第3話 スイーツ大好きスプラッター少女 緋音
5月。急な土砂降りが降り続いている。
「雨だな」
ここは部室。今日も放課後に集まっているのは、前回も散々な目に遭った仁。
そして、もう1人。ふんふん〜と楽しそうに鼻歌を歌いながら絵を描く少女。名は
「今日は何を描いているんだ」
「これか?これはクリームブリュレだ!」
彼女は見た目も言動も、おおよそ高校生とは思えないキュートなものだが、これが世間一般でいうギャップ萌え、というやつなのだろうか?
そうだ、と緋音が立ち上がった。被っていたベレー帽が、ちょこんと揺れる。
「仁、今からクリームブリュレを食べに行こう!」
「この雨の中をか?傘はあるが、あんまり出たくないな」
えぇーと頬を膨らませる緋音。
「だったら、クリームブリュレおごってやるから、ついてこい!」
緋音はそそくさと荷物をまとめると、部室を出て行った。
「えぇ…?」
ふんふんふーん、とレインコートを着て楽しそうに雨の中を歩く緋音と、どんよりした様子で傘をさして歩く仁。
「どうした仁?腹でも壊したか?」
「いや、昔から雨は苦手でな…」
そうなのかーと、緋音はあまり気にしていない様子だった。
「ところで緋音、クリームブリュレってどんなやつだ?さっきの絵、まだ途中だったろ?」
「なんだ仁、知らないのか?しょうがない、このワタシが直々に説明してやろう」
クリームブリュレは、知っている人は見た目を知っているかもしれないが、何を使って作っているかや調理方法などは知らない人がほとんどだろう。
それもそのはず、この料理はフランス発祥のもので、本国での発音はクレームブリュレ。意味は焦がしたクリーム、というそうだ。
プリンと似た見た目をしているが、プリンは作る際に全卵や牛乳、そして砂糖やバニラを使って作る。クリームブリュレは生クリームと卵黄、そして砂糖、牛乳、バニラを混ぜ合わせたカスタードソースを蒸し焼きにし、冷ましたものに砂糖をかけ、ガスバーナーで熱を加える(ちなみにこの砂糖に熱を加えて酸化させる調理法をキャラメリゼと呼ぶ)。こうして表面がキャラメル化して出来上がるのが、クリームブリュレという訳だ。
「…そしてスプーンですくって表面を食べると、バリバリとしていてとてもおいしい!」
「そうなのか…勉強が苦手なお前がそんなに知識を披露するなんて、本当に好きなんだな…」
ふへへへと笑う緋音。そんな緋音の耳が、ピクンと動いた。
「聞こえたか?仁」
「聞こえなかったが、最近バトル続きでな。だいたい展開は予想出来る」
急ごう、と緋音が駆け出す。
今日は腹、殴られないといいな…と考えながら仁も駆け出した。
「…ですから、これから仕事なので…!」
迷惑そうにしている女性と、3人組の男達。見るからにガラが悪そうな男らはギャハハと汚い声で笑う。
「いいじゃんいいじゃ〜ん、こんな雨の日に仕事なんてだるいじゃ〜ん。飲み行こうよ、おね〜さん」
結構です、と一刻も早く立ち去ろうとする女性の腕を男が掴んだ。
「まぁまぁ、そう言うなって〜あんまりつれないと…」
腕を掴む男の力が、徐々に強くなっていく。
「いじわる…シチャウゾ」
男の腕が、まるで獣のような体毛で覆われていた。腕の太さは倍以上に膨れ、服もパツパツになっている。
「出た、夜の狼男!まだ夕方だけど〜」
獣のような恐ろしい形相に、女性は小さな悲鳴を上げた。
「めんどくさいし…このまま連れてっちゃう?」
「いやいや、まずは飯っしょ」
「モウココデヌガシテタベチャオウゼ…」
あーでもないこーでもないと、男達が論議していると…。
「いや、ここでオマエ達に死んでもらうのが一番の解決策だぜ⭐︎」
突如現れた緋音の存在に、男達が驚いた。
「どこから出てきたんだ!?」
あっち、と指差す緋音にそうじゃない!とつっこむ男達。
「なんだこいつ!いいところだったのに邪魔しやがって…」
「聞いてた感じだと、オマエ達いい感じでもなんでもなかったぞ。早く帰らないなら本当に、コロしちゃうぞ」
くひひ、と笑う緋音に対してオオカミになった男が迫る。
「ダッタラ…ヤッテミロォォォォオン!」
襲い掛かろうと突き出された両手を、緋音はパシッと掴んだ。
「エ?」「え?」「あれ?」
「ふむ、ちょっとは強そうかなと思ったけど、案外そうでもないっていうかー見た目重視って感じの能力だぜ」
ミシミシッとオオカミ男の腕から変な音が聞こえてくる。
「そういえばこの前、脳ある鷹は爪を隠すってことわざを教えてもらったんだぜ。そうやって見た目だけ怖そうにしてるオマエに、“オレ”が殺せると本気で思ってるのか?」
ニヤリ、と笑う緋音の歯が肉食獣の牙のようなものに変わっていた。緋音が持つ能力は変身。文字通り自身の体を思うように変身させる事が出来る能力だ。圧倒的な筋力差があるように見えるオオカミ男を、緋音の皮膚の内側に隠された筋肉が、軽く凌駕しているのだ。
「オマエは知らないんだろうな。見た目でも力でもない、本当の恐怖ってやつを…今ここで、教えてあげようか?」
いつのまにか膝をついてガクガクと震えるオオカミ男の目を、緋音の血のように真っ赤な眼が見下ろしていた。
「ス…スミませんでした…」
「わかればヨシ!さっ、早急に立ち去れ〜」
ひぃぃぃぃ!と逃げ出す男達に、ばいば〜いと手を振る緋音。
そんな様子を遠くから眺めていた仁は、ほっと肩の力を抜いた。
「今日は無事だったな、腹」
実は緋音が助けた女性が、今から向かおうとしていた喫茶店のマスターの娘だった事が分かり、お礼に御馳走させてくださいと頼み込まれ、2人はテーブルについた。
「いや〜いいことってするものだな、仁!」
「そうだな…」
どうかしたのかー?と尋ねる緋音。それもそのはず、この前行ったメイドカフェにて散々な目に遭ったばかりだ。どうしても身構えてしまうというか、何か変なもの出てこないかとつい体を硬らせてしまう。
「お待たせ致しました」
先程のマスターが現れた。隣には助けた女性もいる。
「改めて、お礼を言わせて下さい…大切な一人娘を助けて下さり、本当にありがとうございました」
「いえいえ〜好物食べる前は運動しなきゃ的なやつ?だよな、仁!」
「いや、俺はただ遠くから眺めてただけで…自分の分は払いますので…」
いえいえ、とマスターが言う。
「お二人とも、今日は心ゆくまで堪能して下さい。当喫茶自慢の、クリームブリュレでございます」
おお〜と目を輝かせる緋音と、あれ?意外にも普通のやつが出てきたぞと、仁は普通に対しての違和感を感じていた。
「本当に焼き目をつけてるんだなぁ…」
「えぇ、いつもより少しだけ多めに炙らせていただきました。サービスです」
それはサービスなのか?と疑問を抱く仁。
「じゃあマスター、これからいつものやつやってくれるのか?」
「ええ、いつものやつ…でしたね」
そう言うとマスターは、クリームブリュレに生クリームをかけ始めた。
いつものやつ、と聞いた瞬間に嫌な予感がしていた仁だったが、まともなやつで良かったと思った瞬間だった。
クリームは止まる事を知らず、もはや生クリームにクリームブリュレをトッピングしているような見た目に変わってしまった。
「お待たせ致しました。クリームブリュレの生クリーム特盛。いつもより多めにかけさせていただいております」
「うっひゃー!これだ、仁!この生クリームがたまらなく美味しんだ!」
目をキラキラと輝かせて、緋音は喜んでいる様子。生クリームの香りだけで、仁はお腹が一杯になりそうだった。
「へ、へぇーそうなんだー」
だから、クリームブリュレの容器の下に、もう一枚皿があったのか。溢れんばかりの生クリームがテーブルにつかないようにする、マスターの気遣いなんだろう。そんな事を考えていた仁だったが、自分のクリームブリュレも皿に乗っている事に気づいた。
「お客様にも、生クリームトッピングをおかけしても?」
そういうマスターの手には、既に新しい生クリームの入れ物が握られていた。先程同様、量はパンパンである。
「いや、あの…僕は少量で大丈夫ですよなんならなくたって構わない」
甘いのは嫌いではないが、流石に生クリームの塊を食べるのはちょっと…と、何とかして甘味の暴力から逃げ出そうとする仁だったが、緋音やマスター、助けた女性の悲しそうな瞳に、耐えられるわけもなく…。
「あの、やっぱり僕もクリームブリュレ生クリーム特盛でお願いします」
仁は今日の出来事を、のちにこう語っている。
腹は殴られなかったが、代わりに胃袋を生クリームの塊に殴られた、と。
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