第2話 義足の狙撃手、六花登場
「暑い…」
ここは能力者が集う学園、水無月学園。日本は能力者を育成する為の学園を二つ保有している。東は水無月学園、西は神奈月学園と別れており、突然生まれる能力者をいち早く保護、及びに教育を行えるように、エスカレーター制を採用している。
ここは東エリア。まだ夏は迎えていないはずだが、部室に設置してある温度計は、ここが30℃近くある事を教えてくれた。
「ふざけやがって…俺達の部室にもエアコンつけてくれよ…」
パタパタとノートを使って自身を扇いでいるのは、前回も登場した仁。
顎下近くの長さがある銀髪は、彼を暑くさせるには充分であった。本人曰く、この長さじゃないと嫌と言って、短くしようとは思わないようだ。
「その布製の眼帯…外したらどうだ?」
同じく暑そうにしているのは、同じ部活のメンバーである
「俺のアイデンティティは、この銀髪と眼帯だ…遊びでつけてんじゃねぇぞ…」
「へいへい…好きにしてくれ」
そう言うと六花は自身のズボンのチャックを開いていく。誤解しないで欲しいのだが、彼が開いたのは一般的に社会の窓と呼ばれている股間付近のチャックではなく、両の膝あたりにぐるっと一周取りつけられた、彼オリジナルのチャックだ。
膝下のズボンを外すと、中からは金属の足が現れた。彼は生まれつき膝から下がなく、義足と杖を用いて歩いている。
よっこらせ、と義足を取り外すと幾分かマシになった。夏場は熱が篭る為、金属を減らして軽量化した義足を装着しているのだが、この義足は金属が多くどうしても熱を帯びてしまう。
「そういや、他の連中は?」
知らねー、と気怠げに仁が答える。そうか、と六花が呟き沈黙が訪れ…なかった。
そうだ、と六花は思いついたように立ち上がろうとしたが足がない為、仁の方を見た。
「なんだよ…エアコン泥棒でもしにいくのか?」
「違う違う、行きつけのカフェに飲み物でも飲みに行かないか?」
パス、と仁は溶け出した猫のような体勢で言った。
「先月のバイト代入ったし、一杯奢ってやろう」
「すぐ行くぞ、支度しろ」
サササッとカバンを持ってドアまで移動する仁に、唖然としつつも義足とズボンを装着する六花。
実はこのズボン、義足を履くために考えられたものになっていて、まず義足に膝から下の部分のズボンを被せて、それから義足を装着。その後でジッパーを閉じる事で、いちいち大変な思いをせずにズボンが履けるのだ。
「早くしろ、俺は早くメロンソーダが飲みたいんだ」
「ちょっと待…チャックが言う事聞かないんだ…」
外へ出ると、そよ風が微かに感じられた。
部室の中にいるよりかはまだマシだが、太陽の下はやはり暑い。
「早く歩けないのかお前は。体に障害があるからって、俺は特別扱いしないぞ。皆んな違って皆んな平等だ」
「へいへい、俺は足を引っ張るお荷物ですよ」
まぁ、本当であれば立花は杖なしでも歩けるのだが、いざという時に備えて杖は必ず持ち歩くようにしている。
二人がカフェに向かう道中、たわいもない会話をしていると、大勢の人が集まっているのが見えた。
「なんだあれ…路上ライブでもやってるのか?」
「だとしたら、かなり売れてるバンドだろうな。基本的に路上ライブなんて遠くから3、4人くらいが眺めてるだけだろ」
たしかに…と納得した様子の六花。
「まぁ、何かイベントでもしてるんだろう。軽く見てみるか」
近くまで行くと、イベントや路上ライブによる人だかりではない事が、二人には分かった。
「早く逃走用の車を用意しろって言ってんだよぉ!」
銀行強盗だろうか。目出し帽を被った複数の男達が、店の前で叫んでいた。
「ありゃ下手に関われないな。警察が来るのを待つか」
「そうだな。人質もいるみたいだし、刺激しない方が賢明だ」
人質の女性が首元にナイフを突きつけられたまま、囚われている。
「ギャラリー共!てめぇらに言ってんだぁ!早く車用意しろって言ってんだよ!聞こえねぇのか!」
男達は焦っているのか、怒鳴り散らすように叫んでいる。今にもナイフが女性の肌を斬りつけそうで、周りの人達も迂闊に手が出せないようだ。
「全く、せっせと働いて金を稼ごうとは思わんのかね。ああいう大人にはなりたくないものだ」
仁の言葉にまったくだ、と頷く六花。
「誰も車持ってねぇのかよ!大型車持ってこいって言ってんだろ!殺すぞ!」
ついにナイフの切先が、女性の顔を傷つけた。群衆がどよめいたその瞬間、仁は歩き出していた。
「おい!仁!」
止めようとした六花だったが、この状況で止まらない奴だという事はよく知っている。
ため息をつくと、六花も群衆をかけ分けて進んで行く。
「なんの用だこのガキ!子供はすっこんでろ!」
「ガキじゃない、俺の名は仁。両親から貰った大切な名前がある。今傷つけられたその女性や、あんたにだって、親につけられた名前があるはずだ。まずはガキと言った事を撤回してもらおうか!ちなみにあんたはなんて名前だ?ポン太か?ゴンゾウか?ゴライアス改か?」
仁がよく使う方法だ。相手を挑発して、ヘイトを自身へ向けている。人質や周囲に敵意が向かぬようにする為に。
だが、毎度うまくいく訳ではない。
「…もう我慢ならん!この女を殺してやっから、テメェが人質になりやがれ!」
まずい…と仁は駆け出しながら刀を召喚したが、いくら仁といえどこの距離を一瞬で縮める事は出来ても、確実にナイフが女性の喉を切り裂くのが先だ。
どす黒い血が、ブシャァと吹き出した。
「うぎゃああああ腕がぁあああああ!」
血は男の腕から吹き出していた。
「ナイスサポートだ!」
召喚した刀を持ち替え、痛がる男の頭へ向けて思いっきり刀の背をぶち込んだ。
残りは3人。いや、2人だ。一番群衆に近かった男が、音もなく倒れてしまった。
「やれ、仁!」
「応よ!」
仁は再び駆け出す。
「このガキぃいいい!」
男がナイフを突き出すが、仁はスライディングするように股下をすり抜け、背後から頭を殴りつけた。
「あと1人!」
仁の右眼が、まるで鬼のような鋭さに変わっていた。
ひぃぃぃぃと逃げ出そうとした男へ向け、仁は刀を投げつけた。
男の後頭部に刀の背が当たり、倒れると同時に刀が消滅した。
「急に始めやがって。サポート役の事も考えてくれ」
悪い悪いと、本当に悪気があるのか分からない表情の仁。
ふー疲れた〜と、杖なしで普通に歩いてくる六花。彼が普段から使っている杖は、仕込み銃になっているのだ。単発式の銃になっていて、女性の喉元にナイフを突き立てようとした男には銃弾を。群衆の近くにいた男には、即効性の睡眠薬が入った麻酔弾を打ち込んだ。
「スコープなしでどうやって狙いを定めるのか、本当謎だよな」
「スコープがなくたって、この距離なら外す事はないさ。そういうのにこだわるから、お前はプラチナになれないんだよ」
そうだ、と六花は顔を切りつけられた女性の元へ行くと、ハンカチを取り出した。
「抗菌のハンカチです。傷は深くないと思いますが、水で流したら押し当てて止血してください」
ヒューと口笛を吹く仁。
「やるねぇ六花」
「お前が男女平等に捉えすぎてるだけだ」
ハハハ、と笑っていた六花の顔が、燃え盛る炎によって消し炭になってしまった。
目を見開き、仁は周囲の人へ向かって叫んだ。
「みんな早く離れろ!能力者がいる!」
仁が叫ぶよりも先に、群衆は逃げ出していた。
炎が向かってきた方を見ると、店の中から男が出てきていた。強盗の仲間なのだろう。
男の手の周りは、私がやりましたと言わんばかりに炎が渦巻いている。
「まず店に近かった六花をやりやがった…つまり距離は…6メートルが限界ってところか」
「そこのガキ、能力者か。お友達みたいになりたくなければ、今すぐ逃げることだな」
火炎使いの能力者は、不敵な笑みを浮かべながら近づいて来る。
「でけぇガスバーナーが調子に乗るな。敵討ちしてやるから、そのツラ消毒しておけ」
しかし、まずい。仁の能力は刀を召喚して操る能力。能力使用中は超人のような身体能力を得るが、炎を浴びてしまったらそのまま消し炭まっしぐら。かといって逃げ回っていては、まだ逃げ出せずにいる、この女性に被害が及ぶかもしれない。
一瞬で導き出した答えは…。
「距離詰めて頭を殴る!」
これが最適解なのだから、恐ろしい。
仁が刀を手にした瞬間、ほぼ一瞬と言っても過言ではないくらいのスピードで、男との距離は縮まった。
「いただきッ!」
男目掛けて刀を振りかざすが、男の炎によって、刀が溶けてしまった。
「うそん!?」
男の拳が、仁の溝落ちへ突き刺さる。
また腹かよ…と、仁は地面に倒れた。
「さて、どうやって死にたい?生きたまま腹を裂いて内臓を焼き、お前の体でスープを作ってやろうか」
「いいねえ…熱いだろから…フーフーしてやるよ」
「その生意気な口を、お前の沸騰した血で満たしてやろう」
男はナイフを取り出すと、仁の腹を掻っ捌く為にしゃがんだ。
その時だった。
パァンという銃声と共に、男の額に何かが刺さった。
男が引き抜いたそれは、小さな注射器だ。
「どこから撃たれ…」
気を失い、男は倒れ込んだ。地べたに転がる仁へ向けて。
「ぎゃああああああ!おじさんと肌と肌で触れ合いたくないいいいいい!」
「ほいほい、今助けてやるよ」
そう言って男をどかしたのは、先程顔を黒焦げにされたはずの六花なのだが、黒焦げどころか火傷の跡一つない。
それもそのはず。この六花という少年の能力は、超再生能力。腕や頭を消しとばされようとも、時間経過と共に傷一つ残さず回復するのだ。
仁は自身の刀を召喚する能力が相手との相性が悪いと判断して、六花が回復して再び狙撃を行えるようになるまで時間稼ぎを行なっていた。
「さぁ、警察が来る前に行こうぜ。ご同行お願いしますパターンだろうからな」
六花が銃を地面へ叩きつけると、ガチャガチャと一瞬で変形した。1秒にも満たない速度で、誰もが目にする普通の杖に変わった。
「ご同行は避けたい…もう喉がカラカラだ…」
ヘロヘロになった仁へ、六花が手を伸ばす。
「あ、おねーさん。ぼくたちの事は内緒でお願いしますね」
指を口に当て笑うと、2人は歩き出した。当初の目的地へ向けて。
「「「「おかえりなさいませご主人様ー!」」」」
沢山のメイドさん達に迎えられて、困惑の表情の仁。
あれ?カフェとか言ってなかったっけ?カフェって聞いてたから、なんか喫茶店とかそういう類いの店を想像していたんだが?と先程の戦闘の時以上に、頭の中でグルグルと渦巻く疑問が、思考に追いつかない様子。
「ただいま〜あっ今日は2人です〜」
語尾にハートが見えそうな口調の六花に連れられ、2人は席へと案内された。
「メイドカフェなんて、聞いてないんだが…?」
「カフェと言ったが、メイドカフェとは言ってない(キリッ)」
はぁ〜とため息をつく仁。
「ごしゅじんさま方〜ごちゅうもんはお決まりかニャ?」
ニャ!?と驚く仁。見ると、猫耳をつけたメイドさんが立っていた。胸にはゆいにゃんと可愛く書かれた手書きの名札が付いていた。
「じゃあいつものやつ二つと〜あと、彼の方にはクリームソーダトッピングしといてニャ」
「何故お前も語尾にニャ!?」
再度驚く仁を気にせず、かしこまりましたニャ〜とメイドさんは去って行った。
「えっと…ここには…いつも来ているのかい、六花君…」
「お前が君付けで呼ぶと気持ち悪いな〜やめてくれよ〜」
気持ち悪いはこっちのセリフじゃい!と叫びだしたくなるのを仁は堪えた。
趣味嗜好は人それぞれだ。ニャーニャー言いながらメイドさんとキャキャウフフしてるのもまた、彼の趣味なのだ。
「ここ、一ヶ月くらい前にオープンしたんだよ。まぁ、今回で来店は38回目ってとこかな」
「ほぼ毎日来てる奴じゃねーか!」
思わず立ち上がってしまい、周囲のメイドさんや客人達に注目され、静かに座り直す仁。
まぁまぁまぁ、と自分を落ち着かせる仁。場所がどこであれ、文字通り熱い戦いを終え、飲み物を奢ってくれると言っているんだ。
今はその好意に甘えさせていただこう。
そんな事を思っていると、先程の猫耳メイドさんがやってきた。
「お待たせしましたニャ〜まずはごしゅじんさまからいつものやつニャ〜」
そう言って、六花の前に食パンが2枚乗った皿が出された。
何故食パン?という疑問を飲み込んだ仁だったが、次の瞬間には目を見開いていた。
「そしてウチの自慢のアツアツ味噌汁ニャ〜。フーフーしてから食べてニャ」
本来、この食べ物を見て違和感を感じることなんてないはずなのに、仁は違和感を隠しきれなかった。何故、味噌汁と食パン?
「ありがとう、ゆいにゃん!腹ペコだから早速食べちゃ──」
「待つニャごしゅじんさま!いつものやつ、忘れてるニャ〜」
いっけねぇと恥ずかしそうにする六花。それを見ている俺はどういう感情を抱けばいいんだ?と、仁の目が訴えている。
「せ〜の、おいしくなぁれ!萌え萌えきゅんニャ〜」
同じくニャ〜と手でハートを作る六花。これは個人の趣味嗜好俺はそれをとやかく言う権利はない、と高速で詠唱を続ける仁。
「さっ、召し上がれニャ〜」
「いただきますニャ〜」
六花は嬉しそうに食パンを千切ると、味噌汁にたっぷりとつけて口へ運ぶ。
最早つっこむのを放棄した仁は、ただただその光景を眺めていた。
「う〜ん!とってもデリシャス〜。今日も最高だよゆいにゃん〜」
「おほめいただき光栄だニャ〜」
脳の処理が追いつかなくなっているが、本来味噌汁ってご飯と一緒に食べるものじゃないっけ?
そんな事を考えていると、新たなメイドさんがやってきた。
「お待たせいたしました。こちらの初めてのご主人様にも、いつものやつ…でしたね」
パンを味噌汁につけて食べるのが衝撃的過ぎて、この人は語尾がニャじゃないから何メイドさんなんだろ〜クールメイドさんとかかな〜、と考え始めた仁の前に食パンがまず出された。
「そして、当店自慢のお味噌汁。クリームソーダトッピングでございます」
「食えるかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
説明しよう、味噌汁のクリームソーダトッピングとは。
味噌汁にソーダを入れ、バニラクリームをトッピングしたものである。アツアツなので早くアイスを食べないと、溶けて無くなってしまうぞ!
「何故味噌汁にソーダ!?ぶくぶく泡立ってるし!アイス乗せてあるよ!?これアイスだよね!?わんちゃんホクホクのジャガイモだったりしないよね!?色とか似てるからきっとそうだろうねぇ!?」
「ご主人様、こちらはジャガイモでもジャガバターでもなく正真正銘、バニラアイスクリームでございます」
そりゃあバニラアイスだよねー!と頭を抱えて叫びだす仁。
「ご主人様…お気に召しませんでしたか?」
「お気に召すも何も、百歩、いや千歩、いや一万歩譲って食パンを味噌汁につけて食べるにしても、何故味噌汁にクリームソーダ!?普通ドリンクとかで別でもらえるもんでしょうに!?」
「いえ、こちらのご主人様がクリームソーダトッピングとおっしゃっていたので…」
「お前のせいかぁぁぁぁぁ!六花ぁあああああああああああああああああ!!!!」
六花の頭をブンブンと振り回す仁に、申し訳ございませんと深々とメイドさんが頭を下げた。
「こちらのクリームソーダトッピングをした味噌汁はお下げして、新しいものを…」
「いえ、それには及びません」
さっきまで取り乱していたとは思えない冷静な声で、仁が言う。
「せっかく作ってくれた料理を粗末にするのは、日本人として恥ずべき行為。それに、ここは六花の行きつけの店だ。何かトラブルがあっては、六花も通い辛くなってしまう」
いや、まったくという顔で、味噌汁パンを頬張る六花。
「では、いただきます」
「お待ち下さい!ご主人様!」
「止めないで下さい!俺には食べ切るという使命が…!」
「いえ、おまじないがまだでしたので」
あっハイ…と、手でハートを作る仁。
「それでは失礼致します。おいしくなぁれ、萌え萌えきゅん」
きゅん〜とメイドさんに合わせてハートのおまじないを唱える仁を見て、うんうんと頷く六花。
「では…改めて、いただきます」
食パンを千切り、ぶくぶく泡立つ味噌汁につける仁。
「仁、パンは浸すようにつけて食べるとめちゃくちゃ美味いぞ」
「あんたはだぁーとれ!」
意を決した仁は、パンをパクッと食べた。
モグモグと咀嚼して、飲み込む。
「どうだ、仁?」
「ごしゅじんさま、大丈夫かニャ?」
「お気に召されましたか?」
3人の問いに、満を辞して仁が答えた。
「スッゴクオイシイデス」
この日を境に、二度とメイドカフェに行くもんかと仁は決めた。
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