名前だ」

 よろしく、と猫と握手を交わす仁。

「まるは捨て猫だったんだよ。あまり人には懐かない子なんだけど、仁くんとは馬が合うみたいだね」

「そうだったのか。お前も苦労してるんだな…」

 うんうん、と犬飼の頭を撫でる仁。

「仁…それ、まるじゃなく部長の頭だよ…」

 秋夜に言われ、ハッ!?と手を離す仁。

「失礼した。どうも頭を殴られてから、調子が悪くてな」

「はは、頭を撫でられたのは何年振りだろうねぇ。貴重な体験をありがとうね、仁くん」

 はっはっはと笑い合う三人を、入口から眺めている少女がいた。

「何やってんの…あんたら」

 声のした方を見ると、ギャルが立っていた。金色に染められた髪の毛にバッチリメイクを施した顔、着崩したワイシャツに丈の短いスカート。どこぞの風紀委員が見たら卒倒しそうな見た目だ。

 ギャル…と仁は怪訝そうに少女を見つめた。以前、一悶着あった彼にとってギャルは軽蔑の対象となっていた。

「あんたさぁ…確かにアタシはこんな見た目だけど、初めて会った人にそんな殺意向かなくてもいんじゃない?」

 少女は手を洗いながら、仁を見向きもせずに言う。

「こちらを見ないで俺の殺気に気付くとは…秋夜、何者なんだあの女は?」

「あの人は…純白ましろさん。生き物部のメンバーの一人だよ」

 あのギャルが生き物部!?と仁は驚いた。ギャルと生き物が相性がいいとは、仁は微塵も思っていなかった。

「まぁ、動物好きのギャルもいるか」

「純白くんはね、とっても動物好きのいい子だよ」

 そういうのいいから…と純白はため息をつくと、今も部長に抱かれている“まる”の元へやって来た。

「まる〜元気だったか〜!」

 先程までの塩対応とは打って変わって、まるの頭を優しく撫で始める純白。

「…純白さんはね、生き物と触れ合う時はめちゃくちゃ優しくなるんだ…」

「そうなのか…さっきはギャルだからと軽蔑したりしてすまなかった」

「別にいいわよ。アタシだって…ギャル嫌いだし」

 純白の言葉に、ん?と疑問を持つ仁だったが、そんなのお構いなしにここか?ここがいいのか!?とまるの顎の下をサワサワする純白。

「それにまるが、あんたは悪い奴じゃないって言ってるから。まるがそう言うんなら、アタシも別に気にしないわ」

「そうか、ありがとう純白。俺の名は仁だ」

「よろしくね〜仁」

 まるは無表情のままだが、純白はとても嬉しそうに撫で続けている。

「まるは撫でられるのが好きなのか?」

「ええ、撫でる場所によっては不機嫌になるけど、アタシの能力があれば楽勝なのよ」

 ほう、と仁は興味深そうに純白を見る。

「アタシは、その人の感情を感じ取る事が出来んの。人って言っても動物や植物も分かるわよ」

「なるほど、それで俺の殺気に気付いたのか」

 そういえば秋夜は?と仁は辺りを見回すと、観葉植物達に水をやっていた。

「この植物達も、この部で面倒を見ているのか?」

「…うん。最近は暑いから時間を決めてしっかりお世話しないとね…。仁は、暑い時に水やりした方がいいと思う?しない方がいいと思う?」

「暑い時か…暑い日のプールは最高だから、植物も喜ぶんじゃないのか?」

 実は違うんだよ…!と目を輝かせる秋夜。

「30℃以上ある時に水やりをしちゃうと、水を含んだ土が蒸し風呂みたいに暑くなっちゃうんだ。だから、今みたいに多少気温が下がった時に水やりをするといいんだよ」

「そうだったのか。てっきり冷たいシャワーみたいで気持ちいいのかと思っていたな」

「真夏の暑さで、水道水がお湯みたいあったかくなるのと同じ現象だよ。熱が篭ると、根が傷んで枯れちゃうんだ…」

 そう、僕みたいにね…とネガティブモード全開になる秋夜。

「そうか?別にまだ枯れてないと思うが?」

 話を理解していない仁は、老化して枯れると勘違いしているのだろうか。



「邪魔するぜ〜」

 生き物部のドアを乱暴に開けて入ってくる、三人の男子生徒。

「おや、見学かい?まずはそこの水道で手をキレイにしてもらってもいいかな?」

「おれらが見学に見えるんかばぁ〜か!用があんのはその女だよ!」

 おやおや、と暴言に対しても脳天気に対応する犬飼。

「おいおいマシロ〜!こんなとこいね〜でさ、おれらと遊びに行こうぜ?」

「何度も言ってるでしょ。あんたらみたいな性欲ダダ漏れの奴らと遊ぶ気はないって。ウザいから出て行って」

 そ〜いうなよ〜!と、男子生徒達はポケットから煙草を取り出した。

「君達、ぼかぁ未成年が煙草を吸う事は個人の自由だと思うし、注意する気もない。だけど、ここには生き物達がいるんだから他所で吸ってくれないか」

 素行の悪そうな男子生徒達に屈せず、堂々とした態度の犬飼が静かに、怒りを言葉に込めている。

「うるせぇ〜な!隠キャは黙ってろ!」

 ボゴッと殴られ、眼鏡が床を転がっていった。しかし、犬飼は動じなかった。

「ちょっとあんたら!ウチの部長になにしてんのよ!」

「純白くん、声を荒げないでくれ。皆んなのストレスになってしまう」

「さっきから隠キャ眼鏡が…調子に乗るなぁ!」

 再び犬飼を殴ろうとした男子生徒を、仁の振るう刀がぶっ飛ばした。

「あ、すまん部長。部室の中で暴れてしまって…」

 ハッとした表情で、慌てて刀を消す仁。

「いいんだ仁くん。皆んなもきっと許してくれるはずさ」

 だといいが…と、仁は残りの男子生徒達を睨みつける。

「そこでのびちまってるお仲間を連れて、とっとと消え失せる事だな。次は殺すぞ」

 ドスの効いた仁の脅しに、残りの二人がビクッと震えた。

「痛ってぇな〜。人の頭を刀で殴っちゃいけませんって、勉強しなかったのか痛隠キャがよぉ〜」

 仁にぶっ飛ばされた男子生徒が、頭をさすりながら再び立ち上がる。

「馬鹿な…俺の峰打ちを受けて気絶しないだと…!?」

 それもそのはず、仁は頭の怪我が原因で本来の実力を発揮出来ないのだ。

 医者に診てもらった時、仁はこう言われた。

「君は能力を使用すると、超人的な身体能力が使えるらしいが、それはつまり超人的な負担が身体にかかるって訳だ。この怪我が治るまで、能力はお休みだね」

 既に先程叩き込んだ峰打ちで、仁の身体には相当な負担がかかっている。

 だが、ここで尻込んでしまったら、皆んなが危険に晒される。

「…まだ、くたばってなかったか。次は容赦なく、その空っぽの頭蓋骨粉砕してやるから、逃げるなら今のうちだぞ」

「逃〜げ〜る〜?このおれらが?お前みたいな痛隠キャから?笑わせんなよゴミが!」

 火をつけてしまったようだ。なら、覚悟を決めて次の一撃で沈めればいい。もう身体を労わるのはなしだ。

 再召喚した刀を握り、男子生徒の頭へ向けて全力で振るった。

 ガギン!と金属がぶつかる音が響いた。

「…マジかよ」

「お〜お〜、さっきは油断してぶっ飛ばされたけどよぉ〜案外弱いな、お前」

 男子生徒の左手が、刃物となって仁の刀を防いでいた。

「おれの能力は体を武器に変える能力〜。たとえばこんなこともできるんよね〜」

 更に右手をハンマーに変えると、仁の頭を殴った。

「仁くん!?」

 倒れてしまった仁に、追い討ちで何発もハンマーを叩き込む男子生徒。

「やめないか!それ以上は、ぼかぁ許せない!」

 犬飼が立ち向かおうとするが、ハンマーに殴られてあっけなく吹き飛ばされる。

「さ、これで邪魔する奴はいねぇなぁマシロ〜」

 舌なめずりをする男子生徒の視線に、純白は身震いした。

「兄貴兄貴、あそこで震えてる奴がいますぜ」

 部室の隅に立ったまま、動けないでいる秋夜を睨みつける男子生徒。ビクッと驚いた秋夜は、頭を抱えて小さくなってしまった。

「はははは!友達がやられてんのにビビってやんの〜!あの雑魚はほっとけ。おれはお楽しみタイム入るから、お前ら見張っとけよな〜」

 へへへ、ガッテン承知の助ぇ!と二人が敬礼する。

「お前が悪いんだぜぇマシロ〜お前が従順なら、誰も傷付かずに済んだのによぉ〜」

「兄貴、マシロの身体はどっちみち傷もんになりやすぜ」

 違ぇねぇ〜!と、談笑する男子生徒達。

 どうしよう…と頭を抱えながら必死に考える秋夜。犬飼がやられ、頼みの仁も怪我のせいでまともに戦えないままやられてしまった。残されたのは、自分一人だ。

「さぁてと〜おれはヤる前に一服しとかないと気が済まんからなぁ〜」

 そう言って煙草に火をつけ、うまそうに煙を吐き出す男子生徒。

「吸い終わったら始めるからさぁ〜服脱いどけよなマシロ〜。それとも、おれが切って脱がせてあげてもいいんだぜ〜」

 出た!兄貴の立ち切りバサミ!と取り巻き連中が騒ぐ。

「脱ぎもしないし、あんたなんかに絶対屈しない!」

「お〜お〜怖いね〜。でも、その顔が涙でグチャグチャになるのが、おれはたまらなく好きなんだよね〜」

 ゲラゲラと汚く笑う声を聞きながら、昔もこんな事があったなと、純白は冷静に考えていた。冷静というよりかは、半ば諦めていた。

 彼女が能力に目覚めた時、周りの人達の感情が見えるようになった。思春期まっさかりの男子生徒達は、女子生徒を性の対象として見ている者がほとんどだったし、女子は女子で仲良く話しているように見えて、心の底では互いに嫌悪しあっている事を知った。

 その日から、純白は人が嫌いになってしまった。

 人と関わらないように、彼女はまず自分自身を偽る事にした。髪を染め、メイクをして、制服も着崩した。

 先生達から何度も注意を受けたが、他者と関わるより数倍マシだと思っていた。

 この、生き物部に入るまでは。

 部長の犬飼を始めとして、皆んな心から動植物を愛していたし、そもそも人に興味があまりない様子だった。逆に純白は、秋夜が放つ異彩な感情に興味を持っていた。他者となるべく触れ合わないようにしながら、常に不安と心配に心を支配されているような彼は、何に対して怯えていたのか。

 まぁそれも、もう知ることは出来ないのだろうと、煙草を吸い終えた男子生徒を見て悟った。

「さぁ〜お待ちかねお楽しみタ〜イム!これで何人目だったっけ〜?」

「16人目ですぜ、兄貴」

 そうかそうか〜と、ワイシャツのボタンを外し、半裸になる男子生徒。

「では〜16人目のマシロちゃ〜んいただきま〜フガッ!?」

 受け身も取れないまま、派手に転ぶ男子生徒。

「て〜めぇ〜!生きてやがったか〜!」

 男子生徒の足を、仁が掴んで転ばせたのだ。

「最後の…警告だ。これ以上は死を覚悟してもらうぞ…!」

「死にかけのオメェに何が出来んだよ〜!マジに殺しちま…だだだだだっだっだ!?」

 今度は男子生徒の足に、まるが噛みついた。

「こんの…クソ猫がぁ〜〜〜!」

 男子生徒は仁を蹴り飛ばし、噛みついてきたまるを掴むと、強引に持ち上げた。

「あったまきたぜ〜!まずこいつを殺してからお楽しみといこ〜か〜!?」

「まるは関係ないでしょ!ヤるならさっさとしなさいよヘボチン野郎!」

 その瞬間、饒舌だった男子生徒が驚くほど静かになった。

「あいつ…兄貴が気にしてることを言いやがった…!」

「兄貴…案外小さいんだよな…!」

「よ〜〜しわかった!まず猫殺して、次はお前らな!」

 男子生徒が右手を刃物に変え、大きく振りかぶった。

「さ〜て、どこから切り落とそ………あれ?」

 ギギギギ、と右手がうんともすんとも動かなくなった。

「…お前、今“まる”のこと、傷つけようとしたよな…」

 右手が動かなくなったのではない。刃を掴まれ、動かす事が出来なくなっていたのだ。

 刃を掴むのは、さっきまで怯えて震えていたとは思えない、とんでもなくドス黒いオーラを放つ秋夜だった。

 彼の能力はストレス。文字通り自身の溜まりに溜まったストレスを内側から外へ放出し、自在に操る能力だ。

 今、彼が纏っているのは日々の不安、心配事、そして今この現状における、秋夜自身が感じた多大なストレスだ。そして、男子生徒がまるを傷つけようとした事で爆発し、秋夜が隠していた真の姿が現れたのだ。

「さっきまでビビってた隠キャによぉ〜!おれが負ける訳な」

「うるさいなぁ…」

 男子生徒の右手を、ボキッと握り潰す秋夜。彼が纏うストレスは、要はエネルギーの塊である。本来非力な秋夜でも、能力使用中なら骨を折るくらい容易い。

「あああああああああ!?」

 痛え!痛えよおおおおおお!と、へし折られた右手を持ちながら泣き始める男子生徒。

「ちょっと黙れよ雑魚…」

 秋夜は男子生徒の髪を掴むと、壁に何度も何度も、血がふき出そうが歯が折れようが、お構いなしに何度も叩きつけた。

「ぷへぁ…」

 秋夜の手を離れ、床に叩きつけられた男子生徒は、綺麗な大の字となっていた。

「“まる”を殺そうとしたんだ…僕に殺されても仕方ないよなぁ?」

 秋夜は拳を握ると、男子生徒の右膝を思いっきり殴りつけた。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 殴られた勢いで足が反対側に曲がり、悲鳴をあげる男子生徒。

「まだ叫べたんだ…。お前は何回目で叫べなくなるかな…?」

 今度は左の膝を殴って破壊。そして次は右肘をへし曲げた。最後に左肘を反対側へ曲げ終える頃には、男子生徒は声を出せない程、痛みにもがき苦しんでいた。

 仁の警告は、これだったのだ。秋夜はストレスを、いつも一人で抱え込んでしまう。そして、我慢出来ずにぶちギレた時、嵐が来たかのような惨状となる。

 事実、武器化能力を持つ男子生徒は半殺しにされ、震えて見ていた取り巻きも一人ずつ、同じように関節を打ち砕かれた。

「…ははは。さっきの減らず口はどうした…って、顎砕いたから喋れないのか…」

 つまんない、と秋夜はおもちゃに飽きた子供のように男子生徒を放り投げ、血で汚れた手を洗い始めた。その顔は非常に晴れ晴れとしており、目の下の隈が嘘のように消え去っていた。

 その後、正気に戻った秋夜が先生を呼びに行き、現場は騒然となった。男子生徒3人は緊急搬送され、命に別状はないがしばらくは入院生活になるようだ。仁も、治りかけの傷以外に更に傷を負った為、また巻く包帯の量が増えてしまった。

 秋夜も退学処分を覚悟していたが、純白や犬飼が必死に先生達を説得し、女子生徒を強姦しようとした男子生徒達を止めようとした結果、今回の惨状が起きてしまった。という事でこの話はまとめられ、秋夜は二週間の停学処分となった。



 二週間後、いつもの部室にて。

「お前は悪くないよ、秋夜。あいつらを倒せなかった俺の責任だ」

「…いや、もういいんだ。仁」

 二週間部屋に閉じこもっていた秋夜は、以前以上に寝付けなかったらしく、目の下には濃い隈が出来ていた。

「生き物部には、顔を出さないのか?」

「…あんだけ部室で暴れ回ったんだよ…もう…皆んなに合わせる顔がないよ」

 そうか、と仁が麦茶を飲もうとした時だった。

 バン!と勢いよく開いた扉の音に驚き、麦茶を吹き出してしまった。

「秋夜くん…」

 入口には、犬飼が立っていた。猫のまるを抱え、心配そうに秋夜を見つめている。

「部長…どうしてここに…?」

「ぼかぁね、許せないんだ!」

 犬飼の言葉に、ビクッと震える秋夜。無理もない、動植物がいる場所であれだけ暴れ回ったのだ。軽蔑されてもおかしくはない。

「純白くんが襲われそうになって、ぼかぁ何も出来なかった。彼等を止めようとした仁くんにも、怪我をさせてしまった。秋夜くんにも、嫌な思いをさせてしまった…部長として、果たすべき事が出来なくて…ぼかぁ、自分を許せないんだ!」

 まるは無表情のまま、秋夜をじっと見つめていた。

「だから秋夜くん…チャンスをくれないか?もう一度、生き物部に戻ってきてほしい…」

「でも…僕がいたらまた、周りを不幸にします…だから、僕はもう生き物部には戻れません…!」

「それは逃げじゃないの?」

 そう言って現れたのは、純白だ。しかし、以前までとは姿が変わっていた。金髪だった髪の毛は地毛に戻し、メイクもナチュラルに、制服もしっかりと着ている。

「あたしはまだ人が嫌いだけど、根本的な問題へ目を向けないまま逃げ続けたせいで、皆んなを傷つけた。だから、あたしは変わらなくちゃいけないと思ってる」

 あんたはどうなの?と純白は、真っ直ぐ秋夜を見つめている。

「でも…僕は…」

「いいんじゃないか?部の皆んなが、戻ってきて欲しいって言ってるんだ。何を迷う必要がある…?」

 それが…と秋夜は仁の耳に顔を近づけて、小さな声でささやいた。

「…純白さん、ギャルやめてめっちゃ可愛くなってる…多分意識しちゃうから行き辛い…」

「……そっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 仁の驚きの声が響き渡り、この物語は幕を閉じる。



 この物語は、超能力を持った少年少女達の青春の物語。

 彼等の青春は、まだ始まったばかり。

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