第2話 相談(仕事)

 美須々の実家は、個人商店で酒屋さんだそうだ。かなり大きくてスーパーもやってるとか。金持ちみたいだ。こういう人をお嬢様というのか俺にはわからないが、美須々自身は品のある感じの人だ。両親は健在。妹弟とも仲がいい。つまり帰る家はあって、子育ても手伝ってもらえる環境だ。


 彼女は子供が生まれて半年くらいで離婚したけど、俺と知り合ってすぐの頃から、毎晩のように電話して来ていた。後ろで子供が泣いてたりするんだけど、彼女はそれをあやしながら話してた。子供を寝かすのが夜9時だから、それまでの短い時間、俺と電話するのが日課になっていたんだ。


「添いそいちちしながらでないと寝なくて・・・」

「添い乳って何?」

 どんなプレイなのかと思う。

「授乳しながら寝るってことです」

「へえ。よく寝れるね」

 俺は感心する。赤ちゃんを腹の上にのせて寝るんだと思っていたら、横向きに寝るものらしい。俺は電話しながら、エロいことばかり考えてしまう。

 でも、自分の奥さんだったら、毎日、見飽きてて全然エロくないだろう。他人だからそう思うんだ。


 彼女は電話してくる時はいつも「今、大丈夫ですか?」と聞く。それで、今日どんなことがあったかを俺に尋ねる。俺はいつも同じような話をする。そして、彼女の独白タイムが始まる。


「いつまでも実家に頼るわけにもいかないので、働こうかなって・・・小さい子供がいても大丈夫でしょうか」

「うん。実家で預かってもらえるなら大丈夫だと思うよ」

 俺は管理職だから真面目ぶってるけど、脳内では美須々の授乳シーンを想像しながら答える。正直、息子が羨ましい。友達の元奥さんじゃなかったらなぁ・・・と残念がる。

「どんな仕事するの?」

「やっぱり、金融事務か経理とか一般事務で・・・」

「次はどんなとこで働くの?」

「できれば大きな会社がいいんです」

「なんで?」

「小さい会社は人間関係が大変だし、変わった人が多いから・・・」

「そうかもね」

 俺も納得する・・・というか、派遣の人はみなそう言う。


「江田さんの所は派遣さんっていますか?」

「うん。いるけど・・・」

 はっきり言って、20代の美人しか採用しない・・・。採用する方が俺みたいなアホだからだ。

「うちは本当に雑用ばっかり。楽だけど。派遣でも経験積める仕事した方がいいよ」

 俺はまっとうなことを言う。

「そうですよね。これからずっと働いて行かないといけないし」

「再婚はしないの?」

「したいですけど・・・子供がいると、敬遠されるかなって」

「小さいうちなら大丈夫じゃない?美須々ちゃん若いから再婚相手の子も産めるし」

「でも、そうなると爽がかわいそうだなって思うんです。再婚した人も、自分の子の方がかわいいと思うので・・・。だからちょっと年上の人がいいかなって・・・すごく年上の人でもいいんです。介護してあげるから、代わりにこの子を自分の子みたいに育ててくれたら理想だなって」

 まさに俺じゃないか。やっぱり、彼女は俺みたいなのを想定してるらしい・・・。

 内縁関係なら考えてもいいかなぁ・・・。

 だけど、事実婚でも、財産分与、年金分割などを請求できてしまう・・・。法的にはほとんど奥さんと変わらない。この人に俺の財産を譲りたくない・・・やっぱり愛はないんだと思う。


「派遣先で出会いがあるといいね」

 俺は突き放すように言う。

「だといいんですけど・・・」

「商社で働いてる時はなかった?」

「はい。商社の人は軽くて・・・」

 ・・・すいません。俺もなんですけど。

「そうなんだ・・・商社の人ってモテそうだしね」

「誘われたこともあったけど、お断りしました」

 前の旦那と出会ってすぐ子供作ったくせに・・・何言ってんだか。こういう感覚は謎だ。本人は、自分が身持ちの悪い女という自覚はゼロなんだろう。

「美須々ちゃんはきれいだから大丈夫だよ」

 俺はセクハラまがいのことを言う。

「でも、本当に好きな人にはそう思ってもらえないんですよね」

 俺のことかな・・・。ずっしり胃に来る。

「俺も思ってるよ・・・でも、俺、彼女がいるから・・・」

 それで、いもしないキャリアウーマンの彼女の話をする。勝間和代さんみたいなバリキャリを設定する。美須々は自分の職歴にコンプレックスを感じているから、大人しくなる。

「私は遊びでもいいんです」

「でも、、、そんなことしてると、再婚できなくなるよ」

 俺はまっとうなことを言って諭す。

 未練はあるけどきっぱり断る。 

 俺はたぶん、人に頼られたり、当てにされるのが好きなんだ。だから、彼女の愚痴を聞いている。

 でも、面倒な状況に飛び込む勇気がないんだと思う。

 

 

 

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