能力者達の日常
ロボジー
能力者達と日常
第1話 始まりの少年、仁
「暇だな…」
ある日の放課後、暇を持て余す少年がいた。
彼の名は
今日も仲間と共にゲームをしようと部室にやってきたが、彼は独りだった。一人でゲームをするなら、帰って据え置きのゲーム機でやるのが一番だ。最近は持ち運び可能なゲーム機が流行っているが、やはり小さな画面でやるより、大きなテレビでプレイした方が何倍も楽しい。
誰も来ないなら帰るかと席を立とうとした時、コンコンとドアをノックする音がした。
「…あの、誰かいますか?」
少女の声が聞こえた。声の震えは、彼女の心情の現れなのだろうか。それとも、ただ単に緊張しているのか。
どうぞ、と仁が声をかけるとドアが静かに開いた。
自分と同じ一年生の赤いネクタイ、紺色のブレザーと灰色のスカート。
顔は、あまり凝視するのは良くないと思いつつ、チラッと顔の造形を確認した。
脳内の記憶から、どこの誰なのかを思い出そうとしたが、そもそも見知った顔ではなかったし、あまり他者との交流を深めようとしない仁に、思い出せる訳もなかった。
「ここに来たって事は、依頼人って事で大丈夫か?」
はい…と少女は呟く。
どうぞ、と仁は空いていた椅子を指して、少女を座らせた。
「私…美香子っていいます。一年三組です」
「美香子さんね。依頼は?いじめられた?」
仁の問いに、少女は更に顔を俯かせる。
「すまない、悪気があった訳じゃないんだ。ただ、見た限り君の心に何かしら曇りがあるように見えたんでね」
申し訳ないと本当に思っているのか、よく分からない態度の仁。
「いいんです…事実、ですから…」
少女が顔を少しだけ上げた。恐る恐る、仁を見上げるように。
「…なるほど、同じクラスの女子にいじめられ、ついには、金銭を要求してきたと」
どこの学校でも、いじめは存在する。弱そうな者、周囲に溶け込めない者を、容赦なくいじめる人間は一定数存在する。
「お母さんが仕送りしてくれたお金だから…嫌だって言ったら、体を殴られて…」
顔を殴ると、それが見える傷となって先生に何か言われるかもと、いじめる人間は悪知恵が働く。きっと彼女には、服の上からでは分からない傷が、体にも心にも深く刻まれているのだろう。
「私は…平凡な能力者なので国からの支給金も、ぜんぜん貰えなくて…」
能力者は、その能力の希少性や現代科学への貢献、研究に使えるかで、国から協力費として、支給金が貰える制度になっている。だが、この少女や仁のように能力が研究の対象外となると、必要最低限の生活が送れるような支給金しか貰えないのだ。基本的に優れた能力を持たない者は、奨学金を借りて生活を送ることが多い。まぁ、寮費や光熱費やら水道代やらで大体無くなるので、生活費を仕送りしてもらう能力者も少なくない。
「私の為に、仕送りしてくれたお金を……!」
少女の目には涙が浮かんでいた。ずっと耐えていたのだろう。自身に何かをされても、耐えて耐えて我慢して、そうやって自分だけ辛い思いをするならまだいいと、判断してしまったのだろう。いじめはエスカレートするものだ。
最初はどのようなものから始まったかは、どうでも良くはないが、今は問題ではない。彼女へのいじめは、金銭を奪い取る所まで悪化した。
「それで、どうして欲しい?依頼内容と、報酬。話はそれからだ」
仁もまた、お金に困る能力者の一人だ。常にゲームを購入して、金欠生活を送る彼が生きる為に選択したのは、何でも屋ビジネスだ。
報酬次第では、何だってする。この前は美術部のヌードデッサンの依頼を、新作ゲームの特典付きバージョンを買う為に引き受けた。
まさかその絵が賞を取り、全校生徒の前に晒されるとは、誰だって予測出来ないだろう。仲間達から散々ネタにされたのは、言うまでもない。
「依頼は…お金を取り戻してもらうこと。そして、報酬は取り返してくれたお金の半分を支払います…」
「グッドだ。早速取り返しに行こう。その連中はどこにいる?」
いじめの主犯格は、今も教室で駄弁っているらしい。
仁と少女は、その教室の前に立っていた。
「よし、行こうか」
まるで晴れた日の朝に、なにも考えずに散歩に出かける時のような、気楽な声でドアを開く。
数人の女子生徒がこちらを見ているが、仁は一目で分かった。ああ、この女が金を巻き上げた女か、と。
目つきが悪く、どぎつい化粧と着崩した制服。人は見た目によらないと誰かが言っていたが、内面の醜悪さがありとあらゆる所から滲み出ている。
「なにおまえ〜もしかして〜コスプレってやつー?」
仁を指差し、ゲラゲラと笑う女。取り巻きも少し遅れて、同じように笑い始めた。
「これはコスプレじゃない。俺の銀髪は地毛だし、この眼帯は負傷した眼球を隠す為のものだ。お前ら馬鹿どもにはコスプレに見えるんだろうが、コスプレイヤーさんに失礼だぞ。撤回しろ」
仁はあえて、女達を挑発するように言い放った。ヘイトをなるべく自身に向け、依頼人である少女を少しでも気楽にさせるためだ。
「てかなんでゴミクズがいんだよ。おまえさっき金とったらないてにげやがったくせにさ〜キモくね?まぢなまいきじゃね?」
「キモいゴミクズはどっちだクソブス。さっさと取った金返さないと、その陰毛みたいな髪の毛引きちぎって、あるべき場所に突っ込むぞ」
仁が睨むと、げらげら笑っていた取り巻きの女達が途端に静かになった。
「さっきから黙って聞いてりゃ、漢字も語彙も感じない馬鹿丸出しみたいな喋り方しやがって…読者さんが読み辛いじゃねーか!」
なに言ってんのこの人!?という顔を隣でしている少女を気も止めずに、仁はズカズカと距離を縮めていく。
「決めたぜ、お前ら全員男女平等ビンタで鉄拳制裁だ。いじめがどれだけ怖いものなのかお前たちの身体に叩き込んでやる…」
「いまぁ……なんつったお前」
背後から声が聞こえたと思った瞬間、何者かに腕を掴まれていた。
いつの間にか、背後には大柄な男がいた。男は仁を軽々と持ち上げると、近くの机に叩きつけた。
「ぐっふぃ…」
男がぼきぼき骨を鳴らしていると、いじめの主犯格がぎゅ〜っと抱きついた。
「タケ〜こいつがぁレイカのお金とろうとしてきたのー」
「そうだったのかぁ…お前ぇーそれカツアゲっていう犯罪って、分かってんのかぁー!」
タケと呼ばれた男の拳が、仁の顔目掛けて振り下ろされる。
ガギィンと、金属が擦れたような甲高い音が、教室に響いた。
「やるじゃねぇか、お前…」
振り下ろされた拳を、仁は召喚した刀で防いでいた。
「そっちこそ…やるじゃないか。肉体強化系、拳を鉄に変える能力、とかかな」
この鍔迫り合い、どちらが有利かは火を見るより明らかだ。まず筋力差。男はムキムキ、仁は中肉中背。
次に体勢。男はどっしりと構えて、拳を振り下ろしている。対して仁は、机に寝転ぶような体勢で、刀を構えている。
「どんなカラクリかしらねぇが、おれは喧嘩で負けた事がねぇんだよ!」
もう片方の手を鉄の拳へと変え、仁へ振り下ろす。
流石に二個目の拳は防げないと察した仁は、刀の召喚を辞めた。
刀が消える事で、男の拳はそのまま仁へと振り下ろされる。だが、ぶつかる寸前で体を回転させ、仁は机から飛び降りた。
男の拳が机を貫く。派手な音を立てて、机が壊れてしまった。
「わぁ…殴られたら消し飛ぶな」
再び刀を召喚した仁は、男に斬りかかる。しかし、刀は鉄の拳に掴まれてしまった。
先程のように刀を消せば、すぐさま動き出せるが、一瞬。
一瞬だけだが、動きが止まってしまった。
まずいと思う間もなく、仁の腹に重く鋭い衝撃が伝わる。
「ぐっはぁい…」
5メートル以上は吹き飛ばされただろうか。仁はピクリとも動かなかった。
「てかさーおまえがあのキモいのつれてきたんだろ!」
女の声に、少女はビクッと体を強張らせた。
「だって…お金…返してほしくて…」
「もうネットでほしいのかったからあんたのお金ありませ〜ん」
ざんねんでした〜と、見るものを不快にさせる邪悪な笑みに、少女は俯きながら泣き出してしまった。
「まぁまぁ。レイカが使っちゃったなら、お前がお金を稼げばいいんだよ」
そう言うと男は少女の首を掴んだ。
「顔はブスだから隠すとして、ヌード写真をネットで売ったら、おれたち大金持ちだぜ〜」
「タケてんさい〜ぬがそぬがそ〜」
少女の上着が、男の拳によってビリビリと引き裂かれた。
「タケ〜ぬがすなら下もでしょ〜」
「わりわり、今ぬぎぬぎさせてあげるからね〜」
少女のスカートに、男の魔の手が迫る。
「おい」
背後からの声に、男が振り返った。
まるで死んだように倒れていたはずの仁が再び立ち上がり、男を睨みつけている。
「越えちゃいけない一線を越えたな…まぁ、とっくの昔にそこのキモクズ女は超えてたが、お前も今からキモクズ馬鹿に名称変更だ」
「んだと…!」
再び男が、仁に殴りかかる。召喚した刀で拳を防ぐのは、先程と変わらず。
ただ、今回は先程とは違って両者が構えた状態での鍔迫り合いだ。
「さっきみたいに殴り飛ばしてや──」
ズゴスッという鈍い音が、男の言葉を遮った。
新たに召喚した2本目の刀が、男の脇腹へ叩き込まれていた。
「安心しろ、峰打ちだ。今すぐにでも
もう一度、刀を脇腹へ叩きつける。ドサリ、と膝をつき男は倒れてしまった。
「そしてキモブス女。今すぐに金を返さないなと、お前の顔面に暴力的な整形手術を施すぞ」
仁の脅しに、女はガクガクと震えながら財布を取り出し、中にあったお金を全て取り出すと、少女へ渡した。
その光景を見届けた仁だったが、安堵した瞬間、ふらっと視界が揺らいだ。
持っていた刀を床へ突き刺し、なんとか踏みとどまった。
「やっぱ…ボディはきついな…」
後日、お礼と報酬の件で、再び仁の元を訪れた少女。
「…先日は、本当にありがとうございました。あの子達も、もう私にちょっかいとか出さなくなってくれて…仁さんのおかげです」
「また何かあったら言ってくれ。まぁ、当分は大丈夫だと思うがな…」
それで…と少女は封筒を取り出し、仁へ手渡した。
「約束の報酬です!受け取ってください」
「ありがとう。そして、ハイ。キャッチアンドリリース」
受け取った封筒を、少女へと返す。
「あいつらに制服を破られたし、新しいのだって安いわけじゃないだろ」
「いや…制服は学園が新しく支給してくれたから大丈夫で…」
いやいやいやと、仁は顔を険しくする。
「そもそも、カツアゲされた依頼人から報酬を貰うなんて、俺がカツアゲしてるみたいじゃねーか。これ持って早いとこお引き取りしてくれ」
封筒を押し付け半ば強引に、少女を部室から追い出す。
ドアを閉めて、ふぅと息を吐き出すと殴られた箇所が痛み出した。
「あぃたたたたたたた」
骨も内臓も辛うじて無事だったが、腹部を鉄でぶん殴られるのはキツい。早く治んないかなと考えていたら、携帯電話が鳴り出した。
「仁だ。なに?今日の晩御飯は、すき焼きパーティー…だと?すぐ帰る!」
荷物をまとめると、仁は足早に部室を後にする。
これは、救いを求める手を決して見逃さない、不器用な金欠男の物語である。
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