第4話 天災、華乃襲来

 雨の時期が終わったかと思えば、今度はジメジメとした蒸し暑い時期が待っている。

「暑い…」

 パタパタとうちわを使っているのは、部室に来ない方が平穏な生活が送れていいんじゃないか?と考え始めた仁だ。

 うちわで仰いでも生暖かい風しか感じられず、仁は仰ぐのを辞めた。

「そんな君に、良いものを提供しよう」

 パァァァァと見てわかるくらいの笑顔で仁に迫って来るのは、白衣を着た長髪の少女、華乃かのだ。

 訂正しよう。

 少女、と言ったが性別は不明。顔の作りや髪の長さは少女そのものだが、自分は男でも女でもないと華乃は言っている。どちらの枠組みにも収まりたくないからな〜と、華乃は軽く言っていた。この学園は男性寮、女性寮が存在しているが、華乃のような特例は寮以外での生活が認められており、自身の研究所で寝泊まりをしている。

「これは涼しくな〜るドリンク。飲めば体の芯からひんやりとして、涼しい気分になれるぞ?」

 ドリンクを受け取り、マジマジと見つめる仁。

「そいつは最高じゃないか。で…!デメリットはなんだ?」

「ん?腹が冷えるから下痢便がドバドバ出てくるぞ」

 ダメじゃねーか!とドリンクを投げ捨てる仁。

 華乃の能力は発明。これ面白いな〜と思ったものがそのまま作り出せる能力なのだが、メリットとデメリットを両立させないと作り出せないという欠点もある。

「ふふふ…下痢便が止まらなくなったら、この下痢止めを飲むといい。飲んだ瞬間すぐに下痢が治るぞ」

「治ったあとのデメリットは?」

「うんちが硬くなって、一ヶ月以上どんなにりきんでも、うんちが出なくなる」

 再び投げ捨てる仁。華乃が部室にやって来ると、次から次へと発明を繰り返すから、すぐに部室がごちゃごちゃとしてしまう。

「まぁ、私に言わせれば恩恵を得るだけ得て、不便な点には目を向けないというのはナンセンスだ。人が豊かになればなる程、心が貧しくなっていくのと似ていると思わないか?仁よ」

「御託はいいから、今すぐにこの部屋の中を涼しくしてくれ」

「なら、これはどうだ!」

 そう言うと華乃は、机の上に白い機械のようなものを置いた。

「これは卓上エアコン。置くだけで部屋全体が涼しくなる優れものだ」

「デメリットは?」

「温度の調節が難しく、室温が−273.15 ℃まで下がってしまう」

 絶対零度ぉ!と卓上エアコンを投げ捨てる仁。

「なんかつっこんでたら、余計に暑くなってきやがった…」

「カッカするからだぞ。この気を落ち着かせる薬、飲むか?」

「いらんわ!どうせ落ち着いた後に、今度は落ち着かなくなるってオチだろ!」

「いや、落ち着いた後に心拍数がどんどん上がっていき、最終的に心臓が負荷に耐えきれなくなって爆発する」

 なおさら駄目だろがぁ!と、投げ捨てる仁。

 久しぶりに部室に現れたと思ったらこれだ。他にも仲間達がいるならまだしも、ツッコミ担当としては黙っている事など、到底出来ない。

「もういい、俺は先に部屋に帰らせてもらうぞ!」

「それ、時と場合によってはとんでもない死亡フラグになるやーつじゃないか。そうだ、死亡フラグといえば面白い発明品があってだな…」

 まだ何か発明品を披露しようとする華乃を無視して、部屋を出て行こうとドアを開ける仁。

 ドアの先には、恨めしそうな顔をした男が仁を見下ろしていた。

「ぬぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!?!?」



 すみませんすみません、と何度も謝る男子学生にまぁまぁと華乃がお茶を出した。

「粗茶ですが、どうぞ」

 ふふ…と微笑む華乃に、男子学生はども…と顔を赤くして礼を言う。

「変なもの入れてないだろうな?」

「安心したまえ仁、これは正真正銘スーパーで安売りしていた来客用の茶っ葉だ」

 お客さんの前でそんな事言うなよ…と仁は呆れていたが、出された相手は特に気にしていない様子だ。

「それで、ウチに来たって事はなんか依頼があるんだろう?」

「はい…あっ、申し遅れました。自分は西郷と申します」

 ペコリと礼をすると、太い眉毛がぴょこぴょこ揺れ動いた。

「そうか西郷どん…私達に一体何を依頼しに来たのかい…?」

 お前はいつから鹿児島訛りが出るようになったんだ!と華乃のおでこへチョップを叩き込む仁。

「自分…実は好きな人がいまして!その人に告白したいと思っております!」

「素敵な事じゃないか。親しいのか?」

「いえ、まったく!」

 ズコーと転げ落ちそうになる仁。

「…ち、ちなみにその好きな人ってのは、どんな人なんだ?」

 まぁ待て慌てるな俺…と仁は自分を落ち着かせるように心で唱える。まずは話を聞いて、それから解決策を探す。そうやって今まで数多くの依頼をこなしてきたじゃないか。

 仁は謎の自信に満ち溢れていた。

「同じクラスの鳥井さんです!とても可愛らしく素敵な人で、毎日キレイだな〜と目で追っていたら好きになってまして…」

「人を好きになるのは個人の自由だが、いきなり告白ってのは急過ぎやしないか?もっとこう…友達になるところから始めたりするのはどうだ?」

「仁…西郷どんの気持ちも考えてみてはどうだ?能力者が世に蔓延り、犯罪も日々どこかで行われている。お前は強いからあんまり自覚がないかもしれないが、明日犯罪に巻き込まれるのは、自分やその恋する相手かもしれない…そんな不安があるんじゃなかろうか?」

 華乃の言うことも尤もだ。能力者が事件を起こす事もそうだが、自分達が狙われる可能性だってある。能力の良し悪しにしろ、能力者に関してはまだ分かっていないことの方が多いのだ。他国からの誘拐も、決してないとは言い切れない。

「西郷どんのタマタマが無事なうちに、告白して子供をこしらえてもらおう。能力者同士で作られた子供がどのような科学的作用を起こすのか、私は近くで見てみたい!」

 反省した自分が馬鹿だったと、仁は心から反省した。

「それで…西郷どんは、子供は何人欲しい?」

「自分ですか?そうだなぁ…鳥井さんとなら何人でも大丈夫です!」

「なんで子作りの話になってんだ!?まずは告白してお付き合いするところからだろうがぁ!」

 最初は否定していた告白を、自分から進めようとしている事に、仁はまだ気づいていない。



 という事で、西郷少年の恋を達成させる為の作戦会議が始まった。

「ここはオーソドックスに、デートに誘うのはどうだ?楽しい時間を二人で共有して、最後は夕日を背景に告白をする…完璧だ!」

 仁の提案に、それはちょっと…と西郷は困った顔をする。

「デート嫌なのか?」

「いやその、女性をデートに誘った事がなくてですね…」

「ちなみに誘うとしたらどうやって誘うんだ?試しに仁でやってみてくれないか?」

 何故俺!?と仁は即座につっこむ。

「いや、美少女のような顔面を持つ私ではなく、あえて仁に告白してもらう方がおもしろ…もとい、緊張しなくて済むと思ってな」

「今、本音が聞こえた気がしたが、まぁいい。俺でいいか?」

「問題ありません!お願いします!」

 そう言うと西郷は、仁の手を取った。

「好きです、付き合ってください!」

 デートに誘う練習のはずが、西郷の気持ちが高まりすぎて、告白の練習になっていた。

「お、おお…不覚にもドキッとしてしまった」

 その雰囲気に流された仁も、告白の練習になっている事に気がついていない!

「私もドキドキするな、ボーイズラブ!どっちが攻めるんだ?もしかしてお互いに攻め合うやつか?」

 ねーわ!と握られた手を振り払う仁。

「どうでした…この告白で付き合ってもらえそうですか?」

「う〜ん、熱意は伝わるんだが、ちょっと手が汗ばんでいて気持ち悪かったな」

 ガーンと落ち込む西郷の肩を、華乃がぽんぽんと叩いた。

「まあまあ、この手汗を無くすドリンクを飲めば全て解決だぞ?」

 良いんですか!?と顔を輝かせる西郷。

「注意しろ、どうせデメリットがある」

「そんな事言うなよ〜手汗だけじゃなく汗自体かかなくなるから、体温調節が苦手になるくらいだ」

「人生におけるデメリットぉ!」

 遠くへ向けてドリンクを投げ捨てる仁。

「デートに誘うくらいなら、手も握らないだろうしいいんじゃないか?」

「じゃあ、まずは今日、デートに誘いに行こう。そして子作りをしないかと誘うんだろう?」

 どんだけ子作りさせたいんだ…、と仁はつっこむ事に疲れている様子だ。

「それか、私の作った媚薬を飲んでもらうか?理性を失い、その場で発情して子供を作り始めるぞ」

「そんな怪しいもの、飲ませるのは難しいんじゃないか?」

「いや、西郷どんに飲んでもらってまず体の関係を持っていただく!」

 貞操概念どこいった!と華乃の顔面に媚薬をぶちまける仁。

「とりあえず、協力はするがデートに誘うのはお前の仕事だ。気合い入れていけよ」

 はい!と元気よく返事をする西郷。

「善は急げというし、早速いこっか」



 部室を出た3人は、例の少女がいるという場所へやって来た。そこは一年生の教室。西郷が在籍しているクラスだ。

 チラッと覗くと、綺麗な少女がいた。確かに、西郷が惚れてしまって、目で追ってしまうのも仕方がない。

「あの人です…放課後はクラスの人達に勉強を教えてあげてるんですよ…まるで女神様だ…」

 その立ち振る舞いから、彼女の優しさが廊下から眺めている仁達にも伝わってくる。

「いい人なんだなぁ…」

「勉強なら私の方が得意だぞ」

「お前は勉強は出来るかもしれないが、人に教えるのは絶望的に下手くそだからお前の負けだぞ」

 どんよりとする華乃と、険しい表情の西郷。

「ど、どうした西郷⁉︎」

「あいつ…鳥井さんと距離が近い!!」

 プルプルと怒りに震える指の先にいたのは、少女の隣に座って勉強を教えてもらっているチャラそうな男だ。見ていると、やたら体が触れ合ったりしているように見える。

「許せない…鳥井さんは僕のものなのに…!」

「いや、少なくともお前のものではない」

 だが、どうしたのだろうか。西郷の眉毛がみるみる太くなっていく。

「西郷…その眉毛、なんか太くなってない!?」

「僕は…興奮すると眉毛が太くなっていく能力なんです…!」

 どんな能力なんだ…?と仁が考えていると、眉毛がどんどん太く長く、逞しくなっていき、ついには身の丈以上の長さとなった。

「うわ!キモ!」

 思わず率直な感想が出てしまう仁。

「今まで眺めていた時も、眉毛が伸びていたのか気になるところだな!」

「眺めながら興奮してるのはもうヤバいやつだぞ」

 だよね〜あははーと笑う2人を他所に、西郷は乱暴にドアを開けて教室へ入っていく。

「止めるべきか?」

「…いや、ライオンは子を谷底に落として教育する。ここで止めてやらないのも、優しさだ」

 とりあえず、華乃の言う通り見守る事にした仁。

「ふしゅうううぅぅぅぅぅ」

 変な音を発しながら、ビュンビュンと眉毛を振り回している西郷。

 そんな異様な姿の西郷に気付いた生徒達が、どよめいている。

 西郷は鳥居とチャラ男の前に立つと、口を開いた。

「お前ぇ…鳥井さんに近すぎやしないかぁ…」

「な、なんだよ。近くちゃ悪いのか?」

 チャラ男は立ち上がると、西郷を睨みつけた。

「鳥井さんに触れていいのは…僕だけだぁぁぁぁぁぁ!」

 ビュンビュンと振り回されていた眉毛が、チャラそうな男を吹き飛ばした。

「がはぁ…ッ」

 黒板に叩きつけられ、チャラそうな男はゴホゴホと苦しそうに咳を吐き出した。そんなチャラ男の元へ駆け寄ったのは、西郷が恋心を抱いている鳥井だ。

「何をしているの西郷君!暴力はいけないわ!」

「と、鳥井さん…」

 思わず後ずさった西郷だったが、チャラ男の介抱を始めた鳥井を見て、眉毛がより太く、毛先は鋭いものに変わっていた。

「ここで死ぬべきなんだ…鳥井さんに近づくやつも、そして僕の事を見てくれない鳥井さんも、みんなみんな死んでしまえばいいんだぁー!」

 漆黒の槍と貸した一対の眉毛が、鳥井を傷つけようとしたその時、仁の振るう刃が毛先をカットした。

「そこまでだ…戻ってこい、西郷。本来のお前は、そんな奴じゃないだろ」

「うるさいうるさいうるさい!お前から殺す!」

 再び鋭さを取り戻した眉毛が、仁を突き刺そうと上下左右へ、立体的にうごめきながら襲いかかる。

「甘い甘い!お前の恋心はそんなものかぁぁぁぁ!」

 切っては生えて、生えては切ってを繰り返していると、眉毛が底をついたのか、へとへと〜と西郷は膝をついてしまった。

「落ち着いたか、西郷」

「うぅ…僕…なんて事を…!」

 つい暴走してしまったとはいえ、西郷の恋心は本物だ。このような醜態を晒したのでは、恋は実るハズもない。はて、どうしたものかと考えていると…。

「すまんすまーん!」

 華乃がブンブンと手を振りながら走って来た。

「いやぁ〜すまない。まさか私の作った、勉強する人を見ると能力が暴走する薬が、まさかここまでとはなー」

 ははははー、と笑う華乃を見て仁は察した。なるほど、あくまで自分の意思ではなく、華乃の発明品による暴走という事にしておこう…という訳か。

「まったく華乃ったら〜発明品を人に使っちゃダメって言っただろ〜」

「ごめんごめ〜ん(テヘペロ)」

 華乃は校内でも、とんでもない問題児だと広まっている。この流れで、なんとか話をまとめれば…。

「僕が鳥井さんを好きになったのがいけないんだ…死ぬべきは僕だったんだ…」

 西郷お前何言っちゃってんのぉ!?と、落雷を受けたような表情の仁。

「あっそうだ〜(ゴソゴソ)この解毒剤を飲ませて、回復だ!そ〜〜れ!」

 そう言うと華乃は、西郷のアゴを指でくいっと持ち上げると、手にしていたドリンクを飲ませた。

「華乃おまっ、そのドリンクって…」

「あぁ……あっ………げ、解毒剤だ!」

 恋を実らせるという依頼は達成できなかったが、今回起きてしまった大体の出来事は、華乃の発明品によるもので話は収まった。

 つい暴走してしまった事も、その後解毒剤と言って飲ませた涼しくな〜るドリンクにより、ブルブルと痙攣した後、教室で脱糞してしまった事も…。



「あの〜」

「ああ、西郷どん。この前は災難だったな」

「お前のせいじゃい!で、どうしたんだ?」

「この前の依頼の続きと言いますか…前話していた媚薬、もらえませんか?」

「少しは懲りろッ!!!!」

 仁の右ストレートが西郷を殴り飛ばし、この話は幕を閉じる。

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