第7話 罪

 美須々を抱いていると変な気分になって来る。

 金持ちにしか興味のない腹黒女。

 本能では男に対して安らぎを求めているのに、それを認めようとしない。


「Aさんのどこがよかったの?」

「優しくていい人に見えたから・・・」

 俺は彼女の背中を抱いた。

「何回目のデートでホテル行ったの?」

 俺はずっと気になっていたことを尋ねた。

「3回目」

「で、生でやっちゃったんだ?」

「結婚前提でって言われてたんで」

 自業自得だろ。俺は思った。

「Aさん、よかった?」

「全然・・・」

「どうして・・・?」

「あんまり女の人に慣れてない感じで、ぎこちなくて」

「嫌いにならなかった?」

「うん。あんまり遊んでない感じで、誠実そうに見えたから」

「何であんな人と結婚したの?好きだったの?」

「全然。」

「じゃあ、どうして?」

「どうしても結婚したくて・・・」

「何で?」

「彼氏に捨てられたことに耐えられなくて。友達にも羨ましがられてたのに・・・振られたって思われたくなくて。あの人、ずっと結婚するって言ってたのに・・・」

「別にそんなに金持ちじゃなくてもよかったんじゃない?君なんかただの派遣なのに、何でそんなに理想高いの?」

「私、お金持ちには好かれることが多くて・・・別におかしいとは思わない」

「そうかな?男をちゃんと人間として見てたら、こんな風になってないんじゃない?Aさんみたいなのとは、普通結婚しないって」

「そうだね」

「自分で原因作ってるんだよ」

「そうだよね・・・」

「いいじゃん。別に、金あるんだから。何で泣くわけ?養育費だってもらってるんだし、親も手伝ってくれるんだからさ」

「意地悪」

「俺、性格悪いから・・・勘違いすんなよ」


 精神疾患の人を責めてしまう悪い癖が出てしまった。心の病気の人とは大体喧嘩してしまうのだけど・・・今回はさらに酷かった。5年間も愚痴を聞かされ続けたストレスが爆発したんだ。


「どうして何年も私の愚痴を聞いてくれたの?」

 お互いの匂いを嗅ぎながら、変な気分になって来る。香水に混ざった女の体臭。胸が俺の二の腕にずっと当たってる。俺の胸の中がかき回される。

「君が好きだったから・・・」

 俺は急にいい子になる。

「え?」

 美須々はびっくりしていた。一瞬で俺を許す・・・いい感じだ。

「ずっと好きだった。Aさんのマンションで会った時からずっと」

「じゃあ、どうして好きだって言ってくれなかったの?」

「俺は庶民だからさ・・・君みたいに理想の高い女を満足させられない」

「そんなことない・・・」

「君は金のかかる女だから、俺じゃ満足できない」

「そんなことない・・・江田さんのことは好き。お金があるかどうかなんて関係ない」


 俺たちは爽のことを見る。一人で無心にシャボン玉を追いかけていた。

「あの子を置いていけたらなぁ・・・」

 女が呟く

「一人でずっと遊んでるんだろ?」

 俺たちは何も言わないで立ち上がると、二人で無言のまま多目的トイレに向かった。ドアを開けると臭い。ぱっと見はきれいだけど、やっぱりトイレだからだ。俺たちは、自分が最低のクズだという現実を突きつけられる。


 できるだけ早く戻るつもりだった。

 でも、俺たちは5年も惹かれ合っていたから、やっぱり、すぐには離れられなかった。どのくらい、そこにいたのかわからない。

 

 ようやく、トイレから出た時には日が暮れかけていた。

 

 俺たちは我に返って、慌てて元の場所に戻った。

 そしたら、爽はいなくなっていた・・・。

 愕然とする。


「俺・・・帰るわ」

 俺はやってしまった罪の重さに向き合えなくなっていた。

「私も・・・」

「どうすんの?」

 探せよ!自分の子どもだろ?俺は心の中で叫ぶが、俺たちは共犯だ。

「わかんない・・・」

「このクソ女」俺は心底軽蔑して言った。

「意地悪」

 女の声には、まだ俺に対する甘えが覗いていた気がする。


 俺たちは二人で東京駅に向かった。

 女は現実から逃げようとしているけど、俺は最初から他人だ。


 俺は「丸善に行くから」と、言って途中で角を曲がった。

 歩きながら、すぐに女のLineをブロックした。

 もう何年も会ってるのに、俺たちはお互いLineしか知らなかった。


 俺たちは何をしてたんだろう?

 もう女から連絡が来ることはない。

 あの長電話ももう終わり。

 果たして、あの親子は本当に存在したんだろうか?

 幻だったような気もする。

 ただ、彼女の生温かい感触は、生々しく俺の掌と下着の中に残っている。

 早く彼女を忘れたいのに、彼女の形のいい胸が今も頭の中でチラチラしている。

 

 無心にシャボン玉を追いかける美少年。

 あの後彼はどうしただろうか・・・。

  

 神様どうか俺たちをお許しください。


 一瞬の快楽のために冒してしまった罪、

 子どもを見殺しにした罪をお許しください。

 俺はいつか裁かれるかもしれない。

 あのつまらない女のために。

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連喜 @toushikibu

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