第5話 初陣(3)

 アケルナルは笑顔でこちらを見据える。

 俺の二倍ほどの身長があるこいつの視線は高く、見降ろされている感じが不快に感じる。


「アルゼロといったか、お前やはりただの人間ではなかったな。先ほど剣の一撃に、人間には感じない魔力を感じること、ふふふ、興味深い」


 にたにたと気持ち悪い笑みだ。


「お褒め頂き恐縮だが、殺すな?」


 そうだ。今の俺は勇者。

 剣を目線の高さに構え、力を全身に集中させる。


「ふはは、やる気だな。いいぞ全力を見せてみろ。見どころがあれば我らの仲間に紹介してやろう!」


 大仰に両手を広げ、歓迎の姿勢を示すアケルナル。

 だが。


「生憎だが、俺は勇者なんでね。人間を裏切るようなことはしない」

「ふむ、そうか。なら──力づくで持ち帰るとするか」


 アケルナルの前身に魔力が迸る。

 青白い魔力がアケルナルの前身を覆い、騎士が斬るような甲冑を作り上げた。

 手には大剣。両手で握られたそれは、アケルナルの体躯並みの大きさだ。


「では、軽く殺そうとしよう」

「ま、できるもんならやってみろってな」


 アケルナルが剣を構えるのを確認し、俺も剣を構えた。

 そして、一度目の衝突が起こった。


「ほう…!」

「ま、こんなもんか」


 アケルナルが上段から放った一撃は大気を切り裂き、受け止めた俺の後ろに衝撃波が飛んで行った。

 衝撃波は俺が殺し損ねた有象無象の生物を軒並み殺しつくし、街を更地に変えた。


「妙な剣技に妙な力、そして、この膂力。本当に何者だ?」

「だから、勇者だっていってんだろ」


 両手で大剣を押し込まんとするアケルナルを、片手で・・・握った剣で押し返す。

 立派な体躯を誇っていようが、所詮はこの程度か。


 呆れたため息がつい出そうになるが、そんなことをしている場合ではない。

 ついまともに受け止めてしまったせいで、衝撃が流せず、街は大惨事だ。


 あとでヤマモトになんて謝ろうかな、と考えながら、俺はアケルナルの大剣を打ち払った。


「ッ!やるな!」


 振り払われた大剣を、アケルナルはすぐに手元に引き寄せるが、遅い。


「【白閃】」


 俺の剣が白い光を放ち、その一閃がアケルナルに迫る。


「くッ…!ぐおッ!」


 強烈な抵抗感を感じたが、拮抗したのは一瞬だ。

 防御のために纏われた魔力が飛び散り、その装甲が俺の攻撃に耐えきれなかったことは明白だった。


 だが、傷があったのは一瞬。

 ミラの再生速度を遥かに超える速度で修復され、追加の魔力で新たに防具が形成される。


 一度破られたことから警戒が増したのか、魔力の密度が高くなり、その強度が上がったことがうかがえる。


「ったく、面倒くさいな」


 一瞬だろうと、俺の剣に抵抗するほどの防御。今の再生速度からすると、体を両断しようがすぐにくっつくことだろう。

 ならば、先ほどと同じように、消滅させるだけだ。


「なんということだ。このアケルナルが、軽くあしらわれるなど」


 笑顔で楽しそうにそんなことを言うこいつは、被虐趣味でもあるのだろうか?


「全く、これだから戦場というのは面白いのだ」


 その表情は歓喜。こいつは自分が負けることを悟って、笑っているのだ。


「その結果、死んでも?」

「ふはは、当たり前だろう。勝てて当然など、退屈なだけよ。死んでみるのもまた一興」


 こいつにとっては、そういうものなのか。

 理解はできないが、尊重はしておこう。


「じゃあ、もう終わらそうか。人を待たせてるんでな」

「最後まで気に障るやつよ。だが、だからこそ退屈せん」


 アケルナルが大剣に魔力を集中させた。

 こいつにとっての一番の大技が来る。


 それに合わせるように、俺も剣に力を集中させた。


 アケルナルの大剣が青白く、俺の剣が白銀色に輝く。


 そして、アケルナルの大剣に罅が入ると同時に、それをこちらに振り下ろした。


「メテオリック・アケルナル‼」


 それは確かに隕石を思わせる一撃だった。

 強大、多量の魔力。先ほど生じた衝撃波がただの膂力によるものだとしたら、この一撃は確実にこの大陸を消滅させる勢いの一撃だった。


 それに相対している俺はと言えば、無造作に剣をアケルナルに向ける。

 そして、少しだけ集めた力を、アケルナルの一撃を正確に押し返すように、丁寧に放った。


「【白閃砲光ホワイト・バン】」


 向けた剣の切っ先から、力が溢れ出す。

 一直線に噴出したその力はアケルナルの一撃と接触し──。


「あ、やば」


 ちょっと力加減を間違えたせいで、そのままアケルナルを飲み込み、遥か空の彼方まで伸びていく。

 僅かな拮抗すら許さず、アケルナルは、その魔力とともに消滅した。


「…下にいる奴ら、ちょっと残ってるし、全部狩ってから帰ろ」


 先導していた存在がすべて死んだからか、四足歩行の不思議な生物は驚くほど大人しく狩られていった。


 そして、それを見ていた女の影が一つ。


「ば、ばかな…!」


 頭部に二本の角を携え、その身体を隠す布は最小限。

 露になっているその赤褐色の肌は、血の気が失せていた。


「アケルナル様が敗れるなど…」


 女はアケルナルの仲間だった。

 女が知るアケルナルという男は誰かに負けることが想像できないくらいには強いはずだった。

 そのはずなのに。


「他の方々に知らさねば…!」


 手に持つ、転移術式が施された緊急用の機械杖マシンロッドに魔力を集中させ、次の瞬間には女は消えていた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 アケルナル達を倒し、ヤマモトたちの元へ戻った俺を待っていたのは、驚きを隠そうともしていない、ここの人たちだった。


「アルゼロ殿!すごいじゃないかっ!星魔将軍をあんなに簡単に倒してしまうなんてっ!」


 特に喜び舞い上がっているのはチハラだ。

 他の人たちは驚愕と畏怖の目でこちらを見ているのに対し、チハラだけはあの結果に心底から喜んでいるのが分かった。


「ありがとうアルゼロ、助かった」


 そして、ヤマモトだ。

 帰ってきてからというもの、こいつからの警戒の目が緩んだ。

 信用されたという感じではない。どちらかというと、諦め?って感じだ。


「ま、そんな大した奴らじゃなかったし、俺としても良かったよ」

「…あいつらと戦ってそんなこと言えるのは、こっちじゃほぼいないよ」


 俺としては脅威に感じないが、普通はそうじゃないということか。


「そういえば星魔将軍とか言ってたな。それがさっきの奴なのか?」

「そうだ。今のところ12体が確認された、"unknown"の中でも特に強力であり、文化的な知性を有した存在だ」

「強力、ね」

「アルゼロにとってはそうでもなかったようだな」


 引き攣った笑みを浮かべるヤマモトに、なんて言っていいのか分からない。

 ただ、あれらがこの世界の荒廃を招いているのだとしたら、今回の戦いでとても良いことが分かったじゃないか。


「これなら、すべて取り戻すのも、時間の問題だな」

「…!」


 あの程度の奴らに、このアルゼロが負けることなど想像もできない。

 それは、言い方を変えれば、敵の全員と戦えさえすれば、俺たちの勝ちだ。


 逃げ隠れしようが、いつかは絶対に討ち果たせる。


「確かに!アルゼロさんがいれば百人力ですね!」

「然り!アルゼロ殿に頼り過ぎて申し訳なくなること必至だろうが、お願いしたい!全力でサポートはするから、どうかこれからも星魔将軍の打倒に力を貸してくれないだろうか!?」


 一人、名前は知らないが、俺が召喚された場所にいた金髪の男が興奮したように顔を出してくるのを横目に、チハラが懇願してくる。

 そんなことされなくても、俺の意思は決まっているというのに。


「任せろ。俺が、勇者アルゼロがなんとかしてやるよ」


 俺はアルゼロで、勇者である以上、人を救いきらなければいけないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偽物の勇者と終わりかけの僕らの世界 @Ringo_Mushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ