第4話 初陣(2)

 警報を聞き急いで駆け付けた会議室には、さっきは逃げたって聞いたお偉いさん方を含めた人たちが集まっていた。

 張り詰めた空気には慣れたものだが、今日は一段と落ち着きがない。


「状況は?」

「エリアA内に1000だ。すでにやられた地区もある」


 エリアA、位置的に言えば過去にこの国にとって首都と認知されていた場所一帯だ。

 この大陸のおおよそ中央に位置し、陸路、海路共に利用しやすく、それゆえに敵に責められやすい。


 だからこそ、大陸内、海域内ともに監視地点をいくつも設置してあるはずなのだ。

 全く感知されずもエリア内に侵入されることなんてこれが初めてだ。


「なぜ侵入されるまでに感知できなかったんだ?」

「そ、それは…」


 わかっていない、ということか。


「茅原研究室長は?」

「いるよ」


 現れた茅原研究室長はいつも通りの笑みは携えず、いつになく真剣な表情だった。


「アルゼロ殿もちゃんと連れてきてくれたようだね。よかった」

「なぜここまで侵入された?」

「召喚機の逆移動ってところだろう。衝撃と共に湧いて出てきた」

「そういう使い方もできるのか」


 もとはと言えば奴らの技術だったことだし、使い方も一枚上手か。


「被害は?」

「まだ数区画分しかやられてはいないが、進行スピードはかなりのものだね。もう1時間もすればこのエリアはなくなるだろ」

「やばいじゃねぇか」


 1000って言う数だけ聞くと大したことないが、この感じだと主力級の奴が混ざってる可能性があるな。

 正直、俺たちからするととても危険な香りがぷんぷんしているのだが、そんな中、顔色一つ変えず、すべての話をただ静かに聞いている男がいる。


「アルゼロ殿、手を貸していただきたい」


 珍しく茅原研究室長が頭を下げる。


「ああ、わかった」


 そして、やはりというか、対して気負いすることなくアルゼロはそう言った。


「よかった。断られたらどうしようかと!」

「まあ、そのために呼ばれたみたいだしなー。そうじゃなくても、人助けは嫌いじゃない」


 よし。実際に勇者がどれほどの戦力になるかは分からないが、戦力確保だ。


「じゃあ、行ってくる」

「「え?」」


 そう言うと、俺たちが何かを考える時間もなく、気が付くとアルゼロはもういなかった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 気が付くとたどり着いた世界。

 ここではどうやら、人類が存続を掛けた戦いを日夜繰り広げているようだった。


 今では落ち着いていたが、俺の世界でもそんなときがあったことを思い出し、どこでも人間って変わらないもんだと、少しおかしく思う。


 異世界とやらに来てまず驚いたのは、文化の違いというか、発展の違いというか。


 俺の世界だと見たこともない化学とやらの力。

 この星が持つ仕組みを解き明かすことで利用することのできる、確かな力学(ちから)というもの。


 俺の世界だと、力とはつるぎで、それを利用することであらゆることが可能だった。

 世界が変われば人も変わって、常識も変わる。

 退屈だったあの世界と比べると、変わってくれたこの世界は新鮮で楽しみだった。


「アルゼロ殿、手を貸していただきたい」


 そう言われたのなら、やることは一つだった。

 勇者として、戦うのみ。


「ああ、わかった」


 俺は、アルゼロなんだから。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って俺は飛んだ。警報とやらが鳴り響いていた時には、急に現れた気配を察知していたので、きっとそれが敵なのだろう。

 俺の持つ剣には、連続使用はできないが長距離を移動できる力があるため、移動は一瞬だ。


 移動した先、なかなか高度の有る建物が立ち並ぶ街並みにそいつらはいた。


 地を這う四足歩行の生物が建物を覆い隠すように進行していた。

 定期的に吐き出す魔力塊は街並みを荒らし、奴らが通り過ぎた後には火の海が作り出されていた。


 そして、その頭上には背から黒い翼を伸ばす、人間に近い容姿の存在が五つ。

 戦闘には赤髪の女、それを挟むように同じ容姿の黒髪の男が一つずつ。そして、その奥には宙に浮かぶ豪勢な椅子に、退屈そうに肘をつき座る金髪の大男と、メイド然とした青髪の女だ。


 地上の有象無象とは明らかに保有する力が違うように見えた。


「さて、恐らく敵だとは思うが、確認はしておこうか」


 明らかにただの人間には見えないし、街を破壊している存在とそれを率いてそうな感じから敵だとは思うが、何も聞かず倒して『実は街を守ってました』なんて言われちゃたまらない。


 こちらに気が付いているようには見えないので、よく見えるように空中を移動し、奴らの目の前まで移動する。

 近づく俺に気が付いたようで、彼らが話しているのが見えた。


「アケルナル様、お下がりください」

「おい貴様、何者だ。それ以上こちらへ近づくようなら殺すぞ」


 上からメイド、赤髪の女の発言だ。


「俺はアルゼロ。ちょっと聞きたいことがあってきたんだが、いいか?」


 俺の発言を聞いて、赤髪の女が表情を歪めた。

 その顔からは明確な困惑が読み取れた。


「貴様、人間…ではないな?どこの隊の者だ。こちらに御座す方が誰か知っての態度か?」


 俺が人間だと気が付いていない?というかこの反応の感じ、こいつらは人間ではないことは確かっぽい。

 つまり───こいつらが敵で間違いなさそうだ。


「やっぱり気にしないでくれ。もうわかったから」

「貴様、聞いているのか───ッ!」


 剣を呼び出し横に一閃。

 ギリギリでその攻撃に気が付いたのか、正確に胴を両断することなく赤髪の女は回避に成功していた。


「ぐッ…!」


 だが、この距離で俺の攻撃を完全に躱すことなど許さない。

 両断こそできなかったものの、背骨が半分ほど切断される程度には斬った。

 吹き出す鮮血、そして、斬った手応えが彼女に致命傷を与えたことを俺に報せる。


「よく反応したが残念だったな。次はお前らだ」


 俺の次の標的は黒髪の男たち。

 今の攻撃に反応どころか、負傷した女を視界に入れた時から、その表情には混乱が現れている。


 そこへ、また一振り。

 一切の抵抗なく、今度は標的を両断した。


「次はお前だ」


 死んだことで空中に留まれなくなった男たちの死体を視界から捨て、未だ、退屈そうな大男を視界に捉える。

 仲間を半分は殺したのに変わらない態度に少し疑問を感じながら、それでも俺は前進した。


「アケルナル様、敵は少々腕に覚えがある様子。ここはわたくしが時間を稼ぎます故、一度距離をお取りくださいませ」


 そう言って俺の前に青髪のメイドがナイフ片手に立ちふさがった。

 時間を稼ぐそうだが、俺の目から見るにこいつは戦闘を生業にするタイプではない。瞬きより短い時間をアケルナルという大男がどう活用するかは見物だな。


「おっと」


 いざ殺そうと一歩踏み込む前に、背後からきた攻撃を流し、カウンター気味に剣を振るった。

 そこには確かに致命傷を与えたはずの赤髪の女がいた。


 再度の俺の攻撃で両の腕ごと腹を切り裂かれていたが。


「うぐッ!これに反応するだけでなく、カウンターを差し込むか。人間にこれほどの猛者がいたとは!」

「致命傷を与えたと思ったが」

「ふん。このミラが、ただ斬られただけで死ぬと思うなよ」


 そう言われて傷口を確認すると、まるで時間を逆再生しているかのように再生していく患部が見えた。

 斬られた衣服は戻らないようで、その隙間からは健康的な肌が見える。


「ほう。ならさっきの男たちも再生すんのかな」


 意識だけはこの場に残し、視線を下に向けた。

 俺とこいつらの接触が原因かわからないが、地を這っていた奴らの進行が止まっていた。


 だが、動きを止めた奴らの体の上に、男たちの死体が転がっているのは確認できなかった。


「当たり前だろう。脆弱な人間どもと比べてくれるなよ」

「…」

「…」


 気配には気が付いていたが、実際に視線を戻すと、斬ったはずの男とたちが目の前にいた。

 赤髪の女、ミラを庇うように、ミラから一歩程前方に位置する彼らは何の感情も宿さない瞳を俺に向けていた。


「アルファ3スリー、アルファ4フォー、やれるな?」

「「損傷修復完了。両機体、戦闘モードに移行します」」


 ミラの赤い両手に魔力が集まり、赤い槍がそれぞれの手に一本ずつ形成された。

 それに伴うように、アルファと呼ばれた男たちは白い槍を一本ずつ形成する。


「うーん、斬るだけじゃダメなのか。面倒くさいな」


 背後からも武器を構える気配がした。


「ミラ様、挟み撃ちと行きましょう。タイミングは任せます」

「エウロパ。あまり無茶はしないように」

「もちろんでございます」


 ということは、このメイドもそうなんだろう。


「それでは、覚悟ッ!」


 ミラの掛け声を合図に、アルファたちがまず接近してくる。

 一人は槍を上段に掲げ、一人は低く構えることで対処に難易度を上げようという工夫が感じられた。


 まあ、遅すぎて順番に流すだけだが。


「「…!」」


 そして、返しの一閃で次は体を縦に両断してみた。


「フッ!」


 そこから一瞬遅れてエウロパのナイフが俺の背後に接近する。

 技術も威力もない一撃は、とりあえず精一杯突いてみましたって感じだ。可愛げがある。

 だが、込められている魔力に可愛げはない。下の有象無象共が吐き出す魔力塊を何万倍にもしたかのようなその魔力は、俺でもまともに食らえば痛いかもしれない。


 まあ、これも攻撃と呼ぶに遅すぎるので、適当に流す。


「しまッ──!」


 そして、受け流した魔力をミラに向け、エウロパは袈裟斬りにした。


「ッ!うおおおおおおおッ!」


 自身に向けられた魔力を紙一重でかわし、ミラは俺に切りかかってくる。

 ほか三人に比べれば、多少は素早い槍だが、俺にとっちゃ大した攻撃ではない。


 俺の鳩尾あたりの高さを狙った右手の槍を、ミラの肩口から腕を斬り落とすことで防ぐ。


「んんんん…ッ!」


 それでも止まらず、今度は左の腕に持つ槍を俺に突き出そうとしてきた。

 だから、今度は左腕を斬り落とす。


「くッ──!」


 最後に、エウロパと同じように袈裟斬りにした。


 再生するとはいっても、一度は力が抜けるのか、四つの死体が落下していく。


「このままだとまた来ちゃうからな」


 それを見やり、俺は手荷物剣に軽く力を集中させた。

 そして、力を解き放つように剣を一閃する。


「【白閃光はくせんこう】」


 振るった剣の剣筋に白いエネルギーが留まる。

 そして次の瞬間、集められたエネルギーが無数に分裂し飛ぶ斬撃となって放たれた。


「ほう…!」


 それを見たアケルナルが感心したように、初めての感情の変化を見せた。

 そして、飛んで行った斬撃は四つの死体を飲み込み、足元の有象無象を同時に惨殺しながら舞い上がり、それに消えていった。


 少し様子を見ていたが、彼らが再生していく感じはしない。


「さて、アケルナルとやら。あとはお前だけだな」


 振り返り、未だに椅子から降りない大男にそう言った。


「面白い。いいぞ、俺が相手をしてやろう」

 

 先ほどとは打って変わり、満面の笑みを湛えた大男が重い腰を持ち上げた。

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