第3話 初陣(1)

 召喚の余韻も過ぎ去り、回復した俺は、触媒代わりの男を回収した後、勇者──アルゼロのもとへ向かっていた。

 あの後、天知君の介抱により早めに復活した茅原研究室長は、アルゼロを見るや否やそれはもうびっくりするほどの速さで引っ張って行ってしまったのだ。


 子供のようにはしゃぐ茅原研究室長の姿は別に珍しいものでもないし、全く思うところもなかったが、アルゼロの困惑した姿を見れたのは驚いた。

 あんな冷めた瞳の奴でもそんな感情はあるんだな。


「っと、ここか」


 ここは、俺たちが会議を行っていた部屋より、僅かに狭い部屋だ。

 扉の右横の壁には『応接室』と漢字で書かれたプレートが張り付けられていた。


「歓待するような客なんて、もう来ないと思ってたんだがなぁ」


 備えあれば患いなしとはよく言ったものだ。

 こんなところでも、先人の知恵からは学ぶところが多い、としみじみと思う。


 一人腕を組み、うんうんと頷いていると急に目の前の扉が俺から離れるように開いた。


「おや、本当にいる。こんなところで何してるんだい?早くきみも入りなよ」


 扉から顔をのぞかせたのは茅原研究室長だった。


「よくわかりましたね、俺がいること」

「君かどうかはわからなかったけどね。アルゼロ殿がなんかいるって言うもんだからさ」

「勘だよ。勘」


 さすが勇者というべきか、よくわかるもんだ。

 応接室というだけあって、この部屋は他と比べて頑強な造りになっている。


 このドアだって幅は10cmを超える程度には分厚く、部屋内は防音仕様になっているはずなんだがな。


「まずは、遅れて申し訳ありません。触媒は部屋に返しておきました」

「ああ、助かるよ。何分私はか弱くてね、成人男性以上の彼を運ぶのには一苦労かかるだろうからね」

「いやいや、お得意のスーツとかあるでしょ…」

「馬鹿だなぁ。切り札はここぞというときまで取っておくのがロマンじゃないか!」


 全くこいつは。ああ言えばこう言う。


「で、いつになったら俺に詳しい説明をしてくれるんだ?」

「おっと、すまないね。山本くんがうるさいものだから」

「…」


 耐えろ、俺はもう立派な大人なんだ。

 こいつみたいな低いところまで争いに行くようなみっともない真似はしちゃいけない。


 いざ部屋に入ってみると、そこには茅原研究室長とアルゼロしかいなかった。

 かなり重要な話し合いが行われるはずなのだが、いいのだろうか?


 俺の表情から言いたいことを察したのか、茅原研究室長がさらっと独り言のように口を開いた。


「他の人たちなら急用で外に出て行ってしまったよ」


 アルゼロが友好的かどうか、はっきりとわかるまでは逃げておくわけか。

 当然ながら、あんな登場をしやがったこいつには、まだ信用が置けないらしい。


「さあて何からお話ししようかなー」


 そのムカつくような話口調から始まった茅原研究室長の説明は、悔しいことに簡潔で分かりやすい説明だった。

 俺たちの世界に起こっている事、助けを求め勇者を呼んだこと、その勇者がアルゼロだったこと。


 アルゼロはその説明を黙って聞くだけだった。

 相槌すら一切打たない、その態度は、ただただ、興味が無さそうだった。


「ほう、そんな方法でよくこの俺が呼べたもんだ」


 説明を聞き終わったアルゼロはそう言った。

 俺ですら初めてこの計画を聞いた時には疑問を感じたのだから、その発言も当然だ。


「勇者が呼べるように触媒を用意したからね」

「その"しょくばい"ってのはなんだ」

「勇者のもとへ門を繋げるための道具だよ」

「…俺に所縁あるものってとこか?」

「いや、違う」


 なに?


「茅原研究室長。あなた説明では勇者に連なるものを触媒にすると言ってませんでした?」

「ふふふ、嘘でした☆」

「…」


 今すぐにぶん殴ってやろうと体が動きかけるが、大人の理性をもって自制する。


「…説明を」

「やだなぁ、そう怒るなよ。上手くいったんだからさぁ」


 不意に俺の右腕が持ち上がるが、振り下ろされるすんでの所で気が付き、引き留めた。


「…説明を」

「わかった!わかったから落ち着いてくれ!」


 いやだなぁ、俺の渾身の右ストレートが振り抜かれていないってことは、俺が冷静であることを確かに証明しているはずだが。


「私が触媒として利用したのは、彼自身じゃない。彼が持ってた『勇者に対する畏れ』だよ」

「…そんなもので上手くいくものなのか?」

「もちろん!これも研究による確かな成果だよ」


 そんな気の持ちようで何とかなるなんて、とても信じる気になれない。

 まあ、今日の出来事に限っては、そんな感情なんて今更感があるが。


「ほら、"unknown"の彼らってまるで魔法かな?って感じの攻撃してくるだろ?あれ、詳しく調べてみると、彼らの想像の産物だってことが分かってね。彼らの技術って基本的にそんな感じなんだよ」


 "マナエーテル"を消費することで、自身の望みを形にするって感じさ、と茅原研究室長は締めくくった。


「想像を形に…俺たちじゃ勇者ってものが想像できないから、知ってるやつに想像させたと」

「その通り!いやー上手く行ってよかったー!」


 そう喜ぶ茅原研究室長の表情からは確かな安堵が読み取れた。

 どうやら、この話は事実らしい。


「……」


 俺的には、まあ納得してやってもいいかなって内容の話だったが、アルゼロは何か思うところがありそうだ。

 話の最中は茅原研究室長を静かに見つめていた瞳は、少し下に下げられ、思考中であることを容易に思わせる。


「…どうかな?アルゼロ殿、何か聞きたいことはあるかい?」


 堪らず、少し不安を感じた様子で茅原研究室長がアルゼロに問いかけた。

 その問いかけに反応してか、ゆっくりとアルゼロが視線を茅原研究室長のもとまで戻した。


「いや、分かったよ。どうして呼ばれたか」


 そう言ったアルゼロの表情は、なぜか幼く見えた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 話も終わったしここの案内でもしてあげなよ、という茅原研究室長の発言により、アルゼロを連れながら俺はこの拠点を紹介していた。

 応接室をスタート地点に、同じつくりの会議室を何個か素通りし、偉い人が持つことができる個室を見せ、食堂の利用方法を教え、ロビーまでたどり着く。


「案内しろとは言われたが、御覧のとおりわざわざ見せるようなものなんてないんだよな…」


 肝心のアルゼロは、予想より真剣に話を聞いてくれていたが救いだ。


「いや、感心するところだらけさ。俺の居た場所には、こんなにしっかりした材質でできた建造物はなかったからな。それに、いろんなところで見る機械とやら。あれはすごい」


 本当に感心しているかのように頷くアルゼロ。


「もしかして、アルゼロの世界だと化学技術ってあんまり発展してない?」

「カガクギジュツなる言葉も知らん。自動で動く、組み合わされた金属なんてものも見たことない」


 魔法、なんてものが発展すると科学技術は発展しない、なんてファンタジー小説を読んだことがあるが、なるほど、そうらしい。


「異世界交流って新鮮な発見があるもんだな」

「だな」


 まあ、違う世界だもんな。


「そういえば、アルゼロって勇者なんだよな?」

「ん?ああ、そうだよ」

「勇者が長いこと故郷を離れていいもんなのか?魔王とか倒したりしないといけないんじゃ…」


 ちょっと疑問に思ったことを聞いてみた。

 イメージだと、勇者と言えば、何度も世界を救い続けたり、自分の国を守り続けるって感じなんだけど。


「大丈夫。俺の国にはもう敵はいない」

「もう全部倒したってことか?」

「そうだ。文字通り全滅させた」


 全滅。つまり、外敵はすべて滅ぼしたと。


「敵に容赦はなしってことか。気が合いそうだ」

「そういうわけでもないんだけど…」


 なんだよ。同類かと思ったのに。


「まあとにかく!俺の世界は大丈夫だ。あっちには俺以外にもそれなりの奴らがいるしな」

「へえ、勇者様に認められるくらいだから、そりゃ強いんだろうな」

「俺の足元にも及ばないけどな」


 そう言って笑うアルゼロからは、その知り合いに対する確かな信頼を感じさせ、同時に嘲りが存在することが分かった。

 何やら複雑な事情がありそうだ。


「あ、そうですか」


 触らぬ神に祟りなし。

 見て見ぬ振りが必要とされる瞬間も存在する。


「案内…特に教えとくようなところはもうないし、そろそろ戻ろうか。アルゼロに過ごしてもらう個室とか暮らすための道具とかは戻ったら教えてもらえるはずだし」

「お、そうか。じゃあ行こうぜ。さっきの応接室でいいのか?」


 ああ、そういえばもう一つ案内するべき部屋を忘れていたか。


「ああいや違うんだ、茅原研究室長がいつもいるのは───『警戒‼警戒‼手透きの戦闘員は直ちに戦闘配備をお願いします!』──!?」


 警報?

 しかも、いきなり戦闘配備ということは既に国内に侵入されている場合の対応のはずじゃ。


「『山本くん!エリアA内に"unknown"出現だ!アルゼロ殿を連れて直ちに会議室2に来てくれ!』」


 これは、いいタイミングなんだろうか?


「アルゼロ、初陣は近そうだが、頼めるか?」

「もちろん」


 早速、勇者のお手並みってものを見ることができそうだ。

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